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少年剣士

その村が町で依頼に出した仕事は、小鬼の掃討だった。

数にして十前後の小鬼の集団が、近くの洞窟に住み着き家畜を襲った。

被害は大抵の場合家畜から始まり、やがて子供や女へと拡がっていく。

そうなる前に退治しなくてはならない。

小鬼と言えば魔物の中でも下層、その中でも比較的弱い部類で、しかも群れても今回のように十程度。

並の冒険者なら四、五人で対応出来る。

しかし今、村を訪れたのは、剣士風の冒険者がたったの一人だった。

人当たり良く挨拶する彼は、人としてはとても好印象だった。

だが細身の体格で、とても剣士には見えない。

長剣と短剣を一振りずつ腰に下げていたが、他に武器らしき物は持っていない。

鎧や兜など身体を守るためのものすら身に付けていない。

これではまるで、装備もまともに整えられない貧乏冒険者か、あるいは駆け出しの、無謀な自信家のどちらかだ。

持っている得物が剣ではなく杖であれば、印象も違ったのだが。

今や冒険者の職業の一つとして定着した魔法使いには、杖が必需品だ。

所有者から精神の力、魔力を引き出し、かけられた言葉にしたがって魔力を事象へと変換する。

彼らの杖には、そういった役割があった。

だから杖を持つ冒険者は、例外無く魔法使いだ。

そして、魔力を引き出す杖にとって、金属製の防具類は邪魔者だった。

金属は、魔力の流れを阻害してしまう。

動物や植物は微弱ながら魔力を有していたので、それらで作られた防具は魔力を阻害しない。

しかし金属は違う。

魔力を一切持たない物質は、魔力を流す道をその中に作っていない。

だから杖まで流れる魔力量を減らしてしまうのだ。

見たところ、男は金属製の防具を身に付けていない。

剣を下げてはいるが、厚地の丈夫そうな旅の服に革の手甲、革のブーツという出立ちとその質を見るに、期待は出来そうにない。

また彼は年若く見えた。

背も自警団の村人の、誰よりも低い。

その冒険者は、少年だった。

幸い成功報酬なので無駄に金がかかる事は無いが、次の冒険者がいつ訪れてくれるか。

それまでにどれだけの被害が出るか。

そして、この冒険者を差し向けた事で、小鬼達が怒り出さないか。

村の問題は、変わらず多いままだ。

剣士風の冒険者は村で一通りの情報を集め、小鬼達の住み着いた洞窟の方へと歩き出した。

村人の何人かが彼を止めたが、笑って手を振り、思いの外しっかりとした足取りで向かって行く。

すぐに彼の姿は見えなくなったが、村人達は心配そうに、或いは不安げに、しばらくそちらを見つめていた。


少年冒険者が一人仕事に向かって二時間程。

また別の冒険者達が村を訪れた。

男二人に女一人の三人組で、その内の男一人は杖を持っている。

他の二人は鎧を着込み、剣や斧で武装していた。

それらしい冒険者の姿に、村人達は安堵する。

「ようこそ、いらっしゃいました。」

自警団の一人が声をかける。

女剣士が気さくに手を差し出し握手する。

短めに整えられた赤毛の、美しい女性だった。

金属製の鎧は軽量に作られており、またしなやかそうな身体付きをしていたので、速度を生かした軽戦士なのだろうと推測出来る。

得物は曲剣に弓矢を持っている。

いずれも手入れを欠かしていないらしく、綺麗なものだった。

「よろしく!

