13 弓兵の外套―アルジュナクロシュ
「いいか、僕を無事に…」
「何があったのですか?」
どうせディルクは大したことを言っていないので使用人のほうへ話しかけます。
「え、あの、」
良く見ると私のお引っ越しを手伝ってくれた人も居ますね。若い女性ばかり三人。その中の一人が、私の格好を見て少し逡巡してからおずおずと口を開く。
やっぱり同じ黒髪で金眼のハーフエルフでも“キャロル”と認識しませんね。
「実は……」
「こらっ、僕を無視するなっ、不敬だぞっ!」
「はいはい」
「うわっ、ぐ」
煩いディルクを背中から抱っこするようにして口を塞ぐ。
半分貴族に洗脳されたお馬鹿な兄ですが、私も鬼ではありませんので、両親と違って子供に当たったりしません。
使用人達の話を聞くと、商業ギルドで聞いたワイバーンが出てきたそうです。やっぱりフラグだったのですか……?
それにしても山のほうに出たと、あの銀ピカ派手ジミーが報告していたはずですが、どうして森のほうに?と思ったら。
「実はその、銀色の派手な鎧を着た冒険者みたいな人達が、ワイバーンに手を出して逃げてきたみたいで」
「ああ~……」
なるほど。倒せない敵を引き連れてくる、所謂『トレイン』って奴ですか。だから傾奇者っぽい私を若干警戒していたのですね。
「お疲れ様です」
「い、いえ」
それにしてもあの派手ジミーは何をやっているんでしょう? ワイバーンに手を出したのはいいとして、それを引き連れて逃げてくるなんて、もしかして彼らのレベルってあまり高くないのですか?
確かこの世界にはレベルの概念はないけど、技能を上げることで魔力と合わせて相応の成長はするはずですし、あんな銀ピカ装備は、VRMMOだとレベル40くらいの中堅どころが着ている装備ですよ? そんなのゲームなら、わざとモンスターを他者に擦り付けるMPKと言われても仕方ありません。
「…………」
思い出しましたが、抱っこしていたディルクが大人しいですね。抱きかかえた瞬間はジタバタしていましたけど、私が200越えの筋力でガッチリ拘束していたので途中で諦めたみたいです。
だいたいの話は聞いたのでディルクを解放すると、口を押さえていたから息苦しかったのか、顔どころか耳まで真っ赤にして慌てて私から距離をとる。
「あ、亜人のくせに、良い匂いさせて僕を誑かそうとしても、そうはいかないぞっ」
「……?」
匂い? ちゃんと毎日お風呂で石けん使っていますから、臭うと言う事は無いはずですけど、薬草やハーブを採っていたからその匂いが移りましたか?
首を傾げている私と顔を真っ赤にしているディルクを、使用人達は何故か生温い笑みで見つめていました。
「あ、あのっ、冒険者さん、坊ちゃまをご領主様のお屋敷まで護衛を願えませんか? 今は持ち合わせはありませんが、屋敷に着きましたら、ご領主様がお礼をしてくださいますからっ」
「ふんっ、お前みたいな柔らかい亜人女が、どれだけ腕があるか知らないが、お、お前なら僕の護衛をさせてやってもいいぞっ!」
「…………」
あのお父様が、忌み子と同じハーフエルフの冒険者に礼金を払うとは思えません。それどころか、難癖付けられて奴隷にでもされるのが落ちです。
それにしてもディルクは子供なのに文句ばっかりで可愛げが無いです。でも使用人さん達に罪はありませんし、それに子供を見捨てるのは気分が良くないのですよ。
「報酬はいりません。街までの護衛ならいいです」
「本当ですかっ」
「ただし、私の言う事は聞いて下さい」
「もちろんですっ。ディルク坊ちゃま、このハーフエルフの冒険者さんが引き受けてくれましたよ」
「亜人が僕の護衛を出来るんだっ、光栄に思えっ」
「…………」
「す、すみません……」
使用人さん達が小さくなって謝ってくれました。小さくても貴族なんですね。見捨てたほうがいいですか?
