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再び、弟子からの依頼

日に照らされ美しく輝く純白の王城。

その最奥、王の居室に三人の男が集まっていた。

一人は王、ソリス五世自身。

表情をあまり出さない王だが、その政策や手腕により、絶大な支持を得ている。

一人は第三王子、ソシウ。

護衛を連れて無頼の者達に混ざり、市井の世情を探り、時には民を助け、守る。

一人は第二王子、シャロ。

学者や研究者達をまとめ、歴史や伝承を調査している。

諜報機関の長としての顔も持ち、国を裏側から支えている。

「では、剣は奪われたのだな?」

王の言葉に、シャロは頷く。

報告は受けていた。

港街からの王都へ向かう馬車が賊に襲われた。

しかし賊は、レオロのみを連れ去ったようだ。

であれば、狙いは恐らく勇者の剣。

その調査結果なども欲していたのだと考えられた。

北の湖から剣が発見された事も、それを研究の第一人者レオロに預けた事も、全て極秘中の極秘事項だった。

知っている者は極少数で、全員信頼のおける人物だ。

裏切り者などは考えられない。

しかしレオロと勇者の剣は奪われた。

「レオロは腕の良い魔法使いでしたが、その上に以前師事した事のある冒険者から索敵の技術を教えられており、その精度も確かなものでした。

そのレオロを手際良く拉致出来たのですから、それなりの組織かと。」

シャロの頭の中にはもう一つ、別の可能性が浮かんでいた。

しかし、それを報告する事は出来なかった。

「シャロ、引き続き調査を続けよ。

ソシウ、お前もシャロと同じくレオロとは旧知の仲だったな?

冷静に動けるのならば、シャロと共に動く事を許可する。」

二人は短く敬礼し、居室を後にした。


ソシウ、シャロとレオロは、同じ魔法使いに師事した仲だ。

ソシウとレオロは魔法使いとしての才能に恵まれ、シャロは才こそ無かったが、理論の理解は誰よりも早く、深かった。

その頃からの繋がりで、レオロには色々と頼む事が多い。

二人とってレオロは兄弟弟子であり、頼れる仲間だ。

二人の王子は場所をシャロの執務室に移していた。

「レオロが拐われるなど、とても信じられん!」

「私も同じ思いだ。

馬車や他の客を人質としたのだろうが、レオロ相手に上手くやったものだ・・・。」

勇者の剣と、調査用の赤い石をレオロには渡していた。

もし敵がシャロの想定している者達であるならば、そしてそれに勘づかれていたならば、手を出さない道理は無い。

巻き込む形となってしまった。

「ソシウ、お前は冒険者達と共に表を探れ。

私は諜報員達と共に裏を探る。」

ソシウは頷き了承する。

必ず探し出し、救出するのだ。


マーニーには何も言わず別れた。

そして、密かに見守っている。

レオロとはもう会えない予感がしていた。

もちろん当たらない事を願っている。

しかしレオロ自身が既に死を覚悟していたし、クウェル達が帰って十日経っても、彼は戻りはしなかった。

マーニーは手紙に従い、レオロの家に近付かないようにしている。

そのおかげで、クウェルがそこに潜伏している事に気付いていないようだ。

そして、レオロが手を回していたのだろう。

いつの間にかこの家は、レオロとクウェル二人の所有に変わっていた。

クウェルの鍵も用意してあった。

自由に使ってくれとでも言うのだろう。

マーニーを見守る傍らでこの数日、クウェルは書斎にある資料を読み解いていた。

そこには赤い石に関する様々な考察が記されていた。

身体強化、魔力強化などが、はっきりと現れる有益な効果であるようだ。

しかし副作用もあり、精神が悪に引き寄せられてしまうという。

更に、勇者の剣についても調査結果が記されている。

伝承にあるような勇者の剣など存在しなかった、と。

材質は今でも使われているようなありふれた金属で、当然魔力も通さない。

魔力が通らないという事は、お伽噺にあるような神の加護なども、少なくともこの剣には存在し得ない事の証明にもなる。

そして長い時間の中で劣化も進み、もう剣としての役割は果たせそうに無いようだ。

勇者の剣は、何の変哲も無い普通の剣だった。

では勇者は、どうやってこの剣で邪神を倒したのだろう?

ここにはそこまでの考察は無かった。

ただの剣が、邪神とは言え、神に通用するだろうか?

甚だ疑問だった。

もう少し何か、資料が他に無いかと書斎の中を探していると、奇妙な事に気がついた。

書棚から何冊も引き抜かれ床へ山積みにしてあるのだが、一見すれば目を通し終わった物を区別するためにそうしているようだ。

しかし以前、レオロはこう話していた。

「整理のためとは言え、床に置くなど書物に対する侮辱です。

例え手間でも、別に書棚を用意するべきです。」

ならば、これはなんだ?

