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婚約破棄は、こちらでは受け付けておりません

作者: ふたーなる
掲載日:2026/10/28

「ヴェルネッタ・ローディア! お前との婚約を破棄する!」


王宮の大広間に、王太子オルディスの声が響いた。


その場にいた貴族たちは、手にしたグラスを止めた。


楽団の演奏も止まった。


壁際に並んでいた侍女たちが、互いの顔を見合わせる。


そして、名指しされた侯爵令嬢ヴェルネッタ・ローディアは、静かに一礼した。


「承知いたしました」


「……何?」


「婚約破棄、承知いたしました」


オルディスは眉をひそめた。


「お前は、何も言わないのか?」


「何か申し上げる必要がございますか?」


「あるだろう! 私は今、お前との婚約を破棄すると宣言したのだぞ!」


「はい」


「はい、ではない!」


ヴェルネッタは首を傾げた。


「では、いいえと申し上げればよろしいのでしょうか?」


「そういう問題ではない!」


オルディスの隣に立つ女性が、彼の袖をそっと引いた。


マノン・リュゼール。


近頃、王太子が頻繁に王宮へ招いている伯爵令嬢である。


「殿下。あまり大きな声を出されては……」


「マノン、心配するな。これは私とヴェルネッタの問題だ」


「ですが……」


「お前は何も心配する必要はない」


オルディスはマノンに微笑み、それからヴェルネッタへ向き直った。


「ヴェルネッタ。お前は王太子妃にふさわしくない。マノンのように、私を支えてくれる女性こそが必要なのだ」


「そうですか」


「そうだ!」


「では、こちらをお願いいたします」


ヴェルネッタは、手にしていた書類の束を差し出した。


オルディスはそれを見た。


書類の一番上には、丁寧な文字でこう書かれていた。


『王太子との婚約解消申請書』


「……何だ、これは」


「婚約解消の申請書でございます」


「なぜお前が持っている?」


「必要になると思いまして」


「必要になると思った?」


「はい」


「いつからだ!」


「三か月ほど前からです」


大広間がざわついた。


オルディスは書類を受け取ろうとしたが、途中で手を止めた。


「待て。婚約を破棄すると言ったのは私だ。手続きは私が決める」


「もちろんでございます」


「ならば、書類は後日提出すればよい」


「本日中に提出する予定でございましたが」


「後日だ!」


「承知いたしました」


ヴェルネッタは書類を引っ込めた。


そして、別の紙を差し出した。


「では、こちらをお願いいたします」


「まだあるのか!」


「婚約破棄に伴う業務引き継ぎ確認書でございます」


オルディスは紙を見た。


「……業務引き継ぎ?」


「はい。殿下が私にお任せになっていた業務について、今後の担当者を決める必要がございます」


「そんなものは後でよい!」


「では、後日」


「そうだ!」


「承知いたしました」


ヴェルネッタは書類をしまった。


そして、もう一度一礼した。


「それでは、私は失礼いたします」


「待て!」


オルディスの声が、再び大広間に響いた。


「どこへ行くつもりだ!」


「帰宅いたします」


「まだ舞踏会の途中だぞ!」


「婚約破棄された身で、殿下の隣に立ち続ける理由がございませんので」


「……」


「それでは皆様、ごきげんよう」


ヴェルネッタは大広間を出ていった。


扉が閉まる。


楽団は演奏を再開した。


オルディスは、手元に残った書類を見つめていた。


その表紙には、こう書かれていた。


『婚約破棄に伴う業務引き継ぎ確認書』


「……何なのだ、これは」


マノンが小さく首を傾げた。


「殿下。ヴェルネッタ様は、何をなさっていたのでしょう?」


「知らん!」


オルディスは書類を近くの侍従へ渡した。


「こんなもの、適当に処理しておけ!」


侍従は書類を受け取った。


「承知いたしました」


その侍従は、翌朝、王宮の第一窓口へ向かった。


そして、書類を提出した。


「こちらの書類は、婚約解消申請書ではございません」


窓口の職員は、書類を一枚ずつ確認して言った。


「婚約破棄の届け出でございます」


「婚約破棄と婚約解消は違うのですか?」


「はい。王族との婚約の場合、通常の婚約解消とは手続きが異なります」


「では、どちらへ?」