依頼書を見て来たのだけど。」

自警団の若者は、村長のところへと三人を案内した。

女剣士に続く男戦士はいかにもな大男で、両手持ちの大斧を背に下げている。

重鎧を着込んでいたが、その重さを全く感じさせない。

静かな男で表情を見せなかったが、子供と目が合うと少し微笑んで、軽く手を振った。

そんな二人の様子に、村人達は安心した。

三人目の杖を持った男は、自警団の中年男性と話込んでいた。

厚手の外套の下に質の良さそうな衣服を着ている。

彼は洞窟の場所や小鬼の被害状況などの仕事に関わる話をしていたが、次第に脱線していき今は、他に何人か巻き込んで談笑している。

三人は、冒険者の鏡と言える人物達だった。


少年は洞窟に到着した。

木の陰に潜み様子を窺う。

外にゴブリンと呼ばれる種類の魔物が二匹、入口を守るように立っていた。

槍を持ち、革鎧を着込んでいる。

ゴブリンという種は皆背が低く、少年とそう変わらない。

身体の線も細く、力も強くはない。

魔物の中では最も弱い部類に入る種族だ。

知能をある程度備えていたので、人間と同じように武具や道具を使った。

稀に魔法を使える者もおり、魔物としては特に人間に近い種族だった。

彼らも人間同様に群れで行動する。

小さなものだが集落を作る事もあり、そうした時には最も力の強い者か、最も賢い者を長に据えた。

しかし、こんなところに作られては堪らない。

既に村へと手を出された以上は、力で排除せざるを得ない。

少年は剣を引き抜く。

それから彼は、杖無しに魔法を使った。

魔力は彼の身体に働きかけ、その運動能力を引き上げた。

そして身を屈めて、全速力でゴブリンに接近する。

そのまま一匹へ剣を突き入れ、引き抜くと同時にもう一匹を斬り裂く。

二匹のゴブリンは、その一連の攻撃で絶命した。

素早く入口そばの壁へと身を張り付け、中を覗き見る。

大柄な鬼がちょうど歩いてくるところだった。

その鬼はオーガと呼ばれる種族で、力の強い魔物だ。

弱肉強食を信条としており、弱い者を蔑み、虐げる。

知能はあまり高くはなく、ゴブリンの方がまだ賢い。

だが力の強さや身体の頑強さは相当なもので、並みの冒険者では危険な相手と言えた。

少年は再び身を屈める。

剣を構え、飛び出すと同時に突きを放った。

鋭い切っ先はオーガの胸に深々と吸い込まれ、その心臓に致命的な一撃を与えた。


「一人で洞窟に?」

村長は、彼らの前に村を訪れた冒険者の話を聞かせていた。

この村のために来てくれたのだ。

出来る事なら助かって欲しい。

「冒険者であるならば命の覚悟はしているものだけれど、だからって無駄に散らす事は無いわ。

すぐに向かいましょ。」

女剣士は男二人を連れて洞窟へ出発した。

話に聞いた通りに進み、林の奥へと入っていく。

そのまま山の方へ向かえば着くという事だったので、迷う事は無かった。

一時間程の探索で、無事目的地へと辿り着く。

洞窟の入口には、小鬼が二匹倒れていた。

女剣士が慎重に近付いて、状態を確かめる。

「喉を一突き、引き抜き様にもう一匹へひと太刀ってところかしら。

結構な腕ね。」

どちらも一撃で深い傷を負わせ、仕留めている。

聞いた話では少年だという事だったが、ゴブリン程度に遅れを取るような実力には見えない。

自分達は、無駄足になるかもしれないと予感させられた。

セリア、と名を呼ばれ、男戦士へ返事をする。

「ジュード?

どうしたの?」

洞窟を覗き込んでいた男戦士、ジュードは中を指差していた。

そちらへ近寄り覗く。

そこにはまた違う種類の魔物が倒れていた。

「表にはゴブリン、中にはオーガ・・・

妙な組み合わせね。

それにそもそも小鬼、ゴブリン退治の依頼じゃなかった?

