深遠の闇に愛されし夜の魔女 グレン視点①
この日、俺はありえないほどの多忙な状況に置かれていた。
前日に、スイエンの軍施設が魔法攻撃を受け、沢山の死傷者が出た。
追い討ちをかけるように、中立商業都市エンエンの駐留軍がホムラ国に全滅させられたと連絡が届いた。
真実か確かめる為には密偵を向かわせようかという所で、エンエン駐留軍の生き残りがホムラ国国王の声明を持って帰還した。
全滅は真実だった。
すぐに密偵を出し確認したところ、ホムラ国の遠征軍5000。さらに、本体の15000が押し寄せてきていた。
このまま進軍してこれば、遠征軍の国境到着まで後7日。
あまりの時間のなさに、王城は混乱していた。
事態はすでに最悪。そんな時に陛下から呼び出され執務室へ向かった。
コンコン
「失礼します。お呼びでしょうか?陛下」
執務室で書類を見ていた陛下は、俺が来ると顔を上げた。
男とは思えない綺麗な顔を、俺に向けての第一声
「グレン、町まで行って使える傭兵や魔法使いを捕まえてこい」
意味がよくわからなかった。この非常時に何を言っているんだこの方は。
「だから、魔法使いとか、傭兵とか、戦力になりそうなのを見つけてこいって事。このままじゃ、人手不足もいいとこだ。特に、魔法使いが足りてないらしいから優先すること!」
「・・・・・・一般人を戦闘に参加させるんですか?」
「あぁ!戦争するからとかおおっぴらに言うなよ?パニックになって国が荒れるのはゴメンだ。適当にごまかして、協力してくれそうなヤツだけに事情を話せ」
「・・・わかりました。明日の早朝から各都市に兵を派遣します。私も午前のみ探索に参加して、午後からは防衛線の指揮に当たります」
「おう、緊急事態だからな。事は迅速にだ、いいな?」
「はっ、了解いたしました」
とは言ったものの、そんなに簡単にレベルの高い魔法使いや、傭兵に会えるはずがない。
そういうヤツらは、とっくに国お抱えの職に就いているはずだ。
それよりも、真実を話さずにどうやって人を集めるか・・・。
ミズトに頼むか。各都市に派遣する奴等にも説明しなければいかんし。
いかんせん、時間が足りなさすぎだ。
陛下の執務室を出て真っ直ぐに騎士団本部に戻ってきた俺は、人集めの方はミズトに任せ、防衛ラインの指揮を執るため、国境に向かった。
***
結局ミズトが考えた、『国からの依頼』という形で、条件を絞っての人員確保になった。
各地に人を派遣して、一斉に始めることにした。
「本日より、魔法使いと、傭兵の一般公募を開始する!先日の雨の影響で、西の大国ホムラとの国境線までの道が土砂崩れで封鎖されてしまっている。」
「土砂を撤去しても、その先にある川の橋が、雨で増水し、流されてしまっている。これは、王国からギルドに加盟しているもの達への依頼である。今日より5日間以内に道を整備し、橋を架けてほしい。」
「全てのギルドで同時に募集している!報酬は金貨100枚!依頼が完了した後に参加者で分配する。」
ミズト曰く、多少怪しくても人員さえ集まればいいとの事。
どうせ戦いが始まれば、嘘はすぐばれるのだから。
金貨100枚の言葉に、集まっていた市民から大きなざわめきが巻き起こった。
当然だ。一般市民が見たこともないような大金だ。金貨1枚あれば2ヶ月は暮らせる。
「ただし、魔法使いは資格証明を提示できる者で中級ランク以上の者、傭兵はギルドの登録ランクがB以上の者のみ参加資格が与えられる!」
集まっていた人々が、あきらめたようにバラバラと散っていく。
おそらく参加資格がなかったのだろう。
それはそうだろう、そんなランクの人間がそこらにゴロゴロしているわけがない。
中級ランク以上の魔法使いでフリーでいる場合、国と係わり合いになりたくないからフリーで活動している。傭兵もしかりだ。
今回も、かかわりたくないから遠巻きに様子を伺っているといった感じだろう。
「!」
突然、大きな魔力を感じた。隠してはいるようだが、隠しきれてない。そんな魔力だ。
ざっと辺りを見回すと、暗色のローブを纏った魔法使いと思しき人物が、ギルドに入ろうと扉に手をかけようとしているところだった。
あれは、強い。見ただけでわかるほど、魔法使いの能力は高かった。
何故、あのようにレベルの高い魔法使いがフリーなのか?
