20 貴族の少年達
 
嵐は去りました。本当にもぉ、こんな死亡フラグはいらないのですよ。
乙女ゲームでのフレアは強烈でしたが現実ではさらに強烈です。あれで五歳ですよ、五歳。これで魔術学園に入学する頃になったらどうなっているんでしょう?
それまでに私も出来るだけ呪文をアンロックして、基礎体力も上げておかないといけません。
地力が増えるまで――正確に言えば、どのくらいの強さか分からないけど王都の騎士100人くらいとガチバトル出来るくらい強くなるまでは、フレアやディルクは仕方ないとして、他の攻略対象者とかと出会わないようにしたいです(切実)
「キャロルお嬢様、気分転換にお庭でお散歩でもしますか?」
「……ん」
気を使ってくれたマイアの厚意に甘えてお散歩でもしましょうか。
「ではお嬢様、お手々を繋ぎましょうっ!」
「ん」
別に繋がなくても良いんですけど、この子はやたらと手を繋ぎたがる。ディルクに対抗しているのかしら? 本を読む時もピッタリと側に居るし、スキンシップが年々激しくなっているけど、それらを止めさせるのに説得するのも面倒くさいので、大人しく手を繋ぎます。
思えば、暴風の如きフレアの来襲が去って、気が抜けていたのだと思います。
まさか――
「おや、君が妹が言っていたウサギちゃんかな? なるほど、可愛らしい子だね」
「…………」
まさか、フレアが帰ったのに、一緒に来ていた公爵家の嫡男さんがまだ残ってるなんて思いもしませんでしたよ。
「キャロルっ! お前、何故部屋から出てきたっ! お前みたいな亜人が、他の貴族の目に触れるなどあり得ないことだっ!」
いや、もうフレアとは会いましたよ、お兄様。
「まぁまぁ、ディルク。そうウサギちゃんを叱らないであげて。私が庭を見たいと言ったからだし」
フレアと同じ銀髪に碧い瞳の美少年は、フレアとは兄妹と思えないほど優しげな微笑みを浮かべて、優雅に一礼する。
「あらためてこんにちは、ウサギちゃん。私はカシミール・フルート・プラータ。よろしくね」
「………キャロルです」
もしかしてこの人は貴族には珍しい“まとも”な人なのですか?
「ふんっ、亜人はまともな挨拶もできんのか。やっぱり屋敷から出すべきではないな」
ディルクはいつも通りです。
「まぁいいじゃないか。気の抜けた挨拶をしたら刺しに来る、うちの妹よりずっとマシだよ。この間も私の執事が刺されて血塗れで大変だったよ」
フレアもいつも通りフレアです。
「それに元々、同じ歳の妹が居るから、フレアのことを相談しようと思ってここまで来たんだし、ウサギちゃんにも話を聞いて欲しいな」
「……ちっ、仕方ないな」
「…………」
それにしても随分と仲が良いのですね。もしかしたらダメな妹の話題で盛り上がったのでしょうか?
そして私の意志に関係なく私を交えてお茶会になりました。カシミール君、さっさと帰れよ、と思いましたが。
「いやね、一緒の馬車で来たはずの妹が、さっさと馬車で一人で帰っちゃったんだ」
「………」
フレア、マジフレア。
カシミール君や彼の護衛達が乗る馬車をうちで用意しているので、用意が終わるまで暇なんだそうです。
「うちのフレアに比べて、ウサギちゃんは可愛いね。私の家の子になるかい?」
「ふんっ、こいつは外に出さんぞ。うちにずっと居るんだからなっ」
「………」
何故かソファに、ディルクとカシミールの二人に挟まれて座っております。貴族寄りの使用人達からの視線が痛いです。
私も好きでこんな位置に居る訳ではないのですが、カシミールは貴族としては比較的まともなので、それだけが救いです。
「ウサギちゃん、いつでも私の所に来ていいからね。可愛いウサギちゃんの為に、特別にドラゴンの革で作った“首輪”を用意してあげるよ」
……ん?
「カシミール、君の所にはやらんと言ったろうっ。こいつにドラゴン革の首輪なんて、似合わないだろう。キャロル、僕が黄金の首輪と手枷を用意してやる」
「何を言ってるんだ、ディルク。ドラゴンの革ならハーフエルフの魔力でも壊せないから、絶対に逃げ出せないんだよ? 薬で自由を奪うのは私の趣味じゃないし」
……んん?
「ほほぉ、そんな効果があるのか」
「そうなんだよ。うちのフレアを君の婚約者としてあげるから、ウサギちゃんを私にくれないか? ちゃんと責任持って飼うから」
「そんな怖い令嬢はいらんっ。強い女は苦手なんだ。こいつは僕がお淑やかに育てて、短いスカートを穿かせて飼うって決めているんだ。キャロル、お前もそのほうが良いだろ?」
「………」
良い訳あるか、ボケェ!
