16 王都の生活
第二章の『王都編』の始まりです。
「お前は、ディルクと一緒に王都の別邸に移ることになった。分かったなっ、ディルクに迷惑を掛けるんじゃ無いぞっ!」
「…………は?」
ここで思わず疑問形を口にした私は悪くありません。
その瞬間、お父様の顔が真っ赤になって額に青筋が浮かぶ、マジ瞬間湯沸かし器。
でもここは玄関入ってすぐの広間。私をお城の奥にまで入れたくなかったお父様は、周りに大勢の使用人が見ていることに気づいて、ギリギリ怒鳴るのを抑える。
血管切れそうですね。美食のしすぎで血圧が高くなってますか?
「……とにかくこれは決定だ。分かったなっ!」
「はぁい」
平坦な顔と声で緊張感もなく返事をすると、お父様が目を剥いた。
「さっさと出て行けっ!!」
言われなくても長居するつもりはありません。結局怒鳴っちゃいましたね。
私がお城を離れてからお父様が直に面接して雇った、紳士なお父様しか知らない美人のメイドさん達がとても驚いた顔をしていましたよ?
あのワイバーン事件から二年が経ち、私キャロルは五歳になりました。
まだ二年、もう二年。最大の死亡フラグまで後10年。でも成長しないと独り立ちも出来ないジレンマと、乙女ゲームの設定でもどうして成長出来たのか不思議なくらいの細かな死亡フラグのストレスに苛まれながら何とか生きています。
まぁ、目下最大のストレスはディルクお兄様なんですけど、さすがに罪のない子供をブッコロする訳にはいかないので、彼が罪を犯すのを待っております。
お父様であるアルセイデス辺境伯の血圧が上がっているのは、多分私のせいです。
王都の社交界にあまり縁のない辺境でも、最低でも年に一度は登城する訳ですけど、その度に『お前んち、忌み子の血が混ざってるんだろ、ぷぷっ』とされるのだから酒の量も増えますよね。
そして冒険者の『薔薇の魔女』に何度も絡んだあげくに、諜報専門の部隊が壊滅寸前にまで追い込まれて、結局隠していたワイバーンの失態も知られ、政敵にもかなり弱みを握られたそうです。大変ですね。
でもそれで、事ある毎に娘の私に当たり散らしているのだから同情はしません。
「……はぁ」
「キャロルお嬢様、大丈夫ですか……」
メイドのマイアが溜息をつく私に心配そうに声を掛けてくれました。
彼女も12歳になって私の専属メイドになり、お城に出向く時とか、彼女がお伴をするようになっています。他に私の専属メイドをしたい人が、アルセイデス家の使用人にいないからですけどね。
とりあえずディルクに見つかる前にさっさと離れの屋敷に帰りましょう。それにしてもどうしてこうなりましたか。
ディルクからセクハラじみた過度なスキンシップに、私が彼を城ごと【戦技】で吹き飛ばすのを我慢してきたのは、二年経ってディルクが10歳になれば魔術学園に入学の為、王都に行ってしまうと知っていたからです。
そうなれば卒業するまでの6年間は接触する機会は激減し、私は独り立ちの為の準備に邁進出来たはずでした。
……裏からお父様に手を回しましたね、お兄様。
あのワイバーン事件の前までは、傲慢な貴族の子供ではあっても子供なりにそれなりに抜けていて憎めない部分もちょっとはありましたが、何の因果か、あれ以来貴族らしい“したたかさ”を身に付けやがったのです。
私の教育が強烈すぎたんですね。その貴族として成長した顔を見て、私はディルクが乙女ゲームの『攻略対象者』だと気付きました。
……私が“私”らしくする事で、どんどん乙女ゲームの状況に近づいていませんか?
あの乙女ゲームの内容が“過去”ではなく“未来”だとすると、私がキャロルになったのではなくて、元々キャロルが私でした?
