12 厄介ごと
「また誘うから、今度は恥ずかしがらなくていいからねっ」
キッパリお断りしたのに、あの銀ピカ鎧の派手ジミーは、また上から目線でそう言って宿屋に帰っていきました。
ヘルガやマリーの女性組は、ジミーの影から私を忌々しげに睨んでいます。
この人達は断られた理由が本当に分からないのですか?
そんなパーティメンバーを見て、寡黙な戦士のケニスは少し眉を顰めていました。
トゲトゲが付いた真っ黒の鎧で、どこか厨二病的な何かを感じて、彼にはどこか親近感を覚えます。
この人達は、また一悶着起こしそうですね。
そんなどうでもいいことはともかく、あの魔狼は結構良い値段で売れました。
あの魔狼の魔石は角の根元に埋まっているらしくて、魔石は返して貰えましたけど、角と牙だけで、全部で小金貨三枚になりました。
一般家庭の一ヶ月分の生活費です。またマイアの枕元に置いておきましょう。
念願の魔石も手に入ったので早速使いましょう。小さな魔物の魔石だと魔力不足だったのでようやく試せます。
「Set【synthesis】Bronze Bullet」
銅の銃弾の合成です。……“命令文”をど忘れしても操作パネルなんて開けないので結構切実な感じです。
VRMMO内でのアイテム合成は“魔石”を使用します。本当は小さいのでもいいんですけど、商業ギルドで売ってもらった銅のインゴットが1キロだったので、小さな魔石だと魔力が足りませんでした。
手の中の銅インゴットがぶにゃぶにゃ形を変えていき、シュパッっと光ったら出来上がりです。レンジでチン並に簡単。
「あれぇ?」
問題なく完成しました。銅の弾丸、33個です。普通に1回の素材で作れる数なのですが、何か目減りしていません? パッと見て量が半分くらいになった感じです。
腑に落ちないというか納得出来ません。銅のインゴットが銀貨一枚もしたのに、何か損したような気分になります。お金大事。
やっぱり自分で鉱石を採ってきたほうがいいでしょうか? でもどこに行けば取れるのでしょう? 鉱山? 探鉱夫マラソンなんて携帯ゲームだけで充分です。
他に何か、身近にある銅って……
「…………」
ふと思い付いてカバンから取り出した“銅貨”をジッと見つめる。
結果的に言うと出来ました。小銅貨20枚で銅弾33個です。
小さな魔石はそれなりに必要になりますけど、100小銅貨で1銀貨なので、随分とお得です。しかも、小さな魔石はとても安価なのでリーズナブル。
……本当に、銃って文字通り『金食い虫』ですよね。
すると、あの大量にある三億クレジット分の銀貨も、銀弾に加工出来るのではないでしょうか?
はいダメでした。やっぱりゲーム内の貨幣は無理なのかな? もしかしてこの大陸の硬貨は“貨幣”のカテゴリーに入ってないのかもしれません。この国の鋳造技術は若干荒いですからねぇ。
そんなこんなしていると、メイヤ達家族が丸一日お城に招集される日が近づいてきました。
その内容は、ディルクお兄ちゃまの“鷹狩り”?“狐狩り”?そんな感じの、貴族の子息として初めて公式の狩りを遠征で行うので、護衛の騎士や使用人達を連れていくから、お城の人手不足を解消する為に使用人達が招集されるそうです。
「やっぱり、私だけでもお嬢様の側に居たいですっ」
「マイア、それはみんな同じ気持ちですよ……」
当日になって私の手を握ったまま駄々を捏ねるマイアをメイアが窘める。
応じないとクビになっちゃいますしね。私個人としてはあんなお城はどうでもいいですが、マイア達が居なくなるのは困ります。
私の手を握るマイアの手をポンポンと叩き、振り返るマイアにゆっくりと口を開く。
「マイア、がんばって」
「お嬢様ぁあ」
うるうるしているマイアに、メイアが小さく溜息をつく。
「ホントにこの子は……。キャロルお嬢様。お食事もお部屋の用意もしてありますし、お嬢様はもうしっかり生活魔術も使えますので、ちゃんとお留守番出来るとは思いますが、何かありましたら、こちらの魔道具で連絡して下さいね。使い方は説明しましたけど大丈夫ですか?」
「あい」
心配性なメイヤの色々な諸注意を一言で頷いて済ませる。
仕方ありません。これ以外に語彙がない訳ではありませんが、あまり表情筋や口の筋肉を使っていないので、沢山喋ると疲れるから面倒くさいのです。
渡された連絡用の魔道具とは携帯電話のような通信機ではありません。一応、そういうのもあるそうですが、とんでもなく高価なので、この辺境伯領では領主であるお父様しか持っていないそうです。
ではこれは何なのか? 簡単に言うと色付きの『打ち上げ式花火』です。
弱冠三歳にして『忌み子』で『呪いの魔女』な『嫌われ令嬢』な私ですが、一応は辺境伯令嬢なので、商品に問題があると困りますから、このような物を渡されているのですよ。
「本当に気をつけて下さいね。夜には戻れると思いますが……」
「お嬢様ぁあ、すぐに戻ってきますからっ!」
「あい」
さあ、自由時間の始まりです。
今まで昼間は三歳児らしく大人しくしていましたから、お天道様が出ているうちから動ける時間は貴重なのです。
この数日で初級魔導書も全部読んだので第一階級の呪文はだいたい使えるようになりました。何故、だいたいかと言いますと、ゲームの“オリジナル呪文”があったらしく、そちらは文字の一部がまだ文字化けしているので使えないのです。
でもアンロックされるのは呪文ごとではなく“文字”ごとなので、多分、色々な呪文を調べていけば高位の呪文もいつか使えるようになる――といいなぁ、と思います。
そう言えばこっちの“乙女ゲーム”だと、ヒロインは全属性で凄いとか言われていましたが、VRMMOだとプレイヤー全員“全属性”なんですが、いいんですかこれ?
