34 魔術学園
「ほら、右がお留守ですよ。【Lightning】」
『どわぁあああああああああっ!』
私の放った【稲妻】の魔法を受けて、闇竜のポチが悲鳴をあげながら転がるように雷撃を避ける。
VRMMOでは魔法の威力やレジスト率は【魔法力】で変わってくるのですが、魔力を上乗せしている訳でもないのに威力が上がっている気がします。
これはどういう訳なんでしょうね? 私なりに考察すると、魔法を使う事に“慣れ”ているんじゃないかと思うんです。ゲームではスキルレベルが上がると魔法の威力上昇と、MP消費が軽減されましたが、例えば攻撃魔法なら全ての呪文で一律でした。
要するによく使う系統の呪文は、さらにその効果が増えると言うことです。もちろんデメリットもありまして、初めて使うような呪文は威力が若干落ちているんだと思います。弱めるだけなら魔力を少なくすれば簡単なんですけどね。
でも、あれ? 今までの威力計算で倒せてましたよね? ゲームとは違うのだから個人差はあると思いますが、この世界の人達ってあんまり強くない?
プレイヤーキャラの能力がある私と違ってレベルはありませんが、スキルによる能力上昇だけだと、レベルアップによるステータス上昇やHPMP上昇もありませんけど、ステータス1ずつしか上がらない仕様がそこまで重要だったとは……。
『キャロルっ! 右じゃなくて左じゃないかっ!』
「私から見て右でした。ポチからだとお茶碗を持つほうです」
『オチャワンって何だよっ!?』
失敬、ワンコは基本的に犬食いでしたね。ブスブスと身体中から焼け焦げたような煙を上げているポチから盛大に苦情が来ました。
緊張感を出す為にしばらく回復もしてないので、ポチも必死です。
王都に移ってから五年近くが経ち、私は飼い主としてポチの戦闘技能を上げるべく、暇を見つけてはこうやって戦闘訓練を続けています。
ホントにポチはダメダメな竜ですね。レベル差があるとは言え私に押さえつけられる時点で気付けば良かったのですが、彼は千年以上生きているにも拘わらず、生産技能ばかりで戦闘技能がほとんど上がっていなかったのです。
これがゲームだったら生産技能ばかりでもレベルが上がって、ある程度のHPもステータスも得られましたが、多分ポチはほとんど初期値です。
まぁ、竜は基礎ステータスが高いので、それでも大抵は何とかなっていたんだと思いますが、レベルと身体強化で人間の10倍近いステータスを誇るとはいえ、ハーフエルフの私とどっこいどっこいの力しか無かったのです。
それはいけない。ゲーマーとしての私が許さない。ドラゴンは強くて格好良くなければいけないのです。
私がそう力説すると、彼も感銘を受けたように、
『お、おう、そう……かな?』
と、大変乗り気で戦闘技能を高めることに同意してくれたのです。
それから四年以上訓練を続けていますが、現実世界は思ったよりもスキルが上がりにくくて困ってます。
そりゃゲームですしね。携帯ゲームだと一日が1~2時間くらいですし、VRMMOでは知覚時間が五倍になっていますが、リアルのように何年も修行して力を上げるなんてユーザーからクレームが出かねません。
それでもポチはニーズヘッグのような伝説級の古竜とまではいかなくても、普通の竜程度なら問題なく勝てる程度には強くなったと思います。
この間も、自分で狩ってきたらしい巨大サソリを誇らしげに私の前に置くその姿は、獲ってきたGを誇らしげに見せる前世の友人宅の飼い猫を思い出して、ほっこりさせてくれました。……友人は阿鼻叫喚状態でしたけど。
魔族の村も随分大きくなりました。
ある程度知能の有る魔物はポチを畏れて近づきませんし、頭の弱い魔物も以前魔族から貰って魔術師ギルドで直して貰った結界の魔道具を使っているので、安心して子供を増やせるようになったそうです。
……何かある度に『お願い』されて、私が頑張ったのです。
長老、結構歳なのに元気ですよね。120歳くらいらしいですが、魔族は150年くらい寿命があるので、まだ色々頼まれそう。
でも魔族の人達に家を作ってもらいました。(長老以外は)みんないい人なのです。
なんか祠というか神殿みたいな造りですが、何か意味はあるんですか?
