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黒い神  作者: 小春日和
死者の想念
103/104

誤謬(ごびゅう) 2

「それにしても、晴くんは持衰に優しいね」

葉月が、多少の嫉妬を交えた口調で、持衰に親身な少年の態度を揶揄した。

「持衰ってそんなに可愛い? 半分は男なんでしょ?」

険の見え隠れする質問に、

「……可愛いっていうか……うん、まあ……」

晴彦は、どう返していいかわからず、地味に肯定をする。

 葉月が美耶に対していい感情を抱いていないことは知っている。その原因に自分が起因していることも。けれど、少年は葉月のことを『そういう負の感情をコントロールできる子』と認識していた。だから、突然のあからさまな敵意に戸惑う。

 少女は非難を続けた。

「いまの話だと、持衰って美耶さんの中に寄生してるってことなんでしょ? それって美耶さんにとって可哀想なことじゃん。追いだしてあげなくていいの?」

「……美耶ちゃんには不本意だと思うよ。だから、これからもお父さんお母さんや、崇志兄のフォローが必要なわけ」

「あたしならイヤだな」

晴彦の言葉を遮って、嫌悪をむきだす葉月。

「そういうふうに持衰を追いだそうとしない晴くんを見るのもイヤ。持衰なんて、けっきょく美耶さんの妄想みたいなものじゃん。可愛いって言われたことのない美耶さんが『こうしたら褒められるかも』って創りあげたモーソー。それに振りまわされる晴くんって、見てるとバカみたい」


 なぜ葉月はここまで持衰、そして美耶を蔑視するのか。

 持衰への深慮を彼女の前でも明言しつづけた少年は、自分のその行為が葉月を傷つけてしまっていたのではないかと、悔いる。

 だが正直なところ、晴彦にとって、葉月も美耶も『異性としてどれほどの関心が持てるか』と悩む対象ではなかった。だから、葉月の押しの強さは、嬉しいと言うよりは、迷惑にしか感じない。

 一応、言外に謝罪を置いて、少年は諭す。

「葉月ちゃんは、オレが持衰さんや美耶ちゃんの話をするのが気に入らんのかな。それならもうこの話題は終わるから、……その……あんまり酷いこと言わんであげてほしいん」

すると少女は、俯いて反省した態度を見せながら、

「あたし、美耶さんに対して、……うーんと……、嫌いとか、そういうんじゃないの。でも、美耶さんがこういうことをやって晴くんを振りまわしてるのがイヤなの。美耶さん、統合失調症なんでしょ? だから持衰なんて人格を創って多重人格になっちゃったんでしょ? 自分の病気は自分で治さなきゃ。かまってもらっていい気になってるうちは治らないよ」

と返す。

 持衰が美耶の創りだした別人格。持衰の存在を信じきっている晴彦には、一笑に付すほどの信頼性しかない想像だった。

 が。

 葉月は食いさがる。

「じゃあ、なぜ晴くんは持衰なんて信じてるの? 晴くんにとっては、持衰が本当にいたほうが面白いからじゃないの?」


 少年が持衰の実在を信じる理由。

 それは、持衰の言動が晴彦の知識に合致するからだ。持衰は古代の生活のことをよく知っていた。対して美耶にはそれほどの知識はない。

 でも。

「そんなの、あたしだってちょっと勉強すればそれらしいことは言えるよ。それに晴くんの知識が全部正しいわけじゃないじゃない。だって、晴くんは本当に古代に住んでたわけじゃないんだもん」

葉月は執拗に反論を重ねる。

 自己に対する否定まで受けて、少年の意志がわずかに揺らいだ。

 たしかに、魏志倭人伝や倭国騒乱などの概要は、ともすれば高校の授業でも詳細に触れることができる。そこから、自分がその時代に住んでいたとの思いこみで世界を構築することも可能だ。

 それに、晴彦の能力の限界に関しても、葉月の主張は的確だった。実際に古代の生活に身を置けない少年は、隙間だらけの古代史を想像で埋めているに過ぎない。

 ただ。

「あ、でも」

晴彦にも利はまだ残っていた。

「持衰さんは蛇神さんの力を持ってる。触らずに物を動かしたり、体が浮いたり、なんてこと、美耶ちゃんにはできんやろ?」

 持衰の持つ念動力はマジックなどではない。実際に浮遊を経験した少年は、それを確信として提示できる。揚げ足とりのような議論を吹っかける葉月も、それで溜飲を下げてくれるだろう。

 と思った。

 しかし。

 少女は勝ちほこったような顔をして、笑った。

「晴くん、ポルターガイストって知らないの?」


 アメリカ映画でメジャーになったポルターガイストは、動かしてもいないのにベッドが揺れたり、物が部屋を飛び交ったりする現象だ。実は、これは映画上の創作ではなく、世界中で実例が報告されている。

 イギリスの小さな町で起こった怪奇現象は、1977年、4人の子どもを抱えた母親がその住宅に入居したときから始まった。無人の部屋に響く物音。寝入っているあいだに移動する家具。それらは日を経るごとに激しくなっていき、最終的には、目の前で椅子が飛んだり、子どもが宙に浮いたりしたという。目撃者は数十人にも及ぶ。

 日本でも、2000年に、岐阜の町営住宅全体がまるまるこの現象に襲われ、ニュースになった。ほぼ新築状態だった建物の中を飛びかう食器。子どもが走りまわるような怪音。異常事態がパニックを引きおこしたのか、幽霊の目撃談も多発した。

 葉月が言うには、この現象の起こる家庭の多くが、不安定な精神状態の子ども、特に女の子、を抱えていたらしい。


「ね? 持衰が本当にいなくても、美耶さんが持衰のふりをしていろいろやることはできるんだよ」

論破できたことが嬉しいのか、葉月は喜色満面で得意げに言った。そして、

「晴くんが『持衰はいる』なんて言い張ってると、お兄さんの居場所とか美耶さんの病気とかって絶対に解決しないと思うの。いいの? そうなっても」

と恫喝する。


 ……もしオレの判断がまちがってたとしたら、崇志兄を京都に行かせようとしたことも、いまみんなを振りまわしていることも、ぜんぶ誤ったことになってしまう。

 混乱する思考。急速に萎える自信。

 不安に心臓が高鳴りはじめた。早く答えを出して、現状を修正しなければならない。

 けれど、自分を疑うことが正しいのか、も、迷う。

 焦りを(ほぐ)すために少年は目を閉じる。

 持衰の存在を信じるべきか、否定するべきか。


 ビー……ン。

 凍った大気の中、かすかに弦を弾くような澄んだ響きが渡った。持衰の実在を疑いはじめた少年を咎めるような、淋しげな音色だった。

 その音に心を傾けて、しばらく、晴彦は沈黙を守る。

 清浄な振動が自分の中の闇を祓っていくような気が、した。己が闇に侵されつつあることを、自覚した。

 目を閉じたまま、少年は、ずっと自分を支えてきた『その存在たち』に、感謝した。

 そっか……。この音は鳴弦(めいげん)の音やったんや……


 興奮した表情で少年の答えを待つ葉月に、晴彦は返事を返す。

「オレね、呪いとか祟りとか、面白半分で勉強したと違うん」

予想外の答えに戸惑う少女に、微笑を返す。

「だから、自分の積み重ねてきたものを否定はせんようにしてるんや」


※『多重人格』は、現在では『統合失調症』ではなく『解離性同一障害』として扱われます。けれど専門治療機関でもその扱い方はまだ統一されていません。

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