俺はその魔法使いに声をかけるため、近づいた。
「失礼。魔法使いとお見受けしますが、先ほどの依頼の話は聞きましたか?」
俺の声を聞き、驚いたのか、魔法使いはビクリと体を揺らし、ゆっくりとこちらに振り返った。
目に飛び込んできたのは闇。
全てを塗りつぶす闇。
俺の目に映る全てが、闇に侵食されるような錯覚。
畏怖されるべき色彩だと知っている。知っているが、コレは何だ?
畏怖?違う歓喜だ。体が心が、出会えたことに喜びを感じている。
まるで何十年、いや・・・何百年と逢えなかった愛しい人との邂逅。
向こうも驚いたのか、目を見開いて固まっている。
よく見ると、闇を纏う魔法使いは、まだ少しあどけなさが残る少女だった。
それにしても、かなり美しい容姿をしている。
「あの~?一応話は聞いていましたよ?それがなにか?」
まったく反応しなくなった俺に、若干苦笑しながらも少女から話しかけてくれた。
固まっていた体がビクリと反応して、凝視していた視線が宙をさまよう。
どう反応していいのか、正直困る。
まるで、初めて恋をしたかのように胸が高鳴るのだから。
「あっ!!・・・っ失礼しました。大変珍しい『色』を纏っておいででしたので・・・」
・・・・・・・って、何を言っているんだ。俺は馬鹿か?こんなこと言ったら・・
「フッ・・あはははッ!」
目の前の、闇を纏う少女が突然笑い出した。
どう対処していいかわからず困惑する俺。
それを見て、さらに笑いがこみ上げてきている様子の少女。
珍しいなどと、少女を傷つけるような事を言ってしまったのではと焦っていた俺は、この状況をどうしたらいいかわからず、笑い続ける少女を見つめる事しかできなかった。
「あはッ、あははははッ!・・・し、失礼しました。私の事を珍しい『色』と表現してくださったのが、なんだかおかしくて。」
漸く笑いが治まった少女の言葉にハッとして、姿勢を正しながら、自らの非礼を詫びた。
「あっ、いえッ!こちらこそ失礼しました。力のある魔法使いとお見受けし、思わず声をかけてしまいました。」
うってかわって、落ち着いた少女は、自分が思っているよりずっと聡明なことにすぐに気付かされた。
「そうだったんですか。王国からの依頼の話ですよね?大変興味深いのですが、内容のわりに報酬が破格だったんで、何か裏があるのではと勘ぐってしまって・・・。魔法使いの性でしょうか、何でも頭だけで考えてしまって・・、悪い癖ですね。」
申し訳なさそうに語る少女に俺は大きく顔を振った。
「とんでもない!それは生きる為に必要な能力です。おそらくあなたは上級魔法使いなのではないですか?我々は特に、協力していただける魔法使いの方を探しています。ここではちょっと話せない内容なので、ギルドの中で話しだけでも聞いていただけませんか?」
***
とりあえず話しだけならと承諾してもらい、ギルドの奥にある交渉スペースに入ることにした。
ギルドの奥には、依頼人との細かい打ち合わせ用の交渉スペースとして、布に仕切られたいくつかの個室がある。
その一室に、少女と俺とミズトが入り、改めて自己紹介をすることにした。
「申遅れましたが私は、王国騎士の紅を纏いし者グレン・レント・レイハートと申します。こいつは部下の・・・」
俺の言葉をさえぎってミズトが言葉を続けた。
「私は、ミックスのミズト・シン・ウォールと申します。」
自分達の紹介を受けて、少女の目がわずかに見張る。
珍しい色を纏っている彼女でも、ミズトほどの多色纏う者は珍しいのだろう。
ミズトも、彼女と同じ『異色』な存在なのだ。
少女の方を見ると、目深にかぶったローブに手をかけているところだった。
そのまま少女がローブを取るのを見つめていると、少女がゆっくりと頭を下げる。
腰まで真っ直ぐに伸びた艶やかな闇色の髪が、サラリと肩からこぼれ落ちた。
「初めまして。私は、闇を纏いし者ヨル・セラス・セラヴィーンと申します。上級魔法使いのランクにいます。」
少女は、そっと顔を上げ、俺とミズトの顔を正面から見据えた。