22 地下の遺跡
「本当に久しぶりね。私達のワイバーンを横から奪うなんて、あなた、やってくれたわねぇ、魔女さん」
大きく開いた胸元を強調するように腕を組んで、薄い笑みを浮かべて嫌味を言う、二十代半ば……から後半に差し掛かった女性の胸と、同じテーブルについて上目遣いで私を睨む二十歳程の猫娘の(毛深い)太ももを見て彼女達を思い出しました。
あの辺境で出会った傾奇者冒険者、銀ピカ派手ジミーの愉快な仲間達です。
確か、マリーとヘルガでしたっけ? 二年ぶりですか、久しぶりですね。
「……『私達のワイバーン』って、逃げたんじゃないんですか?」
「違うわよっ、ちょっと有利な位置に移動しようと思っただけよっ!」
私のツッコミに猫獣人のヘルガが言い訳がましい叫びを上げる。
彼女達はワイバーンを見つけて戦いを挑み、ワイバーンを引き連れる形で街の側まで逃げ帰ってきました。トレイントレイン。
そのせいで辺境伯の騎士隊に被害が出ましたが、面目の為に辺境伯は無かったことにして、彼らの責任も無かったことになりましたが、噂までは止められずに周りから白い目で見られて辺境領から離れることになったのです。
そんな彼女達と二年ぶりとは言え、どうして私が同じテーブルに着いているのかと言いますと、プレッツェル売りの幼女アリスを私が苛めたことになっていまして、ちょっと男性達に絡まれそうになったので、一時避難に使わせてもらいました。
「ところでジミーとケニスは?」
「……ああ、アレね」
銀ピカ鎧の派手ジミーとトゲトゲ黒鎧のケニス、その男性陣の姿が見えないので尋ねてみると、魔術師のマリーが呆れた顔でアレ呼ばわりした。
なんでも彼らは、あのアリスからプレッツェルを買うようになって、その小動物のような可愛らしさにやられて、彼女に貢ぐ為に二人で行動しているらしい。
…………マジで?
「あの子……子供ですよね?」
「そうなのよっ! おかしいと思わないっ? 確かに他の子供と比べても凄く可愛らしいけど、あの子まだ五歳でしょっ? あの子に貢いでどうするのっ?」
私の言葉にヘルガが同意するように捲し立てた。
あの子がもしヒロインだとしても、五歳の頃から男性を惑わすとかどうなってるんですか? しかもそれをおかしいと持っているヘルガでさえも、彼女が凄く可愛いと言っています。
もしかして恐ろしく魅力値が高いのでしょうか? 確か精霊の『愛し子』なので精霊の加護によるステータスブーストがされているのかもしれません。
私も常人の数倍の魅力値を持っていますけど、何故か私に纏わり付くのってヤバい系のストーカーばっかりなんですけど?
これが『愛し子』と『忌み子』の違いですか……腑に落ちません。
やっぱり普段の印象が重要なんですか?
「そんな男共なんてどうでもいいから、女同士でいい話があるんだけど乗らない?」
バッサリとジミー達を切り捨ててマリーがニヤリと笑う。女盛りなのにもう男を切り捨てましたか、マリーさん。
「……聞くだけなら」
詳しい情報は教えて貰えませんでしたが、王都の下には遺跡が広がっていて、かなり強い魔物が出てくるらしい。
数カ所ある入り口は王都の騎士団が管理しているけど、隅のほうの行き来に面倒な入り口は商業ギルドが買い取って、そちらから冒険者を送り込んでいるそうです。
ああ、なるほど。だから装備の良い傾奇者系冒険者が多いのですね。乙女ゲームだと冒険者ギルドなんて無かったので、知りませんでした。
でも確か、王太子攻略のイベントに地下からドラゴンゾンビが現れるなんて話がありましたね。それが遺跡なんでしょうか?
