【昭和刀の斬れ味 3】
軍刀や日本刀の斬れ味の会話や本に『3人以上斬ると人の脂が巻いて良く斬れ無くなる』という俗説が出て来ることがある。30年以上昔になるが、試斬の前に色々な油を用意して、刀身にサラダオイル、マーガリン、ラード、機械用グリス等を塗って仮標を斬ってみた。心配していた斬れ味はどの場合でも巻き藁や竹の仮標では、何度斬っても問題は無かった。それ以降、昔の武士には笑われるが、刀用の丁子油を塗ったまま試斬に用いている。因みに、昔の武士は帯刀する為に拵えに刀身を入れる時には絶対に油は塗らなかった。
『3人以上斬ると』の俗説は相当普及しているようで、私も昭和30年代の後半に聞いたことがあった。そこで、支那事変従軍士官で戦線に於いて数人、人を斬っていると噂のある人にこの質問をしたら、笑われてしまった。笑いの意味は戦場に出た事の無い素人の俗説との意味だったらしい。その人の刀は家伝の新刀か古刀で、残念ながら昭和刀では無かったようだ。
では、昭和刀の斬れ味の持続性は、古刀や新刀と大きく異なるかというと、良く鍛錬され適温で焼き刃が渡された昭和刀は全く問題ないと考えても良いと思う。一回研磨しただけの昭和刀で、数百本の巻き藁百本以上の真竹を数年間に渡って斬ってみたが、その間、全く研磨をしなかったにも関わらず、斬れ味の劣化を感じ無かった。
逆に昭和刀の場合、焼き刃の温度が高すぎるように個人的に感じる沸の強い刀や乱れ刃の大きく変化した沸出来の刀は細かい刃毀れが多く発生するケースが多く、切断力を維持するのが難しかった。このような刀は、寝刃を合わせていても硬く、特に硬い竹などを斬ると寝刃の形状を維持するのが難く、細かい刃毀れを生じる場合が多い。
また、軍刀として強度的に評価の高かった数人の刀匠の刀を数人で試斬してみたが、手の内と刃筋を少し間違えると斬れ無い刀が多かった。初期新刀等では若干の手の内の悪さや刃筋の少しのブレでは問題なく巻き藁を切断できるのに、昭和刀の陸軍の強度試験に問題なく通過する刀匠の刀では、横水平に挑戦すると安定した刃筋を維持しないと完全に切断できないケースが初心者では良く見られた。
特に、重ねの厚い昭和刀で初心者が横水平に挑戦するケースでは、刀身の選択が重要な事は言うまでもないが、その他に寝刃が適切に合わせている必要と経験を十分に積んだ良き指導者の存在がポイントになる。体中心をしっかりと保持しながら身体の回転と刀の回転の相乗効果を最大限に利用できれば、好ましい結果が得られる。
逆に折れ曲がりに対する強度が優秀な昭和刀の場合、巻き藁専用に作成(笑い)された現代刀では考えられない強靭性を発揮する事がある。試したのは、幕末の武用刀として評価の高かった刀匠の一人である水戸徳勝の系譜に連なる陸軍刀工の刀の場合、薄い鉄板や薄肉パイプで出来た椅子の足を斬ってみたが、ヒケが多数生じたものの刃毀れも無く刀身もびくともしない軍刀らしい鍛錬刀であった。もちろん、五寸釘も簡単に両断できたし、刃毀れも生じなかった。
戦後70年近くを経過して膨大な量、造られた昭和刀も保存状態の優れたものは少なくなってきていると聞く。試斬される場合は、どうぞ、錆身の刀身で試されるようにして頂き、保存状態の良い物や再度研磨をした刀は、大事にそのまま保管頂きたい。
さて、昭和刀を少し褒め過ぎたようで、錆び身の為、誤って登録審査を通った素延べや殆ど鍛錬していない油焼きの昭和刀も僅少ではあるが存在すると聞く、試斬用として昭和刀購入の際は慎重な判断をお願いしたい。ご自分に自信がない場合は、日本刀に関する経験豊富な方々のアドバイスをお勧めする。特に、刀の地金と鍛錬の程度を判断できる方の助言は試斬に用いるケースでは重要である。
昭和刀の斬れ味に関連して、狭い経験の範囲内で少し述べさせて頂いたが、前述したように有名な靖國刀も満鉄刀での試斬経験が無い為、昭和刀全体の斬れ味の記述には成っていないがお許し願いたいし、もちろん、経験不足による誤りも多いと思いますので、今後の皆様のご指摘をお願いしたい。