ま、ゴブリンしか見かけなかったんだと思うけどね。」

杖の男はオーガのそばに膝をつき、様子を見る。

その身体は綺麗で、ほとんど傷跡が無い。

ただ一点のみ、胸に深い致死傷を負っていた。

「心への一突きで絶命させている・・・。

戦ったと言うより、不意討ちに近く感じるな

賢明な判断だ。」

「感心している場合じゃないわよ、ソシウ。

いよいよ以て、無駄足の気配濃厚ね。」

立ち上がった杖の男、ソシウは肩をすくめる。

「それならそれで構わないさ。

民の生活がまた一歩、安寧へと近付くのだから。」

セリアとジュードは顔を見合わせ苦笑いした。

無駄足に終われば当然報酬など出ない。

ここへ来るまでの旅費はそのまま、赤字となるのだ。

「ま、お金出してる貴方がそれでいいなら、私達は文句無いけど。」

三人は探索を再開する。

そこかしこに魔物の死体が転がる中を。


少年は更に奥へと歩みを進めていた。

ゴブリン、オーガだけでなく、豚と人を合わせたような魔物のオークや、犬と人を合わせたような魔物のコボルドなどとも戦った。

どちらも強い魔物ではない。

しかし、違う種族が同じ場所に住み着くというこの事態は考えられなかった。

通常であればオーガに殲滅され、皆食われているところだ。

怪しい、と少年は訝しんでいる。

どうやらこの依頼は、容易いものではないようだった。

オーク三匹の背後から接近し、一匹の頭を縦に割る

続いて振り向いた一匹の眉間へひと突きし、残りの一匹も斬りつけ突き刺し、息の根を止めた。

声を上げる暇を与えない。

更に奥へ、少年は進んでいく。


洞窟の中には、聞いていた以上の魔物達が住み着いていた。

洞窟の構造自体も分かれ道が多く、探索は手間のかかるものとなった。

「ソシウ、地図は大丈夫?」

「今のところはな。

何度か書き直させられたが。」

答えて笑う。

ソシウには絵心があるらしく、入り組んだ洞窟を見事に書き記していた。

未だ魔物に遭遇出来ていないので、地図書きに凝ってしまったようだ。

「いやすごいけどさ、貴方も変な男よね。」

覗き込んでセリアは苦笑する。

土を透かして斜めから見下ろしたらそう見えるであろう地図が、そこには描かれていた。

確かにそこに描かれているのだが、どうやって描いているのかは全くわからない。

そんな時、前を行くジュードが不意に立ち止まった。

二人はその様子から察し、音を聴くため静かにする。

微かに戦闘の音が聴こえた。

「この先だ。」

ジュードの低い声が発せられた。

それから彼は、速やかに音の方へ向かう。

セリアとソシウもあとに続く。

オーク三匹の死体を脇に見ながら進めば、その音は確かなものとなり、耳に届いた。

音の発生源である広めの空間に辿り着き、その入口に身を潜める。

中を覗き見れば、六匹のオーガ相手に立ち回る少年の姿があった。

ちょうど首を一つ斬り落とし、数を五へと減らしたところだ。

すぐに身を翻し、オーガの攻撃を避ける。

少年だと聞いてはいたが、確かに若い。

そして、本当に一人で戦っている。

動きは熟練の戦士さながらで、見た目とあまりにもかけ離れていた。

「加勢するわよ!」

言ってセリアは飛び出す。

不意討ちでオーガ一匹の腕を斬り裂き、返す刀でその首を刈った。

続いて飛び込んだジュードは大きく跳び上がり、大斧で頭から真っ二つにした。

「光よ、撃て!」

部屋の入口からは白く輝く弾が放たれ、帯を引いてオーガに着弾し、炸裂した。

壁にまで吹き飛び、その一撃で絶命している。

四体二となって、オーガ達に勝ち目は無くなった。


「いやあ、助かりました。」

明るい調子で冒険者は礼を言った。

年若く背の低い、少年にしか見えないその男は、クウェルと名乗った。

セリアはクウェルを見定めるように見つめている。

セリアの剣は、切れ味重視の鋭利な曲剣。

それを持ち前の速さで振り抜き、魔物を斬り裂いてきた。

力よりも技に特化し、斬り裂ける箇所や目などの弱点となる箇所を正確に攻めるための技術を手に入れた。

彼は、体型的には自分に似ている。

しかしその剣は直剣。

万能に使いやすいが切れ味に劣るため、オーガの首を斬り落とすには、それなりの膂力がいる。

それを彼は、まさに目の前でやって見せた。

(この子、何者?)

