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18 魔術師ギルド




 ふわふわとしたヒヨコのような金の髪。若葉を思わせる翡翠色の優しい瞳。

 整った顔立ちのあどけない笑顔を振りまく一生懸命働くその姿は大人の庇護欲をそそり、キラキラと輝いてさえ見えた。


「………」

 あかん。

 あのキラキラしているのは、他の人達は気付いていないけど私には分かります。

 多分私がプレイヤーだからでしょう。普通にそれと戦う機会があるので、それを見ることが出来る“眼”を持っているのです。

 あのキラキラした正体は……【精霊】です。


 精霊はVRMMOでもやばい敵でした。何しろ物理攻撃耐性が90% 火の精霊だと耐火100%というぶっ壊れの性能で、しかもダメージを受けても毎秒HPの1%回復するのですよ。

 下級精霊だと第二階級までの魔法しか攻撃手段がなく、HPも100だったので、ある程度のレベルがあれば力業で押しきれますが、低レベルのプレイヤーでは逃げるしかなく、その領域から離れないので逃げやすいことだけが救いの厄介な相手でした。


 パッと見てその幼い女の子には複数の精霊がついていますね。でも精霊術士とは思えません。VRMMOでも精霊召喚スキルはありましたけど、プレイヤーが呼び出す場合は、呼び出している間はずっとMPを消費し続けるので、高レベルプレイヤーでも10分程度でMPが枯渇する使いづらいスキルでした。

 と言うことは、精霊が自発的に取り憑いている? つまりは野放し状態? 危険極まりないですね。誰かがあの女の子に直接的な危害を加えたら、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されるでしょう。

 全盛期の私なら第八階級以上の範囲攻撃魔法で殲滅できますが、それをしたらこの区画が焼け野原になりますし、そもそも今は出来ません。

 関わらないのがベストです。見なかったことにして魔術師ギルドに向かいましょう。

 でも近づいていくと嫌でも声が聞こえてきます。


「お兄さん、こっちのハニープレッツェルもおいしーですよっ」

「いや、甘いのは……」

「お兄さんならだいじょうぶっ。はい、ひとふくろ大銅貨6枚ですっ」

「え、ああ、仕方ないなぁ…」

「わーい、お兄さん大好きっ。あ、おじさんっ、ちゃんとバター味、3ふくろ残してるよっ」

「そんなにはいらないけど…」

「奥さんにおみやげだよっ。ちょっと焦げたの混ざっているからオマケっ。はい、小銀貨1枚ですっ」

「ははは、アリスちゃんには敵わないなぁ」


 その子、アリスはかなり強引な売り子さんですね。これで可愛らしい幼女でなかったらどうなっていたのでしょう? なるほど男性客ばかりなのも頷けます。

 まぁ、焦げた失敗作を売りつけられるのも、彼らがそれで癒されているのなら良いのではないですか。


「あ、そこのエルフのおねーさんっ。プレッツェルはいかがですかっ」

 絡まれました。

「いま、この焼きたてを……あっ」

 アリスが焼きたてのプレッツェルを摘まんでいたトングから落っことし、プレッツェルが地面に転がる。

「……えっと」

 アリスはそれをまたトングで摘まむと、素手で適当にべっとりと付いた土を払ってから袋に入れて、にこやかに私に差し出した。

「味は変わらないよっ。はい、大銅貨1枚ですっ」


「【Fire(ファイア) Arrow(アロー)】」


 とりあえず彼女の手にある物を燃やしておきました。


   *


 精霊には奇妙な性質がありまして、直接の危害でなければ対象への【敵対行動】と見なされません。

 例えば、物を投げてそれが当たれば敵対行動ですが、物を投げて荷物が崩れて怪我をしても敵対行動とは見なされないのです。

 要するに、その手にあった土まみれのプレッツェルを燃やしてアリスがビックリしても、彼女への直接攻撃ではないので、精霊はそれが攻撃かどうか理解できないのでした。


 でもまぁ、当然のように周りの男性客から睨まれましたね。ただ唯一、屋台の店主であるお婆さんだけは、代金を払うと申し訳なさそうに私に頭を下げていました。

 私も短絡的だったかもしれませんが、説得は無理だと瞬時に判断しました。

 その男性客から絡まれそうになった時、魔術師ギルドからやってきた女性職員の仲裁が入りました。とりあえず全員の膝を撃ち抜こうと構えていたブレイクリボルバーは、素直に仕舞っておきます。

