19 真の悪役
もう一人の悪役令嬢、『銀の薔薇』こと、フレア・マーキュリー・プラータについてお復習いしてみましょう。
王妹である王女を母に持つプラータ公爵家の令嬢で、王族でもあります。
乙女ゲームではヒロインやキャロルと同じ歳で、入学する10歳から登場しますが、この人はヒロインとは違った意味で化け物です。
外見は炎のようにうねる銀の髪に、意志の強さを示す宝石のように輝く碧い瞳の超絶美人です。
16歳時にはかなり凶悪なプロポーションをしていましたけど、10歳の時点で大平原のヒロインやキャロルと違い、その片鱗は入学当時から顕著で沢山の上級生を籠絡して、下僕にしていました。
設定では、王国には精霊が宿る装飾品が幾つかあり、その精霊に選ばれて王族は守護を受けているようでしたが、フレアは実の母親から、強引に炎の精霊を奪って守護を受けているようでした。
……精霊に一度した契約を裏切らせるって、どういうことなんでしょうね。
性格は、退かぬ媚びぬ顧みぬ。王様よりも『帝王』らしいので、ゲームの王様の印象が残ってません。
ヒロインとは水と油どころじゃなく、『天敵』のような間柄でした。
私は嫌いじゃないですよ。
画面の向こう側でしたら。
ってな訳で私は隠れていることにします。今日実際に来るのはフレアのお兄ちゃんである嫡男さんですが、たとえ『忌み子』でも妹と同じ歳の令嬢が居るとなれば、興味を持つかもしれません。
本当はこの屋敷から離れたいんですけど、ディルクがメイヤ達に私を見張ってろと命令したので、お昼寝の時間でもマイアが側から離れません。
「キャロルお嬢様、ついさっき、プラータ家の坊ちゃんを連れてディルク様がお帰りになったようですよ。王女様の血を引くお方ですから、実質王子様ですよっ。凄いですよねぇ」
「ん」
フレアが王家の人間ブッコロリルートだと、本当に王子様になれますね。
マイアは気になるみたいだけど、私はこっそり見に行って無駄な死亡フラグを立てたりしませんよ。
私は大人になるまで地味に堅実に生きて、最後は王城に第十階級の殲滅魔法を撃ってとんずらする小さな夢があるのです。
バタンッ。
「き、キャロルお嬢様っ!」
普段作法に煩いメイヤが扉を勢いよく開けて離れの屋敷に入ってきました。
「まぁ、みすぼらしいウサギ小屋ですこと。耳の長いウサギちゃんは、どこにいらっしゃるのかしら?」
「………」
ナンデ、キヤガリマシタデスカ?
聞こえてきたその声に無表情を保っていた私の頬が微かに引き攣る。
え、何で? 今日来るのはプラータ公爵家の嫡男でしょ? どうして最悪の化け物がここに来やがったですか?
「ウサギちゃんはここかしらぁ」
現れたのは豪奢な銀髪の五歳ほどの女の子。豪華な衣装に整いまくった顔立ち。その碧い瞳から放つ子供とは思えない眼光で、マイアはメデューサに睨まれた子犬のように硬直していました。
この世界のもう一人の悪役令嬢――フレアです。
「あらあら、これは可愛い黒ウサギさんね。お兄様に無理を言って、ついてきて良かったわ」
私を見つけたフレアは目を細めて可愛らしく微笑むと、私に向けてスカートの裾をつまみ、見事なカーテシーを披露する。
「初めまして、ウサギさん。わたくし、フレア・マーキュリー・プラータと申します。是非、わたくしとお友達になってくださいな」
「……キャロルと申します」
私も挨拶を返すと、すたすたと近づいてきたフレアが、握手をするように右手を差し出しました。
パンッ。
私がその手を払いのけると、フレアの後ろに居た目付きの悪いメイド達が即座に動き出しましたが、それをフレアが片手を上げて止める。後ろのメイド達は、確実に護衛兼暗殺者ですね。
フレアは手を払われても気にもせずニコリと笑う。
「あら、無作法ね。どういうつもりかしら?」
「手を洗ったほうが良いですよ?」
「あら失礼」
後ろの暗殺者メイドから受け取ったハンカチで手に付いた『毒』を拭い、生活魔法の【流水】を使い、絨毯の上で手を洗う。床水浸し。
フレアのイベントを思い出しておいて良かったです。あれは皮膚から浸透する系の、ヤバい感じの『猛毒』です。