疑問には思うが、今はそれを問う時ではない。

「四人で片付けてしまいましょ。

その方が早いし、楽だわ。」

セリアの提案に異を唱える者はいなかった。

「私はセリア。

見ての通り、貴方と同じく速さ重視の戦士よ。

よろしくね。」

セリアは少年と握手する。

続いて、男戦士が少年と握手した。

「ジュードだ、よろしく。」

言葉少なく、それだけ言った。

魔法使いが補足する。

「彼は口下手なんだ、済まないね。

俺はソシウ、魔法使いだ。

後方支援は任せてくれ。」

杖を軽く振って、笑顔を見せる。

「僕はクウェルと言います。

皆さん、よろしく。」

挨拶も済んだところで、隊列を決める。

ジュード、クウェルを前衛とし、弓を持ったセリアを後列へ組み込む事に決まった。

そして洞窟の更に深くへ、四人は踏み込んで行く。


全ての分岐、全ての部屋を回る探索は、想定していた労力を遥かに超えていた。

倒した魔物の数などとうに二十は過ぎていたし、種類もゴブリン、インプ、オーク、オーガ、コボルドと豊富だった。

「インプがいたな・・・。」

ソシウが呟く。

それが意味するもの、それはとても重要な事だった。

「やっかいな依頼になっちゃいましたね。」

クウェルも気付いている様子だった。

セリアが不機嫌そうにしている。

「わからない人間にもわかるように話してくれないかしら?」

ソシウとクウェルはばつが悪そうに苦笑いし、謝罪した。

「インプってのはな、セリア。

使い魔と呼ばれている魔物なんだ。」

使い魔とは、何者かに「使われている」魔物だ。

ここにその使い魔がいるという事は、彼らはここに住み着いたのではなく、何者かの何らかの目的によってここにいる、という事を示しているのだった。

「何それ、随分臭う話じゃないの。」

ソシウは深く頷く。

この洞窟に何かがあるのか、或いはこの付近・・・例えばあの村に何かがあるのか。

「確かめる必要がありそうだ。」

セリアとジュードは、神妙な面持ちになっていた。

人々を守る。

三人はそのために、冒険者の道を歩んでいるのだった。

魔物の現れたその目的を確かめ、可能ならば取り除く。

この旅の目的が書き変わった。

「面倒臭い事になりましたねえ。」

場違いに軽い響きで、クウェルが言葉を発した。

肩をすくめ、わりに合わない事を主張しているようだ。

ソシウは苦笑する。

「クウェルは冒険者らしい冒険者のようだな。」

自分が食べるために戦う。

生活のために戦う。

当たり前の事だが、それが冒険者達の考え方だ。

この仕事を選んだ理由は人それぞれだが、結局はそこへ帰結する。

だからわりに合わない仕事は選ばないし、逆に良い仕事なら率先してやる。

それは間違った事ではないし、むしろ正しいとさえ言える。

命をかけるのは、彼ら自身なのだから。

「ここまで来たんだから、最後まで行きますけどね。」

しかし意外にも、クウェルは乗り気だった。

例えわりに合わなくなっても、仕事を途中で投げ出せない性分なのかもしれない。

セリア達にとっては、ありがたい事だった。

前方に魔物の一団が見えた。

クウェルがいち早く反応し、飛び出していく。

コボルドへ袈裟にひと太刀入れ、突きでとどめを刺す。

ジュードが後に続き、セリアは弓で援護攻撃を行う。

ソシウも光の弾を撃ち、奥のインプを仕留める。

乱戦になっても後衛二人の援護は的確で、前衛二人を阻害する事は無かった。

三人の冒険者は互いを信頼しあっていたし、クウェルはそこへ上手く合わせていた。

すぐに連携も取れるようになり、一行は順調に探索を続けていく。


この洞窟は、地中深くへと続いた。

四人は休憩を挟みながら潜って行く。

それぞれに食料は持って来ていたが、精々一日分と言ったところだ。

