生まれ育ちを枷にされても
“育ちが悪い”ってさ、数ある暴言の中でも最悪の“人でなし”発言だよね。
だって、育つ環境を選べるなら、誰だって“良い育ち”を選ぶものじゃん。
自分で選ぶこともできない“運命”を、その人のせいみたいに悪く言うのって、“育ち”じゃなくて“人格”を疑うよね。
前にどこかのチャンネルで、知らない会社の経営者の人が言ってた。
キラキラネームの新卒者は、親がそんな名前を付けちゃうようなアレな人たちだから、採用はしないって。
そんな親の元に育ったなら、子どももアレな性格に育ってるだろうってことらしい。
今時キラキラネームひとつにそんな差別意識を持ってるのも、充分アレだと思うけど……それより何より腹が立ったのは、本人の努力も何もかも“育ち”ひとつで無にしてしまう、その心無い発言だった。
……まぁ、世間がそんな冷血人間で溢れてるなんてこと、とっくの昔から知っているけど。
どの町にもひとつやふたつ、治安の悪い地域ってあるんじゃないかな。
貧しい人間は精神まで貧しくなるなんて、私は信じていないけど……哀しいことに、私の育ったあの辺りは、実際割とそういう場所だった。
安くてボロい住宅ばかり集まった、昔ながらの貸家の並ぶ区域。
二軒先の家に住む兄弟は有名な暴走族兄弟だったし、裏の家に住む下級生は他人の物を盗ることを何とも思わない手癖の悪い子だった。
悲しい話だけど、子どもって、自分の育った環境を“普通”で“当たり前”だと思いがちだ。
どこも皆そんな風で、違いなんて無いと思っている。
それが勘違いだと知るのは、クラスの他の子の家なんかで“異文化”に触れた時なのだ。
保育園児の頃は、他所へ遊びに行っても“家”の違いなんて全然意識できていなかった。
重要なのは、目の前の遊び友達とオモチャだったから。
でも、年齢が上がると嫌でも気づいてしまう。
生活レベルの格差と、親の“質”の格差に。
他所の家では“友達”が遊びに来ると、お菓子と飲み物を出してくれるものなんだって、小学生になって初めて気づいた。
うちの近所では、子どもなんて基本“放置”だ。
「散らかさないでよ」とか「暴れないでよ」と釘は刺されても、“おもてなし”されたことも、したことも無い。
育ちの良い子は、お呼ばれした時に手土産のお菓子を持って行くものなんだってことも、他のクラスメイ卜を見て初めて知った。
真似したくても、私のわびしいお小遣いじゃ、とてもできやしない。
私だけ、ひどい礼儀知らずになってしまったみたいで居た堪れなかったけど、どうしようもないことだった。
親を見て子を判断する差別意識って、共感は全くできないけど、実の所ちょっとだけ分かる気もする。
子どもは身近な大人を見て育つから。
マナーも気遣いも何も無い親からじゃ、見て覚えることもできはしない。
そもそもうちの親は、子どもに“何かを教える”なんてこと、ほとんど無かった。
“親は無くとも子は育つ”の実験でもしているように、子どもは基本“放ったらかし”で、教育は保育園や学校任せ。
そのくせ、怒ったり文句を言ったりすることだけは、必要以上にやる親だった。
「何でそんなことするの」と言われても、そもそも駄目だと教えられてないのに。
「何でそんなこともできないの」と言われても、そもそもそんなこと教わってないのに。
親から教えられたものがあるとすれば“この世は理不尽”ってことくらいだ。
うちの近所の子どもたちは、大概皆、親世代と似たり寄ったりな性格に育っていった。
あるいは“ちょっと上のヤンチャなお兄さん世代”を真似する子たちもいた。
人生のお手本がソレしか無いと、そういう風になりがちなのかも知れない。
だけど私は、あんな風になりたくなかった。
だから、人生のお手本を“外”に求めた。
“子は親の背を見て育つ”って言うけど、見るのはべつに親の背じゃなくてもいいと思うんだよね。
尊敬できない親の背中より、尊敬できる別の誰かの背中の方が、よほど追いかけ甲斐がある。
それは“会ったことのある人”じゃなくてもいいし、何なら“実在しない人”でもいい。
目標にして、人生を良い方向へ導けるなら、きっと何でもいいんだ。
実際私は、本の中に救いを求めた。
私の得られなかった“立派な親”や“生まれ育ちの環境”や“人生の道しるべ”を、本の中に探して、本の中の人物像に憧れた。
現実では身近に存在しない人生のお手本も、本の中になら存在する。
本を読んでいる間だけ、私は“あの街に住む私”じゃない、別の私になれた気がした。
学力を上げたのは、意地だった。
私の憧れた“本の中の人”たちは、皆何かしら、人生を切り拓く“能力”を持っていた。
でも、お金も才能も何も無い私には、分かりやすくレベル上げできるものが学力くらいしかなかった。
それでも、そういう“数値”を上げていけば、いつか私も“本の中の人”のように報われる気がしていた。
親は教育熱心な人たちじゃなかったけど、成績を上げていけば、担任の先生も真剣に相談に乗ってくれた。
