29 ストーカー
先日、マロくんと言う同年代の知り合いが出来ました。
友達とはちょっと違いますね。五歳のほうの私は家から外に出ない引き籠もり設定なので、たぶんもう会うことは無いでしょう。
マロは病弱で気が弱くてとても良い子なのですが、………マロ? まろ? 麻呂? どこかで聞いたような気がしますね。どこでしょうか?
………なにやら寒気が。
「キャロルお嬢様。なにか最近、お屋敷の周りで知らない人達を見かけるんですけど、お嬢様も気をつけて下さいね」
「ん?」
メイドのメイヤが不安そうに注意してくれる。
忌み子で『嫌われ令嬢』な私はともかく、メイヤの娘のマイアもまだ幼いとは言え、もう12歳の立派なお嬢さんです。住んでいるご近所で怪しい人を見かけたら不安になりますよね。
ただ単にご近所にどなたか越してきた可能性もありますけど、確かこの辺りって貴族のお屋敷ばかりですから、新しく越してくることはまずありません。
「あやしいの?」
「そうですね……、見かけは普通の商人だったり庶民の通行人だったりすんですけど、なにかを調べているみたいで……」
「ん」
もしかしたらフレアの所に卸している化粧品関連でしょうか?
大々的に売り出すほどの数を出しているわけではありませんが、フレアが他の貴族と交渉する為に使っているらしいので、それと敵対している貴族が私のことを調べているのかもしれません。
そのうち調べて排除しましょう。その前に背後関係を調べられるでしょうか?
私もそれなりに忙しいので、あまり興味の無いことは後回しにしていました。面倒くさいので。
そんなある日、専属メイドのマイアの顔色があまり良くありませんでした。
「どしたの?」
「お嬢様……」
マイアが言うには、彼女が買い物等でお出掛けする時、知らない人から跡を付けられたり、屋敷の外から中を覗いていた人がいるそうです。
もしかしてストーカーでしょうか? 私も前世では黒髪ロングの無口系だったので、勘違いしたストーカーが小学生高学年くらいから途切れたことがありませんでしたが、その経験則から言ってその可能性は高いと思われます。マイアは可愛いから仕方ありませんね。
そんな感じでストーカーの正体がつかめないまま本格的に駆除に乗り出そうとした矢先、思いがけないところから情報がもたらされました。
「ひさしぶりね、キャロル。元気にしていたかしら? ああ、ウサギさんは草だけ食べていれば元気なのよね? 野蛮な亜人が羨ましいわ。人族の身体なんてすぐ死んじゃうから大変なのよ」
「……………」
それはあなたの事ですか? あなたが殺そうとした人の事ですか?
毒を吐きながら久々にフレアがうちにやってきました。何しに来やがったコイツ。
フレアの所に卸す化粧品も、彼女の配下の暗殺者メイドが取りに来るので、私達が直に顔を合わせる必要は無いはずですけど。
「次のはまだ出来てないよ」
「あら、そんな取り立てみたいな些細な事で、わたくしが出てくると思っているの? 期限に遅れるような無能なら、その日のうちに暗殺者を送り込むわ。わたくしとあなたの関係を調べようとした商人のようにね」
「…………」
すでに排除済みのようです。フレアってまじフレア。
悪即斬、ではありませんが、彼女には警告とか猶予を与えるとか、そんな発想はないようです。
「……なんの用?」
「つれないのね。せっかくオトモダチであるウサギさんが困っているから忠告しに来てあげたのよ」
「ん?」
「最近、とある貴族家があなたのことを調べているわ。そこのボンボン。まぁわたくし達と同じ歳なのだけど、あなたに目を付けたみたいね。ふふ、趣味が悪いわ」
「……だれ?」
「ホホホッ。それをわたくしが話すと思って? 幼い黒髪のハーフエルフを捜しているから、わたくしが教えてあげたのよ。面白そうだから。オーホホホッ!」
「………」
フレア、まじフレア。
どうやらフレアは、調べられていることを気付いていない私に教えて、苦悩する様を見物に来たらしいのです。
そしてストーカーが付いていたのは私でした。ナンテコッタイ。