そこまで長くはならないと考えていた。

探索を始めてから半日が過ぎ、一度戻る事も視野に入れ始めた頃に大きな広間に突き当たった。

道はどうやらここまでで、ようやく最奥に着いたようだ。

中からは、赤い光が漏れている。

覗き込んでみれば、中央にローブ姿の人物がいて、手に赤く輝く拳大の石を掲げ持っている。

彼の周りには、これまでにも戦ってきたオーガやゴブリン、インプなどが合わせて十程度、跪いている。

四人の目は、石に釘付けになった。

光に照らされて輝いているのではなく、それ自体が赤く光を放っていた。

その妖しい輝きは強く目を惹き、離さない。

ただ四人は、心奪われているわけではなかった。

セリア達三人は忌々しげに石を睨んでいる。

そしてクウェルは、何処か悲しげに見つめていた。

「私から行くわ。」

小さく呟いて、セリアは飛び出す。

手には剣を持っている。

ジュードが素早く続き、更にソシウが後を追った。

セリアの駆け抜け様に曲剣が閃き、ゴブリンは血を噴き倒れ伏す。

気付き立ち上がるオーガをジュードが叩き潰し、更に別のオーガをソシウの魔法の矢が討つ。

石を持つ人物は、杖を持ってセリアを迎え撃った。

素早い剣戟を杖で捌き、

「炎よ」

合間に火炎の矢を放つ。

それを避けて、更に斬り込む。

一見、圧しているようだがしかし、押されているのはセリアだった。

「確かに速い。

だが軽いな。」

声からして、男のようだ。

右手には石を持っているため、左腕だけで戦っている。

片手だけで巧みに杖を振るい、魔法を織り混ぜてセリアを翻弄した。

しかし突然、男は大きく後方へ跳ぶ。

今の今まで立っていた場所には、クウェルの直剣が刺さっていた。

「惜しい、ですね」

代わりに引き抜いた短剣で、クウェルはオークを仕留める。

ローブの男は炎の矢を連続でクウェル目がけて撃ち出した。

その全てを避け、或いは短剣で弾き、地面から直剣を引き抜く。

「あらら、ダメになっちゃった。

気に入ってたのに。」

変形してしまった短剣を男へ投げる。

それを辛くも杖で弾き、男は油断無く構えを取った。

「あれを全てしのぐとは、なかなかやりおる・・・。」

二人の攻防を見たセリアは、一息吐いてクウェルの肩を叩いた。

「私には荷が重いみたい。

貴方結構出来るみたいだし、任せるわね。」

自分の力量と気持ちに折り合いを付け、切り替えて魔物と戦う二人へ加勢に向かう。

「大人な人だな・・・。」

見送って呟いた。

戦士としての矜恃を置き、状況に合わせてすべきように動く。

なかなか出来る事ではない。

純粋に尊敬した。

そして身構える。

クウェルと男の一騎討ちが始まった。


男の放つ炎の魔法を避け、弾きつつ接近していく。

そして繰り出す剣撃は速く、重い。

「その身体の何処に、これだけの力を・・・!」

杖で防ぐが、男は体勢を崩した。

その好機に鋭く突きを放つが、地を転がって避けられた。

そして素早く立ち上がる。

「発見して早々に使う事になるとはな。

おかげで研究する事も出来ぬ。

世の中上手くは行かぬものか。」

石を掲げた。

石は一際強い光を発して、そして砕けた。

男の笑い声が響き渡る。

ローブの下、男の身体から赤い輝きが走り、一瞬の後には消えた。

「閃光、走れ。」

そしてクウェルに向けられた杖から、赤い光線が迸る。

身を捻って何とか避けたが、杖には次の輝きが宿っている。

それから数発、何とか避け、弾く。

しかし剣は折れてしまった。

それでも果敢にクウェルは走り込む。

折れた剣を素早く振り、魔法を使う隙を与えない。

しばらく接近戦が続く。

折れた剣と杖のせめぎ合いはクウェル優勢に見えた。