私個人の事と言えば、ポチと模擬戦まがいのスキル上げをしていたので、ちょっとですがスキルが上がった気がします。
90以上上げているスキルはきついですが、70までしか上げていなかった【剣舞】は腕前が上がった感じです。その影にはポチの献身があったわけですが。
それと意外とインテリというか、カラスのように収集癖がある竜であるポチが、魔族の古い蔵書を持っていまして、その中には古代の魔導書なんてのもありました。
内容的にはそんなに凄いモノではないんですけど、人族には残っていなかった単語を大量に手に入れられたのは大きい。
全てではありませんが沢山の呪文がアンロックされたので、高位の呪文が随分と使えるようになりました。
それと貴族であるちっこい私も10歳になりまして、ついに恐れていた魔術学園入学となってしまいました……。
何故か私は、知らない間に現国王の弟である王弟さんと婚約していました。
どうしてこうなりました? 変態貴族に売られる話がなくなってああ良かった良かった、で済まないところがこの世界の酷いところです。
何がどうなって私が王弟さん――カミーユさんの婚約者となったか知りませんけど、九つも年上でハーフエルフの私を娶ることを同意したんですから、何か疚しいことがあるに決まってます。
それでなくてもド変態揃いのこの国の貴族で王族ですよ? とてつもない変態に違いありません。王族の血を引くフレアやカシミールを見れば分かるでしょう。
婚約式も無しに書類上だけで半分婚姻状態になっていますが、もう決まってから四年以上も経つのに、いまだに彼とは会ったことがないのです。
そんな状態でも王弟の婚約者なので、貴族が通う魔術学院に通わないわけにはいかないそうです。
はぁ……面倒くさい。
そんな訳で入学式当日。
あの両親が私なんかの入学式に来てくれるはずもなく、来られても困るけど、婚約が決まって以来、束縛が強くなったディルクが一緒に来てくれるそうです。
「いいか、調子に乗るなよ? どうせカミーユ様の動きを縛る為だけの形式上だけの婚約で、お前が家を出ることなんてないんだからなっ。お前は一生、首輪を付けてボクの部屋にでも居ればいいんだ」
「…………」
ディルクは相変わらずの変態です。
学院の最終学年である六年生になって、今年16歳の成人になるディルクは、身長も180近くあって見た目はかなりの美青年ですが、中身は前より酷くなっています。
私の身体が成長してくると、一緒にお風呂に入ろうと画策するようになりました。そのせいで毎日入浴時間をずらしたり大変でしたよ。
……なんでコレが乙女ゲームの攻略対象なんでしょうね?
これと純愛出来るヒロインはよほど肝が太いのか、よほど酷い恋愛脳なのか、どちらなのでしょう? ……ああ、ヒロインはアリスでしたね。だったら攻略対象は綺麗なお財布に見えているのだと思います。
「聞いているのか? あと学園では僕に気安く声など掛けるなよ? 亜人のお前は我がアルセイデス辺境伯家の恥なのだからなっ!」
だったら、私を無理矢理膝に乗せようとしたり、こっそり太ももを撫でようとするのやめて貰えませんか?
10歳になった私は身体も成長しましたが、それよりもようやくと言うべきでしょうか、ステータスが高くなっています。多分、成長して現在のキャロルがプレイヤーキャラと融合しはじめているのだと思います。
これのおかげでディルクのセクハラを躱せるようになってきました。
基礎体力もだいぶ増えましたので大人になっていられる時間も長くなりましたが、もう少し……マイア達使用人を護りながら10日間くらいぶっ続けで戦闘できるようになれるまで、変態共のブッコロリは避けないといけません。
さてようやく魔術学園に到着しましたね。
私と同じような真新しい制服に身を包んだ新入生達が沢山居ます。……居ますが、成長したと言ってもやっぱり私は小さいですね。
あの子達が小学校4~5年生くらいだとすると、私は小学三年生くらいの大きさしかありません。
五年前は四歳児程度の大きさしかなかったのですから随分成長したと思っていましたが、やはりハーフエルフは成長が遅いようです。
……完璧に力を取り戻せるまであと何年かかるんでしょ?
