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賢者の石

王城では騒ぎが起きていた。

召使い達は忙しく動いて回り、兵達は武装の支度に追われている。

彼らは北門へと集まり、支度の終わった隊から次々と北へ出発していった。

北では湖の周辺に兵達が布陣しており、皆一様に更に北を、対岸を見つめている。

ある者は血気盛んに睨みつけ、ある者は怯えて震えている。

そこには天敵、魔物達が群れを成していた。


玉座の間に国の重鎮達が集まっている。

様々に意見交換がなされるが、一向に進まない。

おもむろに王は立ち上がった。

そしてそばに控える第一王子、サラスに命を発する。

「サラス。

お前が赴き、指揮を執れ。」

「畏まりました。」

サラスは堂々とした歩調で玉座の間を後にする。

重鎮達の間で不満を囁く者がいた。

それは波紋のように拡がる。

王に対して直接ものを言いはしなかったが、多数の者が蔑ろにされたと、ひそひそ話した。

「黙れ。」

低く威厳ある声が響いた。

その一言で彼らはおののき、静まり返る。

「余は、諸君らの勢力争いに興味など無いが・・・。

諸君らが時間を無駄に過ごせば過ごしただけ、人が死ぬのだと心得よ。

無能であるだけならば、まだ許せよう。

だが、民を殺すためにここにいるならば、然るべきところへ入ってもらう。」

彼らは争いに暮れるあまり忘れていた。

王が何故、玉座に座ったのかを。


ソリス四世は、惰弱な王だった。

政治を疎み、遊興に明け暮れた。

国は家臣達が、それぞれの思惑により動かしたため、荒れに荒れた。

私腹を肥やす者共により襲われる町や村もあり、またそうでなくとも高い税金によりありとあらゆる物を搾り取られ、民の生活は成り立たない程苦しいものとなっていた。

だから、弟のソリス五世に討たれた。

その后も息子も娘も全て、例外無く討たれた。

迅速にして苛烈な行動は、王にも家臣達にも気取られる事無く完遂された。

その頃の家臣達の一部は、ソリス五世に忠誠を誓って今も残っているが、その半数程度は保身のために、一時凌ぎで従ったに過ぎない。

そして今、彼らと彼らの手の者は全て王の目の前にいる。

全て、見抜かれている。

今更ながらに、彼らは気付いた。

自分達が今も重鎮としてここにいられるのは、改心の機会を与えられているか、或いは炙り出すためにわざとここに置かれているに過ぎないのだ、と。


(迫力のある王様だな・・・。)

王の後方、柱の陰からクウェルは一部始終を聞いていた。

評判通り、民第一の王だった。

この王がレオロの町を襲撃するなど、とても考えられるものではなかった。

対して玉座の前方、段の下にいる連中はどうか。

様々な大臣、重役など集まっているが、揃いも揃ってろくでもない者達だった。

どうやら魔物が大挙して現れているようだと言うのに、経費がどうとか税金がどうとか、一体いつのために、何のために民から金や物を集めているのか。

聞いていて胸が悪くなったが、王の言葉は痛快だった。

決して口調は強くなかった。

しかしその下腹に響く低い声音と、そこに宿る静かな憤りは、愚か者共を震え上がらせるに充分過ぎた。

クウェルは玉座の間の裏手より退散する。

他に調べなければならない場所がいくつもあった。


大臣の内の一人は、自室に戻ってから王の態度を思い出し憤慨していた。

民が何だと言うのか。

兵が何だと言うのか。

下々の者共など、自分達のためにあるようなものではないか。

その大臣は、真剣にそう考えていた。

自分達のためにある者達を自分達のために扱って、何が悪い?

