1. 他人と、如月卯野
本当に大切な人となら死ねるのだろうか。本当に嫌いな人と生きるくらいなら死ねるのだろうか。そうだ。そういう関係の人がいないから、私は死ねないのかもしれない。
如月卯野というのは私の名前だ。そして千年間死ねない人間の名前だ。千年前はただの農民の「うの」だったけれど、時代とともに名前を漢字にしてみたり、苗字を付けてみたりしている。
私はたぶん、どこにでもいるような女だったはずなのだ。でも気づけば千年も姿を変えずに生きていて、ときおり研究の対象になったりするようになっていた。おかしいな。私はただ畑を耕していただけなのに。
私は私を研究する人たちによく、他人への関心の薄さを指摘される。だいたい、私が千年前に、あの時代の平民には珍しく離縁されたことから話は始まる。離縁の理由は、私の記憶が正しければ、私が夫から話しかけられても無視していたからだったと思う。字面だけみると何とも理不尽な、という感じであるが、何でも婚姻初日から離縁される日に至るまで、仕事中は完全無視、そうでないときもずっと生返事であったのだという。元夫曰く「私(元夫)の存在がまるで虫であるのかというくらいの関心のなさを感じた」らしい。この話をするとたいていの研究者には「あなたのその冷淡さとも違う非情さは異常だ」と引かれる。心外だ。そしてこういうやり取りはたぶん様々な時代で何回も行われてきた気がする。この「気がする」というのが他人への関心の薄さを表してしまっているのかもしれないが。本音だから仕方ない。
何はともあれ、私の特筆すべき特徴といえばそれくらいだから、きっとこれが長寿の秘密なのだろう。
でもきっと、みんな孤独は嫌いだから、この方法で長く生き永らえようとする人はいないのだろうな。
あ、きっと、他の人は、大切な人と一緒にいるために、その人が生きている分だけ、長生きしたいだけなのかもしれない。
じゃあ私は、いったいいつまで生きているのだろうね?
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