落ちた首を愛でるが如く
ことり、と人の命が終わったにしてはずいぶんと軽い音を立てて、それは地に落ちた。ふと最期の顔を見そこなったことに気づいて、ひどくゆっくりとした動きでそれを手に取る。……なぜだろう、妙に浮ついた気分だ。戦いの高揚ともまた違う、夢現の中を彷徨っているような、自分が何をしているのかわからなくなりそうな、そんな気分。
拾い上げたそれは――――笑っていた。
いつもの自信に溢れたものでも、この人が得意だった他者を馬鹿にした笑みでもない。穏やかな笑顔。こんな表情をした首では、影武者ではないかと騒ぐ連中がいそうだなとぼんやり思う。
常に皮肉気に歪められ、辛辣な毒を吐き出していたはずの唇は、今はただ静かに微笑みの形を作っていた。
「……何が、そんなに嬉しいんですか?」
その問いに答えを返す声はない。
あたりまえだ。もう、この人は話すことも、動くことも、何かを感じることすらもできないのだから。人を殺すことも、国を滅ぼすことも、たくさんの怨嗟を産むことも……彼に触れることも、ない。
「俺なんかに殺されて、悔しいでしょう?」
少しでも負の感情を見つけたくて、いまだ閉じられていないその瞳を覗き込む。そこにはどんなときでも強さを失わない蒼い輝きではなく、なんの色も宿さぬただの死があった。
唐突に、恐ろしいまでの喪失感が襲ってくる。
誰彼構わず喚き散らしたいような、世界中のすべてを呪いたいような、いっそこのままこの人と果ててしまいたいような、そんな滅茶苦茶な感情が湧き上がってきて、彼は唇を強く強く噛み締めた。
「……っ、なんでっ!」
なんで死んだんだ。
なんであっさり殺されてるんだ。
なんで、なんで……なんで、俺を殺してくれなかったんだ。
噛み殺し切れなかった想いを押さえつけるかのように、目の前の唇に自分のそれを合わせた。けれど、この人が生きていたときには決して触れることの許されなかった場所はただ冷たいだけで、彼に何も返してはくれなかった。
「……あなたは、いつだって奪うだけだ」
この人に与えられたのは、痛みと苦しみと憎悪と絶望と……捨てきれなかった一欠片の愛情だけだ。
気まぐれに与えられた温かさに縋っていた自覚はある。いつかこの人を討たねばならないと理解しながら、少しでもその日が来るのが遠ければ良いと、そう願っていた。それは死んだ家族や友、いま共に戦っている仲間達への酷い裏切りだとわかっているのに。
あなたさえいれば良い、と。
言ってしまいそうで怖かった。
この人への憎悪は微塵も揺らがないのに、なぜ、日々愛おしさが募っていくのだろう。決して重ならない感情は、知らぬ間に彼を引き裂き狂わせていたのかもしれない。
「不思議ですよね。憎いのに、今だってどうしようもなく憎いのに……あなたが、愛おしくて堪らないんです」
殺してもなお消えることのない憎悪を抱きながら、その人を愛せるものなのか。殺したいのと同じくらい愛したくて、それ以上にこの人に殺されたかったなんて。
物言わぬ首を抱き締め、彼は永遠に口にしないと誓っていた言葉を紡ぐ。
――――愛しています。
それは音にはならず、誰の耳にも聞こえることなく消えていった。
なんとなくシリアスを書きたくなったので、欲望に負けて書いてしまいました。たまに起こるこの衝動。
こういうシチュエーション?だけの小説もわりと好きですね。書くのも読むのも。