世界は力ある者のために存在している。

「弱い者など、食われて当然ではないか!」

赤い石を眺め、かざし、その輝きに見惚れる。

全ては我らのため。

「奴らには、近い内に消えてもらうとしよう。」

一人、静かに笑った。


サラスは馬に跨がり、湖へと到着した。

兵達は魔物と睨み合いを続けている。

こちらには、動くつもりなどは無かった。

湖を直線的に横切って攻める術など、ほとんどの魔物にも無い。

となれば、湖の両岸を通るしか道は無いが、そうなれば部隊は伸びてしまう。

守る方は自陣で、こちら側に入ってくる者だけを叩けば良い。

ここは、守るに有利な場所だった。

将兵達も理解している。

あちらが長期間陣を敷き続けるための食料を確保しているとは思えなかった。

魔物は、どちらかと言えば即物的で、計画的に何かをする事が苦手だ。

食料など、あればあるだけ食べてしまう。

だから魔物の軍勢など本来はあり得ない。

であれば、何者かの策略と考えられる。

そして、これは恐らく陽動。

しかしこちらは既に、シャロが対策を立てている。

湖のサラス達は睨み合いを続けているだけで構わないのだった。


ソシウはギルドに、街や村を守るための依頼を出していた。

何も無くても滞在費用と報酬が日数の分支払われる。

もし戦闘が行われれば、更に報酬が上乗せされる。

ただし、一ヶ所に集まっても意味が無いため、余剰の人員は少ない場所へと派遣される。

ただこの点は、冒険者にとっては然程問題にならなかった。

依頼に合わせての旅が常である彼らだ。

いつも通りの事でしかない。

おかげでわりの良い仕事となり、充分な人数を揃える事が出来た。

行商人達へもシャロが働きかけていた。

食料や水などの物資を足りない場所へと運んでもらう。

金銭は国より支払われ、冒険者や民は飢える事も無く備える事が出来た。

全て、万全に整っていた。


王族のみ入る事を許される区画で、クウェルはようやく目当ての情報を手に入れていた。

警備の兵が少なくなった事によって、それまで入り込めなかった場所へ到達出来た。

そこがまさに探していた場所だった。

たくさんの歴史書を探っていき、小一時間程で探し当てる事に成功した。

それによれば、西の町は邪神を信仰する町だったようだ。

それも、危険な儀式を行う程熱狂的な。

彼らの手によって、王は后を失ったようだ。

その報復が第一王子サラスの独断により行われた。

そしてそこには、赤い石の記述もあった。

赤い石を用いた信者による、甚大な被害も細かに記されている。

兵の大半を町や他の信者を巻き込む形で死に至らしめたとある。

洞窟で見せたソシウ達の表情は、これが原因だったのだと察せられた。

「これは・・・。

あまり伝えたくないなあ。」

レオロ自身はもう気にしていない様子だったので、このまま胸に仕舞っておくことにする。

大丈夫だとは思ったが、レオロと王子達の間に距離が出来ないとは言い切れない。

「知らなくて良い事って、あるしね。」

しかしレオロが教団へ入ったのは、誰かしら教団の人間によるものだったと考えられそうだ。

追及するつもりは無いが、今後も警戒が必要だろう。


一階へ戻り、隠れて今後の事を思案していると、話し声が聞こえてきた。

「急げ。

この好機を逃しては、次など無くなってしまう。」

覗き込むと大臣の内の一人の姿が見えた。

その後ろには。

(あの男は!)

地下の牢へ入れられていた魔法使いが、杖を持って歩いていた。

警備が薄くなったこの時に、どうやら不届き者が動き出したらしい。

彼らは玉座の間に入って行った。


「貴方の代もこれまで!

今日からは、私が王となりましょう。」

醜い笑い声をあげている。

魔法使いが王に杖を向ける。

その先に魔力の光が橙色に灯った。

「不遜な!

貴方などに王は勤まりません!」

側近は王の前に立つ。

大臣はやれ、と指示を出した。

杖から炎の矢が放たれる。

しかし曲剣が閃き、その炎が届く事は無かった。

「馬鹿ね、護衛がいないわけ無いでしょ?」

セリアとジュードが姿を現す。

大臣は声を上げ、魔法使いの後ろに隠れる。

「やれ、例の物ならここにある!」

持っている袋の中から、赤い石を出した。

魔法使いはそれを受け取り、すぐに使う。

身体が輝き、魔法使いの哄笑が響いた。

魔法使いは大臣から袋を奪い、中から更に石を引っ張り出し、使う。

「ちょっと、止めるわよ!」

セリアは洞窟で戦った時の事を思い出していた。

ジュードもいるとは言えど、石を二つも使われた。

そして、あの男はまだ使う気でいるようだった。

そうなれば、勝ち目など失せてしまう。

だが、走ろうとするセリアをジュードは止めた。

「お前は王をお連れして逃げろ。

今は、王を第一に考える時だ。」

そう言って、セリアを後ろへ押しやる。

逡巡するが、仕方なく従った。

「死なないでよ、ジュード!

