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黒い神  作者: 小春日和
兄妹の邂逅
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田の神の悪意 3

 「ところで、田の神様って何?」

家人が隣にいることで、途切れていた興味が再燃したのだろう。美耶が、晴彦と老女の両方に聞いた。

「田の神さんっていうのは……」

先に口火を切った少年が、ちょっと思案した間に、老女が言葉を引き継いだ。

「田んぼには神さまがおわっせる(いらっしゃる)でねえ。お祭りせんといかんのだわ」

「もしかして田の神を送ったりもするんですか?」

美耶への答えをすっ飛ばし、晴彦は老女に話しかける。

「送るほうは、もうせんけど、歳神(としがみ)さんはこうやって毎年招いてるんだわ。やめると怖いでねえ」

「ああ、それで門松を作るんですね」

意味不明な会話が頭の上を飛び交うのを、少女は心細そうに聞いていた。


 「田の神さんっていうのは、日本に大昔からある信仰の1つでさ」

老女が家の中に引っ込んだのを機に、土着信仰を熟知した少年は、美耶に向き直って、説明を始めた。

「たぶん、稲作が始まった弥生時代から、類似のものはあったと思う。田んぼには作物を実らせてくれる神さんがいるっていう考え方。それを拝し……えっと、拝んで恵みをもたらせてもらうんだ」

「へえ。田んぼにはみんな神様がいるの?」

神秘なことに興味を抱く年頃の少女は、目を輝かせて、前方に広がる冬枯れの水田を見た。

「そういえば、お米には7人の神様がいるっていうもんね」

「ああ、それは国津神の地位を向上させようとした説話じゃないか、と個人的には思ってるけど……って、その話はあとにしよう。脱線すると、きっと、訳わからなくなるし」

晴彦は頭を掻きながら話を戻す。

「田の神さんは、稲が実る秋口までの間は田んぼにいて、それが終わると山に帰って山の神さんになる。で、春にまた田んぼに戻ってくるんだ。山に帰るときと田んぼの戻るときに、見送りと迎えの儀式をする地域があるんだけど、名称がいろいろなんで紹介はやめとく。あ、そうだ。ほら、菅笠に紺色の着物を着た女の人が田植えをする映像を見たことないかな? あれも大田植(おおたうえ)っていう、春に神さんを迎える儀式なんだ」

「へえ」

菅笠の意味がすでにわからない美耶は、深くは追求せずに先を促した。

「でも、どうしてわざわざ山に帰るの? ずっと田んぼにいればいいじゃない」

「生命の枯れた田んぼに神さんを置いとくわけにはいかないよ。それに、山っていうのは『神域』になるんだ。だから神さんの本来の居場所は、むしろ山のほう」

「そういえば、昔はうちの辺りも山で、お稲荷さんを祀ってたってお母さんが言ってた」

狐憑きの話を蒸し返しているのか、と、少し警戒して、口を噤んだ晴彦は、観察した美耶の表情に曇りがないことに安心して、言葉を継いだ。

「お稲荷さんと田の神さんは非常によく似た神さんでね。両方とも、狐を眷属……ええと、使い魔、のほうがわかりやすい?」

『魔』じゃないけどさ、と補正をする晴彦に、美耶は笑顔で頷いた。

「うん。ファンタジーっぽく説明して」

「はは。そのジャンルはオレが知らんて」

苦笑いしながら、少年は努力を再開する。

「ある世界に田の神さんっていうマスターがいて、狐をお使いにして、米を豊作に導いたり、逆に不作に陥れたりするとするじゃん?」

「うん」

意外に悪いヤツ、と少女が茶々を突っ込む。

「でな、別の信仰……じゃなくて、別の世界にお稲荷さん……ミケツカミってマスターがいるんよ」

「ミケツカミ? うん、それで?」

難しい言葉はとにかくスルー、が美耶のモットーらしい。

「ミケツカミのお使いも狐で、しかも、ミケツカミ自身が『稲の神さん』の性格を持ってるんだ」

「えっ、じゃあ、まるっきり一緒じゃない」

驚きの声が上がるのも無理はない。わざわざ呼び名を変える意味がないほど、2つの神の性質は酷似していた。

「うん。だけど生まれた環境が違うんだ。田の神のほうは、普通の人々が普通の生活の上で作りあげてきた信仰で、ミケツカミは神話の神さん。だから、見栄えとしてはミケツカミのほうが格好いい」

「あははっ」

神様にもランキングがあるのだと知って、美耶は大きく笑った。


 「古事記や日本書紀が編纂……書き記されるまでは、田んぼや山にいるのは田の神さんとか山の神さんで通ってたんだけど」

田の神とミケツカミが統合されていった経緯を、晴彦は語る。

「記紀神話……あ、2つの書物の総称な、この神話が書かれて、そこに登場するミケツカミの名前が広まってから、普通の人たちにも『田の神とミケツカミは同じ神さん』という意識が芽生えたんだ。そこで、今まで田の神を祭っていたお社にミケツカミを招いて『お稲荷さん』とした。だから、田の神の習慣が今も残るこの土地にお稲荷さんが建ったのは、全然不思議なことじゃないんだよ」

「じゃあ、田の神様はお稲荷さんに乗っ取られちゃったの?」

美耶の疑問に苦笑する少年。

「統合、でええし」

「だって……なんか理不尽」

少女は、後ろ姿を見せる素朴な石像を見ながら、頬を膨らませた。


※田の神が不作を招く、というのは、現代においてはあまり馴染みのない感覚だと思います。晴彦が勉強してきた歴史の中で、神が手放しで人間の役に立ってくれるという事例が少なかったための推測です。

※田の神とミケツカミの統合についても、断言できるほどの資料はありません。ただ、原始信仰と思われる田の神がミケツカミより後に創造されたとは考えにくいため、このような記述となりました。

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