「Setup【Witch Dress】」
真っ赤な専用一式装備を装着して15歳くらいの姿に変わる、まじかる。
魔道具の冷蔵庫から、完全に冷え切ってしまう前にお昼ご飯と晩ご飯のサンドイッチやカットフルーツを取り出して【カバン】に仕舞っておきます。
ちゃんと火を使わなくても食べられる物にしているのが素晴らしいのです。
カバンですが、中に入れた物はそのままの状態で保存されるみたいです。これは時間停止とか大量の魔力を消費しそうなものでなく、色々考察した結果『データ化』されているみたいで、だから生きた生物が入らないのですね。
今日は昼間っから冒険者ギルドに行ってみましょう。夜中に行くとあの派手な冒険者ジミーと出会う確率が高いので、面倒だったんですよね。
窓から外に出て、身体強化を最大にして昼間の森を突っ走る。
『ギャインッ』
「あ、ごめん」
途中でバッタリ出くわしたハウンドドッグっぽい何かを蹴っ飛ばすと、10メートルくらいノーバウンドで飛んでいきました。
事故ですね。わざとじゃありません。でも、屋敷から数キロも離れていない場所だったので、マイア達の為に駆除は必要だったのです。
どうしてこんな所に居たのでしょう?
ざわ……。
昼間の街に到着すると道行く人の視線が集まります。そう言えばこの世界で私の格好は『傾奇者』とか言われるくらい派手なんでしたね。
でも私を見る男性達の視線は、VRゲーム内で『スクショ撮ってもいいですか?』な人達じゃなく、こっそり低い視線から隠し撮りする男性達と同じ気配を感じました。
「そこのエルフのお嬢ちゃんっ! うちのリンゴはナシっぽくて甘いよっ。1個たったの銅貨一枚だ、買ってって!」
「………」
それって林檎じゃなくて梨なんじゃないですか? 何となく気になったので購入。
「毎度ありっ!」
「おねーさん、武器屋ってどこにありますか?」
「武器屋? 他の街にはそんなものが有るの? こんな街中で住人が買わない武器だけ売ってたって儲けが出ないでしょ」
「……そうですね」
「まぁ、武器なら冒険者ギルドで売ってるんじゃない?」
「分かりました。ありがとうございます」
結局、冒険者っぽい買い物も売るのも、冒険者ギルドしかないんですね。
ちなみに買った林檎は、皮が真っ赤なリンゴっぽい梨でした。
昼間に冒険者ギルドに向かうのは初めてでしたが、昼間でもちゃんと荒くれ冒険者達は道を譲ってくれました。紳士です。
ジミー達はいませんね。いつものお兄さんは受付に居ませんでしたけど、違う受付で武器のことを聞くと、表通りの商業ギルドの脇に冒険者用の装備や武器を売っている直営店があるそうですが。
「すぐに壊れるような安い武器ばっかりですよ? ちゃんとした物が欲しいのなら商業ギルド内でオーダーメイドを受け付けていますから、聞かれてはどうでしょう?」
「わかりました」
直営店で売っているのは、貴族が大量注文して兵士に持たせていた物を、古くなって下取りに出した物なんだそうです。
中古品。武器は微妙に曲がってる。金属鎧はベッコベコ。そして革鎧は臭い。
もちろん迷いもせずに商業ギルドに直行です。
とても綺麗な商業ギルドの、とても綺麗な受付嬢に尋ねると、私の装備をチラリと見てオーダーメイドの担当者を紹介して貰えました。
格好で客かどうか判別するみたいです。大人って怖い。
「ようこそハーフエルフのお嬢さん。儂がオーダーメイド担当、ジェスだ。なるほど、噂通り珍しい装備をしておりますな」
「えっと、“魔女”と呼んでください。初めまして、ドワーフのおじ様」
出てきた人は真っ白なお髭のドワーフさんでした。エルフとドワーフの仲が悪い小説なんかありますが、こっちでは普通なので普通に握手する。
筋肉モリモリ、おじさんドワーフ大好きです。どうやらジェスさんは冒険者ギルドでの私の噂を知っているみたいです。
商業ギルドに関わるのなら本名は言わないほうがいいですね。キャロルって名前はありふれている名前で、受付のトーマスさんには名乗ってましたっけ? とりあえず後で口止めしておきましょう。
