私の体には転生者の魂が、私自身は婚約者の猫の体に入ったようです。
目覚めたら猫になっていた。
最初は驚いて夢であれっ、と願ったけど、だんだんと落ち着いて状況が見えてきた。
私はどうやら婚約者の飼い猫の体に入り込んだらしい。
というのは、私の体自体が動いているのを見たから。
でも猫の私を「私」が見ても何の反応もなかったから、多分、魂が入れ替わったわけではないと思う。
私の体、猫の名前はヨーデル。
なんていうか全身裸だし、最初は物凄い違和感あったけど、慣れって言うのは怖くて、一週間で気にならなくなった。
それで、ヨーデルの状況を把握しようとして、わかったこと。
どうやら本当に、ヨーデルは死んでいたらしい。
私はどうやら死んだ猫の中にはいったみたい。
生き返ったヨーデル、私を、飼い主のジェームスが泣きながら抱きしめた。
目を覚ましたら、婚約者のジェームズに抱きしめられた状況だったので、抵抗した。
逃げ出そうとして、彼を引っかいたけど、彼はまったく動じていなかった。
凄い猫愛。
私がヨーデルに入ったから、私にはヨーデルの魂が入っているのでは?と思ったけど、「私」は普通の動きをしていて、何も違和感がない感じ。
猫であればあり得ないと思う。
そうなると、私に入ったのは?
猫ではない。
行動が普通だし、猫のような動作を一度もみたことがない。
それにとても善良に見える。
私のように我儘を言って困らせることもないし、両親にも好かれている。
あんな風な優しい目をする両親を久しぶりに見た気がする。
「ヨーデル。君はいつも隣の屋敷を見ているね。しかも、ウェンディ―ばかりを見ている。もしかしてヤキモチかい?」
私に話しかけててくるのは、私の婚約者のジェームス。
この人が猫を愛していることは知っていたけど、ここまでとは驚いた。
私はいつもそんなジェームスにブチ切れていたけど、私の中にはいった人はそうじゃないみたい。
「私」はジェームスと一緒に猫の私を可愛がる。
意識は私だけど、体は猫。
だから撫でられてるすると気持ちよくて、猫の感覚で喜んでしまう。
二人は楽しそうにそれを見ている。
怒らない「私」と話すジェームスも笑顔だ。
彼は私と話す時、いつも険しい顔をしていた。
それは多分、私が猫を嫌っていたからだ。
だって、猫、ヨーデルはいつも邪魔をしてきたから。
やっぱり、猫はジャームスのことが好きだったんだ。だから、私と彼のお茶会にはいつも入ってきて、当然とばかりジェイムスの隣に座る。
私はジェームスの向かいに座り、忌々しそうに猫を睨んでいたのを覚えている。
ヨーデルは、どうやって死んでしまったのかな?
やっぱり「私の中」に入っているのがヨーデルなのかな?
気になってしまって、私は隣の屋敷、私の家に侵入した。
「ジェームスとの関係も悪くないし、ざまあをされることはないはず」
窓を伝って、どうにか私は自分の部屋にたどり着く。
猫の体って本当に身軽で動きやすい。
猫の体に入って一か月たったので、かなり慣れてきていると思う。
何かを書きながら、ぼやいている「私」を発見する。
ざまあ?