何だこいつら。これがこの国の貴族のデフォルト状態なんですか? 使用人達も私を飼うってところで、少なくとも公爵家側は納得して頷いていた。
ダメだ、こいつら。矯正不可能なレベルにまで腐ってやがります。
「【Confusion】」(ぼそ)
こっそりと魔力五倍消費の範囲拡大した【混乱】を唱えると、私から闇色の魔力が溢れて、魔法抵抗の弱い使用人達が“混乱”する。
その場で服を脱ぎだしたり、柱時計に土下座して許しを請うたり、横領の相談を始めたりと混沌とした中、
「あはは、なんだこれっ。ウサギちゃん、闇の精霊でも憑いているのかいっ」
「ちっ、また闇の精霊か。本当にコイツはダメな奴だな。一生外には出さんぞっ」
カシミールとディルクは当たり前のようにレジストしやがりましたのです。
この場で一番偉い二人がまったく気にしていないので、私の暴挙は【闇の精霊】の暴走と言うことでお咎めなしになりました。
我ながら気が短くて困りますね。ここで問題を起こせば王都から離れられるかもって打算は、少ししかありませんでしたよ?
でもまた無駄に死亡フラグを立てたような気がします。
ディルクやカシミールの他に闇魔法をレジストした、ブルネットの髪を短く刈り込んだ、十代半ばの一人の少年騎士が侮蔑の表情で私を睨み付けていました。
なんですか? やるんですか? 五歳児でも喧嘩は買いますよ?
「「………」」
私が目も逸らさずその少年騎士と睨み合っていると、それに気付いたカシミールが不思議そうに声を掛ける。
「どうした、アベル。君ともあろう者が、こんな小さなウサギちゃんに目くじらを立てているのかい?」
「いえ、その…」
主であるカシミールの言葉に、その少年騎士アベルが口籠もる。
「最近王都で、魔女と呼ばれるハーフエルフの冒険者が色々とやらかしているそうで、この王都に亜人なんかがデカい顔で……」
誰のことなんでしょうねぇ。
「なんだってっ、あの亜人女がっ!?」
「ディルク、知ってるのかい?」
「とてつもない破廉恥な女だ。強くて破廉恥だから気をつけろ」
破廉恥なんかじゃありません。
「ははは、こんな可愛いウサギちゃんが、同じハーフエルフだから睨んでたのかい? ねぇ、ウサギちゃん、このアベルはこのケーニスタ王国で『剣聖』と言われる騎士団長の息子で、悪い奴じゃないよ」
「……剣聖?」
アベルの父親である騎士団長はこの国で一番の剣の使い手なんだそうです。
乙女ゲームでそんな人居ましたっけ? まぁ乙女ゲームだと強さのパラメータはないし、関係ないと言えば関係ないんですけど。
……この国で一番の騎士がどの程度のレベルなのか気にはなります。私の敵になるかもしれませんからね。
「おや、ウサギちゃんも騎士には興味あるのかな? 女の子達には人気あるからね。なんだったら、私の伝手で騎士の訓練を見学させてあげよう」
「こら、カシミールっ。コイツは家から出さないぞっ!」
「いいじゃないか、ディルク。ウサギちゃんだって、ずっと家に居たから、ストレスが溜まって闇精霊が悪戯しちゃうんだよ?」
「……ちっ」
いいえ、頼んでません。また私の意志は無視ですか?
まったくこの国の貴族はディルクといいカシミールといい、亜人を人として見ていないようです。何しろカシミールなんて、いまだに私を名前で呼んでいない『ペット』扱い以下ですからね。
その点だけで言えば、私を名前で呼んで取引相手として対等に接してくれたフレアのほうがまだマシです。普段の言動はマジフレアですけど。
この鬱憤をどうしましょうか。そう言えば王都に来てまだ冒険者ギルドに顔を出していないので、行ってみますか。
そんな鬱憤の溜まったのが顔に出ていたんでしょうか。私の顔を見てカシミールが顰めた顔をアベルに向けた。
「アベル、君のせいで小さなウサギちゃんが怯えてしまったよ。お詫びに君が買った、アレを出しなさい」
「え、……あ、あれは」
「なんなんだ? カシミール」
「プレッツェルなんだけど、ディルクは知らないか? 魔術師ギルドの前で屋台が出ているんだけど、アベルはそこのハニーバタープレッツェルがお気に入りでね」
「………」
やっぱりアレって“ヒロイン”なんですかね? 関わりたくないんですけど。アベルも奪ったのは私じゃないので睨んでも何も出ませんよ。
 
この国の貴族は、本当に変態しかいませんね。そしてフレアはマジフレア。
補足。
みんながキャロルの闇魔法を闇の精霊と勘違いしているのは、黒髪による先入観と、闇魔法属性の者がほとんどいないことで、一般的ではないからです。
レジストされるのは、キャロルのパラメータが五歳児+α程度だからですね。
キャロルの『呪いの嫌われ令嬢』が加速していきます。
次回、王都の冒険者ギルド。日曜更新予定です。




