兄の出立 1
簡易にまとめた荷物を肩から下げた崇志は、何かを言いたそうな母と、表情を抑えて見送る父に、無言で手を振り、玄関を出た。そのあとから晴彦も追従する。
京都でのことはちゃんと支度してある。そう請け負う少年は、帰途の一部につきあいながら説明を施すという。
「家の中でぐずぐずしてると持衰さんが起きるからな」
家内では気持ちが急くらしい。
空には暮れ時の朱が差していた。雨上がり独特のひんやりとして空気が、厚い上着越しに纏わりつく。
筋肉質の崇志に比べて華奢な少年は、くしゃみを1つして、慌てて手で口を覆った。
「持衰さんに聞かれる」
神経質にこだわるところを見ると、古代の巫女は相当に勘がいいのかもしれない。
「美耶なら、1回寝つくと起きねえんだけどな」
車のドアを開いた兄は、苦笑しながら、助手席を勧めた。
晴彦を乗せて、とりあえずここから離れた場所まで行き、説明をさせたあと、途中で少年を降車させる予定だった。持衰が起きて崇志の不在に気づいたとしても、歩いてついて来られる距離に留まらなければ、帰京を邪魔される心配はない。
「住宅街からは出るぞ。2、3キロ距離を開けるが、お前、歩いて帰れるか?」
そう尋ねながら、キーを回す。
「それぐらいなら全然平気。なんなら、京都まで連れてってもらってもいいよ。電車でこっちに帰ってくるから」
晴彦は笑って受け流しながら、シートベルトを行儀よくかけた。
ブルン、とセルが回ったあと、アイドリングに車体が震える。
はずだった。
腑抜けた音を残して、始動することもなく、車は機能を停止した。
2度ほどエンジンをかけ直すが、愛車は応えてくれなかった。スタートモーターのこすれる耳障りな音を響かせたところで、崇志は、諦めてキーを抜いた。
「バッテリー上がり? お父さんに繋いでもらう?」
助手席から身を乗り出した少年は、父が見送った玄関を一瞥したあと、持衰の寝る部屋の窓を見上げた。夕闇の中、まだ無灯の室内を確かめて、小さく安堵の溜息をつく。
「いや……。車は置いていく」
整備などに時間を費やしていれば持衰を起こす可能性が高まる。晴彦の膳立てを台無しにしたくない、と崇志は少年に配慮した。
「バス停までつきあえ。話はその間に聞く」
少し強引に誘うと、でも、晴彦は、感謝の意思のこもった笑顔を返し、
「うん」
と身軽に同行した。