「第二窓口へお願いいたします」


侍従は書類を抱え、第二窓口へ向かった。


そこで、別の職員に言われた。


「こちらは王太子殿下ご本人の署名が必要です」


「署名はございますが」


「こちらは代理人の署名でございます」


「……」


「殿下ご本人の署名をお願いいたします」


侍従は王宮へ戻った。


オルディスは執務室で、マノンと茶を飲んでいた。


「殿下。婚約破棄の手続きについて、署名をお願いしたいのですが」


「何だ、今か?」


「はい」


「後にしろ」


「ですが、書類の提出ができませんので」


「ならば、明日でよい」


「承知いたしました」


侍従は頭を下げた。


その翌日、再び署名を求めた。


「殿下。こちらに署名をお願いいたします」


「……何の書類だったか?」


「婚約破棄の届け出でございます」


「まだやっているのか!」


「はい」


「そんなもの、もう済んだ話だろう!」


「手続きが完了しておりませんので」


「……」


オルディスは書類を受け取った。


署名欄に名前を書き、侍従へ返した。


「これでよいのだろう?」


「ありがとうございます」


侍従は頭を下げ、第二窓口へ向かった。


職員は書類を確認した。


「こちらの書類は、婚約破棄の届け出でございますね」


「はい」


「では、こちらの添付書類が不足しております」


「……何が足りないのでしょう?」


「婚約破棄の理由書でございます」


「理由書?」


「はい。王太子殿下が婚約破棄を宣言された理由を、書面で提出していただく必要がございます」


侍従は王宮へ戻った。


そして、オルディスへ報告した。


「殿下。婚約破棄の理由書が必要とのことでございます」


「理由書?」


「はい」


「理由なら、舞踏会で言っただろう!」


「書面での提出が必要とのことでございます」


「……」


オルディスは机を叩いた。


「なぜ、こんな面倒な手続きをしなければならないのだ!」


「王族との婚約でございますので」


「……」


「殿下、理由書の作成をお願いいたします」


「お前が書け!」


「私は婚約破棄の当事者ではございませんので」


「……」


オルディスは、しばらく侍従を睨んでいた。


やがて、紙を引き寄せた。


『婚約破棄の理由』


その下に、彼はこう書いた。


『ヴェルネッタが王太子妃にふさわしくないため』


侍従は書類を受け取った。


「ありがとうございます」


そして、第二窓口へ向かった。


職員は書類を読んだ。


「……こちらでは受理できません」


「なぜでございますか?」


「理由が不明確でございます」


「ふさわしくない、と書かれておりますが」


「具体的な理由が必要でございます」


「……」


「第三窓口へお願いいたします」


侍従は第三窓口へ向かった。


そこで、別の職員に言われた。


「こちらは婚約破棄の理由書ではなく、王太子妃候補者の選定に関する書類でございます」


「……」


「婚約破棄の理由書は第二窓口へお願いいたします」


侍従は第二窓口へ戻った。


「先ほど、第三窓口へ行くように言われましたが」


「こちらでは受理できません」


「……」


「第四窓口へお願いいたします」


侍従は第四窓口へ向かった。


そこでは、職員が書類を確認した。


「こちらは王太子殿下の婚約破棄に関する書類でございますね」


「はい」


「では、王族婚姻管理局へお願いいたします」


「……王族婚姻管理局?」


「はい。王宮の西棟にございます」


侍従は書類を抱え、王宮の西棟へ向かった。


王族婚姻管理局は、王宮の西棟の奥にあった。


扉には大きな看板が掲げられている。


『王族婚姻管理局』


その下に、小さな紙が貼られていた。


『婚約破棄に関するお問い合わせは、第二窓口へ』


侍従はしばらく看板を見つめた。


そして、王宮の第二窓口へ戻った。


「……こちらでは受理できません」


職員は、先ほどと同じ言葉を口にした。


「では、どちらへ?」


「王族婚姻管理局へお願いいたします」


侍従は、書類を抱えたまま立ち尽くした。


その日の夕方、オルディスは執務室で報告を受けた。


「……まだ終わらないのか?」


「はい」


「なぜだ!」


「窓口を回っておりますが、受理されません」


「……」


「明日も、手続きを続ける予定でございます」