どう見てもここを離れる直前の仕業ではあるまい。

長期的に、言わば当たり前にそうしていたか、或いはわざと・・・。

クウェルはすぐに書物をどけ・・・書棚に移し始めた。

これはレオロの物だ。

彼のやり方で、大切にしておきたい。

だから丁寧に片付けていく。

時間のかかる作業だったが、終わらせて見ればそこには、大きめの封筒が隠されていた。

開けてみると、中には手紙と、布に包まれた何かが入っていた。

まずは手紙を開いて読む。

「まずは謝罪を。

申し訳ありません、師匠。

この手紙を読んでしまったら、きっと巻き込む事になります。

見付けて欲しい。

でも巻き込みたくない。

だから、ここに隠しました。」

一枚目には、そう書かれていた。

めくって二枚目へと目を向ける。

そこに書かれていた言葉を見て、クウェルはその目を鋭く吊り上げた。


「貴方と別れたあと、私は邪神を信奉する教団に加わりました。

貴方と出会った私の故郷は軍に、国に焼かれてしまいました。

父も母も、妹も奪われ、ただ一人生き残った私には国を、世界を憎む道しか見えませんでした。

そのために力を求めた私は、彼らと組むのが近道だと考えました。

教団に加わった私は王都へ向かい、高名な魔法使いへ弟子入りしました。

そしてその過程で、王族との繋がりまで手にする事が出来ました。

それから王都に近いこの街に家を得て、これから策を練ろうという時に、私はあの子と出会いました。

真っ直ぐに私を見つめるその目は、妹に似ていました。

少し高めの可愛らしい声も、ふとした瞬間の仕草さえも、妹そのままのものでした。

まさか自分が弟子を取ろうとは、夢にも思いませんでした。

王都から来た魔法使い、と言う肩書きを聞いて私のところへ来たのでしょう。

弟子になりたいと言った彼女を、私は喜んで受け入れました。

それからの日々は、私から復讐心などという愚かしいものを消し去るに充分でした。

しかし私達は、もう止められないところまで来てしまっていた。

あの日あの時貴方に再会出来たのは、きっと神の采配なのでしょう。

どうか、私達を止めて下さい。

故郷で目に焼き付いたあの光景が、世界中で行われるかもしれないと考えたら。

いや、この街で行われるかもしれないと考えたら、私は苦しくて何も喉を通りませんでした。

この街を、あの子を守るために。

私達を止めて下さい。」


「レオロ・・・!」

クウェルは自分の不甲斐なさに腹が立った。

自分があの時もう少しだけレオロの故郷に残っていたら、こんな事にはならなかったかもしれない。

悔やんでも悔やみきれない。

「その思い、確かに受け取ったよ。

必ず、止める。」

そしてもう一つ、同封されていた物に目を向ける。

これはおそらく、あれだ。

クウェルには、予想がついていた。

懐へ大切にしまう。

自分には必要の無い物だが、放置しておいて良い物でもない。

それから、動くために備えなくてはならない事を考える。

やはり、まずはマーニーだ。


「クウェルさん!」

姿を見せると、彼女は満面の笑みで迎えてくれた。

そして駆け寄り、抱き締める。

(変わりなく直接的なようで・・・。

あれ、意外とあったのね。)

クウェルは咳払いする。

すぐに離れ、マーニーは居住まいを正す。

辺りの気配を確認し、それから話を始めた。

「実はそろそろ旅を再開しようかと思いまして。

それで挨拶に来ました。」

彼女は目に見えて表情を暗くした。

そのわかりやすさもまた、愛らしい。

クウェルはくすりと笑って、手を差し出す。

「今生の別れというわけではありませんし、またこの街を訪れたら、一番に顔を見に行きますよ。

その時には、お土産も用意しておきますから、ね。」

マーニーは差し出された手を取り、握手する。

クウェルはその手に、手紙を握らせた。

小さく「そのまま」と囁く。

「それではまた会う時まで、さよなら。」

そう一方的に言って、クウェルは去る。

マーニーは、握った手紙はそのままに、とぼとぼと帰宅した。


「レオロが何やら厄介な事件に巻き込まれたようなので、手伝いに行ってきます。

ですが、もしかしたら貴女の身に危険があるかもしれません。

なので、これを預けて行きます。

後で必ず取りに来ますから、大切にして下さいね。

使う時には注意して下さい。

これは少量の魔力でも充分な効果をもたらしてくれます。

逆に言えば、多く送り過ぎると思わぬ被害を生み出す結果となってしまうでしょう。

それから、身を守る術をいくつか。

これを普段から、なるべく意識して行って下さい。

そして違和感があった時には気をつけて。

その感覚こそが、身を守るための第一歩です。」

手紙に包まれていたのは、クウェルの指輪だった。

彼の手元には短杖がある。

しかし、それは練習するための物だ。

とても戦闘に使えるような物ではない。

「そんな、どうして・・・。」

きっと自分のためだ。

それはわかっている。

今はマーニーも杖は持っている。

なのに何故、指輪を置いていったのだろうか。

クウェルにこそ、必要な物のはずなのに。

指輪を左の薬指へと通す。

それでも嬉しかった。

自分を思って、大切な物を預けてくれた。

大切な力を貸し与えてくれた。

ならば自分に出来る事は、帰ってきた時に無事でいる事。

笑顔で迎える事だ。

手紙に書かれている護身のための術を熟読する。

是が非でもこの身を守り通し、笑ってクウェルとレオロにおかえりと伝えよう。

マーニーの心に、火が灯った。


「王都に来るのも、久しぶりだな・・・。」

クウェルは以前共に洞窟を探索した三人組に会うために、王都を訪れた。

彼らの素性は、その身のこなしから割れていた。

ここを探せば、きっと会えるだろう。

そう思って、ひとまず酒場へ向かう。

「え、クウェル?」

セリアがいた。

昼間から酒は、さすがに飲んでいないようだ。

「久しぶりじゃない!