聞き耳を立てて聞いてみると、どうやら私の中の人は別世界からやってきたらしい。
事故にあって、私に転生したと思い込んでいるみたい。
魂が入り込んでいるだけなんだけど、彼女は生まれ変わったと思っているみたい。
彼女には私の記憶がわかるみたい。だから生まれ変わったって思っている。
このヨーデルの記憶も私は見ることができるので、その感覚はわかる。
だけど、私は「私の体」を見ることができるから、生まれ変わりなんて思い込まない。
あと、猫のヨーデルは私と同じ時を生きていたから、生まれ変わりではありえない。
猫のヨーデルはどうして死んでしまったんだろう。
もしかしてまだ魂はどこかにあるのかな。
ジェームスの猫愛を見ていると、なんだかむず痒い。
私はヨーデルじゃないのに。
やはり「私」が気になって、たまに屋敷に侵入するけど、見る光景はとても穏やかでみんな笑顔だ。
私はいつもイライラしていたので、みんなに当たっていたし、我儘だった。
屋敷の雰囲気は最悪だったと思う。
だけど、今は違う。
それはジェームスも感じるらしく、猫の私に話しかける。
「ルーシーの様子が変わって、屋敷の雰囲気が変わった。なんだか不思議な感じなんだ。ヨーデル」
彼は私に話しかける。
「……ルーシーは別人みたいだよね。君もそう思うだろう。君のことを可愛がるなんておかしい」
ジェームスは「私」の変化に気が付いている。
「前はさあ、君と張り合っていたよね。本当にルーシーは変わっていた。今はなんか普通だね」
普通がいいと思うけど。
猫の体になって、自分を客観的に見るようになって、自分がかなり嫌な奴だったことに気が付いた。
「私」が普通になって、みんな喜んでいるみたいだ。
「まあ、普通だけど、結婚したら君のことを邪険にしそうもないから、いいのかな」
結婚、そうだよね。
彼は「私」の婚約者だ。
あの体を私のもの、だけど、他の人が入ったあの体のほうが、みんなに喜ばれている。
だから、きっとこの状態がいいんだろう。
でも、なんか私自身が否定されているみたいで嫌だな。
一緒になんて暮らしたくない。
だけど、ジェームスは猫のこと愛しているし、いなくなったら泣きそう。
本当にヨーデルは死んでしまったのかな?
使用人やジェームスの言葉を聞くと、死んでいたみたいなんだけど。
それから数か月経過した。
ジェームスたちは学校に入学した。
猫の体にもなれてきて、屋敷を散策するのも楽しくなってきた。
ただ虫がやっぱり嫌い。
猫の目から見たら、結構おっきいんだよね。
ほかの猫がうざい。
いろいろ聞いてくる。
なので、屋敷に外には出ないようにしている。
だけど、隣の家、実家は気になるので時たま遊びに行っている。
最初は恐る恐る、見つからないようにしていたけど、使用人は猫が好きみたいで、私を見たら近づきてくる。
猫の体にすっかり慣れた私は、撫でられるのがとても気持ちいいことを知っているので、使用人にされるがままだ。
「ジェームス様との婚約どうなるのかな?」
「ルーシー様の様子がお変わりになって、まさか殿下が興味を持たれるとは思わなかったわ」
「略奪?王族には逆らえないでしょ?」
「ルーシー様もまんざらではなさそうですし」
「殿下はとても凛々しい方だもの。気持ちはわかるわ」
え?
「私」は婚約者がいるのに、殿下といい仲になってるってこと?
善良に見えていたけど、結構酷い。
ああ、でも王族だから。
しかも家にとってみればいいことだよね。
使用人たちの噂話を聞いてから、二週間後。
学校から戻ってきたジャームスが突然、私を抱きしめた。
「ヨーデル!」
く、苦しい。
もうすっかり猫なので、照れとかまったくないけど、苦しい。
「僕は、結婚しなくてよくなった。これで自由だ」
え?婚約解消?
でも自由って?
「ルーシーのことは嫌いじゃなかったけど、結婚とか嫌だったんだよね。僕は振られた可哀そうな人だから、もう結婚したくていいんだよ。あとは弟に任せよう」
ジェームスには弟がいる。
だけど、まだ三歳だけど。
「これからも一緒に暮らそうね」
その言葉の通り、ジャームスは誰とも結婚しなかった。
弟が十八歳になると、彼は家督を譲って、田舎の領地に引っ込んだ。
私も一緒だ。
猫の寿命は短いはずなのに、私は死ななかった。
ヨーデルとして十年は生きているはずだから、今は二十五歳。
猫年齢で、百歳以上だ。
あり得ない。
私は猫として、十五年生きた。
人間としても十五年だから、ちょうど半々だ。
ちなみに「私」は殿下と結婚して、王子妃になった。
略奪婚は印象がよくなかったけど、「私」は努力家で尽くすタイプなので、国民の支持が上がっていったみたい。
すごいよね。
「ヨーデル」
ジェームスは三十歳だ。
まだ結婚できる年齢なのに、彼は領地でのんびりしている。
弟の仕事を手伝っている感じだ。
ジェームスが領地にいるおかげで、弟君はちょくちょく領地に来なくても済んでるから、助かっているみたい。
ジャームスに呼ばれて、ニャーと返事をしてからその傍に行く。
彼は私を膝の上に載せる。
秋が終わろうとしていて、寒くなったので、私の体はちょうどブランケットの代わりにいいらしい。
私のジェームスにくっつくと暖かいのでちょうどいい。
「……君、本当はルーシーなの?」
ジェームスに突然聞かれて、体を強張らせてしまった。
それが返事の代わりになったらしく、彼は溜息を吐く。
「僕のせいだね。きっと。ヨーデルの体は冷たくなっていくのが怖くて、生き返ってほしいと願ったんだ。願いは叶ってヨーデルは生き返った。でも違ったんだね」
ジャームスはとても悲しそうで、私も悲しくなる。
やっぱりヨーデルに会いたかったよね。
私と一緒にいても楽しくなかったよね。
代わりにはなれなかった?