それにしてもその貴族のボンボンって何者でしょう? フレアはマジで教えてくれませんでした。
そんな危なそうな人と遭遇した記憶は無いのですが……。
では早速ストーカーの排除に参りましょう。ストーカー死すべし。ストーカーには人権など無いので、排除しても罪にはならないと思います。多分。
「Setup【Arjuna Cloche】」
夜に狩人モードでこっそり家を出ると、屋敷の外側、隣の屋敷の壁沿いに佇む二人の男性がいました。
あやしいですね、早速倒しましょう。倒した後で証拠が出れば有罪です(錯乱)
「Set【Snipe Bow】」
カバンから特殊効果の付いた弓を取り出す。アルジュナクロシュのメイン武装である魔弓ガーンディーヴァだと、下手をするとただの肉片になっちゃいそうなので、家の周りが汚れるのが嫌なので止めました。
アルジュナクロシュは胴と足は白ですが、深緑色の外套をすっぽり被るとかなり隠密性が増します。紙装甲ですからね。隠密スナイプが理想です。
木の上から銅の矢を使ってゆっくり引き絞り、二人に向けて矢を撃ち放つ。
「【Double Shot】」
遠隔スキル40の【戦技】、ダブルショットです。これは威力は変わりませんが、同時に二つの目標を撃つことが出来ます。
これって矢が1本しか減らないんですよね……。どうなっているのでしょうか。
「ぐあっ!?」
「ぐっ」
片方が倒れて、もう片方が困惑しながらも動かない相棒に見切りを付けてさっさと逃げ出す。
チッ、生きてた……なんて冗談です。そう簡単に命を奪ったりしません。もう一人もスナイプボウの特殊効果【麻痺】で昏倒しているだけです。
私は木の上から降りて昏倒した男性の持ち物を調べる。
「……………」
どうしてマイアの物らしき女の子の下着を持っていますか、この男の人。
きっと何かの間違いです。そんなことをするなんてあり得ません。気が動転した私は下着を彼の頭に被せると、手足の骨をへし折ってから放置しました。
それではもう一人の追跡を始めます。
そうです。わざと逃がしたのです。別に麻痺効果が出なかったから予定を変更したわけではないのです。
アルジュナクロシュで隠密を保ったまま塀の上を走って男を追いかける。
これで衛兵のところに駆け込まれたらどうしようかと思いましたが、ちゃんと拠点に戻ってくれるみたいです。
追跡を警戒しているのか、色々な場所を通って逃げていましたが、しばらくするとどこか大きな屋敷の中に入っていく。
どこのお屋敷でしょうね? かなり警備が厳重です。それでも高レベルプレイヤーの隠密を防げる程度ではありません。
「【Eagle Eye】」
遠隔スキルの【イーグルアイ】を使います。これを使用すると、視認性の悪い場所での命中率を上げて、隠された物を発見できます。
「……ビンゴ」
庭の中に地下室の入り口らしき物を見つけました。ではそこから侵入してみましょうか。
「【Open Lock】」
多分ゲームオリジナルの鍵開けの魔法を使い、侵入します。現実で使ったのは初めてでしたが、どういう原理なんでしょうね。
中は薄暗かったのですが、プレイヤーの視覚はこの程度問題ありません。
しばらくするとまた扉があって人がいないことを確認してその中に入ると、紙のような物が……写真? 大量に張られた小部屋に出る。
なんでしょうね……。それが何か確認する為に魔法の明かりを灯すと。
「…………っ」
数秒ほどフリーズしましたが、私はそのまま隠し通路から外に出て、屋敷からも離れると、1㎞ほど離れた場所にある時計塔の天辺によじ登る。
うん。大変良く見えますね。
「――【Enperial】――」
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!
街中から響く轟音、人々の悲鳴。
外部から完璧にその地下室の完全破壊が出来たのを確認した私は、そのまま見つかる前にとんずらしました。
ストーカーに掛ける慈悲はありません。
汚物は消毒です。とある少年のコレクションは灰になりました。
次回は、魔族の村 金曜更新予定です。