オルディスは頭を抱えた。


「もうよい! 私が行く!」


翌朝。


王太子オルディスは、書類を抱えて王宮の第一窓口へ向かった。


窓口の職員は、彼を見て立ち上がった。


「王太子殿下!」


「この書類を受理しろ!」


「恐れ入りますが、こちらの書類は婚約破棄の届け出ではございません」


「婚約破棄の届け出だ!」


「婚約解消申請書でございます」


「同じだろう!」


「異なります」


「……」


「第二窓口へお願いいたします」


オルディスは第二窓口へ向かった。


「こちらの書類は、殿下ご本人の署名が必要です」


「私が署名した!」


「こちらは署名欄が空欄でございます」


「……」


オルディスは書類を見た。


確かに、署名欄は空欄だった。


彼はその場で署名した。


「これでよいな!」


「ありがとうございます。では、こちらの添付書類が不足しております」


「……何だ!」


「婚約破棄の理由書でございます」


「理由書なら、昨日提出した!」


「こちらには添付されておりません」


「……」


オルディスは、書類の束をめくった。


理由書は、確かに入っていなかった。


「……どこへ行ったのだ!」


「お手元の書類をご確認くださいませ」


「……」


オルディスは書類を抱え直した。


そして、執務室へ戻った。


「理由書を持ってこい!」


侍従が慌てて書類を探した。


机の引き出し。


書棚。


書類箱。


執務室の隅。


そして、ようやく見つかった。


「殿下。こちらでございます」


オルディスは書類を受け取った。


「よし。これで終わりだ!」


彼は第二窓口へ向かった。


職員は書類を確認した。


「こちらの理由書には、具体的な理由が記載されておりません」


「……」


「『王太子妃にふさわしくない』という理由だけでは、受理できません」


「では、何を書けばよいのだ!」


「具体的な事実をご記入くださいませ」


「……」


オルディスは書類を見つめた。


そして、ペンを取った。


『ヴェルネッタは、私の婚約者としてふさわしくない』


「……」


「殿下。こちらは先ほどと同じ内容でございます」


「……」


「具体的な事実をご記入くださいませ」


オルディスはペンを置いた。


「……もうよい!」


彼は窓口を離れた。


その日の午後。


ヴェルネッタは、実家の屋敷で紅茶を飲んでいた。


窓の外には、庭師が手入れをしている庭が広がっている。


テーブルの上には、焼き菓子が並んでいた。


「お嬢様。王宮から使いが参りました」


侍女が告げた。


「何の用でしょう?」


「婚約破棄の手続きについて、確認したいことがあるとのことでございます」


「そうですか」


ヴェルネッタは紅茶を一口飲んだ。


「では、こちらの書類をお渡しください」


彼女は机の引き出しから、一枚の紙を取り出した。


『婚約破棄に伴う業務引き継ぎ確認書』


その下には、細かい文字で業務内容が列挙されていた。


王太子の予定管理。


王太子の執務補助。


王宮内の各部署との連絡。


貴族との会談準備。


会議資料の作成。


王太子の食事の手配。


王太子の衣装の確認。


王太子の忘れ物の回収。


王太子の……


「……お嬢様」


侍女が紙を見つめた。


「こちらは、すべてヴェルネッタ様がなさっていたのですか?」


「はい」


「……」


「殿下が婚約破棄をなさるのであれば、今後はご自身でなさる必要がございます」


侍女は紙を受け取った。


「承知いたしました」


その翌日。


王宮の執務室に、業務引き継ぎ確認書が届けられた。


オルディスは、それを見た。


「……何だ、これは」


侍従が説明した。


「ヴェルネッタ様からの書類でございます」


「……業務引き継ぎ?」


「はい。婚約破棄に伴い、今後の担当者を決めていただく必要があるとのことでございます」


オルディスは書類をめくった。


「……こんなにあったのか?」


「はい」


「……」


「殿下。こちらの業務は、今後どなたが担当なさいますか?」


「……」


オルディスは、書類を机に置いた。


「……後で考える」


「承知いたしました」


侍従は頭を下げた。


その翌日。


王太子の予定が、執務室の壁から消えた。


正確には、予定表を作成していたヴェルネッタがいなくなったため、誰も予定表を作成していなかった。