「ルーシーの様子が変わったのと、ヨーデルが生き返ったのは同じタイミングだ。ルーシーの変わりようはまるで別人みたいだった。最初からおかしいと思ったけど、僕は気にしないようにした。君の様子もおかしかったのにね。僕はヨーデルの代わりに君がいてくれるのが嬉しかったんだ」
ジェームスがゆっくりと私の体を撫でる。
「ありがとう。だけど、本当にごめん。僕が願わなければ、こんなこと起きなかったはずなのに」
謝る必要はないのに。
私の体は、私ではなく、別の人が入ったことで、周りを幸せにしたと思う。
本当に屋敷の雰囲気を変わったし、ジェームスには悪いけど、娘が王子妃になって、両親も喜んでいたと思う。
ジェームスが気にすることはないのに。
私は人の言葉は話せない。
なので、にゃーにゃーと鳴きながら、その指を舐める。
「許してくれるの?」
もちろん。
気持ちが伝わるようにと、鳴いたつもり。
分かってくれるかな。
「ずっと一緒にいれくれてありがとう。ルーシー」
彼は私の本当の名を呼んで、頭にキスを落とす。
くすぐったい。
猫の体では何度もされたキス。
でも自分の名前を呼ばれたのは初めてだ。
その年、猫の私は死んだ。
ジャームスを悲しませるのがとても嫌だったので、生きているうちに他の猫を連れて来たけど、ジャームスが他の猫を飼うことはなかった。
「ジャームス伯父さん」
「カタリナ」
私は、ジェームスの弟の娘に生まれ変わった。
これは本当に生まれ変わったと思う。
赤ちゃんの時から、記憶があったから。
ジェームスの義妹のお腹にいると知って、嬉しかった。
彼にすぐに会えると思ったから。
この世に生まれおちて、言葉が話せるとすぐに私はジャームスに会いたいと言った。
ジェームスと再会したのは、猫として死んでから三年後。
領地で再会したジェームスは、ヨーデルそっくりの猫を抱いていた。
私にはそれがヨーデルだとわかった。
ヨーデルも、私だとわかったみたいで、私たちは睨み合う。
だけど、一瞬だけ。
ヨーデルが彼の側に戻ってきてくれて嬉しかった。
本当、私がもっと早く死んでいたらよかったのかな、なんて思ったけど、まあ、いいや。
私は猫のしての暮らしを楽しんでいたし、人間だった時のイライラした性格もかなり矯正されたと思う。
そのおかげで、今の私はいつも笑顔で暮らせている。
「ジャームス伯父さん」
私は彼に呼びかける。
ジャームスは私がルーシーとはわからないだろう。
だけどそれでいい。
今世は、ヨーデルと喧嘩せず、ジャームスとも仲良くしたい。
猫として彼と十五年暮らした日々は楽しくて、私はジェームスを好きになっていたからだ。
もちろん、ヨーデルを好きな彼をだ。
前みたいにヨーデルに対抗意識は燃やさない。
うん。多分。
四十八歳になったジェームスに結婚を迫って、困らせたりするけど、それは別の話で。
(おわり)