とりあえず出発です。ここからなら歩きでも夕方前には街に着けるでしょう。
「他の護衛の人は?」
途中で怪我をした数人の騎士に会いましたが、確か沢山連れて行ってるはずでは? と思い出して聞いてみると。
「それが……」
「あんなやつらはダメだっ。僕を置いて逃げたからなっ」
なんでも最初は下級騎士や兵士がワイバーンに突っ込んでいったそうですけど、それが尻尾の一振りで吹き飛ばされると、残った上級騎士や上級使用人達は、戦略的撤退するべき、とか言って、結局ディルクよりも先に逃げていったとか。
その騎士達をワイバーンが追っていったので、平民の使用人達はその機に乗じてディルクを連れて逃げたそうです。
そう言えば、自称『逃がす為に戦って怪我』をした、あの途中で出会った上級騎士達はキラキラした鎧を着けていましたね。竜種って確か、キラキラした物を集めるカラスみたいな習性がありましたから、それを追いかけていったのでしょう。
魔族との戦争が終わって数十年、大きな戦争はなかったんでしたっけ? 騎士隊がワイバーン程度に負けるなんて随分と質が下がっていそうです。
それとも、もしかしたら現実の竜種は、VRMMOよりも強いのかもしれません。
「おい、疲れたっ。それに腹が減ったぞっ」
「申し訳ありません、ディルク坊ちゃま。荷物は全て馬車にありまして……」
「なんだとっ、今すぐとってこい」
何だこのワガママ坊やは。勝手に飢えろと言いたいですが、逆らえない使用人さん達が戻ろうかどうか悩み始めたので、助け船を出します。
「お昼ご飯にしましょう。少しならありますよ」
「ホントかっ」
私のお昼と晩ご飯ですけど、あのリンゴっぽい梨も美味しかったので追加で何個か買いましたから、お昼分なら何とかなるでしょう。
「なんだ、サンドイッチかっ。肉がないぞっ」
いきなりディルクが文句を言いながら手を伸ばそうとしたので、その手をペシッと叩いて止める。
「な、何をするっ」
「まず手を洗お?」
「僕は腹が減ってるっ」
「関係ありません」
私は片手で生活魔法の【流水】で水を出しながら、ディルクの手を掴む。
「ぼ、坊ちゃまっ」
ドォンッ!
「邪魔しないで」
「「「「…………」」」」
ディルクを掴んだ私に使用人達がそれを止めようとしましたので、抜き撃ちしたブレイクリボルバーで空を撃って、音で黙らせる。
優しい使用人達ですが、貴族の子供を叱れない彼女達は教育に良くありません。
「手を洗お?」
「………」
憮然とした顔で今度は大人しく手を洗うディルク。
「良く出来ました」
「ふんっ」
頭を撫でると怒ったのか真っ赤な顔でディルクが手を払う。こうしてるとやんちゃな弟を叱るお姉ちゃんみたいで、ちょっと楽しい。無理矢理だけど。
「それじゃ…」
「待った」
いきなりサンドイッチにかぶりつこうとしたディルクの手を高速で掴んで止める。
「手は洗ったぞっ」
「食べる時は『いただきます』だよ?」
「なんだそれはっ」
「神さまに祈るのでもいいけど、作ってくれた人と食べ物に感謝するのです」
「……ふん、亜人は変な風習を持ってるな」
私がジッと見つめると、ディルクは目を逸らしながらも神様っぽい何かに祈ってから食べはじめました。私も屋敷では言っていますよ。三歳なので『ぃたーきあす』になりますけど。
サンドイッチは量が少ないので、果物も渡して人族の皆さんに食べて貰います。私はハーフエルフなのでぶっちゃけ梨だけで充分です。夜ご飯は街の屋台で食べられそうなのを買って帰りましょう。
私が『ヘルメスの短剣』で、梨の皮を剥いて切り分けながら食べていると、ホントにお腹が空いていたのかディルクがサンドイッチをあっさり食べ終える。
「食べ終わったらまた手を洗お?」
「………ふん」
食べ終わったら出発です。私が先頭に立ち、狼や魔物っぽいものが寄ってきたら魔銃で撃って追い払う。10メートルも離れるとまず当たらないので仕方ありません。
「おい、亜人女っ、それは『魔銃』だな、知ってるぞっ! それを僕にも使わせろっ」
「……いいですよ」
私から離れると10秒で消えてしまうので、私がディルクの背後から覆い被さるようにして、
「ち、近い、」
「集中して」
ドンドンドンッといきなり3発も連撃ちする。
「ひっ」
「これは危ないもの。身体が小さいと危険」
手を添えていただけで撃たせたので、反動が全部腕に来たディルクが痺れたように魔銃を落とす。これも教育です。
「覚悟もなく武器を持ってはダメ。手を出して。【回復】」
「…………」
私が腕を癒してやると、ディルクが神妙な顔で俯いていた。
「……疲れた」
またしばらく歩くとディルクが弱音を吐く。私も調子に乗って少々ヘコませたら随分と大人しくなりましたね。でも八歳の貴族の子がデコボコ道を三時間も歩くのはきついのかも?