調べてみれば、アプリや動画やボランティアみたいな“無料”の学習機会も無いわけじゃないんだ。
無料だといつでも止められる分、モチベーションの維持が大変だったけど……いつかあの街を出たい一心で、意地になって頑張った。
偏差値の高い高校に入って、不思議に思ったことがある。
どうして公立の進学校でも、いるのはそこそこ“実家の太い”子たちばかりなのだろう、と。
学力のレベルと経済レベルって、世間の言う通り、比例しているものなのかな。
私は明らか“例外”だったから、よく分からないんだけど……中学までは普通にいた“同じくらいの生活レベルの子”が極端に減って、人づき合いの戦略を、ちゃんと考えなくてはいけなくなった。
クラスメイ卜との会話では、実家のことに話が行かないよう、細心の注意を払った。
経済格差のギャップに気づかず迂闊な発言をしてしまった後は、全力で誤魔化した。
誤魔化しきれていない部分もあっただろうし、秘密主義だと思われていただろうけど……“育ち”を知られてしまう方が怖かった。
貧乏キャラを売りにできるほど、私は自分の育ちを受け容れられていない。
あの環境を脱け出したくて足掻いているのに、あの環境でキャラ付けされるなんてゴメンだ。
奨学金という“借金”を背負っても進学の道を選んだのは、その道を行けば高卒よりワンランク上の人生へ行けると思ったからだ。
近所の人たちは、軒並み学歴が低かった。
良くて高卒。中卒もザラにいる。
専門学校卒なんて、かなりのレアだ。
だから、あの場所を離れるには大学だ、と単純に考えた。
大学の先に目標があったわけじゃなく、大卒というステータスが目的だった。
大卒という“切符”さえ有れば、良い給料をもらえる良い職に就けると思っていた。
なのに……実際大学に入って、分からなくなった。
大学って、その学部に応じた知識や見識を学ぶ場所じゃなかったの?
どうして“本分”の勉強より、それ以外の“学生時代に力を入れた活動”の方が、就活で重視されるの?
せっかく奨学金という借金を負って単位を獲っているのに、それ以外の部分が評価されるなんて、割に合わない。
――学外での活動なんて、お金が無いとできないモノも多いのに。
この世界ってどこまでも、お金を持っている人有利にできているのかな。
サークルに入れなくても、海外留学ができなくても、バイ卜やボランティアなんかで、何とかエン卜リーシー卜の余白を埋めた。
それなのに……そもそも本人の能力や努力と関係無く、名前や育ちや親の性質なんかで門前払いにする人もいるのだと、知ってしまった。
薄々、気づいてはいた。
勉強をどんなに頑張っても、どんなに自分磨きをしても、箸の使い方がおかしいとか、歯並びが悪いとか、全然別のことでケチをつけてくる人はいる。
箸の使い方も歯並びも、私が親に指摘してもらえなかったこと――気づいてもらえていたかさえ、怪しい。
幼いうちに固まってしまったモノは、今さらそうそう変えられない。
私が自分の力でどんなに努力しても、埋まらないモノがある。
生まれた時から決まっていた、人生の格差。
それを埋めたくて頑張っているのに、それがどこまでも私の足を引っ張ってくる。
自分で選んで付けた足枷じゃないのに。
世の中、人間を生まれ育ちや環境で区別することを「効率的だ」「合理的だ」と悦ってる人って、多いんだろうな。
まぁ実際、うちの近所はあんな感じで、澱みが澱みを生む悪循環な環境だったけど……そんな中から這い出そうと、足掻いている人間もいるのに。
差別好きな人たちは、気づかない。
どんな環境、どんな集団にも、“例外”が在るってことを。
定説を打ち破って現れる、突然変異の“奇跡”を。
どんな逆境にもめげずに結果を出す、ハングリーな“挑戦者”を。
偏見で目を曇らせた人たちは、そのわずかな可能性にも気づかず、希望の芽を握り潰してしまうんだ。
生まれ育ちに足を引っ張られるたび「こんな社会、滅んじゃえよ」って思う。
差別や偏見に凝り固まって、必死の挑戦すら踏みにじってくる世の中に、絶望する。
しばらく凹んで、動けなくなる。
だけど、しばらくすれば立ち上がれる。
生まれ育ちがアレな分、理不尽に対する耐性は強いのだ。
生まれ育ちを枷にされても「そんなん私のせいじゃないし」「本人にどうにもできないことで差別するとか、頭悪いんじゃない?」って、逆に馬鹿にしてやる。
生まれ育ちを枷にされても、へこたれずに生きてやる。
そのために、この道を選んだんだ。
そのために“奨学金の返済義務”を自ら選んでしまった。
もう、後戻りすることもできないんだ。
(ルビに制限があるようで、思った通りに振れなかったため、ちょっと変な振り方になっている部分があります。(「ガクチカ」など。)読みづらかったらスミマセン…。)
Copyright(C) 2026 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.




