31 村の開拓
「ポチに【high Heal】」
怪我をした闇竜に第三階級の回復魔法ハイヒールを掛けておきます。別に踵が高いわけではありません。
HPが半減しているみたいですけど、表面だけでも治れば、とりあえず私の心は痛みません。
『……ポチ?』
「あなたの名前。私のペットになった証」
『……貴様に従うのはやぶさかではないが、その名前は意味があるのか? なにかバカにされているような響きがあるのだが』
「勇猛なる獣、ポメラニアン・チャウチャウの略語。カッコイイ」
『うむ。我のことはポチと呼ぶが良い』
喜んでいただけて良かったです。
どうやら竜は強い個体に敬意を払う習性があるらしく、見た目は傷一つ無くなった闇竜――ポチはゆっくりと巨体を寝そべるように私と視線を合わせた。
巨体と言っても普通の古竜よりも小さいかも。形状は細身で前脚が大きく、鱗の代わりにふさふさと毛が生えているので全体の印象は狼に近い。
でもパーツは竜なので尻尾が胴と同じくらいの長さがあって、翼も同じくらいの大きさがある。亜種でしょうか?
翼と尻尾が大きいから普通の竜と遜色ない大きさにみえるけど、身体がそれに比べて小さいから私でも何とか押さえつけることが出来ました。
モフモフが気になったとは言え、よく胴体だけで馬より大きい竜を押さえつけられましたよね……。私のフィンガーテクニックに竜もメロメロです。
「おーよしよしよしよし」
『やめろっ、ああああああああああああああああああぁ……――』
それよりも気になる事がありました。人族の国であるケーニスタ王国の歴史観では、魔族から侵略戦争を仕掛けられ、ケーニスタ王国が中心になって魔族の国二つを倒して最後の魔族国家を撤退させたけど、魔族が侵略した土地に魔物を放ったせいで魔物の領域になり、領土を取り戻せなくなりました。
でもここには魔族が古くから住んでいて、魔族の遺跡すらある。
魔族が魔物を解き放ったのは真実だとしても、それだけでたった数十年で魔素が濃い魔の森と化したのはおかしいのです。
だとしたらこの地域は元々魔の森で、人族側から侵略戦争を仕掛けた?
魔族から仕掛けて逆に攻め入られた可能性もありますけど、魔族の領土を自分の物だと主張しているから、どっちが正しいのかわかりません。
魔族に襲われたから亜人嫌いになったのではなくて、人族至上主義を拗らせて魔族に攻め入ったとしたら、それを主導したのはどこなのか?
魔族との戦争を始めた国はどこなのか?
……少しきな臭いですね。調べてみる必要がありそうです。
とりあえずここはポチに番を頼んで、魔族の人達をこちらに呼んできましょう。
これで私への依頼は終わりです。まぁ、遺跡から面白い物が出そうな感じでもありませんが、ポチというスキル上げの相手が出来たので良しとしましょう。
魔族の長老さんに報告をして、数日後またこちらにやってくると……
「魔女殿っ! お待ちしておりましたぞっ!」
「…………」
なんでしょうか。また厄介ごとですか?
いつも以上に無表情になりながら長老の話を聞いてみると、こっちに移ってきたのは良かったけど、遺跡跡の岩が多くて畑が作れない。岩をどかせても水場が遠くて生活に支障が出るので、何か良い知恵は無いかというのが今回のご相談でした。
……私を便利屋か何かと勘違いしていませんか?
「水場なら、泉があったでしょう?」
「ま、まさか、偉大なる闇竜様の住処まで水を貰いに行くなど出来ませんっ!」
そうきましたか。
私から見ると戦闘スキルの足りない竜なんですけど、普通の人から見ると恐ろしく、魔族も竜と同じく強い者に敬意を払う質なので、竜の住処から水を貰いに行くのは畏れ多いと感じるそうです。
ぶっちゃけ放置しようかと思いましたが、魔族の村のあちこちから子供達や私が助けた女の子達の期待に満ちた視線を感じて、私も重い腰を上げる。
「……仕方ありませんね」
「おおっ、魔女殿っ!」
ですが、そう簡単に楽はさせません。
この場合一番手っ取り早いのがポチに住処を移って貰うことですが、要望を全部叶えて貰えると思ったら人は堕落してしまいます。
面倒くさがりの私が動くのですから、彼らにも働いて貰いましょう(本音)
「Setup【Arjuna Cloche】all」
弓兵の外套にお着替えして、樹齢数百年はありそうな一番高い木のてっぺんに登る。
この辺りは水場がないように見えて、少し離れた場所には小さいけど水が湧き出している場所がいくつかありました。
多分ですが地下には水脈があると思いますので、井戸を掘れば水が出ると考えましたが、この人達に掘らせるとどのくらい時間が掛かるか分かりません。
なので――
「Set【Doubling】」
威力倍加のアビリティを使用して、魔弓ガーンディーヴァを構えて全力でジャンプする。
「【Sniper Shot】」
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!
上空から真下に撃ち抜いた貫通属性の【戦技】が地面を撃ち貫き、その後からわずかに水が滲み始める。
「「「「「……………」」」」」
「後は適当に井戸にして下さい」
唖然としている魔族の村人達にそう言って、私はウィッチドレスに着替えて畑予定地まで赴きます。
「Set【Witch Wand】」
魔法戦用の杖を構えて魔力を込める。
突然やってきた私が異様な魔力を杖に込めはじめたのを感じて、何事か見物に来ていた魔族達が青い顔で逃げ出していく。
まだまだもう少し溜めましょう……。魔力が物理的な力となって私の周りを渦巻き、小石が砕け土が舞う。
私はゆるりと魔女ッコが使うような杖を振りかぶり、溜め込んだ魔力を解放するように呪文を放つ。
「――【Blast】――」
現在、私が使える最大破壊魔法。風の第六階級魔法【爆破】です。
私が今まで使わなかったのは単純に威力が大きすぎて使いづらかったのです。何しろ消費MPも凄いですが、広範囲にわたって威力の減退無しにただ破壊するだけの魔法なので、VRMMOでは下手にこれを狩り場で使うと掲示板で晒されました。
「「「「「………………………」」」」」
「大きな岩はなくなりましたので後はお願いします」
唖然としている村人達の先頭で、顎が落ちそうなほど口を開けている村長さんの肩を叩いてすれ違う。
要望は応えましたので文句を言われる筋合いはありません。
「頑張って下さいね。あなた達の村ですから」
そう言って立ち去ろうとした時、視界の隅で村人達の何人かが跪いているような姿が見えました。どうしたのでしょうね?
そんな生活をして、私が王都に移ってからそろそろ一年が経とうとしています。
平穏ではありませんでしたが、それなりに順調なのではないでしょうか? 早く大人になって全力の力を取り戻さないといけません。
そんなことを考えながら王都に戻った私に、とんでもない乙女ゲーム側の洗礼が待っていたのでした。
次回、キャロルに迫る乙女ゲームの洗礼。「婚約者」