稲荷天の報い 4
狐憑きを起こすのは荼枳尼天のほう、と、晴彦はもう一度繰り返した。
「仏のくせに祟りをもたらすなんざ、怖いおばさんだ」
荼吉尼天が女性であることを聞いた崇志が、そう茶々を入れる。
「そういうこと言う崇志兄から、まず祟られるんじゃないの?」
少年は笑いながら続ける。
「崇志兄が言うように、仏教の仏さんは、本来、『救済』の目的で作られていますから、祟りません。ただ、位の低い『天』や『王』の中には、モデルにされたインドの神の性格を濃く残してるもんもあるんです。荼吉尼天のモデルは、インド神話の殺戮の神、ダーキニーです」
「いやあね。そんな人が神様なんて」
との母親のコメントに、
「神じゃなくて仏」
と、また細かいことを突っ込む僧侶志望。晴彦はやり取りを無視した。
「そんな怖い荼吉尼天に『祟り神』……つまり、お祀りしないと祟る、という触れ込みがついたのは自然のことだったんだと思います。そこから、同一視されたお稲荷さんも『祟る』と言われるようになるのは当たり前。本来の稲荷神が穏やかな農耕の神さんであったにもかかわらず、祟り神としての側面を持ったのは、単なる勘違いなんです」
へえ、と納得しかけた母親と違い、父親が疑問を挟んだ。
「そもそも、なぜ稲荷神社に荼吉尼天が祀られるようになったんだね?」
「荼吉尼天の眷属も狐なんですよ。だから、ミケツカミと同じ存在だと思われたんでしょうね。日本の神さんと仏さんの多くは、共に、モデルをインドや中国の実在の人物としています。同じ人が名前を変えて神さんと仏さんになっている場合もあるんです」
答える晴彦に、父親も溜飲を下げた。