あれ以来ね、何処で何してたの?

ちょっとこっち座って、ほらほら。」

有無を言わさぬ強引さだった。

よりによってとは思ったが、彼女といれば他の二人にも会える。

観念して椅子に座った。

「それじゃ、再会を祝して・・・。」

止める。

「いや、昼間からは飲まない事にしてるんです。」

セリアは残念そうにしたが、すぐに切り替えた。

「それじゃ、お腹は空いてない?

ここの料理美味しいわよ!」

そう聞いては試さざるを得ない。

主人にお勧めを聞いて、それを注文する。

出て来るまで、セリアと雑談する事にした。

「ここ最近は港街にいましたよ。

懐かしい顔に会いましてね。

しばらく滞在してました。」

セリアは楽しそうに笑っている。

「あそこ良い街よね!

海は広くて気持ちいいし、食べ物はどれも美味しいし、何処にいても賑やかで飽きないし!」

それからセリアは、自分達の近況も少しだけ話す。

表情は明るくはない。

「こっちはちょっと事件があってね。

私達はその調査・・・の手伝いかな?

他の二人は今まさに駆り出されてるところ。

私はちょうど休憩なんだけど、貴方に会えるなんて、本当ついてたわ。」

色っぽく笑って見せる。

クウェルは愛想笑いしていた。

「事件ですか。

ソシウさんに用があって来たのですが、それでは会えそうにないですかね。」

「ソシウに会いに来たの?

あいつは・・・まあ昼時だし、そろそろ来るかもね。」

クウェルは安堵した。

何しろ相手が相手だ。

本来容易く会えるような人物ではない。

ここでセリアに会えたのは、やはり僥倖だったか。

そこへ注文した料理がやってきた。

鶏肉を金網で、炭火を使って焼いたものらしい。

芳ばしい香りが食欲を刺激する。

表面を軽く炙ったバタールも質の良い小麦の香りを漂わせていたし、野菜のピクルスもこの地方ならではの素材を使っており、興味をそそった。

クウェルが食事している間、セリアは色々な事を話してくれた。

これまでしてきた冒険の話、見てきた美しい景色の話、出会った人々や戦った魔物の話。

食べ終わっても、尽きる事はなかった。

「お、クウェル君じゃないか。

久しいな!」

後ろから声がかかる。

ソシウだった。

挨拶を交わす。

「もう来ちゃったの?

貴方に用があるんだって。」

ソシウは椅子に腰かけた。

それから主人に注文して、クウェルへ向き直る。

「食べてからでいいか?