「私が抱っこする?」
「い、いいっ、僕は貴族だっ。女に抱っこされてなんて恥だっ!」
「わかった」
また耳まで真っ赤にしてディルクが慌てて首を振る。怒りっぽい? 頑張ると言っているのなら死ぬ気で頑張って貰いましょう。
使用人さん達からは、途中から何も言われなくなりました。
どうやら私の躾教育に協力してくれる気になったようで、ディルクが本当に疲れた時はそれとなく教えてくれます。
「あ、亜人女っ、お前なら僕の護衛として、これからも雇ってやってもいいぞっ」
街が近くなって余裕が出たのか、ディルクが突然そんな事を言い出し始めました。
「そういうのは、自分で稼いでから言ってください」
「……………」
私があっさり答えると、唇を噛んで黙り込む。あのお父様やお母様が亜人が側に居るのを許すはずありません。それでもディルクは反論されたのか悔しかったのか、何やら文句を付けてきました。
「お前っ、す、スカートが短いぞっ! 脚を見せるなんてはしたないっ、これだから亜人女は野蛮なんだっ」
「うん」
これは私も反論出来ませんね。昔の私が厨二だったので仕方ないのです。
「破廉恥だぞっ、男の前で脚を見せるなっ」
「ここには居ません」
「僕も男だっ、僕は、」
「――待って」
私が突然ブレイクリボルバーを構えて警戒しはじめると、使用人さん達の顔に緊張が走る。
私の耳に、遠くから高速で迫る風斬り音を捉えました。これは――
『ギュォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
「ぼ、冒険者さんっ、あいつがまたっ」
「ですね」
本当にフラグも大概にしてくれませんか? 上空から私達を見つけた青緑色の巨体が、巨大な翼を広げて叫び声で威嚇する。
「ワイバーン……」
ゲームで見るより小汚い。
「あなた達、もう街が近いから逃げて。私が抑える」
「そ、そんなこと言って、お前も逃げる気だろっ!」
「かもね」
「だからお前も一緒に…」
ダンッダンッダンッダンッダンッダンッ!
時間が無いので彼らから離れながら、ブレイクリボルバーのフル斉射でワイバーンの注意を引く。……1発くらい当たってもいいのですよ? 指輪を遠隔命中上昇に変えていたのに、上空だとさっぱり当たりません。
「Set【Witch Wand】」
このウィッチドレスと一式で作った専用の杖です。パーティでの魔法戦で使えるように尖った性能にしたので、物理攻撃力は金属バット程度しかありませんが、属性魔法の効果が15%も上昇します。
既存の杖だと12%の各属性ごとの杖しかないことを考えると、性能のぶっ壊れ具合が分かると思います。
ただし、この性能を得る為のペナルティで、形状を選べなかったので、50センチ程の銀棒の先にハート型のオブジェが付いた可愛らしい物になりました。魔女ッコかっ。
「【Fire Arrow】」
『ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
撃ち出した数十本のファイアアローが、正確にワイバーンの頭部に直撃して怒りの咆吼をあげた。
「早く逃げて」
「………」
どうやらディルク達も大人しく逃げてくれるみたいです。
ワイバーンは竜種の中でも火は利きやすいのに、第一階級の魔法ではほとんど効果がありませんね。せめて第六階級の魔法なら空から叩き落としてやれるのに……。
でも、あのしょぼい魔法でもワイバーンは私を敵として見てくれたようです。
私がこの姿をしていられるのも後2~3時間。ワイバーンもブレス攻撃はないので、襲ってくる時は上空から足の爪での攻撃になるはずです。
その時に、上手くリジルで叩き斬れますか? 持久戦は面倒くさいのです。何か他に大火力な武器は……あっ。
「おい、亜人女っ! やっぱりお前も一緒に来いっ」
「……え?」
聞こえてきた声に思考が中断される。そこには逃げたはずのディルクが、使用人達の手を振り払って戻ってくるのが見えました。
こんな所で全員に迷惑を掛ける男気なんて見せなくていいのですよ? ……ホントにもぉっ。
『ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
「ひっ」
注意がディルクに逸れたワイバーンの攻撃から、全力の身体強化でディルクを横からかっ攫う。
「…あ、あああ、亜人女っ」
「………」
私を気にしてくれたのかもしれませんが、危険意識の無さに少し腹が立ちました。
「ひえっ」
「ちょっと大人しくしてようか」
片手で襟首を掴んで持ち上げたディルクを無造作に背後に放り捨てる。
「なっ、おま…」
「そこで見てて」
冷たく言い捨てて私は“全力”で戦闘する為に、さっき思い出した専用装備の“命令文”を呟いた。
「Setup【Arjuna Cloche】all」
私の手に身長を遙かに超える巨大弓が現れ、私の全身を深緑の布地を多用したヒラヒラした外套と、その中に身体にピッタリとした真っ白な革鎧が包む。
私が持っているものが【カバン】ではなく【収納】だとしたら、ウィッチドレス以外の二つの【専用装備】も仕舞われていることになります。
これはそのうちの一つ、遠隔攻撃戦用装備、『アルジュナクロシュ』です。
趣味の解説
エルフは森に住んでいますが、若い個体は人間の街に興味があるのか、この国以外では街に住んでいるエルフもそれなりに見かけます。
他の種族の血が混ざっていないエルフはハイエルフ。少しだけ混ざった者をエルフ。3~6割混ざった者をハーフエルフと呼び、髪色の濃さや耳の長さで区別します。
エルフ種が人間の街にあまり居ないのは見た目の良さから奴隷にされる事が多いからで、それを買っているのは亜人嫌いの貴族です。倒錯的ですね。
次は多分、第一章のラスト。バトルの決着とお兄ちゃんとの関係。