マリーが言うには、その冒険者用の入り口から入った場所から、マリー達が奥へと続く扉を発見したそうです。
「そこに妙な足跡を見つけたのよ。ヘルガの見立てだと、おそらくミノタウルスね」
「うんっ、間違いないって」
「…………」
ミノタンですか……。VRMMOでは倒すと何故か“ミノ”と“タン”をドロップすることで有名な魔物でした。
レベルは確かワイバーンより低いはずですが、安全に狩れる高レベルになる頃には食材なんて高収入にならないので、私もほとんど狩ったことはありません。
「面倒なので無しの方向で」
「……あんた」
どうも彼女達の行動は地雷っぽいので、基本お断りです。ハーフエルフだと焼き肉なんかには心惹かれませんし。
でもまぁ、良い情報が得られました。私って冒険者から評判の悪い『魔女』なので、同業者から情報を得られにくいんですよ。だからといって、彼女達のような地雷と一緒に行動するなんてあり得ませんけど。
いいんです、私は。商業ギルドとは良い関係を築けていますし。それではいつもの鋼鉄の剣を売るついでに、遺跡の情報ゲットです。
そしてまた翌日、ぐっすりとお昼寝をして、夜に遺跡に出発です。
その場所は王都西部のさらに離れた場所にありましたが、昨日のうちに【Warp】のマーキングをしていたのですぐに跳べるのです。
「…………」
さすがに連日でプレッツェル売りには会いませんよね。何となく彼女との遭遇はトラウマになっている気がします。
警備員に挨拶して遺跡に入りましたが、さすがに夜だと他の冒険者はほとんど居ません。魔物も居ませんけど、ゲームじゃないのだから、入り口からすぐに魔物まみれなんてあり得ませんよね。
それでも皆無ではありません。ゴブリンっぽい何かにトドメを刺していた冒険者近くを通りかかると、厨二っぽい形状の斧を担いだ戦士が何か言いたそうに私のほうへ足を踏み出したので。
「【Fire Lance】」
詠唱破棄で撃ち放った【炎槍】が、戦士の横を通り過ぎ、こっそり忍び寄っていたゴブリンシーフを一瞬で黒焦げにする。
「「…………」」
その一撃に冷や汗をかいたように戦士は呆けていましたが、すぐに気を取り直して斧を構えた。
「てめぇ、この魔女っ、人の獲物に手を出しやがっ…」
「待てっ! 俺も気付かなかったっ、俺達は助けられたんだよっ!」
その後ろからレンジャーらしき男性が慌てて戦士を止めた。
戦士はそれでも納得できないようで、離れた場所に居た魔術師っぽい男性に顔を向けましたが、魔術師は今の【炎槍】の威力に青い顔をして首を振る。
【炎槍】は第三階級の攻撃魔法なんですが、王都の冒険者でも、こんな入り口すぐではレベルの高い人は居ないようですね。
黙って道を空ける冒険者達の間を通って私は奥へ進みます。
商業ギルドで一般的な地図は買っているのでマッピングの必要は無いのですが、久しぶりのまともな冒険。しかも初見のダンジョンです。ゲーマーの血が騒ぎます。
『ブモォオオオ、』
ドォンドォンドォンッ!!!
出会い頭に現れたオークっぽい魔物を、ブレイクリボルバーの三連射ヘッドショットで血の海に沈める。
「……うぷ」
これは失敗です。地下遺跡の中だと風がないので血臭がきついです。
どうせ帰りは【空間転移】なので奥へと進みましょう。気持ちの悪い血臭から逃れるようにオークから素材も取らずに適当に奥へと進むと、匂いが消えたところで遠くから悲鳴のようなものが聞こえました。
「…………」
また何かのフラグですか?
『グゴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
あ、意外と近い。
仕方ありませんね。誰かが襲われているみたいなので、見捨てるのはやはり気分が良くありません。
「ひぃいっ」
「【Ridill】」
冒険者を襲っていたデカい人型に、斬馬刀を抜いて割り込むようにその腕を切り落とした。
『グゴォオオオオッ!?』
「あ、あんたっ」
「下がって」
冒険者を下がらせると、片腕だけでも戦意を失わずに戦斧を振りかぶる敵に、私は静かにリジルを構える。……ミノタンですか。
『グゴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
「………邪魔」
私はリジルを腰の周りで回転させるようにして、巨大な戦斧をかいくぐり、ミノタウルスの背中にリジルを貫通するまで突き立てた。
『グゴォ……』
ズズン…とミノタウルスが崩れ落ちる。ミノとタンが……。
「……み、ミノタウルスを一撃で?」
「それより、どうしてあなたが一人で?」
その冒険者は傾奇者ではなく、薄汚れた鎧を着た若い一般冒険者でした。
「す、すまねぇ。あいつら…マリーとヘルガが、負けそうになったら俺を囮にして…」
「あ~…」
最後まで言われなくても状況を容易に想像できるのか怖いですね。
「とりあえず、一人で帰れますか?」
「あ、ああ。何とかなる。すまない、後で必ず礼はするっ」
「いえ、別に…」
「なんだっ、もしかしてそっちの嬢ちゃんが倒したのか? 大したもんだ」
突然そんな声を掛けてきたのは、大剣を肩に担いで騎士服を着崩した、ちょっと渋いおじ様でした。……誰ですか?
あの人達は相変わらずです。そしてキャロルはトラウマです。
次回、騎士のおじさん。
次は木曜更新予定です。