稲荷天の報い 5
母親が片付けに台所へと引っ込んだあと、崇志は、父親の酒をまだ足しながら、小声で補足した。
「祟りっていうのは、実はもっと混沌とした感覚でね。だから、美耶が狐に祟られてる、という考えも、晴彦が言うほど完全には切り捨てられないんだ」
「すみません」
対面の少年は、頭を掻きながら、でも悪びれずに応える。
「だけど、美耶ちゃんのケースは、あんまり複雑にしないほうがいいと思うんです。美耶ちゃん自身が『憑依』や『転生』に過敏になってる。狐に憑かれてるなんて言ったら、それこそ、その気になっちゃうんじゃないかと思って」
「狐憑きって呼ばれる現象の多くは、単なるノイローゼだからな」
崇志がオチをつけるのを聞いて、父親は低く笑って、言った。
「お前、そんなドライな考え方で坊さんになれるのか?」
「なるよ」
断言する息子に、また笑いが漏れる。
「まあ、好きにしろ」
美耶がぼんやりとした頭で起き上がる頃には、食卓には晴彦しか残っていなかった。
「お腹すいた……。晩御飯の続きにする」
もそもそと箸を取る少女に、少年は慈愛に満ちた目を向ける。
「さっきさ……、散歩から帰ってくるとき、オレ、美耶ちゃんに、『興味半分』って言ったじゃん」
話しかける晴彦に、箸を口に含んだまま、美耶は視線を当てた。
「うん」
「あれ、撤回する。もうちょっと本気で付き合う」
「…………」
なんでそんな気になってくれたんだろ……。わけがわからなかった。でも。
美耶は頬を緩ませて、
「うん」
ともう一度頷いた。
「がんばろうな」
少年の励ましに、
「うん!」
と3度目の返事を元気に返す。