もう、腹が減ってな。」


セリアは時間になったのか、名残惜しそうに去って行った。

「さて、話を聞こうか。」

食べ終わったソシウは、口元を拭う。

密かに辺りを窺うクウェルに気付いたのか、立ち上がって言った。

「そうだ、良い店を知っているんだ。

これから見に行かないか?」

クウェルも立ち上がり、提案に乗る事にした。

酒場を離れ、少し路地へ入ったところにある店に入った。

「これはいらっしゃいませ、ソシウ様。」

「すまないな、奥を使って良いか?」

主人はもちろんと頷く。

クウェルは店内を眺めていた。

酒場ではあるようだ。

酒の瓶が並んでおり、グラスもある。

ただ、一般的な酒場とは雰囲気が違った。

ずっと静かで、少し暗い。

「クウェル、こっちだ。」

ソシウに呼ばれたのでついて行く。

奥には個室があり、中へ入ると外の音は全く聞こえなくなった。

「なかなか良いところだろう?」

ソシウはソファへ座る。

倣ってクウェルも座った。

何やら落ち着かない。

「はは、こういったところは初めて来たんだろう。

そんなもんさ。

さ、本題に入ろうか。」


「あの時の魔法使いに会いたい?」

ソシウは意外な言葉に驚いていた。

今更あの男から、何を聞こうというのだろう。

結局男は、何も話さなかった。

きっと徒労に終わる。

しかしクウェルの真剣な様子に、ソシウは少し考え、それから答えた。

「まあ、大丈夫だろう。

ただし条件がある。

俺も同席させてもらうぞ。」

何となくそうなるだろうと、クウェルは予感していた。

だから、構わなかった。

頷いたクウェルの肩を一つ叩く。

「では行こう。

善は急げと言うからな。」

二人は静かな酒場を出て城へ向かう。


兵士は、ソシウと共に見知らぬ少年がいるのを確認し、冒険者への対応を選んだ。

「ああ兵士さん、僕は知ってるんで大丈夫ですよ。

ね、ソシウ様。」

「何だ、君も人が悪いな!」

驚いたが、合点が入った。

何故自分に囚人との面会を持ちかけたのか。

知っていたのなら納得だった。

二人は城に入る。

そして地下へ向かい、獄吏に面会を命じた。

獄吏に案内され、更に地下へ進んでいく。

進むにつれ辺りは暗く、澱んでいく。

「ここです。」

男は独房に入れられていた。

枷をはめられ鎖に繋がれ、壁に寄りかかってこちらを見ている。

「いつぞやの小僧・・・いや、青年だったか。」

くつくつと含み笑う。

「このような暗く汚らわしいところへ、何の御用で?」

大声で笑った。

獄吏は殴りつけようとしたが、ソシウに止められた。

「しばらく俺達だけにしてくれ。」

そう言って獄吏を遠くへやる。

ソシウとクウェルは目を合わせて頷く。

「貴方達の拠点を教えなさい。」

貴方達、ソシウは疑問に思った。

クウェルは自分達の知らない何かを知っているようだ。

それを聞き逃さないよう、静かに見守る。

「何の話をしているんだ?」

やはり何も話そうとはしない。

しかし、クウェルはニヤリと笑う。

「貴方の素性、ここの王族に話しても構わないのであれば、そうしていなさい。」

その言葉で、男の顔に貼り付いていたいやらしい笑みが消えた。

探るような目付きでクウェルを睨んでいる。

「貴方達は彼らに憎まれていますからね。

貴方がそうだとわかったら、彼らは・・・。」

わかったと声を上げ、クウェルがそれ以上話すのを止めた。

恨むように睨み付けながら、男は話す。

「王都からは真東へ、港街からは真北へ。

交差したところが、お前の探している場所だ。」

クウェルは満足そうに頷いた。

それから一言だけ告げる。

「これが嘘だったら、わかってますね?」

「いらぬ心配などせずに、早く行って目的を果たしたらどうだ?」

憎々しげに男は床へ唾を吐く。

クウェルは振り返ってソシウへ終わったと伝えた。

二人は独房より外へ出て、あとは獄吏に任せて地上へ戻る。

「そこに、何があるんだ?」

「それは・・・。

あんな男でも、約束ですから。

だから、ついても来ないで下さいね。」

結局、わからないまま終わってしまった。

クウェルは礼を言って城を去って行く。

ソシウは、釈然としないまま残された。


クウェルは武器屋を訪ねた。

手持ちの小剣だけでは厳しい相手だ。

長剣を一つ一つ見ていく。

なるべく質の良い物を選ばなくてはならない。

出来れば二本欲しかったが、手甲とブーツの事を計算すれば予算が足りない。

現地で見繕う事になりそうだった。

そうして新しい装備を手に入れ、いよいよ拠点へと向かう。

いつも通りの徒歩だ。

しかし今日は、少し先を急ぐ。

早く片付けて、港街へ帰りたかった。


港の隅を利用させてもらって、マーニーは魔法の練習をしていた。

杖を握って力を引き出す。

吸い上げられた魔力は言葉と意思によって形となる。

「炎よ!」

杖から発せられた炎の矢は、海へと飛び海面で消え去った。

師がいないので、今一上達しているのかわからない。

今日のところは切り上げて、帰宅する事にした。

そこで、何かを感じた。

恐らくこれまで気にした事の無い何か。

辺りの様子を窺い理解した。

静か過ぎるのだ。

意図的に、人為的に、何者かにそうされているような不自然さだ。

(こういう事・・・?

気をつけて行かなくちゃ。)

急いで戻る。

だが、既に囲まれていた。

武装した男六人が、マーニーを港の隅へ、元いた方へとじりじり詰め寄る。

杖を構え、声と共に炎を放った。

しかし容易く避けられてしまう。

「レオロの弟子よ。」

突然声をかけられた。

杖を構えたまま、その男を睨む。

「大人しくしていれば、我々も手出しはしない。

共に来てもらえないだろうか?」

剣を向ける手はそのままに、男は穏やかに言った。

しかし覆面のしたから覗く目は、いやらしく歪んでいる。

「破裂して。」

男達の目前で爆発が生じた。

間近にいた二人が大きく吹き飛び、動かなくなる。

「決裂、か。」

声音は残念そうに、しかし目は嬉しそうに笑っている。

他の三人も同様だった。

戦闘が始まってしまえば、マーニーに抗う術は無い。

杖を奪われ手を掴まれて、容易く捕らえられてしまった。

四人の男達はマーニーを取り囲んで笑う。

(クウェルさん、貴方の予感は当たってました。

指輪をありがとう。)