 男性職員達からの針のムシロのような視線の中、魔術師ギルドに入ると、何も言わずとも仲裁してくれた女性職員達が対応してくれました。


「申し訳ございません。当方では亜人の方に偏見はございませんが、あの幼子は男性職員達の癒しになっているらしく、強引な客引きも問題に出来なくて……」

「はい、理解してます」

「ありがとうございます。それで、ご用件は何でしょうか? 一般ではない冒険者の方とお見受けいたしますが、呪文の販売でしょうか?」

「上級の呪文書。それと研究中の覚書を見られます?」

「それは……」


 やはり上級呪文の販売には身分証明が必要だそうです。アメリカで銃を買うくらいの感覚でしょうか。

 研究中の呪文を見るにはギルドへの加入が必須だけど、今の私は男性職員から嫌われているので、ギルド加入は難しいかもしれないそうです。どちらにしてもちゃんとした身分証明なんてありませんけど。

 じゃあ商業ギルドで買うからいいか、と呟いたら、それを聞いた女性職員が食いついてきた。

「もしかして商業ギルドの身分証を持っていますか?」

「ん」

 商業ギルドの身分証に個人の情報はいらない。いくら売って、いくら買ったという、『実績』のみがそのランクを決め、それが信用という名の保証になるのです。

 私が見せた銀色のカードに女性職員が少し驚く。

 私はこの二年で、かなりの数の武器を納め、かなりの魔術書を購入している。

 この銀色のカードは、王都では従業員を十数名抱えるような中規模商会が持つような物なのです。

「これでしたら、少々非正規になりますが、直接販売は可能です」


 商業ギルドに呪文書を売るのも、商業ギルドの身分を信用するといった、法の不備を逆手に取った商売で、同じ商業ギルドの身分証を持つ私になら、広義で考えて売っても良いらしい。


「ただし、表側でなく私からの個人的な直接購入のみ。商業ギルドの販売では両ギルドに一割ずつ計二割の経費が加算されますが、私から購入の場合、私の経費で5%上乗せでどうでしょうか?」

「乗った」

 私と女性職員がニヤリと笑ってガッチリと握手する。良い商売が出来ました。

 研究前の覚書も、呪文が分かったら情報を提供することで、こちらに写しを横流しして貰えることになりました。


 そんな感じで購入した呪文書や覚書で魔法を研究して……偶にメイヤにせっつかれて化粧品を作る生活を続けていると、ある朝、兄のディルクがこんな事を言いだした。


「今日は夕方に学園の友人であるプラータ公爵家の嫡男が遊びに来る。お前みたいな亜人は部屋から出るなよ、絶対見つかるなよっ? お前みたいな亜人でも誰が興味を持つか分からんからなっ!」

「………」

 言われなくても出ませんよ。……あれ? プラータ公爵家って……もう一人の悪役令嬢、フレアの家族ですか?




 アリスはヤバい方向で最強です。


 次回、プラータ公爵家の来訪。真の極悪令嬢フレアと接触になるのか。

 次はたぶん水曜更新予定です。


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VRMMORPGシリーズ
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― 新着の感想 ―
トングで摘まむと、素手で適当に > トングを使った意味は何処に行ったの!? 中々頭のおかしい子だなあ。 こんなのに懐くとは、この世界の精霊もちょっとアレな感じなのだろうか?
[一言] X軸に、プラス側に善、マイナス側に悪を表示できると仮定しよう。 この物語に登場する人たちは、善い人と悪い人、それぞれがプラス70以上、マイナス80以下しかいないように感じられる。 頭おかしい…
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