田の神の悪意 4
崇志がそろそろ鋸の作業を終えそうだった。あとの手伝いを引き継ぐために立ち上がった晴彦は、思いついて、もう一度、美耶に向き直った。
「田の神さん、稲荷さんに吸収され尽くしたわけじゃないんだ」
そして、まだ形にならない門松を指さす。
「あれも田の神さんを家の中に迎える道具の1つ。山に帰ってた神さんは、正月の間、祖先の霊とともに家に招かれる。で、松の内って言われる正月の7日までいて、そのあとは、また山に帰るんだ。門松は、そのときに神さんを下ろす依代。注連縄は、家の中に入った神さんの場所を浄化するための結界」
田の神に愛着を持ち始めた様子の少女に、そう言って安心させようとする。
が、思わぬ返事が返ってきた。
「迂闊な。あの者の前でそのような」
「え、何……?」
俯いたままの美耶の表情は計り知れない。
突然、崇志が、
「痛てっ」
と声を上げた。見ると、鋸を取り落として頭を押さえている。
「どうしたん? どっか切った?」
慌てて駆け寄る晴彦に顔を上げることもなく、荒い息を吐く。
「寒い中で作業したから、風邪でも引いたかね」
石積の長老も心配そうに覗き込んだ。
しばらく返事を待つと、やっと落ち着いた様子の青年は、軽く頭を振って、
「すいません。急に頭痛がして」
と顔を上げた。
「それはいかんな。家に上がって休んでくだされ」
老人の申し出を、
「いえ。……それよりも、自宅に帰ります。晴彦、あとは任せていいか?」
と断って、崇志は重そうな身を立ち上げる。
「いいけど……1人で帰れる? 美耶ちゃんも一緒に……」
大柄な体を支えながら、妹のほうを振り返った晴彦は。
そこに、睨みつけるような冷たい表情を湛えた少女を見た。
なんで? 疑問しか湧かない。美耶の視線は明らかに兄を捉えている。そりゃあ、崇志兄は口悪いし、デリカシーないしで、恨まれることもあったかもしれん。でも、内心では美耶ちゃんを1番大事にしてるはずやし。少なくとも、不調で弱ってる兄に向ける目やないんやないか、それ。晴彦の頭が混乱する。
「美耶はいい」
と崇志は言い捨てて、長老に頭を下げた。
「この埋め合わせは、またします。いてて……」
顔をしかめつつ、苦笑を浮かべ、石積邸を後にする。
兄の姿が敷地内から消えた途端、少女の表情は元に戻り、
「あれ、お兄ちゃんは?」
と辺りを見回した。