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32 月夜のダンス




「キャロルっ、この兄に感謝すると良いっ。僕のおかげでお前を狒々爺に売る話はなくなったぞっ。お前みたいな半端な亜人が外に出て、我がアルセイデス家の名を汚すことはなくなったからなっ。ふはははははっ」

「……はい?」


 珍しく学園から早く帰ってきたディルクが唐突に奇天烈なことを言い出しました。

 いえ、ディルクが奇天烈なのはいつものことですが、私がどこかの変態貴族に売られるという話は家同士で決めたことなので、いくらディルクが嫡男とは言え、10歳の少年に覆せる事柄ではありません。

 首を傾げる私に、成長著しくかなりデカくなったディルクは、普通の五歳児よりも小さな私を軽々と持ち上げると、爽やかな笑顔で、

「今日はこのお兄様が一緒に風呂に入って洗ってやろう」

「イヤっ」

 変態じみた事を言い始めたので速攻でお断りすると、拒否されるとは思っていなかったディルクが愕然と目を見開く。


「ディルク。さすがにそれでは、ウサギちゃんも訳が分からないと思うよ?」

「カシミール……」

 あ、居たんですね。フレアの兄である公爵家のボンボンがキラキラとした笑顔で級友であるディルクの手から私を奪い取って抱っこする。

「相変わらず可愛いね、ウサギちゃん。竜革の首輪は用意したからいつ私のモノになっても大丈夫だよ」

「コイツはやらんと言ったろう。さっさと返せっ」

「偶には良いじゃないか。ねぇ、ウサギちゃん?」

「…………」

 ゾワッとしました。なまじ二人とも美少年なので逆に嫌悪感が半端ないです。

 完璧に貴族令嬢どころか、私を“人”としてさえ扱ってもらえません。もう本当にペットのウサギ扱いです。

「それじゃウサギさんに教えてあげよう」


 カシミールの話では、私の扱いをどうするかディルクが彼に相談したらしく、カシミールも(自分のモノにするべく)父親と相談したところ、プラータ公爵家が動いてくれたそうです。

 自分で言うのも何ですが、私なんかの為にプラータ家が親切で動いたなんてどうやっても信じられません。

 何か裏がありそう……と言いますか、嫌な予感しかありません。


「君の売却話、じゃなくて身体が成長したら養子に出される話は無くなったよ。その違約金はあるところが支払っているんだけど、その為にウサギちゃんには王城にまで来てほしいんだ。明日の夜、お城でパーティーがあってね。会って欲しい貴族達も集まるから丁度いいかな、って」

「もちろん、キャロルはパーティーになんかには出さないぞ。お前みたいな亜人が城のパーティーに出るなど許されないからなっ。もちろんボクは出るぞ」

「私も出席しないといけないから側には居られないけど、後でニンジンを持っていってあげるから我慢してね」

「…………」


 この場で大人になってブッコロリするのを我慢出来た私は褒められて良い。

 明日、王城に行って出資者と会うことになりましたが、本当に嫌な予感しかありません。ディルクも本気でプラータ家が親切で動いているとでも思っているのでしょうか?

 そして翌日、どうせお城のパーティーには出ないのだからいつもの普段着で待機していると、早めに帰宅したディルクとまたカシミールがやってきました。


「ディルクはあまりウサギちゃんを他の貴族に見せたくないみたいだけど、私としては可愛いウサギちゃんを見たいから、こんなのを用意したよ」

「……ん?」

 カシミールの後ろに居た少し顔色の悪い若い執事が箱を持ってくる。……あ、この人が態度が気に入らないとフレアに刺された人ですか?

「ほら、可愛いでしょ?」

「…………」

 カシミールが持ってきたのはオーダーメイドらしき純白のドレスでした。

 強制的にお着替えされたそれは、肩などが丸出しで、首元や手首足首に真っ白な毛皮のファーがついたどこかコスプレチックなモノで、お尻の部分にもウサギの尻尾みたいなファーがついていました。

 本当にペット扱いですね。どこの夜のお店のコンパニオンでしょう?

 そのままプラータ公爵家の馬車で、ディルクやカシミールと一緒にお城に出発です。本気でお腹が痛くなってきました。

 ディルクもこの格好を気に入ったのか、ずっと私を膝の上に乗せたまま、ご満悦で気持ちの悪いことを言う。

「お前が大きくなったら、脚が見えるような短い裾で同じドレスを作ってやる」

「…………………」

 まっぴらごめんです。


 お城に着いてもさすがに私みたいな小さな子はいません。

 ジロジロとお城の人から嫌悪の視線に晒されながら奥へ進むと、応接室みたいな部屋に入れられて、ディルク達はパーティー会場へと向かっていきました。

 お茶も出されないまま数分放置されていると、またノックもされずに扉が開いて三人の大人達が入ってきました。


「ほぉ、これがあのアルセイデス家の忌み子か」

「汚らわしいっ。でも都合はいいわね。見た目もそこそこまともそうだし」

「やあ、君が息子達が言っていたウサギちゃんだね。フレアのお気に入りだが、今回は我慢して貰おう」

「………」

 最初から、恰幅の良いおじさん。じゃらじゃらと宝石を付けた女の人。最後に多分、プラータ公爵かな? そうか、化粧品を卸している私に手を出すとフレアの機嫌が悪くなるかもしれません。……次まで無事だと良いですね。

