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灰被りの剣姫と帝國の皇子  作者: 森川茉里


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一章 邂逅 03

 突然窓から差し込み始めた日差しがまぶしくて、寧々は読みかけの本から顔を上げた。

 朝から雨が降ったり止んだり、すっきりとしない天気だったが雲の切れ目から青空が覗いている。


(どうせなら朝から晴れたらよかったのに)


 里を見に来た神祇卿宮は、足元が悪くて難儀したのではないだろうか。


 ――といっても、彼が今どこで何をしているのかは知らないのだが。


 彼がやって来て今日で二日目だが、寧々は勢津子から外出禁止を言い渡されてずっと自分の部屋で過ごしていた。

 里の中で貴人をもてなすことができるのは、本家屋敷と呼ばれている寧々の自宅だけだ。

 神祇卿宮はここに滞在し、母や妹の案内であちこち見て回っている。


『わかっていると思うけど、宮様がいらっしゃる間はここから出ないでちょうだい。体調を崩したと説明しておくから』


 彼と出会って野槌を倒した日、遅れて帰宅した勢津子は寧々に向かって厳しい口調で言いつけた。


『もし宮様と鉢合わせたとしても病気のふりをしなさい。余計なことは言わないように』


(ここから出るつもりはないし告げ口もしないのに)


 ほんの数日しか滞在しない客人に現状を訴えても何の意味もない。

 むしろ後から面倒臭くなるのが目に見えている。

 勢津子の発言を思い出して寧々は顔をしかめた。


 しかし部屋に閉じこもれという命令は、降って湧いた休暇と言い換えてもよかった。

 読書に昼寝、普段はできないことを存分にやるいい機会である。寧々はここぞとばかりに自堕落に過ごしていた。


(宮様、ずーっとここにいればいいのに)


 うーん、と伸びをした直後である。


「さすがにそれは無理かな」


 窓の方から突然声が聞こえてきたので、寧々はギョッと目を見開いた。

 換気のために少しだけ開けていた窓が外側から開けられ、声の主――神祇卿宮が顔を覗かせた。

 今日の彼は着流し姿だ。質のいい濃紺の着物を粋に着こなしている。


「随分大きな独り言でしたね」


 心の声が漏れていたらしい。寧々は慌てて口元を手で押さえた。

 その様子を見ていた神祇卿宮はクスリと笑う。


「どうしてこちらに? 里の視察はいいんですか?」


 寧々はバツの悪さを誤魔化すために尋ねた。


「午前中の間にある程度見たいものは見てしまいました。少し疲れたので一人にして欲しいとお願いしたんです。ここに来たのは寧々さんにもう一度会いたかったからですね」


「えっと……私に?」


 思いもよらぬ答えに寧々は戸惑う。


「勢津子さんには内緒で来ました。承諾を取るとあれやこれやと理由を付けて寧々さんに会わせてくれないと思ったので」


「……私は母に嫌われていますから」


「叩くところを見てしまいましたし、かなりあからさまに遠ざけられましたので、そうだろうなと思っていました」


 神祇卿宮は顔を曇らせた。


「体調が悪いと聞きましたが嘘ですよね? 健康そのものに見えます」


「……仕方ないんです。私はこの家の恥なので」


 母と妹に冷たくされているのを告白するのが恥ずかしくて、寧々は神祇卿宮から目を逸らした。


「恥……? まさか霊布が織れないから?」


「はい」


「でも寧々さんには高い霊力と剣の腕がありますよね?」


「武術は必要だったから身に付けましたが私程度はいくらでもいます」


「そんなことないです。寧々さんは下手な神祇官より優秀です」


「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」


 寧々は曖昧な笑みを浮かべた。


「……寧々さん、これにもう一度霊力を流してもらえませんか?」


 神祇卿宮は手を寧々に向かって突き出すと何かの神術を使った。

 すると彼の手の平が発光し、野槌を倒す時に借りた刃のない刀の柄が手の平から生えるように現れた。


「これは代々神祇卿に任じられた皇族が継承してきた神器です。銘を羽々斬(はばきり)といいます」


「神器……?」


 寧々はポカンとした。

 神器は神代に造られた極めて強力な霊具である。

 野槌の首を落とした時、普通の霊具ではないのではと少し疑問に思ったが、まさか神器とは思わなかった。


(しかも羽々斬って……。八岐大蛇(やまたのおろち)の退治に使われた剣では……)