オルディスは朝、執務室に入った。


「今日の予定は?」


侍従が答えた。


「……確認中でございます」


「確認中?」


「はい。ヴェルネッタ様が作成されていた予定表がございませんので」


「……」


「会議の時間も、訪問者の予定も、まだ確認できておりません」


オルディスは机を叩いた。


「なぜだ!」


「ヴェルネッタ様がいらっしゃいませんので」


「……」


「殿下。まずは、こちらの書類をご確認くださいませ」


侍従が書類を差し出した。


オルディスは受け取った。


「……何だ?」


「昨日、各部署から届いた書類でございます」


「……」


「こちらもございます」


「……」


「こちらも」


「……」


机の上に、書類が積み上がった。


オルディスは、その山を見つめた。


「……ヴェルネッタは、いつもこれを処理していたのか?」


「はい」


「……」


「殿下。こちらの書類は、本日中にご確認いただく必要がございます」


オルディスは書類を一枚手に取った。


そして、目を通した。


「……何が書いてあるのだ?」


侍従は答えた。


「王都の水路整備に関する報告でございます」


「……」


「こちらは、地方貴族からの陳情でございます」


「……」


「こちらは、来月の式典に関する資料でございます」


オルディスは、書類を机に戻した。


「……ヴェルネッタを呼べ」


侍従は一礼した。


「承知いたしました」


その日の午後。


ローディア侯爵家に、王宮から使いが訪れた。


「ヴェルネッタ様。王太子殿下がお呼びでございます」


ヴェルネッタは、読んでいた本を閉じた。


「何の用でしょう?」


「執務の補助をお願いしたいとのことでございます」


「……」


「殿下は、ヴェルネッタ様に戻ってきていただきたいと」


ヴェルネッタは、静かに首を振った。


「お断りいたします」


使いは目を見開いた。


「……ですが」


「私は婚約破棄された身でございます」


「……」


「王太子殿下の執務を補助する理由はございません」


「……」


「それでは、ごきげんよう」


ヴェルネッタは本を開いた。


使いは頭を下げ、王宮へ戻った。


オルディスは報告を受けた。


「……断られた?」


「はい」


「なぜだ!」


「婚約破棄された身であるため、とのことでございます」


「……」


オルディスは、しばらく黙っていた。


そして、机の上の書類を見た。


「……もう一度、呼べ」


「承知いたしました」


翌日。


王宮から、再び使いが訪れた。


「ヴェルネッタ様。王太子殿下がお話をなさりたいとのことでございます」


「何のお話でしょう?」


「婚約破棄について、改めてお話をしたいとのことでございます」


ヴェルネッタは、少し考えた。


「では、こちらの書類をお渡しください」


彼女は、また一枚の紙を取り出した。


『婚約破棄に関する追加確認書』


使いは書類を受け取った。


「……こちらは?」


「婚約破棄の手続きが完了していないため、確認事項がございます」


「……」


「王太子殿下にご確認いただき、必要事項をご記入のうえ、第二窓口へ提出していただくようお願いいたします」


使いは書類を抱え、王宮へ戻った。


オルディスは書類を見た。


「……またか!」


書類には、こう書かれていた。


『婚約破棄後の業務担当者について』


『婚約破棄後の王太子妃候補者について』


『婚約破棄後の王宮内における権限について』


『婚約破棄後のヴェルネッタ・ローディアへの業務依頼について』


オルディスは、最後の項目を見た。


「……業務依頼?」


侍従が答えた。


「はい。婚約破棄後、ヴェルネッタ様へ業務を依頼される場合は、別途契約が必要とのことでございます」


「……」


「殿下。こちらにご署名をお願いいたします」


オルディスは書類を見つめた。


「……私は、ヴェルネッタに仕事を頼んではいけないのか?」


「婚約破棄後は、婚約者としての義務がございませんので」


「……」


「業務を依頼される場合は、契約が必要とのことでございます」


オルディスは、書類を机に置いた。


「……わかった」


彼はペンを取った。


そして、署名欄に名前を書いた。


「これでよいのだろう?」


「ありがとうございます」


侍従は書類を受け取った。


