2.承:設定を広げる
次はいよいよ作業について考えていきましょう。
世界設定に限らず、設定を作っていく方法は人により様々あると思いますので、ここでの疑問と回答はあくまで私が基本だろうと思うものに絞りました。
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Q11.
設定は掘り下げるのか、それとも積み上げるのか。
A:
設定を広げていく手法は大まかに二つ、掘り下げと積み上げがあるように思います。掘り下げでは大まかなガイドラインを引いてそこから細部を作ります。積み上げは逆に細かな部分から決めていき、どんどんその上に向かって要素を集約します。
私が設定を広げるときには、圧倒的に積み上げの比率が高くなります。
前節でストーリーは骨だと言いましたが、その場合だと掘り下げというの皮から骨に向かって肉を詰めていく手法になります。これだと視点がストーリーから外れていても気がつかない事があり、本編に登場しない設定を作るのに時間を取られたりもします。対して積み上げでは常に土台であるストーリーが見えているため、ある程度積んだら放置しても見栄えは変わりません。
とはいえ掘り下げにも大枠を動かさなくて済むというメリットがあります。
積み上げの弱点として、気がつくと要素同士の整合性が取れなくなっていたり、妙に一部が突出するというケースが頻発します。その点、掘り下げには不動のガイドラインがあり、その心配はまずありません。
したがって手法を分けるのであれば、物語に近いところほど積みあげ、遠いところほど掘り下げるようにすれば上手くいくのではないかと私は考えています。
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Q12.
一つの要素にどれぐらいこだわるか。
A:
設定は底無し沼に似ています。表から見えるのは水面という限られた範囲ですが、その下はどこまでも深く続きます。
つまりこだわろうと思えば、どこまでだってこだわることができます。できますが、私はそうするべきではないと考えます。
なぜなら、どこまで作者が潜ろうとも、読者に見える範囲は水面までです。底の方で宝を見つけたとしても、それを水面まで上げられないと宝の持ち腐れです。いかに精緻な設定を作っても、使わなければまるっと無駄になります。
こだわること自体は無駄にならないと思いますが、一箇所にかける労力はほどほどがいいかもしれません。
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Q13.
設定の発想を得る切っ掛けは。
A:
私は世界設定を作る際、二つの切っ掛けをよく使います。
それは妄想と逆転です。
妄想はわかりやすいですね。自分だけの無害で気楽な〈たられば〉です。
最初に作品が作者のポケット内であり、そこに「すでにある」という話をしました。私は作者のポケットにあるのは、実はこの妄想ではないかと思います。自分の妄想を手探りし、色を乗せて形を整えるというのが、私の設定の基本です。
逆転とは目につくものを逆にして考える手法で、次の節で触れる〈ひねり〉と関係があります。地表の七割が海ではなく陸だったら? 科学でなく魔法が発達していたら? 男女の社会的地位が逆転していたら? などがそうで、特にSFではおなじみの手法です。設定では全ての要素が絡んでくるので、一箇所の逆転が大きな変化を産むこともあり、重宝すると同時に扱いには慎重さが必要です。
私が発想を得るのは、机の前ではなく動いている時が多いように思います。行き詰まったらメモ帳を手に散歩などすると、スッと浮かんだりもしますね。自分の声が反響する風呂場で発想するという方もいらっしゃいます。
最後に奥の手ですが、どうしても発想できない場合、ランダムツールに頼ってみると面白いですよ。〈三題噺〉のように偶然選ばれた要素から発想を膨らませる方法です。
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Q14.
どうやって設定を広げていくのか。
A:
私は設定を広げる際、作ったものに自らツッコミを入れ、回答する作業を繰り返します。それも一要素にだいたい三つはツッコミを用意します。
設定とは突き詰めると物語で生じる疑問への回答です。したがって設定を作るという行為は、あらかじめ回答を用意するのと同義だともいえますね。模擬面接のようにあらかじめ答えを用意することで、本番の執筆に備えるわけです。
全ての要素が繋がっているからには、回答はさらなる疑問を引き出します。だからきちんと答え続け、そのたびに他の要素と繋がりを見いだしていけば、ある程度は自然と設定が広がっていくかと思います。
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Q15.
行き詰まってしまう場合は。
A:
全ての疑問に答えがあるわけではないように、設定の育ち方次第で答えが用意できなくなることもあります。そんなときは思い切ってその要素全体を棚上げすることを考えましょう。
行き詰まるときには前提が間違っているか、飛躍が足りない可能性があります。底無しの回答作業に取り組むよりは、前提からスパッと切ってしまう方が時間と労力の節約になります。
ただし、完全に消してしまわない方がいいでしょう。
特に飛躍が足りない系の行き詰まりでは、棚上げしているうちにフッと回答が思い浮かぶこともあるからです。他の要素を詰めている時に、思わぬ枝が伸びて結びつくこともあります。
そして復活した設定は、存外おもしろかったりします。
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Q16.