手を振り払う。

掴んでいた男は油断しきっており、容易く払えた。

構わないと思っているのだろう。

魔法を思い描く。

目と耳を閉じるよう言われたあの時、マーニーはその言葉に従わなかった。

そして見ていた。

あの稲妻の雨を。

「雷鳴よ、轟け!」

その轟音に、男達の悲鳴は掻き消された。


警備兵は気絶した悪漢六人を回収し、謝罪と共にマーニーを送り届けた。

自室に戻り一息ついて、指輪を撫でる。

これが無ければ今頃は・・・。

想像するだけで恐ろしさに震えた。

そして、自分の未熟さを嫌と言う程味わってしまった。

実感を得てしまった。

お師匠様にもっと教えてもらわなくては。

このままでは自分の身を守る事さえ、満足に出来はしない。

今は泣かずに、自分に足りないものを考える。

それを克服しなければ、一人で立つ事など出来はしない。

クウェルの隣に立つ事など叶いはしない。


王都から東へひたすら走る。

地図によればそこは森の中だ。

どちらかと言えば港街に近い。

そんなところへよく拠点など作れたものだと感心した。

目的地へ着く頃には、日は沈んでいた。

新調したブーツは思いの外、足に馴染んでいる。

「さすが王都、良い物を揃えているなあ。」

値は張ってしまったが、足を痛めずに済んだ。

それが、ありがたかった。

拠点は野営地とでも呼ぶような形だった。

拓けた地にテントがいくつか。

遠目に見たところ、そとに五人程人影がある。

気付かれないよう、レオロを探さなくては。

レオロは彼らの中にいながら身の危険を感じ、マーニーをクウェルに守らせた。

ならば離反しようという考えを持っていたと言える。

それを悟られた気配を察したのだろう。

だから最初の手紙は巻き込まないよう、そしてマーニーの身を守れるように書いた。

しかし一方で、教団自体を止めなければ、彼女の生活を守れないと思ったのだ。

それには自分だけでは力が不足している。

だから別に手紙を書き、クウェルに助けを求めた。

そう考えると、レオロはもう生きてはいないかもしれない。

気付かれていたのなら、殺されていてもおかしくはない。

だが絶対ではないならば、確かめておきたかった。

クウェルは静かに、陰から陰へ身を潜め近付いていく。

テントの中の様子を一つずつ探る。

小さなテントは、どうやら個室の代わりに使われているようだ。

いくつかの中に、眠っている者がいる。

ついでに杖を一本拝借しておく。

魔法を使う事があるだろう。

一つだけある大きなテントでは、会議が開かれていた。

「レオロの魔法はやはり必要だ。

人質を待ってから、計画を実行に移すべきだ。」

「そろそろこちらへ向かっている頃合いだろう。

遊んでいなければ、だが。」

人質を使うという事は、レオロは生きているのだろう。

それは朗報と言えた。

しかしレオロに対する人質となれば一人しかいない。

(指輪は預けてきた。

大丈夫、大丈夫だ・・・。)

クウェルは自分に言い聞かせ、心を鎮める。

「レオロの奴め、この土壇場で怖じ気付くとはな。

人質を使ってしまっては、今後に禍根を残す事になる。

終わり次第片付けてしまった方が良さそうだ。」

クウェルの中に、どす黒い感情が生じた。

人を人と思わぬ者に、怒りを禁じ得ない。

しかし今はまだ、戦う時ではない。

それ以上有益な情報は得られそうになかったので、捜索を再開する。

そこから近いテントの中に、その姿を確認出来た。

小さなテントの中に、縛られ転がされている。

表側には人影があるので、小剣を使ってテントを切り裂いて裏から入る。

「静かに。」

囁いてからロープを切った。

テントを脱出し、一度森へ向かう。

「師匠、来てくれると信じていました。」

「レオロ、貴方は今すぐ港街へ向かいなさい

マーニーが心配でしょう?」

持ってきていた杖を渡す。

自分で使うつもりで持ってきたが、レオロにこそ必要であろう。

「あの子が無事ならそれで良し。

もしそうでないなら人質として捕らえられ、こちらへ向かっているはず。

貴方が助けなさい。」

「師匠は、どうされるのですか?」

マーニーの事は心配だった。

しかしクウェルを一人残すのも申し訳なく思った。

「彼らを止めるなら今しか無いでしょう?