そして、第二窓口へ向かった。


職員は書類を確認した。


「こちらの書類は、業務依頼契約書でございますね」


「はい」


「では、こちらの契約内容をご確認くださいませ」


侍従は書類を見た。


『業務依頼者:王太子オルディス』


『業務受託者:ヴェルネッタ・ローディア』


『業務内容:王太子の執務補助』


『報酬:未記入』


「……」


職員は言った。


「報酬が未記入でございます」


侍従は王宮へ戻った。


「殿下。報酬の記入が必要とのことでございます」


「報酬?」


「はい。業務を依頼される場合、報酬を定める必要がございます」


オルディスは眉をひそめた。


「……報酬など、必要なのか?」


「はい」


「……」


「ヴェルネッタ様は、婚約者ではございませんので」


「……」


オルディスは、しばらく考えた。


そして、書類にこう書いた。


『報酬:王宮における食事および宿泊場所の提供』


侍従は書類を受け取った。


「……殿下」


「何だ?」


「こちらでは、受理されないかと存じます」


「なぜだ!」


「業務内容に対して、報酬が不明確でございます」


「……」


「また、ヴェルネッタ様が王宮に滞在されることを前提としております」


「……」


「ヴェルネッタ様は、すでに王宮を離れておられますので」


オルディスは、机を叩いた。


「……もうよい!」


その日の夕方。


王宮の執務室に、マノンが訪れた。


「殿下。お疲れのようですね」


「……マノン」


「何かございましたか?」


オルディスは、書類の山を見つめた。


「……ヴェルネッタがいなくなった」


「はい」


「……」


「……」


「……仕事が終わらない」


マノンは、机の上の書類を見た。


「……こちらは、すべて殿下のお仕事ですか?」


「そうだ」


「……」


「……」


マノンは、書類を一枚手に取った。


「こちらは、どのように処理すればよろしいのでしょう?」


オルディスは答えた。


「……ヴェルネッタに聞け」


マノンは、書類を机に戻した。


「……」


「……」


「殿下」


「何だ?」


「ヴェルネッタ様に、お戻りいただいてはいかがでしょうか?」


オルディスは、顔を上げた。


「……そうだな」


彼は立ち上がった。


「よし。ヴェルネッタを呼べ!」


侍従が慌てて答えた。


「殿下。先ほど、ヴェルネッタ様から書類が届いております」


「……何だ?」


侍従は、一枚の紙を差し出した。


『婚約破棄後の業務依頼に関する回答書』


オルディスは、それを受け取った。


書類には、こう書かれていた。


『王太子オルディス殿下からの業務依頼について、以下のとおり回答いたします』


『現在、私は婚約破棄後の自由な生活を満喫しております』


『そのため、王太子殿下の執務補助をお引き受けする予定はございません』


『なお、業務依頼をご希望の場合は、正式な契約書を作成のうえ、第二窓口へご提出ください』


オルディスは、書類を握りしめた。


「……ヴェルネッタ!」


その声は、王宮の廊下に響いた。


しかし、ヴェルネッタはすでに王宮の外にいた。


彼女は馬車に乗り、窓の外を眺めていた。


「お嬢様。これからどちらへ向かわれますか?」


侍女が尋ねた。


「そうですね」


ヴェルネッタは、少し考えた。


「まずは、隣国へ旅行に行きましょう」


「隣国でございますか?」


「はい。ずっと行きたいと思っておりましたので」


「……」


「それから、帰ってきたら本を読みます」


「……」


「そして、何もしません」


侍女は微笑んだ。


「素晴らしいご予定でございます」


馬車は、王都の門を抜けた。


その頃、王宮では。


オルディスが、第二窓口へ向かっていた。


「この書類を受理しろ!」


職員は、書類を確認した。


「こちらの書類は、業務依頼契約書でございますね」


「そうだ!」


「報酬が未記入でございます」


「……」


「報酬をご記入のうえ、再度ご提出くださいませ」


「……」


オルディスは、書類を抱えたまま立ち尽くした。


そして、職員は静かに言った。


「次の方、どうぞ」


王太子の婚約破棄は、まだ受理されていなかった。


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