これが終わったら、また飲みに行くんだから!」

セリアは王と側近を連れていく。

「ジュード!

その忠義、忘れぬ。

だが、生きよ!」

セリアに引かれ、王もその場を離れて行った。

ジュードは笑みを浮かべ、魔法使いに対峙する。

その輝きは更に強まり、魔法を使わぬジュードでさえも、魔力による圧力を感じた。

大臣はその力に怯え、転がるように走り逃げた。

「仕方ない。

貴方に死なれては、寝覚めが悪くなってしまいますし・・・。」

ジュードの隣に、黒ずくめの少年が立っていた。

背の剣を抜き、共闘の構えを取る。

その声、その姿。

ジュードには一人だけ、心当たりがあった。

「・・・!

そうか、助かる・・・!」


魔法使いは接近戦においても二人を圧倒した。

杖を見事に振り回し、攻防一体の動きで翻弄する。

始めにクウェルが素早く斬り込んだ。

それを受け止めるどころか思いきり弾き、クウェルを後方へ吹き飛ばす。

続けてジュードが斧を振るったが、しっかりと受け止めた上で蹴りを放ち、ジュードも押しやられる。

体勢を崩した隙に杖を叩き込もうとしたが、クウェルがそこへ剣を打ち込みジュードは辛くも立て直す。

二人は魔法使いを挟むように立ち位置を変え、連携して次々武器を振ったが、杖の長さを活かされ全て防がれた。

「こいつ、動きが速すぎる・・・!」

魔法使いは笑っている。

まるで遊んでいるようだった。

二人の攻撃をあっさりと潜り抜け、一度距離を取る。

その動きも、瞬きをする間の事だった。

そしてそのままの速度で魔法を放った。

炎の矢が降り注ぐ。

「盾よ!」

何とか間に合わせた。

が、突然割れる。

魔法使いが杖を振っていた。

そして二人を矢の雨が襲った。

クウェルは素早く身を翻し、転がりながらも避けきる。

しかし、ジュードはそうもいかなかった。

斧を眼前にかざして頭だけは何とか守っている。

呻きが聞こえた。

転がって、火を消している。

クウェルは追撃させまいと魔法使いへ接近、剣を振るう。

長い柄をしっかりと両手で握って次々斬撃を繰り出し、

「治癒を!」

ジュードへ魔法をかける。

ほう、と魔法使いが反応した。

クウェルをまた吹き飛ばし、彼は一息入れた。

「魔法が早いな。

事前の準備が上手いのか、魔力の展開が単純に早いのか。

興味深い・・・。」

余裕たっぷりに手を叩いている。

素早く起き上がって、クウェルはジュードを見た。

何とか治療出来ているようだ。

「大丈夫か、クウェル。」

「こちらは。

そちらも?」

ジュードも頷いた。

二人共、まだまだ気力が衰えていない。

左右に分かれ、再び挟み込む。

「こんなに強力な敵は久しぶりだな・・・。」

ジュードの気迫は、衰えるどころか増していた。

笑みを浮かべ、目には力が宿っている。

「ジュードさん。

相手も相手ですし、ちょっとずるしちゃいましょうか。」

クウェルも笑っていた。

こちらはジュードの様子が頼もしくて浮かべた笑みだが、これだけの強敵を前にして、二人は楽しくて仕方がないというようだった。

「力を!」

クウェルが魔法を使うと、二人の身体に活力が溢れた。

一見何も起きていない様子に、魔法使いは訝しがっている。

「魔法は、こんな事も出来るのか・・・。」

つい、声に出して笑ってしまう。

そして二人は、同時に襲いかかった。

魔法使いは愕然とした。

速度も力も段違いだった。

クウェルの斬撃を弾こうとして体勢が崩れ、ジュードの大斧から逃げるために床を転がり、更に続く斬撃を素早く起き上がって避けるが、避けきれず少し斬られてしまう。

最早対応しきれず、何とかして包囲から離脱する。