でもキャロルって庶民の名前なんですよね。忌み子だからって適当です。
「魔女さんは装備も武器も凄いモノを持っているそうですな。何でも珍しい“武器”を持っているとか?」
「……見ますか?」
「是非っ!」
だいぶ上の役職っぽいジェスさんがいきなり会ってくれたのは、私の武器が目当てみたいです。
「これです」
「……こ、これはっ」
こっそり取り出した斬馬刀リジルを見せると、ドワーフはやっぱり鍛冶好きなのか、ジェスさんが目を瞠り、おののき震える。
元がデータだからでしょうか。一切の歪みのない流れるような優美な曲線は、どんな名刀よりも美しく見えました。
「……魔女さん、もしこれを商業ギルドに売るとしたら、幾らになる?」
「そうですね。これを取得した経費などを計算すると……」
広大なエリアで、いつ湧くか分からない古代竜を高レベルプレイヤーが12人交代でリアル10日も粘って、数十匹目でやっとドロップしたアイテムで、私が個人で支払ったバイト代と素材代で――
「経費だけで大金貨200万枚。それを即金で出せるかどうかが交渉の最低ラインで、私も取得に大変苦労しましたし、思い入れもあるので、そこから何倍まで出せるかが交渉になります」
「何という……」
ジェスさんの顔が、さっきとは違った顔でおののき震える。最低ラインで約2兆円ですからね。この国の国家予算の何年分ですか?
でもまあ、1クレジット、1銀貨で計算していますけどね。どっちみち譲渡不可なダブルレア属性なので売れませんけど。
「まぁ、こんな古代竜の胃液まみれの剣はほっといて」
「……古代竜」
「本日見せたかったのはコレです」
「……ほほぉ」
カバンから取り出した一本の“普通の剣”に、ジェスさんの目が細められる。
あ、ジェスさん、どこから取り出したかなんて目を凝らしても分かりませんよ? 乙女の秘密です。
これは私が鍛冶スキルで以前作った『鋼の剣』です。銀の銃弾を作るのにスキル40まで上げる必要がありましたから、その昔、大量に作って投げ売りしました。
確かカバンに数本仕舞っていたのを思い出して、売れるかどうか聞きに来たのです。
「……何と精密な。色を見ただけで鋼の純度が分かる。これをどこで?」
「私が、“魔術錬金”で作りました」
嘘は言っていません。ゲームの鍛冶スキル合成なんて、私から見ても魔法です。
「何ですとっ! もし良かったらコレの製法を売って貰えないか?」
「……イスベル大陸の“秘術”を、お金で買えるとでも?」
私がそう言うと、ジェスさんの顔に驚きと納得の色が浮かぶ。
「何とっ、イズベル大陸っ! 魔女殿が新式の魔銃を持っていたのも、イスベルの出身だからかっ!」
「……新式?」
魔銃ブレイクリボルバーが六弾式だからというだけでなく、イスベル大陸からこっちに売られた魔銃は、魔石を粉にして加工した物を火薬のように使う旧式で、新式は魔力だけで撃ち出す、私が知っているゲームの仕様でした。
ジェスさんはブレイクリボルバーも見たがっていましたが、変な技術が流出すると困るので止めておきます。
……何しろ、VRMMORPGでは、新しいダウンロードコンテンツ超高レベルクエストに『他大陸から最悪魔王の襲来』がありまして、その他大陸がここだとしたら、変に技術を流すと魔王の軍勢が強化されるかもしれません。
ゲームだけのオリジナルだといいんですけど……。
「で、この剣を幾らで買って貰えます?」
「……何本用意出来る?」
「現在10本ほどあります。こっちの大陸で良い素材が手に入れば、また作るかも知れません」
「良し、全部買ったっ!」
商業ギルドに1本小金貨5枚で買い取って貰えることになりました。
ギルドで取り扱っている鋼の剣は小金貨2~3枚なので良い値段です。その後でジェスさんが幾らで売るかなんて興味はありません。自分で販売経路を構築したり貴族と交渉なんて、面倒なのでやりません。
あと、ジェスさんからこの国の素材でも私が作れるか、色々素材サンプルを戴けるそうです。
でもこれで大金貨5枚を得ました。そこそこの一般家庭の年収にもなる金額です。これで少しは余裕が出来ますか?