突然右手で、剣を掴まれてしまうまでは。

「さあ、どうする少年?」

「これでも二十五ですよ。」

追い詰めるように言った言葉に涼しく答え、左手の掌底を胸に叩きつけた。

「爆ぜろ!」

そして、爆発。

男は吹き飛び、壁に打ち付けられた。

「貴様、何をした・・・!」

咳き込みながら、何とか声にしている。

杖を持たぬクウェルの左手から、爆発が起きたのだ。

それは紛れもなく、魔法。

「何って、貴方がさっきからやってるのと同じ事ですよ?

本当は見せたくなかったんですけどね。」

左手を軽く振りながら、クウェルは近付いて行く。

左の手甲の下からは杖が魔法を発する時と同じ独特の、揺らめくような光が漏れ出していた。

「しかしさすが、赤い石の加護。

この程度では意識も奪えない、か。」

折れているとは言え素手で剣を掴み、至近距離からの魔法にも耐える。

尋常の力ではない。

「これが何か、知っているのか?」

「もちろん。」

知識のある者達はその石を賢者の石と、そしてその石を理解している者は、

「邪神の石。」

と呼んだ。

「炎よ、吹け!」

杖から、竜の吐息に似た炎が迸る。

触れればただちに皮膚は焼け爛れ、骨まで灰と化するだろう。

「盾。」

一言だけ、発した。

円盤状の大きく、透明な盾が現れ、クウェルを守った。

炎は放たれ続け、盾は防ぎ続けた。

魔力を基に燃焼しているおかげで呼吸するに困る事はないようだ。

長くそうしていても、空気が薄くなっていない。

膠着状態に見えたが、次第に男の方が苦しい表情へと変わっていく。

やがて炎は、魔力が尽きるのと同時に消えた。

男は杖に身体を預け、肩で呼吸している。

身体の赤い輝きは消えていた。

「邪神の力もここまで。

貴方にはもう何も残っていない。

大人しく、縛についてくれますね?」

クウェルは微笑む。

男に選択の余地は無かった。


二本の杖を携えて、ソシウは上機嫌だった。

一般に、魔法の杖は高価だ。

それを手に入れられたのだから嬉しくもなる。

それに魔物は退治され黒幕も捕え、そして村は無事救われた。

男の尋問は、専門家に任せれば良い。

自分達のやるべき事は全て、不足無く完遂されたのだ。

「面白いものも見れたし。」

呟いて、クウェルをちらりと見る。

杖も無しに魔法を使う人物。

ただ一人だけ、心当たりがあった。

神に選ばれ魔を討つ力を与えられると言う、世界にただ一人の人間。

「貴方が勇者なの?」

セリアは真っ直ぐに聞いた。

聞きにくい事をいつも真っ正直に聞いてくれる。

都合の悪い時もあったが、今は感謝していた。

「やだなあ、違いますよ。」

クウェルは否定した。

勇者と知れると都合が悪いか、何か理由でもあるのか。

ソシウも話に乗る事にした。

「杖を使わずに魔法を行使出来る人間なんて、他に聞かないぞ?」

クウェルは苦笑いを浮かべている。

セリアとソシウに挟まれて、逃げ場も無い。

観念したように、クウェルは手甲を外した。

「指輪?」

「これが、僕にとっての杖ですよ。」

左の中指に、深い碧の指輪が煌めいている。

しばし見つめ、ソシウは記憶を辿っていく。

古い文献の中に、その色があったのを思い出した。

まさか、と驚いた様子で凝視する。

目を見開き、音を立てて喉仏が上下した。

「太古の昔、神話の時代にこの様な物質があったと言う伝承を文献の中に見た事がある。

その金属は、金属でありながら魔力を通すと・・・。」

神代の物質で作られた指輪。

その価値は、国宝や秘宝どころのものではない。

それが今、この目の前に、確かに存在している。

ソシウの目は輝いていた。

そして何やら一人でぶつぶつと盛り上がり始めた。

「ああ、何と素晴らしい。

何という幸運!