そして杖を振り、炎の波動を放った。

クウェルは魔法の盾でそれを防ぐが、その隙に魔法使いは更に石を取り出していた。

あるだけ全部を使う。

「邪神よ、力を!」

輝きと共に轟音が鳴り、その衝撃は二人を壁へと打ち付けた。

激しい光と轟音は城を揺らす。


光が収まると、そこには体組織を石のように変えてしまった、変わり果てた姿の魔法使いが立っていた。

「勇者とやらめ、よくもやってくれたものよ・・・。」

第一声に、魔法使いらしき者はそう言った。

そして哄笑が響き渡る。

「この男の肉体、精神。

相性は悪くないようだ。

・・・万全とは言えぬが、私は帰ってきた。

今度こそ、全てをこの手に!」

クウェルとジュードは、真剣な顔付きでそれを見、聞いていた。

ジュードは無言で斧を構える。

「あれって、やっぱりあれですよね・・・。」

クウェルも剣をかざした。

ここで、自分達で止めるしかない。

二人は走った。

「稲妻よ!」

手から放つが、あまり効いていないようだ。

剣を打ち込むが、硬い身体に阻まれる。

ジュードの斧が追撃するが、これも硬い音を立てるのみだった。

邪神は回し蹴りを放つ。

クウェルは後方へ宙返りし避け、ジュードは斧で防ぐが吹き飛ばされた。

彼の身体が飛んでいくところをクウェルは初めて見た。

「僕は一撃ももらえないな・・・。」

戦慄した。

剣を振る手を休めずに、そのままジュードへ治癒の魔法をかける。

しかし剣は全く効いておらず、刃がこぼれるばかりだった。

ジュードの斧をもってしてもひびすら入らない。

「勇者でない者の刃など通らぬ!」

二人は武器を掴まれる。

クウェルの剣は容易く折れた。

ジュードの斧もひびが入ってしまう。

堪らず退くと、邪神はあっさりと手を放した。

二人は攻めあぐねた。

城内には勇者の剣があるはず。

レオロによって、ただの錆びた剣である事が判明しているが。

しかし、試すしか無かった。

「ヤツは引き止めておく。

クウェル、シャロ様の部屋へ行くんだ。

まだそこにあるはず。」

頷いて、走った。

置き土産に、支援魔法をかけて。


剣は程なく見付かった。

シャロの部屋に飾ってあるのをひっ掴む。

錆びた剣でどうにか出来るとは思えないが、考えられる事全てで何としてでも倒さなければならない。

唐突に、大きな音が聞こえた。

金属を強く叩いたような音だ。

「ジュードさん!」

走って戻る。

すぐに到着するが、そこには変わらぬ邪神と、たった今壁に叩き付けられ、そして動かなくなったジュードがいた。

魔法で邪神を牽制し、駆け寄る。

治癒魔法を施して様子を見ると、気は失っているが一命は取り留めている。

ひとまず安心して、邪神へと向き直った。

「この剣を覚えているか。」

邪神は身構える。

どうやら覚えていたようだ。

ならば、これは確かに勇者の使った剣。

「その剣がまだ残っていようとはな・・・。

忌々しい!」

自分に支援魔法をかけ、素早く飛び込む。

そしてそのまま突く。

「ぐっ・・・。」

声を上げたのはクウェルだった。

一旦退き、治療する。

剣はやはり効かなかった。

それどころか、刃は砕けてしまった。

腕は痺れたが、今は治療したので何ともない。

「愚か者め。

勇者でもない者が、それを振るってどうしようと言うのだ?」

そう、自分は勇者ではない。

それはあり得ない事だ。

しかし今は、それが無性に悔しかった。

目の前にいる敵を自分では倒せないのか。

そこでふと、気になる事があった。

邪神は今、勇者でない者がそれを振るってどうしようと言うのだ、と言った。

勇者が振ったならば、違ったとでも言うのだろうか?