ジェスさんと私でお互いホクホク顔で契約書を交わし、商業ギルドの倉庫からインゴットを数種類貰って帰ろうとしたところ、客から提携相手となった私にジェスさんから情報を貰えました。
「南東の魔の森周辺だが数日は行かないほうがいい。ハッキリしていないから、商隊に注意と情報の収集を行うようにして、まだ領主にも報告していないが、魔の森から続く山でワイバーンを見たと、傾奇者のパーティから情報買い取りの打診があった」
「ワイバーン?」
ワイバーンは所謂“亜竜”です。飛ぶのに特化したドラゴンより小さめの腕のない竜ですね。もしかしたらあのハウンドドックもそれに追い払われたのでしょうか。
ドラゴンだと最低でもレベル60はありますが、ワイバーンはレベル40前後なのでそれほど脅威ではないはずです。でも、全ての魔法が使える万全の状態ならともかく、今の私では飛び回るワイバーンなんて面倒なので戦いたくありません。
ちなみに情報の買い取りは、所詮は荒くれ者の冒険者の報告なので、情報を商業ギルドで確認出来たら支払われることになるそうです。
「確か、ジミーとか言う派手な鎧の奴が居るパーティだな。もしかしたら奴らが狩るつもりかもしれんが」
「へぇ」
もしかして彼らは結構強いのでしょうか? 確かにレベル三十台後半のパーティなら狩れるので、何の問題も無さそうですね。
そんな訳で今日は魔の森は止めて、その手前辺りで薬草っぽい葉っぱでも毟りましょう。運が良ければレベル20程度の魔物とか出てくるかも。
今更薬草摘みとか微々たる稼ぎにしかなりませんが、いくらプレイヤー補正で夜でも目が見えるとは言え、偶には昼間の森で癒されたいじゃありませんか。
マツタケとかあるかもしれませんし。
「……ん?」
森林浴を楽しみながら採れた緑色のキノコが食べられるかどうか悩んでいると、遠くで赤い煙を出す花火のような物が上がりました。
あれってもしかして、緊急連絡用の打ち上げ花火ですか? でも斜めに上がると高く上がらないんですね。私も使う時は気をつけましょう。
……向かわないとダメですか? あれって貴族の子弟とかが出掛ける時に持たされるものですよね? 厄介ごとの気配がプンプンするんですけど。
でも行かないのも気分が悪いので、身体強化を最大にして森の中を突っ走る。
敏捷も耐久もレベル1の十倍近くありますから、スポーツカー並の速度で駆け抜けていると、十数分ほどで蹲る騎士らしき人間達を見つけました。
「大丈夫ですか?」
全員、何やら大きな怪我をしているみたいなので、とりあえず【回復】を掛けます。
「す、すまない……。ちっ、亜人か。さっさと治せっ! 私達は坊ちゃまを逃がす為に戦って怪我をしたんだぞっ」
「…………」
なるほど、状況は分かりました。これだけ喋れるのなら回復はいりませんね。
「えっ」
「お、おい、まだ……」
「では、ごきげんよう」
血は止まったみたいなので、貴族の騎士様なら自力で戻れるでしょう。頑張って下さいね。
慌てて騒ぎ立てる騎士達を放って森の奥へと進むと、遠くから微かに人の声のようなものが聞こえて方向を変える。
「あ」
「な、なんだ亜人か、驚かすなっ! お前、僕を助けろっ。僕は辺境伯嫡男だぞっ。偉いんだっ!」
そこには平民らしき数人の使用人達に守られたお坊ちゃんが、森から現れた私に偉そうに命令をしてきました。
やはり厄介ごとでしたね。何をしているのですか? ディルクお兄様。
どうでもいい解説
ドワーフは男性で150センチ、女性で140センチくらいの種族ですがずんぐりしています。男性は髭面ですが、ヒゲを剃ると意外と童顔で、女性もかなり幼く見えますがずんぐりと言うより少々ぽっちゃりしています。ゲームではロリ枠。
人間とのハーフも存在しますが、そちらはただの童顔な人間です。
次回、森の脅威。お兄ちゃんの矯正。