「ふふ。心配しないでね。四半刻以内に手を洗えば毒は浸透しないから。まぁ、私に毒なんて効かないけど」
フレアが毒のついたハンカチを宙に放ると、それは一瞬で燃え尽きて、水浸しの絨毯も瞬く間に乾燥しました。
「暑苦しいから、近づけないで」
「さすがは忌み子ね。この子が見えるなんて。今の件といい、期待した以上の子で嬉しいわ」
あの毒の手で握手は、暗殺とかじゃなくてただの『挨拶』だそうです。パネェ。
そのフレアの周りに、炎の精霊が纏わり付いていました。本当に炎の精霊を使役しているのですね。
「どうやって手懐けたの?」
「それよりも、いつまでわたくしを立たせておくつもり?」
「ん」
私は軽く頷いてソファーのあるほうへ向かう。
そんな私に暗殺者メイドから殺気のようなものが放たれますが、そんなのいちいち気していられません。
さすが悪役令嬢フレア。どこかの世紀末覇者と対峙しているような、強烈な存在感と威圧感を感じます。
「ウサギ小屋のわりにはマシな家具を使っていますのね」
お茶を出そうとするメイヤを眼で止めて、暗殺者メイド達がフレアと私のお茶を用意してくれました。
どうやら私のことは『忌み子』のハーフエルフとして最初から知っていたようです。
フレアの兄がこの屋敷に出向くと聞いて、私の価値を目で見て判断するために無理を言ってついてきたとか。
お眼鏡にかなわなかったら、彼女が帰った後、死んでましたけどね。
お茶を自分のメイドに煎れさせたのは、毒殺を気にしているのではなくて、安い茶葉が嫌いらしいですよ。
「そうそう“この子”の話ですわよね。別に大したことはしていませんわ。ただ癇癪持ちのお母様しか選択肢がなかったこの子に、いずれこの国を業火で包んであげると約束しただけですわ」
「………」
さすがはフレア。昨日の天気を話すような気楽さで、この国の滅亡を精霊に誓う彼女に、さすがの暗殺者メイド達も顔色を悪くする。
精霊との約束って、悪魔の契約並みに危なそうです。
「……どうして燃やすの?」
「あら? だって私が王でない国なんて、存在する意味なんてないでしょう?」
私の問いに、フレアは心底不思議そうに首を傾げてそう言いました。
乙女ゲームでのフレアも、ヒロイン達によって斬首台にかけられても、最後まで高笑いを上げるくらい豪快な人でした。
「正直に言いますわ。私はあなたが気に入ったから、私の庇護下に入って私のモノになりなさい」
「お断りします」
ちょっと心惹かれる提案ですけど、私とは方向性が違いますね。即座にお断りした私に、フレアは気を悪くすることもなく愉しそうに嗤う。
「まぁいいわ。それでは本題に入りましょう」
今のが本題じゃないのかよ。
「あなた、質の良い化粧品を作っているそうね。エルフの技かしら? 今後は商業ギルドに卸すのではなく、プラータ公爵家に全て納めなさい。いいわね」
「………」
なるほど、あれがフラグになってましたか。私が忌み子だってだけで会いに来るなんて、変だと思いました。
あの化粧品を自分だけの物にして、独占するなんて――
「幾らで買ってくれます?」
私がそう尋ねると、フレアの笑みが深くなる。
「商業ギルドの倍で」
「五倍で。他にもありますよ? それに幾らの価値を付けます?」
「ふふ……いいわ。五倍払いましょう。あなたも分かっているわよね?」
「もちろん。良い取引ができました」
別に私はあの化粧品で人の歓心を買おうとか思ってません。お金稼ぎができれば良いのです。大量に作るの面倒くさいですし。
そしてもちろん分かっていますよ。フレアと敵対なんてしません。直接関わりはしないけど敵対もしない。それが契約です。
「有意義な時間でしたわ。納品する化粧品に毒を混ぜても良いのよ? わたくしは気にしませんわ。ふふ。それではごきげんよう、キャロル。オーホホホホホホホホッ」
「……ええ、フレア」
高笑いを上げて去って行くフレアに私もボソリと呟く。
あれがフレアです。あれでまだ五歳なんです。やべぇ。
キャロル、ヒロイン、フレア、この三人がメインメンバーになります。
ちなみにこの世界に転生者はキャロルしかいません。他の二人は天然物です。
次回、公爵家の嫡男もいますよ。
次は金曜更新予定です。