錆びた刃は、半ばまで砕けてしまった。

刃は、レオロの判断通りに普通の金属であっただろう。

ならそこに、勇者の関わる要素は無い。

しかし考えた。

柄は、鞘はどうだろう?

鞘は、よく見れば意匠が柄とは異なっている。

鞘は失われていて、全く別の物を使っているのではないか?

そして柄は・・・、しかし錆びていた。

巻き付けてある布もこびりついて変色しているようだ。

その下には碧色の・・・。

「やってみなきゃ、わからない事もあるでしょ?」

クウェルは軽口を叩き、笑み作る。

あまりにも絶望的な状況。

しかしここに、可能性が見えた。

クウェルは柄から刃を外す。

思っていた通り、簡単に外れた。

「気付いたか。

しかし勇者でない者に、それを扱えるかな?」

邪神は不敵に笑う。

刃にこびりついていた赤い石と同じ成分。

あれはかつて邪神と戦った際の、最初の一撃で付着したものだろう。

そして、普通の金属では傷付けられないと判断し、刃を外した。

「ねえ、邪神さん。

この柄に使われてる金属、どんな物だか知ってる?」

それは神代の時より伝わる物。

クウェルの指輪と同じ物質。

その性質上、誰にも知られるわけにはいかない金属。

だからこそ刃を取り付け、隠していたのだ。

そして、剣の柄という形を与えられたからには・・・。

「光よ、刃を!」

光迸る、美しい刃が具現した。


各地の町や村で戦闘が行われていた。

魔物が現れ、襲撃してきたのだ。

前もって備えていた冒険者達はそれに立ち向かう。

そしてそれは、港街でも同じだった。

杖を持って、マーニーは走る。

担当は後方支援。

一旦退いてきた冒険者や兵士達を魔法で治療して回っていた。

レオロは戦闘要員として、彼らと肩を並べている。

そして、レオロは知っていた。

この魔物達は、教団の魔法使いが儀式によって召喚している事を。

その儀式は時間のかかるものだったので、今いる魔物を全て倒してしまえば、しばらく襲撃はなくなるだろう。

しかし、それは問題の先送りでしかない。

(奴らは師匠に計画を潰されても尚、まだ諦めていないのか・・・。)

自分に師匠のような強さがあれば、と願わずにはいられない。

何でもこなしてしまう技術と、どんな困難にも挑んで行く心。

自分には魔法しか無い。

だからせめてこの力で、出来る事をやっていこうと決めた。

「この街は、絶対に守る・・・。」

小さく呟く。

ここは自分達の居場所だ。

そして、師匠がいつか帰ってくる場所だ。

壊させはしない。

強く、念じた。


サラスは城を見ていた。

大きな音が幾度となく聞こえてきている。

しかし、この湖も例外ではなく敵が押し寄せて来ていたために、戻る事も出来ない。

戦い自体は順調だった。

案の定魔物達は湖を迂回して、東西それぞれの岸に沿って進んでくるだけだ。

空を飛ぶ者もいないではなかったが、数が少なく弓や魔法で充分対処出来ている。

あとは、予定通りに迎え撃っているだけだ。

だから実は、サラス自身にやるべき事など何も無い。

ここにいて、ここから去らない事で兵の士気を維持しているだけだ。

「シャロめ、ちゃんとしているんだろうな・・・。」

今一つ頼りない弟が、どうにも心配だった。

普段の政務についてはむしろ頼るところが大きいのだが、荒事にはとにかく弱い。

苦手意識や恐怖に陥る、といった理由ではない。

戦闘技術を一切修得出来なかったのだ。

動きも機敏ではないし、身体も丈夫ではない。

「まあ、ちゃっかりしてるところもあるし、大丈夫だと思うが・・・。」

無事を祈った。


「シャロ様!」

セリアは城下町で、シャロと合流した。

「お疲れ様。

父さんをありがとう、セリア。」

王は城を振り返り見た。

ジュードは大丈夫だろうか、などとは口に出さない。

王はただ、臣下を信頼するのみ。

セリアも残してきた仲間を心配していた。

一人で魔法使いと戦っているはず。

居ても立っても居られないかった。

「セリア、ここは私の配下もいるし大丈夫だ。

行きたいのだろう?」

セリアはシャロの方を向いた。

シャロは頷いて、言葉無く行けと促した。

「ありがとうございます!」

セリアは走った。

仲間のもとへ。


金属音が鳴り響いている。

斧にしては音が軽く、そして速い。

杖で斧を打ち据える音だろうか?