例えばゲームのスピンオフ小説にあるような、ゲームの悪役令嬢が前世を思い出してゲームの世界を変えていくのではなくて、私が“らしく”生きることで、より悪役令嬢に近づいていくことになるのかも。
私の人生、マジヘボゲー。
溜息は止めましょう。幸せが逃げていきます。一回で約20㎎揮発するのです。
私とマイアはお手々を繋いで40分掛けて森の屋敷まで戻ります。お父様が私なんかに馬車を用意してくれるはずがありません。
もうこの一帯には狼一匹居ませんよ。私が能力検証をしていたせいで、この辺り一帯は“強者”が支配する地域だと認識されたみたいです。
五歳になって私も基礎体力が随分と上がりました。今なら丸一日くらいなら“大人”になっていられるかもしれません。
離れのお屋敷まで帰り着くと、マイアが私の専属となったことで家の事に専念出来るようになったメイヤが出迎えてくれました。
「お帰りなさいませ、キャロルお嬢様……」
「はい」
「あの、実は…」
「キャロル、遅いぞっ! 今日はこの僕が珍しい果物を持ってきたやったのに、本当にお前はこの兄が側に居ないと駄目だなっ」
「……………」
***
お引っ越ししました。王都にあるアルセイデス家のお屋敷です。
さすが王都ですね。王都のお屋敷を任せていた使用人達は、貴族でなくても貴族寄りの『人族至上主義』に毒されているらしく、私が顔を見せただけで隠しもせずに嫌な顔を見せてくれました。
「「「お帰りなさいませ、ディルク様」」」
「皆、ご苦労っ。今日から世話になる。それとキャロルのことは手出し無用だ」
「「「かしこまりました」」」
まぁ、別にいいんですけどね。
私のお世話にメイヤ達家族がついてきてくれましたし、住む場所も庭にある離れになりました。大きさ的に今までの屋敷と変わりません。
最初はディルクが同じ部屋で“監視”する計画もあったそうですが、屋敷の使用人達に反対されて断念したそうです。……本気だったんですね。
それとその離れの屋敷ですが、温室が隣接していて、どうやら錬金術の設備があるようなのです。
錬金術です。錬金術なのです。辺境では夜にしか動けなかったから錬金術なんて出来ませんでしたが、長年使っていなかったので少々荒れていますけど、ついに錬金術が出来るのです。
VRMMOでサーバー最速の錬金スキル100に達して荒稼ぎした私の実力が、とうとう発揮出来るのです。
当時使い方が不明だった上級薬草を全て買い占めて製作したハイエリクサーは、1本100万クレジットでしたが、作ったら作っただけ売れていきました。
基本は魔石を使う合成ですが、ゲーム内では錬金器具を使う事で出来上がる数も品質も跳ね上がるので、専用の錬金設備は必須なのです。
今までもそれなりに冒険者として稼いできましたけど、商業ギルドに預けているお金は、大金貨80枚程度しかありません。
大金ではありますが、いつマイア達を連れて国外に逃亡しても良いようにこの数倍は必要です。それに色々とお金は掛かるのですよ。
そんな感じで、ついに望んでいない私の王都での生活が始まりました。
*
「キャロル、ちゃんと食べろっ。そんなに小食では柔らかくならないぞ。今日から僕は学園に通うから、食事は朝しか一緒に摂れないんだからなっ!」
「……………」
さっさと行きやがれです。
案の定、距離が近くなって……ううん、お父様の目を気にしなくなって、ディルクの束縛が強くなりました。
今も私を膝の上に抱きかかえて、ハチミツたっぷりのハニートーストを自分の手で食べさせようとしています。ガッチリと抱きかかえたディルクの左手が偶に私の脚に触れて、ゾワッと全身に鳥肌が立つ。
何でそんなに脚好きですか。誰かこの変態を何とかしてください。もう色々とアウトでしょ……。
私も前に第一階級の闇魔法【Blackout】で視界を暗くして脅してみたけど、何故かレジストされました。
朝だけなのが救いです。昨日までは昼もでしたから。
ディルクは夕食もしたかったそうですが、上級使用人達に夕食は本邸のほうで摂ってくれと懇願されたそうです。
「いいか、キャロルっ。お前のような亜人が外に出ると迷惑だっ、絶対に敷地から外に出るなよっ。ずっと僕の側にだけ居ればいいんだからなっ!」
「…………」
……何歳になったらこの身体でも魔銃が使えますか?
とりあえず完全犯罪の計画は後で考えるとして、ディルクが学院に通い始めたことで予測されていた問題が発生しました。
「あの、今日の食材を……」
「あら、今日の分は今朝お渡しした分でおしまいです。ハーフエルフは草しか食べないのでしょ? 草ならそこら辺に沢山生えていましてよ?」
「アレのせいで、アルセイデス家がどれほど他家から嘲られていると思っている? 田舎者のお前らも草でも喰って、それでやりくりしろ」
メイヤが厨房に食材を貰いに行くと、待ち構えていたのか上級侍女や執事がそんなことを言っていました。
この屋敷でも亜人を下に見る人ばかりではないのですが、この王都は人族至上主義の中心なので、貴族に関わる人はほとんどが亜人嫌いです。
まともなのは、温室の栽培を手伝ってくれる庭師のお爺さんや、厨房の下働きくらいですか。
「【Confusion】」(小声)
「ヒャッハーッ!」
「な、何をするのですっ!?」
三十代の上級侍女に突然押し倒されて、二十代の上級執事が乙女のような悲鳴をあげる。それを温室の影からこっそり見ていた私やマイア、そして彼らの目の前にいたメイヤは思わず唖然として口をポカンと開いた。
第二階級の闇魔法【Confusion】です。
第五階級の呪文なら、魔物を意思に関係なく暴れさせる【Frenzy】がありますが、【混乱】は威力が弱く、意志の弱い動物を本能のまま動かす程度の効果しかありません。
ちょっとだけ驚くかな~とか思いましたけど、とても驚かされました。情熱的です。
「精霊様のご加護が……」
違いますよ、マイア。
そう言えば、あの意地悪メイドのイラリアですが、彼女は子供が出来たそうでお嫁に行きました。相手はあのチャラい騎士さんです。
私、愛のキューピットですよ。きっとあの日の二人に何かが起きたのでしょう。空が青かったので良く覚えています。
まぁ、そんなどうでもいい事はともかく、食材はお金でどうにかするとして、少しばかり使用人達に自分の立場を思い出して貰いましょう。
私って『悪役令嬢』なんですよ?
自ら墓穴を掘っていくスタイル。
キャロルがディルクを簡単に排除しないのは、色々と理由はありますが、悪役令嬢の運命に負けたような気がするからです。難儀ですね。
次回、使用人達への対応。