大丈夫、あの程度一人で充分ですよ。」

レオロは結局、師の言葉に従った。

マーニーを放っておく事は出来なかった。

見送ってから、クウェルは行動を起こす。

短杖を使って素早くテントへ放火していく。

力の弱いこの杖でも、火を付けるくらいなら造作もなかった。

そして騒ぎに乗じて背の長剣で奇襲をかけた。

手早く四人仕留めたところで乱戦になる。

長い剣を身体ごと振り回し、遠心力も加えて打ち付けていくと、更に三人を斬り裂いた。

テントの中で眠っていた中には炎に錯乱して焼け死ぬ者もあり、敵の数はこの短時間に半数と少し程度まで減っていた。

「敵は一匹か。

何をてこずっておる!」

大きなテントから幹部達も現れ、魔法によって戦闘に参加した。

飛び来る魔法を避け弾き、時には敵を盾にして、更に三人片付ける。

しかしその頃には、長剣は折れてしまった。

「あらら、どうにも壊す悪癖がついてしまったな。」

魔法を弾くのに使ってしまうものだから、何本あっても足りはしない。

辺りに転がる敵の持っていた剣を拝借する。

ついでに今まで持っていた長剣を投げつけ、魔法使いを一人仕留めた。

「ま、いっぱいあるから問題無い。」

更に一本投げ、もう一人の息の根を止める。

逃げようとした背にも投げ、殺す。

接近してくる敵とも戦うが、その最中であろうとも構わず次々投げていった。

そうしてとうとう、幹部三人を残すのみとなる。

しかし三人は、赤の輝きを放っていた。

石を使ったのだ。

「貴様は生かして帰さぬ。

我らの計画は最早これまで。

しかし、お前だけは殺しておかねばなるまい。

我ら三人を相手に何処まで出来るか、見せてもらおうか!」

クウェルは剣を構え直し、意識を集中させる。

「この程度凌げなければあそこに行けやしないだろうし、ちょうど良い腕試しさ」

邪神の石で強化したとて、所詮同じ人間。

恐るべき上位の魔物達とは比べ物にならない。

指輪など無くても圧倒出来なければ、いつか行こうと考えているあの土地では、生きていけない。

クウェルは一足飛びに接近し、一人へ剣を叩きつけた。

惜しくも杖で受け止められてしまったが、すぐに素早く後ろへ回り込む。

今の今までいた場所を炎が焼いた。

別の男が魔法の炎を放っていたのだ。

それを避け、目の前の男の背を取った。

剣を突き入れる。

前方へ転がるように避けると、男は後方、クウェルに向かって炎の矢を複数まとめて放った。

しかしそこに、クウェルはもういない。

更に別の男へ、既に接敵していた。

剣を叩きつけ体勢を崩させると、魔法を使う隙も与えずその身に切っ先を沈めた。

悲鳴を上げて絶命する。

そしてクウェルは、杖を持った。

男二人は力を重ね、大きな炎を作り出し放つ。

炎に対して盾を差し向け、自身はそばにあった大きなテントへ飛び込み身を隠す。

反対へと走り裏から抜けようとしたところで、そこに立て掛けてある剣に目を取られた。

装飾が最近では見られない、変わった形をしている珍しい剣だ。

回収しておく。

その剣は背に負い、手に持っていた剣でテントを切り裂き外へ出る。

同時にテントは燃え崩れさり、大きな炎に包まれた。

炎に隠れ隙を見て、クウェルは奇襲をかける。

不意を突かれた男一人がその刃に貫かれ、赤い輝きと共に命を失った。

残った一人は怒りと恐怖に取り付かれ、滅茶苦茶に炎を撒き散らした。

盾を作ってそれを放ち、魔法使いへと打ち付ける。

倒れたところへ飛びかかって止めを刺した。

それで、全てが終わった。


兵達と共にあとからやって来たソシウは、その惨状に目を疑った。

これを全てクウェル一人でやったと言うのだろうか。

恐ろしい男だと感じた。

拓けていたおかげで森は焼けずに済んだ。

だが数あるテントは全て焼け、死体は山のように転がっている。

焼けた者、斬り殺された者、それらの数は二十に近い。

ここにクウェルが向かった事はソシウしか知らない。

東の森に火の手が上がった。

その報せにより、彼らはここへ来たのだ。

この者達が何者なのか、これから調査していく事になるが、その結果次第ではクウェルを問い質さなければならない。

「とにかく調査だ。

保持しつつ探れ!」

命を下し、ソシウ自身もその中へ入っていった。


マーニーの部屋の窓を誰かが外から軽く叩いた。

顔を上げ、警戒しながら覗くと、そこにはレオロがいた。

すぐに開き、中へ招き入れる。

「お師匠様、おかえりなさい。

走って来たんですか?」

レオロは何とか息を整えていく。

「こんなに走ったのは、久しぶりだよ。

何はともあれ、無事で安心した。」

力無く微笑む。

マーニーの頭へ手をやり、優しく撫でた。

「師匠が戻るまで、ここにいても構わないかな?」

問うレオロに、マーニーは笑顔でもちろんと答えた。

その笑顔が、レオロにとって大切な宝物だった。

(師匠には何もかも世話になってしまって・・・。

頭が下がりっ放しだな。)

マーニーはレオロの傷だらけの身体に気付いて、杖を手に取って治癒の魔法をかけた。

傷口はみるみる塞がり、楽になるのを感じた。

気が抜けたのか、レオロは意識を保っていられず、睡魔に負けてしまった。

マーニーは笑って、毛布をかける。

自分はもらったマントを羽織り、その隣に座った。

穏やかに過ぎて行く時間の中で、いつしかマーニーもまどろんで眠りについた。


「おやまあ、仲の良い兄弟だ事で。」

クウェルがマーニーの様子を見に来ると、二人は仲良く眠っていた。

二人の無事を確認出来たので、クウェルはレオロの家に帰った。

身に付けている物から煤を払っていく。

時間を要したが、手甲とブーツは気にならない程度には綺麗になった。

使っていれば、その内にほぼ元の通りに戻るだろう。

しかし服はもうダメだった。

そもそも既に変え時だったのだ。

ちょうど良いので処分して、新しい物を手に入れる事にした。

それまでは、レオロの服を借りておこう。

そう考えて戸棚を開け、色々と合わせてみるがどうにも上手くない。

「くっ、身長の差がここまで影響するとは・・・。」

手間取っていると、部屋の入り口に人影が二つある事に気が付いた。

レオロとマーニーが笑いを堪えている。

途端に恥ずかしくなってしまった。

「君らね、来たなら声くらいかけて下さいよ・・・。」


マーニーの勧めで、丈の長い物を借りた。

腰にベルトを巻くと、一繋ぎの服のように見えた。

何やら釈然としないまま、まずは朝食とする。

三人で食卓を囲んでいると、来客があった。

クウェルとレオロは外を窺い見る。

そこにいたのは王都の兵と、第二王子シャロだった。

面倒な事になりそうだと予感はしたが、何とか切り抜けねばなるまい。

クウェルはレオロに、自分に任せるよう伝え一階へ下りる。

「シャロ様、ですか。

朝食を摂りながらで良ければ、どうぞ。」

クウェルは不機嫌そうに言った。

兵達が色めき立つ。

「王子に対し不遜ではないか!