「じゃあ、あまり恥をさらすんじゃないぞっ」
そんなことを言いながらディルクが離れていく。あれ? 放置ですか? まぁいいんですけど、早いところ嫁でも見つけて下さい。あなた、ゲームでは普通に婚約者がいたでしょう?
とりあえず新入生達が居る方角へ歩いて行くと、いくつもの視線に晒される。
最初は私の小ささに驚いて、次に私の長い耳に気付いて顔を顰めたり、不思議そうな顔をしたりしていました。
王都以外からも貴族子弟は来ていますし、上級や中級貴族はともかく、田舎の下級貴族だとあまり亜人に偏見が無いのかもしれません。
未来の私は学園の『嫌われ令嬢』でしたが、未来は常に変化します。ここで大人しくしていれば、少しくらいはイメージを払拭できるのではないでしょうか?
「……ん?」
新入生達の中に男子生徒が集まる人集りを見つけました。
何があるんでしょ? もしかしてクラス分けでも書いてあるのでしょうか? 何があるのかと私もちょっと覗いてみると……
「…………」
あかん。やたらとキラキラしたエフェクトの中に、ふわふわの金髪が見えました。
今までずっと避けてきましたが、やはりきましたか、アリス。
やっぱりあの子が乙女ゲームの正ヒロインなのですね……。
しかも下級と中級精霊ばかりだった取り巻きが、数体上級精霊にまでパワーアップしているじゃありませんかっ。
あの子をオークの巣に捨てても、普通に全滅させて戻ってきますよっ。
やはりあの子に関わるべきではありません。全力で離れましょう。
「あ~っ、この学園ってエルフの子もいるんですねっ!」
絡まれました。
「わぁあ、エルフの人がいるなんて思いませんでしたっ。私と…、きゃっ」
私が珍しいのか、他の人をほっといて駆け寄ってきたアリスが何も無い地面で何故かスッ転ぶ。
『アリスちゃん、大丈夫っ!?』
そんな彼女に駆け寄ってくる複数の男の子達。その中でちょっと幼い感じの可愛らしい少年が慌てて駆け寄りハンカチを差し出すと、アリスは花咲くような笑顔で可愛らしく笑う。
「わぁ、ありがとうっ、でもそんな綺麗なハンカチは汚れちゃうから使えないよっ。でも気持ちは嬉しいっ! 優しい人はステキですっ」
「そ、そんな…」
膝についた泥を素手で拭って笑うアリスに、その少年の顔が真っ赤になった。
多少あざとい気もしますが、なんとか許容範囲なのではないでしょうか? アリスの気が逸れたので、その隙にこっそりこの場を離脱しようとすると、それに気付いたアリスが私の行く手を塞ぐ。
「あっ、エルフさん待ってっ。私、あなたみたいな黒髪のエルフを知っているのよっ。少しあなたとお話ししてみたいな」
そう言いながらアリスは握手をするように手を差し出した。
泥だらけの手を……。
「……手が汚い」
「え? ああ、大丈夫ですよっ。私は下町育ちなので気にしていませんからっ!」
そう言って彼女は、少し強引に私の手を握る。
「【Water Ball】」
ダメージを与えない程度に威力を落とした第一階級の水の魔法【水球】が、アリスと私の手の中で炸裂して泥を綺麗さっぱり洗い流す。
自爆です。二人とも随分水を被りましたが、そうして私は学園初日で『嫌われ令嬢』となったのでした。
アリスはいつも通りアリスです。そしてこらえ性のない主人公。
次回、悪役令嬢フレア