独創性〈オリジナリティ〉を意識して設定を作るべきか。
A:
私は特に独創性を意識しません。
というのも、真の意味での独創性は数千年前には消えたと思っているからです。
例えば剣と魔法のファンタジーであれば、誰しも上げるように「指輪物語」がその根底にあるでしょうし、それすら神話から着想を得たものに過ぎません。ロボットものはすでに古代ギリシャ時代にクレタ島のタロスという形で着想済みです。
オリジナルにこだわって限られた時間を無駄にするよりは、その分設定を磨いた方がいいように私は思います。
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Q17.
ならば独創性を出す方法はないのか。
A:
私見ですが、今あるものを闇鍋にかけてみるといいかもしれません。
ありえなさそうなかけ合わせを作ってみて、書けそうなもの、面白いものを引っぱり出す。そうすると百回に一回ほどは独創的なアイデアになることがあります。
真に独創的なものは人類から潰えて久しいですが、だからといって独創性がないわけではありません。なぜならどこかで見た要素を寄せ集めたとしても、その集め方や切り口は作者により様々だからです。完全コピーでもしないかぎり、作者が違えばそこに個性、独創性は宿ると考えます。
ですから独創性にこだわるよりも意外な組み合わせを見つけ、それを丁寧に組み合わせることを意識した方が遙かに独創的になると私は思っています。
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Q18.
設定のイメージに実感が乏しい場合はどうするか。
A:
人間一人の想像力はあまり多くをカバーしてくれません。見たことのないもの、触ったことがないものを想像するのは簡単なことではないですから。
そんなときは思い切って、すでにあるものから借りてきてはいかがでしょうか。ビロードに触ったことが無くても、滑らかな布であるとわかっていればそれでひとまず充分です。中世の農村に行ったことが無くても、アルプスの少女ハイジを見ればイメージは掴めます。
イメージなんて最初は借り物でも大丈夫だと思います。全てのメディア、それこそ小説に限らず映像や、場合によっては音楽でも想像の原点になります。いろんなところから借りてきて、気になったらさらに追及してみることでイメージは充分に補強できます。
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Q19.
設定を作るのに知識は必要なのか。
A:
一流の学者になる必要はありませんが、ある程度広く浅く知っていると方がいいと私は思います。設定とは森羅万象を想像によって模倣したり作ったりする行為なので、知ってるかどうかは説得力になって反映されます。
知識というと丸暗記のイメージが強いので、それよりは理屈、理由の方が重要だと私は考えます。なぜ風が吹くのか、なぜ雨が降るのか、なぜ星が輝くのか。それらの理由を知ることは、つまりツッコミに回答するコツを知ることだと思います。つまり設定の広げ方の練習になるわけです。
必要になったら調べる。調べたら自分なりにかみ砕く。設定しながらでもこれらの方法で知識を得ることはできます。面倒かも知れませんが、知識は得ただけ武器になると思いますよ。
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Q20.
設定に「嘘」を書いてもいいのか?
A:
もちろんです!
設定なんて突き詰めれば嘘の塊です。現実には存在していないのですから、嘘を書かない理由がありません。むしろそうした現実からの飛躍が、読者を引きつけるスパイスになることも多いかと思います。
しかし同時に、嘘をつくなら上手につかなければなりません。どんな嘘であれ聞いた人に速攻で見破られるものは設定にも入れるべきではないでしょう。また嘘は一つ作ると際限なく膨らんでいくクセがあるので、小さな嘘が気付けば大嘘に、ということもあります。
これを避けるにはとにかく一つの嘘を百の事実で取り囲む事です。嘘と真実の境界を綺麗に馴染ませる努力がなければ、設定の嘘は活かせないと思います。
説得力の例外は大嘘で、これはつまり「魔法がある」「遙か未来である」「違う時空の話である」「動物が立って話す」などの物語の根幹に関わるようなもの。これは嘘というよりは仮定ですね。ここではまずインパクトが求められますし、読者もそんな話を読む気でいるため何の問題もありません。
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まとめ:
設定を詰める時には、物語で見える範囲から積み上げていくと楽です。作る際のアプローチの基本は、ツッコミと自答。答えに詰まったらいったん棚上げにして、復活するまで寝かせておきましょう。
独創的かどうかを気にするより、組み合わせの妙を楽しみましょう。組み方は人それぞれ、そこが独創性の発揮しどころです。
知識という万象のコツを掴んで、上手に嘘をつきましょう。