貴様、名を名乗れ!」

態度の大きい兵に向かい、鋭い眼光を飛ばす。

「私はレオロの師、クウェル。

この度はそちらの騒動に巻き込まれて、弟子とその弟子が随分な目に遭わされたのですがね。

謝罪も無しに人を見下して大層な物言いをするものだ。

王族ともあろう者が、道理もわきまえていないと見える。」

その眼差しは、言葉を吐くにつれて鋭さを増していく。

兵は怒りに顔を赤くしたが、シャロが手を上げ制止した。

「貴方の言う事は最もだ。

こちらの非、まずは詫びさせていただきたい

済まなかった。

そして、その働きに感謝を。」

シャロは深く頭を下げ、その意思を示した。

「こちらこそ無礼を。

ではどうぞ、こちらへ。

報告させていただきます。」

「ありがとう。」

兵を外に待たせ、シャロはクウェルの後に続いた。

二階へ案内したクウェルはシャロに椅子を進めて、マーニーに紅茶を頼む。

シャロは椅子へは座らず、レオロへ頭を下げた。

「レオロ、世話をかけた。

心より感謝する。」

レオロは慌てふためく。

その様子にクウェルは、そしてシャロも笑った。

「なるほど、そういう反応か。

これは存外面白いな。」

それから椅子に座る。

クウェルも座り、報告を始めた。

「レオロはまだ疲労が抜けていないので、私から話をさせていただきます。

まず私は、レオロから協力を頼まれました。

その時点で既に奴らが、邪神を信仰する教団が、自分を狙っていると気付いていたのでしょう。

レオロは弟子を私に任せ、自身は調査結果を報告するために王都へ向かいました。

そこで教団に拉致され、私が彼らの拠点で見付けた時は監禁状態でした。」

シャロは特別何も言わず、ただ聞いている。

時折マーニーの淹れた紅茶を一口飲む。

構わずに続けた。

「実はレオロは以前、教団による勧誘を受けています。

もちろん断っておりますが、彼らは魔法使いとしてのレオロを欲していたのでしょう。

これは拠点でレオロを探していた時に手にした情報ですが、この子を人質にして、何かの計画にレオロを使うようでした。」

シャロはやはり、顔色一つ変えず動かさず、話を聞いている。

そういう人なのだと判断し、構わず続けた。

「話が前後してしまいますが、私は以前赤い石を持ち魔物を従える魔法使いと戦った事があります。

弟君のソシウ様とは、そこで知り合いました。

その魔法使いが教団の者かもしれないと考えた私は、ソシウ様に頼み込んで面会させていただきました。

その男はやはり教団の者でした。

説得し、彼も何とか応じてくれて、拠点の場所を教えてくれました。

そこでレオロを見付け、救い出しました。

レオロにはこの子の救出と護衛を頼んで先に帰らせ、私は拠点に残り教団の者を・・・全て殺しました。」

マーニーはその言葉に、少し怯えたようだ。

心の優しい子だ。

このような話、本当は聞かせたくなかったが、彼女には聞く権利があり、そしてきっと知りたがっていただろう。

だから今、シャロへの報告を聞いてもらっている。

最後に、クウェルは剣を渡した。

拠点で拾った、変わった装飾の珍しい剣だ。

「これが勇者の剣、なのでしょう?

