荒魂の正体 4
あ、でも心配せんで。さんざん不安を煽った晴彦は、大事な家族を想って表情を暗くする父母と兄に、明るく請け負う。
「持衰さんの力になる方法、見つけたと思うんです、オレ。ちょっと乱暴やけど」
乱暴、の不穏な一言より、解決方法を見出したという利発な少年の言葉に重きを置いた父母は、即座に尋ねる。
「どうすればいいのかな?」
「ハルくんがいてくれて本当によかったわ。それで?」
勢いこむ彼らを制し、
「その前に、崇志兄が、なぜとり殺されもせずに、まだ生きていられるかを説明させてください」
と晴彦は、いったん話題を保留にする。
怨霊化した実母は、間違いなく古都の地まで息子についていった。混乱期を過ぎ、自らの能力のコントロールを取りもどしたときに、まず彼女の軌跡を追うことに努めた持衰は、そう断言した。
地を這う蛇のように、目標の放つ微かな印を頼って京都に辿りついた持衰の意識は、そこで、一層、禍々しく変化してしまった御霊を見つけた。すでに人の形を崩した実母は、動物のような太い尾を持ち、突き出た口元から、大量の涎と鋭い牙を覗かせていた。
知らず近づく生者は、彼女の穢れに触れたとたんに不調を訴え、本能的な危機回避を行った。それほどの凶賊と化した怨念に、肉体を離れた魂だけで対抗するのは、持衰といえども不可能だった。いったんは、兄を救うことを諦めたほどだ。
けれど、実母は息子に手を出さなかった。
理由は恐らく、と信心深い古代の巫女は推察する。『タカシ』の周囲に幾重にも結界が張られていたからではないか。京都という特殊な造りの都、未だに神仏の加護が強く及んでいる土地柄、それに、兄自身が持つ僧侶というスキル。それらが複合して、強力な怨敵を遠ざけることに、偶然にも成功したのだろう、と。
京都は言わずと知れた平安の都であるが、その平安には多くの守護者たちの努力が関わっている。
8世紀の終わりに桓武天皇が平安京を設立して、彼の地は日本の首都となった。碁盤に張りめぐらされた大路や数多の寺社聖域は、中国の風水の思想に倣って、気の流れを正常化する役割を持つ。『気』とはエネルギーのことである。天から降りそそぐ熱や光、大気を動かす風の圧力、地中で脈動する生命の息吹。そういう目に見えない活動にまで信仰という形を与え、人間は、天地の力を手に入れようとした。
それと同時に、と晴彦は注釈をつける。
「京都は一方で大量の人間が殺戮されたケガレチでもあるんです。鴨川の三条河原、六条河原の処刑場では、石川五右衛門や石田三成などの有名人が、大勢、殺されています。権力を持った人間や人気を博した人が死ぬというのは、ファンや一族にまで処刑の手が伸びると言うことです。織田信長に謀反を企てた荒木村重のケースなんかでは、数百人の関係者が殺されました」
そもそも、奈良の地から京都への遷都が行われた理由にも血なまぐさい歴史があるんです、と続けながらも、その部分は割愛して、少年は話を戻す。
「自らが手を下した相手が怨霊となって祟ることを恐れた権力者たちは、気の正常化だけでなく、結界作りにも努めました。聖獣四神を招魂したり、屋敷内に退魔師を常駐させたり。だから、京都は、魔から逃げるには、うってつけの土地になるんです」
父が言った。
「京都がそんなに有効な場所なら、崇志は、もう1度、京都に帰したほうがいいんじゃないかね?」
「そのとおりです」
晴彦の即答に、ずっとバツが悪そうに俯いていた兄が、顔を上げる。
「……いつ?」
己の護身に走ることが心苦しいのだろう、若干、不服そうに、期限を問う。それに対して、少年は端的に答えた。
「大祓が1番危ない日なんやから、その前には帰らんと。つまり、今日や」
※『ケガレチ』とは、古神道の考え方の一種で、エネルギーが枯渇、もしくは停滞している土地のことを指します。清浄な土地『イヤシロチ』との対比で、この表現を使いました。
※荒木村重は、織田信長の配下の立場から謀反を企てた人物です。重罪のため、村重の一族はもとより、家臣の身内、関係者を匿った高野山金剛峯寺の僧侶までが粛清されました。
※聖獣四神とは、四神相応という思想で扱われる聖なる獣のうちの4つです。青龍、白虎、玄武(亀)、朱雀(不死鳥)という空想上の生き物を、それぞれ東西北南の守護者に位置づけ、結界を作る方法が、当時は一般化していました。京都には朱雀門の跡地が現在でも残されています。




