この家に三時は来ない
僕はおやつの時間が楽しみだった。
日曜の午後三時、僕が小学校から帰るといつも母がおやつを準備してくれていた。母の手作りであるそれらの種類は豊富だ。ゼリー、ババロア、バームクーヘン、プリン、クッキー、チョコレート……その他もろもろ。同じ種類のおやつが出ることは少ない。例えばたまにチョコレートが同じ月に二回出ても、全く違う味わいの素晴らしいチョコレートだったりする。
だから僕は、必ず日曜だけは学校に行くようにしていた。学校は色々と嫌な場所だし、母には迷惑をかけていることは分かっていたけど毎日通うのは耐えきれなかった。そして日曜と加えて時々学校に行けるのは、母の支えが大きかったように思える。
でも、母のおやつはもう出ない。
去年の、突然の出来事を思い出す。やたら高級な最新式デジタルカメラの写真よりくっきりと、その光景が見える。
母が倒れて入院して、1週間後にもうお通夜。
母は遺された唯一人の家族である僕に遺言を書いていた。
そこに書かれていた母の言葉に、僕は。
「あなたが小学校の教員として真っ当に働いていない理由は分かりませんが、でも私がもし突然居なくなっちゃったとしても、一人で生きれるように。頑張って」
「あなたがどんなに周りから蔑まれたとしても、母さんは貴方の味方だからね」
マザコン。ニート。いじめ。陰険。社会のゴミ。
全部を包んで受け入れてくれた母はもう居ない。
遺品である母のオリジナルレシピ集にあったプリンを作って、食べてみる。
時計は三時を指していても、僕の心が受け入れていない。母のおやつが無い三時は、三時じゃない。
この家から三時が母と一緒に居なくなった。暖かな光に満ちた日曜の午後三時。笑顔の母が差し出すおやつ。
全て無い。
そう、この家に三時は来ない。
来ない。