あの伝説の金属をこの目で・・・。

いや、実在しているとは思いもしなかった。

何と美しい、何と幻想的な輝きだ。

どんな宝石よりも価値がある。

どんな文献よりも過去を、伝承を証明している。

ああ、何という事だ・・・。」

独り言は続いている。

それを見て、セリアは溜め息をつく。

「この人、研究者っぽいところがあるのよね。

こうなると長いから、放っておきましょ。」

ジュードも笑っている。

いつもの事なのだろう。

クウェルも気にしない事にした。

「しかし貴方、その歳で凄腕よね。

とても年下には見えない動きだったわ。」

クウェルは苦笑した。

あの時の男とのやり取りは、聞こえていなかったようだ。

しかし、その男を縛ったロープを持っている、無口なジュードが呟いた。

「セリア・・・。

彼は二十五、君より年上だ・・・。」

彼には聞こえていたらしい。

一拍おいて、セリアは驚きのあまり声を上げた。

すぐ横にいたクウェルの耳に酷く響いた。

「いやだって、十代にしか見えないじゃない!

こんな可愛らしい二十五なんて、見た事無いわよ!」

「可愛らしい・・・。」

複雑な表情だ。

喜ぶべきか嘆くべきか、悩ましい問題だった。

村までの帰途は、そうして騒がしいものとなった。


報酬はクウェルの提案で、四人で割った。

セリア達はクウェルの取り分が少ないと話したが、彼はそれ以上受け取らなかった。

報酬自体も最初に提示されていた分のみで受け取っていたため、完全にわりに合わない仕事となっていた。

「また何処かで会った時は、よろしくお願いしますね。」

それだけ言って、クウェルは村を後にした。

その背を見送って、セリアは思い付いた事を口にする。

「ソシウ。

今度彼に会えたら、仲間に誘わない?

