天使の口づけ。
ちょっと背伸びしたい人。
毎日疲れている人。
昼は喫茶店。夜はbarになる。
そんな名前の無い店でゆっくりしませんか?
大通りから少し外れた狭い道を住宅街に抜ける途中に小さな坂道がある。
その坂道を登りきる手前に小さな喫茶店がある。
店の前には看板らしいのは無いし出入口近くに植えてある樹木はまるで扉を隠すように生えている。
昼は喫茶店。
夜はここを訪れる客に酒と料理を提供しているするbarに…
さてさて、今夜もバーテンと客人との語り部に聞き耳を立ててみましょうかね…
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この店には名前が無い。
きっとオーナーに聞けば解ることなのかも知れないけど、バーテンダーは店名だけは決して話さない。聞いても何時も気付くと別の話題に変えられてしまう。
私は、今日こそ店の名前を知るために此処へやって来たんだから。
漆黒の扉はなんの飾りも無くただ白い小さな札が【open】と告げていただけだった。
ドアノブは金色に輝いて毎回新品じゃないかと思うほどだ。
私みたいなか弱い女の子には少々重厚な扉は苦手なんだけど手前に引いて中へとすすむ。
入ると直ぐに赤レンガ色の階段があり降りて行くと薄暗い店内には四ヶ所のテーブル席にエル字に8人が座れる程度の椅子を用意したカウンター席がある狭い場所だ。
各テーブルには燭台が用意されてあり、まるで夕陽を切り取ったような明るさと、カウンター席のバーテンダーの上にある月夜の蒼白い光りとバックミュージック何か流れない静寂が何よりも贅沢だった。
私は、迷わずカウンターの角席に座る、バーテンの顔がよく見えるお気に入り。
「いらっしゃい。」
「バーテンさん。今日こそ…」
と、私が話してる目の前に手袋と霜が全体に積もったようなショットグラスが置かれた。
「天使の口づけに興味はありますか?」
天使の口づけ?
面白そう。私は、彼の説明通りに手袋を装着する。
すると、なにやら透明な液体が入ったタンブラーをショットグラスの横に置く。
「まずは薫りを楽しんで下さい」
シェイカーから透明な液体をショットグラスに移すと私の目の前に戻した。
言われた通りに少し鼻をグラスに近付けると炭酸水の弾ける音と豊潤な薔薇の薫りが鼻孔をくすぐった。
「んー。心地良いわ♪」
「ではグラスをタンブラーに沈めてからお飲み下さい。」
私は、言われた通りにした。
無色透明だった液体はすみれ色に染まりタンブラーの口はドライアイスでも入れたかような…まるで朝の湖面の霧だった。
しかもフルーツのような甘い薫りに変化してこのお酒を呑みたいし呑んだらもったいないしって、もどかしい気持ちになっていた。
けどやっぱりとグラスを傾ける。
フルーツの薫りが強くなり身体は火照るけど…肝心な液体は唇を湿らす程度。
そう。お酒は一滴も私の喉を潤す事はなかったのだ。
「天使の口づけは如何でしたか?」
「天使の陰にみにくい鬼が居ましたわ。」
私は、拗ねたように言った。
「鬼ですか、それはまた何でですか?」
「漢字で『醜い』は酒と鬼で出来てますよね。」
「はぁそれではお酒のサンズイが足りないですけどサンズイは何処に?」
バーテンダーは不思議そうに聞いてくる。
「だって水分は鬼に呑まれて私は、匂いしか味わえなかったわ。」
バーテンダーは驚いた顔を一瞬すると笑いながら
「これは参った。この一杯は私の奢りってことで。」
たまにはこんな勝ちもいいか!
酒も煙草もギャンブルもやらない作者ですが、バーテンに憧れてやっちゃいました。
不定期でショートでやります!
やらせて下さい。