それにしては甲高い。

奇妙に思いながら玉座の間へ飛び込むと、まず壁にもたれるジュードが目に入る。

そして中央で戦う二人。

黒ずくめのクウェルと、人型の魔物を見た。

杖と剣が交錯する。

「セリアさん、ジュードさんを頼みます!」

彼はいつ、こちらを見たのだろう?

そしてあの光輝く剣は、勇者の剣ではないか?

しかし今は、ジュードを優先した。

深い傷は無い。

気を失っているだけだ。

ジュードの腕を肩にかけ、すぐに運び出していく。

魔物はこちらへ一切の興味を持っていないようだ。

城下町まで戻り、ジュードの様子を見る。

命に関わるような傷は無く、強い衝撃によって気絶させられたように見えた。

「無事で良かった・・・。」

ジュードの姿を見て、王も安堵していた。

「生きていてくれたか!

では、あの魔法使いは倒したのだろうか?」

それを聞いてセリアは顔を上げる。

魔法使いは見ていないが、あそこにはまだ魔物がいるのだ。

「私、行かないと!」

セリアは再び向かおうとした。

クウェルに加勢し、魔物を倒すために。

しかし、

「そうはさせん!」

大臣が武装した囚人達を連れて城より姿を現す。

ならず者達は、大臣の私兵となる事を選んだようだ。

「皆殺しにせよ!

そしてここに、我らの国を築くのだ!」

セリアは曲剣を引き抜く。

「こんな奴らの相手をしてる暇なんて無いのに・・・!」

城門前でも、戦闘が始まった。


「貴様、勇者であったか!」

邪神は杖で、クウェルは光の剣で打ち合っていた。

時折魔法を織り混ぜて、隙をついて、隙を誘って、わざと作って、或いは埋めて。

お互い一撃も相手に入れる事が出来ずにいた。

「それは違うよ、邪神さん。

これは人にとっての杖と同じだ。

素養さえあれば、魔法を使うだけの魔力さえあれば、使えるんだ。

貴方は!

勇者に敗れたんじゃない、ただの人に敗れたんだ!」

「たわ言を!」

邪神は激昂した。

神に力を与えられた勇者にではなく、道具を使っていただけの、ただの人間に負けたなど、受け入れられるものではなかった。

「貴様は勇者なのだ!

それは、勇者のみが使える剣なのだろう!」

邪神は杖で激しく攻める。

剣で流し、避け、魔法も駆使して何とか凌ぐ。

「僕は勇者じゃないんだよ。

何故なら勇者は、魔物の領域に向かったからね。」

クウェルの恩人こそが、勇者だった。

クウェルは勇者の一行に拾われ、彼らに師事した。

あらゆる技術を、あらゆる魔法を彼らに叩き込まれた。

それでもまだ若いクウェルを連れて行く事は、彼らには出来なかった。

しかし今にして思えば、それで良かったのだろう。

自分がいなければ、この邪神を誰が止められた?