お返しします。

拠点で見付けました。」

シャロは受け取ると鞘から剣を引き抜く。

錆びた刃には変わらず、赤いものがこびりついている。

確認出来たので、鞘へ戻した。

報告は以上だと伝えると、シャロは頷いて立ち上がる。

「ありがとう、クウェル。

そしてレオロ、マーニーも。

三人には、あとで報酬を送ろう。

ここに届けさせるから、受け取って欲しい。

それから紅茶をありがとう。

とても美味しかった。」

シャロは別れを告げて、帰っていった。

これで、無事に終わってくれる事をクウェルは願った。


マーニーを送る道すがら、クウェルは指輪を受け取った。

「これ、本当にありがとうございました。

これが無かったら私、きっと滅茶苦茶にされてたと思います・・・。」

思い出してしまったのか、彼女は震えた。

また、辛い思いをさせてしまった。

クウェルは申し訳なく思う。

「僕ら師弟のせいで怖い事ばかり、本当に済みません。」

「そんな事・・・。

私はお二人に会えて、幸せですよ。」

その笑顔に、クウェルもレオロもどれだけ救われているか。

気恥かしくて伝えられないが、二人共本当に感謝していた。

「レオロは貴女の事、妹のように想っているそうです。

それに僕も・・・。」

言いかけて、言い澱む。

マーニーは頬を染め、言葉を待った。

「・・・娘のように、大切に想ってますよ。」

「・・・娘、ですか?」

マーニーに手を取られる。

真っ直ぐに見つめるその目からは、想いが伝わってくる。

「相変わらず、ですね。

全く、十五は年上だと言うのに・・・。

・・・あ!」

言ってしまった。

ついに言ってしまった。

マーニーは、さすがに驚きを隠せていない。

「え、それじゃクウェルさんて・・・。」

もう伏せる意味も無くなった。

自分でばらしてしまったのだ。

がっくりと項垂れた。

「ええ、ええ。

三十五ですとも。

もう立派なおじさんですとも・・・。」

しかしその様子が面白かったのか、彼女は吹き出し、笑いを堪えている。

「それじゃ、クウェル・・・おじ様?」

とびきりの笑顔で、クウェルを呼んだ。

クウェルは色々なダメージを負った。

「その呼び方は・・・、せめて二人だけの時限定でお願いします・・・。」

他の誰かに聞かれようものなら、そのダメージは計り知れない。

くすくす笑っている。

(弱味が増えてくなあ・・・。)

クウェルは苦悩していた。


クウェルが旅立つ日が訪れた。

マーニーは笑顔を保っているが、その目は赤い。

「レオロ、妹をしっかり守るんですよ」

「ちょっと師匠!

もう・・・、わかってますよ!」

クウェルは微笑む。

レオロは相変わらず、頼りになるのかならないのか判断に困るところもあったが、魔法の腕は確かだ。

負うものも無くなった。

ようやく、自分の人生を歩んで行ける。

その表情は晴れやかだ。

クウェルは先日、相談を受けた。

教団にいた自分が、ここで幸せに暮らして良いのだろうかと。

クウェルは答えた。

気に病んでいるのなら、自分の手の届く範囲でいい。

人を幸せにしてあげなさい。

小さな幸せで構わない。

それでこそ、人の心は救われる。

今のレオロに迷いは無い。

人と関わり、幸せにし、救っていく中で、彼自身の心もきっと救われていく。

そうして幸せになってくれたら、師としてこれ以上に嬉しい事は無い。

「マーニー、たまには思いっきり甘えなさい。

きっと喜ぶから。」

はい、と元気良く返ってきた。

マーニーとは、不思議な縁だった。

会えて良かったと心から思える女性は、彼女の他にはいない。

よく笑い、よく泣く。

明るくて心優しい、大切な人だ。

レオロに師事して、魔法も上達していくだろう。

きっと立派な魔法使いになる。

女性としても、自分の事など忘れて新しい恋を見付けて、幸せな日々を送って欲しい。

年の差をはっきりさせてしまったが、逆に良かったかもしれない。

それが気持ちを切り替える切っ掛けになってくれればと思う。


当て所無い旅。

それはクウェルの日常だった。

道の端に咲く花を見付けたり、或いは山に登って景色に酔い知れ、川のせせらぎに耳を澄まし、雪の大地に白の美しさを見る。

何処へ行くのも望むまま。

何を見るのも思うまま。

時には己を鍛え精進し。

時には酒場で美酒に酔い。

旅に当ては無く、果ても無い。

それがクウェルの日常だった。

しかし、少なくとも今だけは違った。

レオロは故郷を、国に焼かれたと言った。

何故か。

それを突き止め、もし今後レオロを脅かすようなら、対処しなければならない。

レオロと会ったのは、もう十年程前の話だ。

彼は師匠と慕ってくれるが、教えていた期間などほんの半年程だ。

そして、その後焼かれた。

ならば今更故郷へ向かったとて、得る物は無いだろう。

向かうなら王都。

隠密行動を取らねばならない。

幸い報酬により懐は暖かかった。

またもや装備を揃える必要があった。

そこはさすがに港街。

探せばそれ用の物や準じる物など簡単に見付かった。

身体にぴったりとした、目立たない黒色の上下を選び、逆に明るい色の上着と少し太めの膝下までのズボンを手に入れておいた。

手甲、ブーツは黒だ。

どちらも金属製ではない。

足音の消せる隠密用の物だが、靴底を別に取り付ける事によって逆に足音を出す事も出来る。

平常では取り付けて使うのだろう。

黒の襟巻きも買っておく。

顔周りを隠すのに使えそうだった。

武器も失っていたので、短剣を二本に短めの直剣を一本、特に丈夫な物を選ぶ。

直剣は柄を長めにしてもらって、両手でも使えるようにした。

それから、以前馬車でマーニーを拐おうとした二人組の槍の男が持っていた、腰に固定して使える黒い鞄があったので購入する。

もしかしたら彼も、ここで買ったのかもしれない。

合わせて使えそうな道具を色々と見繕っておく。

鉤爪や細く丈夫なロープ、手のひら大の鏡などだ。

(魔法剣士のはずが、これじゃ魔法盗賊だ。)

一人苦笑する。

支度は整った。

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