彼なら大丈夫だと思うんだけど。」

ソシウは少し考える。

戦力としては申し分無い。

しかし、自分達は彼について知らなさ過ぎた。

小さい身体に似合わぬ腕前、伝説の金属の指輪、そして彼自身の事・・・。

謎が多すぎた。

仮に誘うとしても、もう少し人となりを見極めてからが妥当だと結論付け、そう話した。

「さあ、俺達も帰ろう。

こいつを牢まで送らないとな。」

三人も村を去る。

平穏を取り戻した村は、彼らにいつまでも感謝したという。


「只今戻りました。」

玉座の間にて、三人の冒険者が面会していた

三人は王の前に跪き、頭を垂れている。

「良い、いつもの通り楽にせよ。」

その声に従って、三人は立ち上がり顔も上げる。

細身の男が前に立ち、報告を行った。

「村より一時間の距離に魔物が住み着いておりました。

報告によればゴブリン程度の者が十、という事でしたが、実際にはオーク、コボルド、オーガなどが四十ほどおりました。

そしてその最奥にて魔法使いと、件の赤い石に遭遇しました。」

赤い石と聞いた王の眼差しが鋭くなる。

頬杖を外して腕を組み、先を促す。

「赤い石は、残念ながら魔法使いに使われてしまいましたが、我らで打倒し、今は牢に入れております。

程なく尋問が執り行われましょう。

報告は以上です。」

王は頷き、下がれと一言放った。

三人は深く頭を下げ、それから玉座の間を去って行った。

残されたのは、王と側近の二人のみ。

「実の父に、他人行儀な事よ。」

王は微笑む。

側近も柔らかく、彼らを見送っていた。

「ソシウ様は、公私をきっちり分ける方。

ですが、そんなところも好ましいのでしょう?」

まあな、と答え立ち上がる。

予定されていた面会も全て終わった。

二人も玉座の間を後にする。

既に日は傾き、夜が訪れようとしていた。


「相変わらず、仏頂面なんだから!」

エールを飲み干し、ジョッキを叩きつけながらセリアは不満を口にした。

酒場の隅に陣取り、三人は英気を養っている。

「自分の三男坊に、何よあの顔は!

ちょっとは心配したらどうなのよ!」

更にエールをあおる。

概ねいつも通りなので、男二人も慣れてしまった。

こういう時は、違う話を振るに限る。

「その話はまた後にして、だ。

クウェル君、どうだったのよ?」

クウェルの名を聞くと、その表情は曇る。

唸りながらセリアは机に突っ伏した。

見た事の無い反応に、ソシウの興が乗ってくる。

「君、年下好きだろう。

彼は男の俺から見ても可愛らしかったからなあ。

好みだったろう?」

顔を上げたセリアは、眉値を寄せて難しい表情をしている。

「良いよ、良かったよ。

でもさ、あれで・・・。

年上なんだもんなあ。」

半泣き状態で頭をふらふらさせている。

もう酔いが回っているようだ。

強い方ではないのに飲み方が速いものだから、いつも誰よりも先に酔う。

「今日は泣き上戸か。

というか、彼はあれで年上だったのか?」

ジュードが頷いていた。

セリアは一人で何やら上の空だ。

「あの男との戦いの時に、ヤツとそんな話をしていた。

彼は、二十五だそうだ。」

ソシウも驚愕した

クウェルは十五、六程度にしか見えない。

セリアは二十二、ソシウは二十三、ジュードだけがクウェルより年上で二十八だ。

しかし、ソシウは閃いた。

「なあセリアよ、これは好都合だ。

彼がもし本当に見た目通りの歳だったら、この国の法律では非合法だ。

だが、彼は違う。

つまり彼は、あの見た目で・・・。」

「合法・・・。」

言葉を継ぎ、そして気付かされた。

「もう、ソシウ!

貴方ってば、本当天才!」

声を上げて喜ぶ。

立ち直ったようだ。

ソシウは手を叩いて祝福した。

「おめでとう、セリア。

そうさ、あの見た目なら歳なんて些細な問題だ。

あんなに良い男、他にはいないぞ?」

堪らなくなったのか、セリアは机を何度も叩いた。

それからクウェルの事を思い出しているのか、うっとりとした表情でぼんやりとし始める。

ソシウは笑いが止まらなかった。

上手く行けば嬉しい。

上手く行かなくても、それはそれで楽しい。

ジュードの溜め息は、二人には聞こえなかった。

「災難だな、クウェル・・・。」


少年が一人、道を歩いていた。

折れた長剣を一振りだけ腰に下げて。

街と街を繋ぐ道をただ、のんびりと歩いていく。

その途中で三人組の事を思い出し、微笑んだ。

奇妙な冒険者達だった。

曲剣という変わった武器を扱いながら、動きは騎士の女剣士。

大きな身体に大きな得物で無骨そうに見えたが物腰は柔らかく、まるで貴族に仕えているかのような男戦士。

観察力、洞察力に優れ、魔物にも詳しいが、立ち居振る舞いは王侯貴族そのものの魔法使い。

思い返せば、刺激的な探索だった。

「たまには人と組むのも楽しいな。」

しかし仲間を持つ気にはならなかった。

気ままに、好きなところへ赴き、好きなように過ごす。

そして、今回のように見知らぬ冒険者とその時限りで力を合わせる。

一人旅の醍醐味だ。

「次は何処へ行こうかな?」

自称二十五歳の旅は、何処までも続いていく。

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