23 遺跡探索
遺跡の奥に現れたのは、短い灰色の髪で、三十代前半くらいの無精髭がよく似合う、バカでっかい両手剣を担いだちょっと渋めのおじ様でした。
でも実際の年齢はその通りか分かりません。貴族は…と言うか、魔力の強い人は見た目が若くてお肌ピチピチです。
「嬢ちゃん、その格好……冒険者か? この遺跡は騎士団で管理している。冒険者が勝手に入っていい場所じゃないぞ」
「え? ここって商業ギルド管理の遺跡ですよね?」
「はぁ?」
話を聞くと、おじさんは騎士団管理入り口のほうから入って、ここ数週間、増えたミノタウルスの群れを騎士団で駆除する為に追い詰めていたそうです。
「部下と追ってたんだが、はぐれちまってな。まさかこっちのほうまで通じている通路が残っているとは思わなかったが」
「だから、こっちにもミノタウルスが湧いたんですね」
「そりゃあ迷惑掛けたな。おい、そこのあんちゃん」
「は、はいっ」
おじさんがミノタンに襲われていた一般冒険者に声を掛けた。
「一筆書いておくから、冒険者ギルドに届けてくれ。この道は封鎖だ。後で騎士団のほうで処理していく」
「……わかりました」
一般冒険者の人は、おじさんが書いた手紙と、身分証になる家紋入りハンカチと、お駄賃の銀貨を貰って、逃げるように入り口のほうへと戻っていきました。
「さてと」
おじさんは私に向き直るとやんちゃ坊主のような笑顔を浮かべる。
「嬢ちゃんがミノタウルスを倒したんだろ? 大したもんだ。そこで相談があるんだが聞いちゃくれねぇか?」
「……何でしょう?」
なんか嫌な予感がするので一歩下がる。
「おっと、変な話じゃねぇよ。その長剣で倒したんだろ? しかも魔術師と見た。こっから俺に雇われてくれないか?」
「はぁ…?」
おじさんが言うには、部下とはぐれたけど、ここまで追い詰めたミノタウルスを何とか始末しておきたいそうです。でも一人ではきついので、それを倒す実力がある私を冒険者として雇いたいみたい。
「……あまり長い時間は無理」
「俺だって、こんな夜まで時間掛けるつもりはなかったよ。朝までにはケリを付けたいんだ。また一から追い詰めるのは面倒だからな」
「報酬次第ならいいけど……でもいいの?」
「なんだ?」
「私、ハーフエルフですよ?」
黒髪をかき上げて長いお耳を見せる。
おじさんは気さくな人だけど、人族至上主義のこの国の貴族です。
「おお、綺麗な耳だな。俺も昔は傾奇者の冒険者だったんだ。今は貴族になっちまったが、気にしちゃいないぜ?」
「ん、分かった」
そんな訳で朝までミノタン退治に付き合うことになりました。
報酬は粘って大金貨一枚です。おじさん、酒代がなくなってガックリしてました。
「部下がいるって言ってたけど、おじさん偉い人?」
「剣を振っていたらいつの間にかなぁ。ああ、俺のことはベルトって呼んでくれ。嬢ちゃんは…」
「ギルドでは『魔女』で通っています」
「魔女か。まぁ、嬢ちゃんでいいか。よろしくなっ」
そんな世間話をしながら奥へと進み、遭遇した二体のオークを私とベルトが一撃で斬り捨てる。
「嬢ちゃん、いい腕してるな。その長剣もすげぇが」
「ベルトさんも両手剣」
「ある程度切れ味が落ちても、これなら叩き潰せるからな。うちの息子にも両手武器を使えって言ってるんだが、お上品に片手剣使ってやがる」
「息子さんいるんだ?」
「生意気なガキだよ。おっ、ミノタウルスだぞ」
「ん」
はぐれたらしい一体のミノタンに遭遇。
「おらよっ」
『グゴォオオオオッ!!』
ベルトが剣で斬りつけ、それをミノタンが両手斧で受け止めた。
「うおおおおおおおおっ!!」