この国は最悪、滅ぼされてしまったかもしれない。

彼らなら、勇者達ならきっと今も生きて、冒険を続けている。

そして自分は、彼らの手が届かないこちらで、彼らの代わりに戦おう。

帰ってきた時に、皆と笑って、おかえりと言うのだ。

だから、

「貴方には、消えてもらうよ。

勇者の帰る場所を脅かす者は、全て斬る。」

その強い思いに、両の手に携えた神代の物質が応えた。

剣が、指輪が、碧色の光を宿らせ、その光はクウェルを優しく包み込む。

対抗するように、邪神は赤くその身を輝かせた。

迸るように強く。

そして邪神が杖を突きだし、その先端から真紅の閃光が撃ち出された。

全てを貫き通すような力強さを持って、しかし閃光は、クウェルが差し出した石に吸い込まれてしまう。

同じ性質の魔力をその内に取り込み、クウェルの手にある石は色を真紅に染め、満足そうに一際煌めいている。

「この力、受けても避けても危ないところだった。

レオロ、感謝するよ。」

それは、レオロから預かっていた石だった。

レオロはきっと、教団に奪われまいとクウェルに渡るよう取り計らったのだろう。

しかしその石が、今クウェルを救った。

受け止めていたら自分の身が、避けていたらこの城が、恐らく破壊されていた。

咄嗟に思い付いて賭けに出たが、上手くいったようだ。

邪神の敗因が己を由来とする物になるとは、因果な事だとクウェルは思った。

「邪神。

ここまでだね。」

クウェルは剣を振る。

邪神は二つに裂けた。


全ての戦闘が終わった。

敗北した場所は無く、死者は出たものの数自体は少なく、結果としては上々だった。

しかしシャロの顔は渋い。

「どうしたのさ、兄さん?」

「ソシウか。

いや、課題の残る結果だと考えていた。」

ソシウには考えられなかった。

出来るだけの事をやって、得られる最高の結果を出した。

そう喜んでいたのだが、シャロにとってはまだ足りないようだ。

「まず、やはり死者は無くしたい。

死の覚悟はしていると言えど、冒険者も人間だ。

死んで良いわけではない。

それから、村の警備体制を強化しておかなければな。

数は少ないが、死者の多くはそこから出ている。

それから経費の面からだが・・・。」

話は長く、夜にまで及んだ。

ソシウは改めて、兄を立派だと思ったが、話を振った事自体は後悔した。


レオロはマーニーと共に、自宅の整理をしていた。

クウェルがいつ戻っても良いように、部屋を一つ空けるのだ。

「そう言えばお師匠様。」

マーニーは聞きたい事があったのを思い出した。

それは、クウェルがシャロにしていた報告の中にあった、赤い石。

少し休憩にしよう、とレオロは手を止めた。

紅茶を用意し、準備万端で言葉を待っている。

その様子にレオロは微笑む。

さて、と話を始めた。

「赤い石の話というのは、かなり古い文献からも見付けられる。

持つ者に力を与える、大いなる石とかね。

多くのそれらの書物によれば、この赤い石こそが、賢者の石だとされている。

賢者の石とは、諸説あるけど伝承はだいたい同じだね。

力を与える、知恵を与える、永遠の命を与える、なんてね。

でも赤い石の出所は、邪神なんだ。」

マーニーは息を飲む。

赤い石が邪神由来だとするなら、それは賢者の石とは呼べない程禍々しい物だ。

「賢者とはその知恵、その知識を用いて人々を正しく導く存在だ。

であれば、そんな物を賢者の石とは呼べないよね。

赤い石を理解している者は、あれを邪神の石と端的に呼んでいる。

勇者がかつて砕いた邪神の身体、それが赤い石なんだと推測している。

だから、マーニー。

あれには近付かないように、ね。」

マーニーは何度も頷いた。

そんな恐ろしい物、間違っても近付きたくなかった。

「さて、そんな賢者の石だけど

実はある文献だけ、他とは違う事が書かれているんだ。

曰く、力を与えるのではなく引き出す。

曰く、赤ではなく青と緑の間の色だ。

などなどね。」

その力とその色。

マーニーには心当たりがあった。

しかしそれは、二人だけの秘密。


クウェルは今日も、一人歩く。

人を助け、魔物を倒し、ついでに悪党も叩き潰して。

そして花を愛で、景色に和み、食べ物に舌鼓を打って。

王国から外へも旅を続け、たくさんの町や村を訪れた。

短剣二本を腰に下げ、短い杖を手に持って、碧の二つは指と懐。

見た目は少年そのままで、何処までも笑顔のままで。

しかし、帰る場所はただ一つ。

「おかえりなさい、おじ様!」

「ちょっと、それ本当に止めて下さいよ!

色々とダメージが・・・。」

「師匠が、おじ様・・・!

あはははは!」

三人の笑い声が楽しげに響く。

今日も街は穏やかに、平和だった。


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