*序章* ~少女は夢を見る~
彼女は布団に潜りながら何かにうなされるよう に身をよじる。
『………ス』
どこかで聞いたことのある、ひたすらに甘い女性の声。
『おいで……おいで』
その声は何度も彼女を呼ぶ。しかし彼女は強く 拒絶するように首を振る。それでもその声は止む ことはなかった。
「……ぅ…」
苦悶の声が漏れるが、瞼は固く閉じられたまま、額にはうっすらと汗が滲むだけで、一向に目 が開く気配はない。
『戻っておいで………わたくしの可愛い……』
ふわりと、浮遊感を感じて閉じられた瞼から一筋の涙が伝った時……
――リン、と鈴の音がなった。
「いやっ!」
それが合図かのように、彼女は目を開けて勢い よく体を起こした。激しく心臓の音が響く中、込 み上げてきた涙を無理矢理拭う。
「だめ……またノアに心配されちゃう」
そう、呟いて。
*
「瑠川様、どうしました?」
ノックの音が響き、彼女を心配する優しい声が 聞こえた。
「……大丈夫だよ。ちょっと夢見が悪かっただけだ から」
苦笑気味そう言うと、ノアは「失礼します」と 言い、驚いて「待って」という声も聞かずに部屋 に入って来る。そうしてツカツカと彼女の元まで 来るとその頬にそっと触れた。
「冷や汗、ですね。表情も優れませんし……」
彼女は触れている手に、自分の手を重ねて目を 閉じる。体温はないけれど、行動一つ一つが嬉し くて温かかった。
「本当に大丈夫だよ。ね?」
真っ直ぐにノアを見て言うと、微かに息を吐い て降参だと触れてないほうの片手を上げた。
「けれど瑠川様。僕が何度もこうしているのを忘 れないでくださいね」
「わかってるよ。ねぇ……ノア? 最初の約束で しょ。きちんとシアって呼ぶって」
ノアは苦笑いをして「そうでしたね」と言い、 頬に触れていた手で優しくシアの頭を撫でた。
「ではシア。朝までまだ時間がありますから、な るべく休んでください」
起こしていた体を寝かせられ、適度な間隔で頭 を撫でられ続けていると、シアは次第に規則正し い寝息を立てた。
その様子を確認して、ノアは「おやすみなさ い」と言って部屋を出た。