ベルトの腕の筋肉が膨れあがり、ミノタンの巨体を押し返したところを、私が後ろから忍び寄ってリジルを心臓辺りに突き立てた。
ベルトおじさん、結構強い。感覚的にレベル40は超えていそう。これが王都の騎士のレベルですか。辺境領の騎士とは比べものになりません。
……王都にはこんな騎士が沢山いるのなら侮れませんね。
「嬢ちゃん、素材は取らねぇのか? 冒険者だろ?」
「……血の臭いが苦手です」
「ああ、……嬢ちゃんエルフだったな」
ハンカチで口元を押さえていると、納得した顔のおじさんが心臓辺りにあった魔石を抜き出して私にくれました。
「あと売れるのは角だな。肉もそれなりに良い値はつくが、持って帰るのは無しだ。この場で食ってみるか?」
「私、ハーフエルフ」
「……だったな。嬢ちゃん、携帯食料分けてくれないか? ここに来るまで食い潰しちまってよ」
「お腹減ったのですね」
……やけに肉の話をすると思ったら。そこで私はカバンの中に買いためてある謎肉の串焼きを差し出す。
「お、おおっ? どっから出した? しかも焼きたてだぁ?」
「いいから食いなさい」
「……異国や王家の秘宝に、そんなアイテムがあるって話だが、あんまり見せると貴族を引き寄せるぞ。おっ、やっぱり謎肉の串焼きはうめぇな」
「(多分)気をつける。……謎の肉って何の肉?」
「魔物だって話だが、まぁ謎だよ」
「それよりも、ここの魔物は獣亜人系が多いね」
お食事が済んで奥へと進みながらそんな話題を振ってみる。喋るのは面倒ですけど、騎士の人に色々聞ける機会なんてそうはありません。
「奥の方に繁殖地があるとも、魔の森と通じているなんて噂もあるな」
「へぇ」
「……嬢ちゃん、無表情で反応が淡泊だから、感心してるのかバカにされてるのか、わかんねぇな」
良く言われます。
「それにしても嬢ちゃん、腕が立つなぁ。女でも、この国でなかったら騎士団に誘いたいところだが……」
「亜人ですし」
「だよなぁ。俺の部下もあまりつえぇのがいねぇし、強い奴が欲しいんだけどな」
王都の騎士団でもおじさんの部下程度だと、そんなに強くないのでしょうか。
確か騎士団長は『剣聖』とか言われているそうです。ベルトのような人を沢山部下に持つなら、相当強いのかも。
「嬢ちゃん、ついに追いついたぞ」
「ん」
ようやくベルトが追い詰めていたミノタンの群れに追いつきました。数は10体程度でしょうか? 推定レベル40越えのベルトでも、30レベルのミノタウルスがこれだけいればきついでしょう。
ベルトがこの国の騎士の標準なら、私も少しなら実力を見せても大丈夫そうです。
では開幕の一撃。
「――【Acid Cloud】――」
『『『グォゴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!?』』』
第五階級の水の範囲攻撃魔法【酸の雲】に包まれたミノタンが、粘膜を焼かれて苦悶の叫びを上げた。
「じょ、嬢ちゃんっ!?」
「ほら、行きますよ」
うわずった声を上げるベルトに声を掛けて、私は斬馬刀を構えて突っ込んでいく。
身体強化4なら30メートルの距離でも10歩で到着します。格好良くズパンと両断したいところですが、し損なったら格好悪いので、安全に心臓を貫きます。
ドォンドォンドォンッ!!!
そして剣を引き抜きながら、近くのミノタンにブレイクリボルバーを三連射して頭部を砕く。
『グゴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
さすがに粘膜を焼いた程度では動きを止めませんか。数体のミノタンが斧や棍棒を構えて襲いかかってきました。……目をやられてどうやって位置が分かるのでしょう?