 おじさん二人は私を品定めするようにジロジロ見て、ケバい女の人は顔を顰めながら私を見て、結局好き放題言った後、

「これなら問題ないでしょう、宰相、後は頼みますよ」

「かしこまりました」

「では私達も戻りましょうか」

 そうして何の説明もしないで戻っていきました。


 ガチャンっ、とメイドがお菓子の皿とお茶を叩きつけるようにテーブルに置くと、そのままどこかへ去って行く。

 ああ、お菓子だけ与えて、ディルクが戻るまで放置ですか、そうですか。

 でも毒殺は無いにしても、嫌がらせで虫でも混ぜられていそうなお菓子なんかに手を出したりしません。

 自前のお菓子や本を【カバン】から出して時間を潰そうかと思いましたが、一時間経っても遠くから聞こえるパーティーの音楽がまだ聞こえているので、そろそろ飽きてきました。

 こう言うパーティって何時間続くのでしょ? お茶が冷めてもメイドが取り替えにもやってこないので、私もちょっと動きましょうか。


「Setup【Witch(ウィッチ) Dress(ドレス)】」


 魔女モードに変身すると、窓をこっそりと開けて部屋の外に出る。

 なるほど、これが王都のお城ですか……。内装はアルセイデス辺境伯家のお城とあまり変わりませんが、規模が段違いです。

 嫌がらせに国庫から国家予算でも貰っていこうかとチラリと脳裏を過ぎりましたが、ここまで広いとどこがどこなのか分かりません。

「…………ん」

 とりあえず、中庭っぽい場所に立派な石像があったので、顔中に黒インクで落書きをしておきます。

 ここまで来るとだいぶパーティーの音楽が大きく聞こえるようになりました。

 ……ちょっと気になりますね。この国の貴族には興味はありませんけど、私は一応は女子なので華やかなモノに憧れはあるのです。


 会場から離れたテラスまで移動すると、そこからパーティ会場を盗み見る。

 異世界だから何か変わった様式でもあるかと思いましたが、それほど目新しい物はありませんね。

 強いて言えば楽器の音色や、ダンスが少し変則気味でしょうか。

 そう言えば前世の私はあまり運動は得意ではありませんでしたが、今の身体になってからは身体が思う通りに動いてくれます。

 少し興味が湧いた私は音楽に合わせて見よう見まねでステップを踏む。

 この身体なら意外と簡単にできますね。ちょっと楽しくなったのでそのまま一人で踊っていると、


「――君は、何をしているの?」

「っ!?」

 完全に油断をしていました。咄嗟にリジルで斬り倒して黙らせようかと振り返ると、そこには今のキャロルと同じくらい――多分、14~5歳ほどの黒髪の男の子が不思議そうに私を見つめていました。

「君って……ハーフエルフ?」

「………」

「あっ、ごめん、別に深い意味は無いんだ。ただこの城で人族以外が居るなんて思わなかったから」

 警戒する私に、その貴族っぽい少年は慌てて謝ってくれました。

「ハーフエルフだと、なに?」

「私は最近他国の留学から戻ってきてね。そこだと普通にエルフや獣人も学園に通っていたから驚いたよ。もちろん、彼らとも友達だよ」


 要するに警戒する必要は無いと言いたいのでしょうか? まだ少年なのにとても落ち着いた顔つきの彼は、私が何者でどうしてこんな場所に居るのか確かめもせず、私が警戒を解くと軽く息を吐いて、テラスの手摺りに手を掛けながら夜空を見上げた。


「この国から離れてやっとこの国の貴族が変だと気付いたよ。他国だと亜人の貴族も珍しくないんだよ? あ、これは内緒ね?」

「ん」

「そうだ、少しだけでも私と踊ってくれないか? どうやら私はこの国の貴族から、あまり良く思われていないので相手が居ないんだ」

 さっきの一人で踊っていたのを見られたのでしょうか。少し恥ずかしくなって差し出してくれた手を思わず取ってしまう。

「……少しだけなら」


 月明かりの中、遠くから聞こえる音楽に合わせて私と彼が静かに踊る。

 私のダンスはまだ適当だけど、彼は慣れているらしくそんな私をリードするように踊ってくれました。

 一曲分ほど踊ると、どちらからともなく私達は離れて距離を取る。


「また、……会えるかな?」

「……あなたが、そのままなら」


 ただそれだけを言い交わして私は夜の闇に溶け込むように姿を消すと、彼はいつまでも私が消えた辺りを見つめていました。


   ***


「殿下っ、カミーユ殿下っ、こんな所におられましたかっ」

「……宰相」

 誰も居ないテラスで黒髪の少年は、自分を呼びに来た男のニヤけた顔に思わず眉を顰める。

「今日は留学から戻られたあなたの帰還パーティですぞ。主役がいなくてどうなりますか、ねぇ、王弟殿下?」

「…………」

 その自分を他国へ追いやった一人が何を言う、とカミーユは内心思った。

 現王である兄とは歳が離れ、母親も違う。第三王妃から産まれた彼は、前王が崩御する一年前に他国へ出され、その間に兄が王位に就いていた。

「それとお喜び下さいっ、ついにあなたの妻となる貴族令嬢が見つかりましたぞ」

「そうか……」

 自分が兄の子である王太子の邪魔にならないよう、問題のある令嬢があてがわれるに決まっている。

 聞く価値も無いと歩き始めたカミーユは背中に掛かる宰相の、最後の揶揄するような声に思わず足を止めた。


「アルセイデス辺境伯家の忌み子。黒髪のハーフエルフですがね」




これで第二章はおわりです。これから10歳。ついに学園編、乙女ゲームが始まります。


次は一拍置くので、そろそろ多くなってきた人物紹介でも入れようかと思います。

木曜予定です。


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― 新着の感想 ―
やっと真面っぽい男子が出て来た…………;; ………真面と言えるネームドがメイド母子に続いて三人目、かな?
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