一章 邂逅 05
顔に当たる太陽の光のまぶしさに目覚めた美栄は、慌てて布団から飛び起きた。
(今何時!?)
慌てて枕元の目覚まし時計を確認すると、針は朝の八時を少し過ぎたところを指していた。
(今日は宮様が帝都にお帰りになる日なのに!)
朝早くに出立すると聞いていたから、母の目覚まし時計を借りて五時に音が鳴るよう設定したはずだった。
(どうして鳴らなかったのよ! この役立たず!)
時計に向かって罵りながら立ち上がると、美栄は寝間着のまま部屋を飛び出した。
そして廊下を掃除していたキヨという名の住み込みの使用人に出くわす。
「ねえキヨさん、宮様は今どこ!? もうここを出てしまわれた?」
「え……? ええ。日が昇る前に出発されましたよ」
「そうよね……」
(お見送りしたかったな)
美栄は里の男にはない気品を持つ神祇卿宮に一目で心を奪われた。
もし気に入ってもらえたら、身分差があるから正妻は無理でも妾にして貰えるかもしれない。
そんな思いから彼がやってきてから二日間、案内役を買って出て精一杯自分を売り込んだつもりである。
「まさか寧々さんが同行されるとは思わなかったので驚きましたけどね」
落胆して肩を落とした美栄の耳に聞き捨てならない言葉が入ってきた。
「は? 何でお姉様が宮様と一緒に?」
「えっ、と……何も聞いていらっしゃらない……? 宮様に気に入られて、女官として召し上げられたそうです」
キヨの説明に美栄は唖然とした。
「気に入られたってどういうこと!? 召し上げられたって……」
「何でも禍物を退治した姿に一目惚れなさったとか……。けど相手は宮様ですからね。所詮は妾止まりですよ。美栄さんがお気になさる必要はないかと!」
キヨは慌てて補足した。
妾でも構わないから神祇卿宮の傍にいたい。そう思っていただけに、キヨの発言は火に油を注いだだけだった。
「何でお姉様が……!」
美栄は怒りに震えながらつぶやく。
そこに勢津子が通りかかった。
「美栄、それにキヨさん。こんな所で何をしているの?」
「お母様! お姉様が宮様と帝都に行ったって本当ですか!?」
美栄は母に食ってかかった。
「……キヨさんから聞いたのね。本当よ。寧々は宮様に見初められたの。どうやら毛色の変わった女性が好みだったようね」
勢津子の肯定に美栄の怒りは爆発した。
「何でお姉様が! あんな年増の野蛮人!」
「口を慎みなさい。あの子がうまく宮様に取り入ってくれたら里のためになるのよ!」
ピシャリと叱られて美栄は唖然とした。
「まさか何の役にも立たないと思っていたあの子が宮様に見初められるなんて、何があるかわからないものね……。もう少しあの子には、女の子らしいことを学ばせておくべきだったわ」
勢津子の言動が信じられなくて、美栄は目を大きく見開いた。
母は物憂げな表情でため息をつく。どうやら本気で言っているようだ。
(何言ってるのこの人……)
昨日までは寧々にきつく当たっていた癖に。
「美栄、あなたの縁談も見直さないとね。宮様にお願いしたら、もっといいご縁をご紹介いただけるかもしれないわ。落ち着いた頃に様子を見に行かなくては」
浮き立った表情そう告げると、勢津子は美栄の前を通り過ぎて廊下の奥へと去っていった。
「わ、私も掃除の途中なので……失礼します」
不穏な気配を察知してか、キヨもそそくさと去って行く。
残された美栄はわなわなと震えた。
(お姉様の癖に……!)
路面電車に洋風建築、お洒落な喫茶店。霊布の納品に同行して少しだけ見物した帝都はとても華やかだった。
憧れの場所で、しかも神祇卿宮という高貴で見目麗しい男性の傍で、何もかもが自分よりも劣る寧々が暮らすと思うと、煮えたぎるような怒りが腹の底から湧き上がった。
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