では、もう一発第五階級の炎の範囲魔法でも……
「嬢ちゃん、無茶すんなっ!」
叱られました。
ベルトおじさんが棍棒を持ったミノタンの脇腹を斬り、体勢を崩したところで頭部を斬り砕く。おじさんが来ちゃったから範囲魔法は中止です。
混乱しているうちに半分は倒しておきたかったのですが、仕方ありません。中間管理職のベルトさんに花を持たせましょう。
「嬢ちゃん気をつけろっ!」
「ん」
近寄ってきたミノタンを【剣舞】で回転しながら斬り裂く。ベルトさんも特に問題無さそうかと思いましたが――
「くっ、こいつら死に物狂いでっ」
ああ、なるほど。モンスターの【狂化】ですか。やっちゃいましたね。
モンスターは長時間――具体的にはゲーム内一日以上戦闘状態が続くと【狂化】状態になりステータスが1.5倍に上昇します。
これはVRMMOで一部のプレイヤーが魔物を集めて独占するのを防ぐ為の処置でしたが、現実でもあるのですね。多分、長時間騎士達が追いかけたのと、私の範囲攻撃のせいかと思いますけど。
仕方ありません。やっちゃいます。
「ベルトさん、ちゃんと避けて」
「はあっ!?」
「行きます」
私は斬馬刀を両手で構えて、体勢を低くしながら身体を捻るように斬馬刀を横に振りかぶる。
「――【Blade Cyclone】――」
舞うように踊るように強烈な回転をしながらミノタウルス達を斬りつけていく。
【剣舞】スキル50で覚える専用両手剣【戦技】、ブレードサイクロンです。
これは一撃の威力は低いのですが範囲技で、レベル30で【酸の雲】でHPが削られたミノタンなら――
『グゴォオ……』
ズズズン……ッ、と最後のミノタンが地響きを立てるように崩れ落ちる。
斬馬刀リジルの基礎攻撃力が60、レベル95のステータス補正とスキルボーナス、身体強化を含めて通常攻撃が256。
ミノタウルスの防御が120のランクDなので、物理耐性40の物理カット30で、二倍撃のブレードサイクロンなら通るダメージは226。
ミノタウルスのHPは350ですが、【酸の雲】で程良く削られていたようです。
「……嬢ちゃん」
ベルトの掠れたような声が聞こえました。
少し驚かせたかな?と思って振り返ると、そこには瞳を輝かせた満面の笑みを浮かべたベルトさんが、両手剣の切っ先を私に向けていた。
「嬢ちゃんみたいな強い奴がいるとは世界は広いっ。さあ、俺とやり合おうっ!」
「…………」
もしかしてバトルマニアですか? 画面の向こうならまだしも現実にいると面倒ですね。それならまず身近な騎士団長とでも戦って勝ってからにしてください。
「面倒なのでパスで」
「頼むよ嬢ちゃん……俺は自分の力を知りたいんだっ!」
そう言ってベルトが斬り込んでくる。
本当に面倒ですね……。まずは軽く剣合わせをしたいのかもしれませんが、そもそもステータスで倍以上の差があるので、
「はっ?」
身体強化を使って剣を受け流しながら、一瞬で視界から消えた私に間抜けな声を上げるベルトを地面に叩きつけるように押さえつける。
「まずは強くなってから出直してください」
「…………ああ」
それから少し大人しくなったベルトとミノタンの素材を分け合い、報酬の大金貨1枚を貰って、なんとか朝になる前に帰ることが出来ました。
それと、もう一つ収穫がありました。
ベルトは気付いていないようでしたが、ミノタン達が集まっていた遺跡の奥、その洞窟の先にわずかに光が見えたのです。
アレは多分、外の光です。
***
「「「旦那様、お帰りなさいまし」」」
「おうっ」
朝方、任務を終えて帰ってきたベルトを出迎えた使用人達は、やけに上機嫌な主人を見て怪訝そうに首を傾げる。
でも、いつも強い相手を求めているベルトなので、任務でよほど強い魔物にでも会ったのかと使用人達が勝手に納得していると、
「父上っ!」
「おう、もう起きてたか。……どうした?」
息子の声に上機嫌で応えるベルトだが、十代半ばの息子のほうはやけに険しい顔をして、思わずベルトも尋ねてしまう。
「父上っ、私に両手剣を教えてくださいっ! 私は勝たなければいけない相手がいるのですっ!」
「おおそうかっ」
今まで格好ばかり気にして、幾ら言ってもやろうとしなかった両手剣の鍛錬を頼むとは、何があったのか知らないが、ベルトは喜んで快諾する。
「父上、やけに機嫌が良さそうですが……」
「ちょっとすげぇ奴に会ってな。いやはや、世界は広いなっ」
「そうですか。父上が言うのなら相当なのでしょうねっ」
「おうっ。俺も鍛え直しだ」
普段は騎士の仕事など片手間で、久しぶりに見る覇気のある父の姿に、息子のアベルは嬉しそうにしながらも心配そうにベルトを見る。
「無理はしないで下さいね。父上はこの国で最強の、かけがえのない『剣聖』なんですから」
一部、攻撃力等の計算が間違っていたので、09と14をこっそり修正してあります。
次回、遺跡の奥に見えた光。
次は土曜更新予定です。