 寧々は窓から差し出された柄を食い入るように見つめた。


「じ、神器に私が触ってもいいんでしょうか……」


「構いません。それとも命令した方がいいですか?」


「いえ……。えっと、では失礼します……」


 寧々は窓に近付くと羽々斬を受け取った。

 おそるおそる霊力を流すと、野槌を斬った時と同じように一気に霊力が吸い上げられ、青白い光の刃が出現する。


「やっぱり見間違いではありませんでしたね。寧々さん、あなたは羽々斬の適合者だ」


「適合者……?」


「もう結構ですよ。霊力をかなり消耗するのではありませんか?」


「はい」


 許しが出たので、寧々は羽々斬に霊力を流すのをやめて神祇卿宮に返した。


「俺が霊力を流すとこうなるんです」


 神祇卿宮が霊力を流し込むと、羽々斬から白い刃が出た。


「青白く光る刃を出せるのは適合者だけです。そしてこの神器は、適合者が振るうと最強の退魔の剣となります」


「はあ……そうなんですか……」


 興奮気味に話す彼に寧々は困惑する。


「あなたは二百年ぶりに現れた適合者……と言ってもあまりピンと来ないですよね」


「はい。申し訳ありません……」


「いえ、当然の反応だと思います」


 神祇卿宮は苦笑いをした。


「もう一度会いに来たのは、あなたが本物の羽々斬の適合者か改めて確認したかったのと、適合者だった場合に取引をお願いするためです」


「取引……?」


「あなたに羽々斬を使って斬ってもらいたいものがあります。やって下さるなら望みの報酬をお約束します。たとえば、この家を出るお手伝いとか」


 神祇卿宮の提案に寧々は目を見開いた。


「勢津子さんが寧々さんを叩くところを見てしまいましたし、この部屋を見たらあなたがどんな扱いを受けているのか想像がつきます」


 確かに一目瞭然だ。寧々に与えられた部屋はかつて物置だった部屋で狭く日当たりが悪い。


「一生裕福な生活ができるだけの金銭もあわせてご用意しようと思っています。いかがでしょうか?」


「条件がすごいんですが、一体何を斬ればいいんですか……?」


「ある人にかけられた特殊な呪詛です。呪印を見た印象では、おそらく西洋のものかと……」


 神祇卿宮は眉を下げた。


「あちらの術はこの国のものと随分と形式が違うので解析が大変なんですよ。幸い進行はどうにか抑えることができているんですが、解呪方法がなかなか見つからず困り果てていまして……」


 幕藩時代の末期、遥か西の大陸から黒船が来航したのをきっかけに、この国には西洋の文明が怒涛のように入ってきた。西洋の術もその一つだ。


「呪詛を斬るなんて、そんなことができるんですか?」


「俺が試した時は駄目でしたが、適合者によって真の力を引き出された羽々斬になら可能だと思います。受けてくださるなら、更に条件を詰めたいと思うんですがいかがでしょうか?」


「要はその神器で呪詛を壊すということですよね? 危険はないんですか……?」


「おそらく壊した途端瘴気が吹き出すでしょうね。当然対策はします。一概に比較はできませんが、禍物を狩るよりも安全ではないかと思います」


 神祇卿宮は寧々に縋り付くような眼差しを向けてきた。


「お願いします。あなたはようやく見つけた解決の糸口なんです」


 前のめりに迫られて、寧々は困惑しながらも考える。

 多少の身の危険はありそうだが報酬は破格だ。頷けば里を出られるというのも魅力である。


「……わかりました。お受けします」


 寧々はこの家から出たいという気持ちに抗えなかった。


「受けてくださるんですね!」


 神祇卿宮はぱあっと顔を輝かせる。


「では、具体的な条件を詰めましょうか。まずは女官として出仕するという名目で帝都に来てもらおうと思います。帝都に到着した日を着任日として、呪詛を斬って頂くまでの期間は所定の俸給をお支払いします」


 彼が提示した金額はびっくりするほど多かった。


「いいんですか? そんなに……」


「当然の対価です」


 神祇卿宮はきっぱりと言い切った。


「褒賞は成否にかかわらずご用意しますが、成功した場合は大きな色が付くと思ってください。何かご希望はありますか?」


「……この家を出たいです」


 寧々はおずおずと申し出た。


「それと、駄目だったら諦めるんですけど、嫁ぎ先探しをお願いしてもいいんでしょうか……」


「嫁ぎ先ですか?」


「はい。わ、私、これまで縁談が一つも来たことがなくて。霊布が織れない私は、この里では女とは見なされないんです……」


 寧々が生まれた織部本家は、は霊布を織るための霊力を維持するために、あらゆる伝手を使って婿を取ってきた。


 亡くなった寧々の父は元神祇官だ。神祇四家と呼ばれる名門、橘高侯爵家の遠縁の出身だと聞いている。神祇卿宮が偽名として名乗っていた藤澤氏も本家は侯爵位を持つ神祇四家の一つだ。


 美栄の所には家督を継げない次男以下とはいえ、父と同格の家柄からの申し込みがあるのと比べると、自分が惨めになってくる。


「扱いがよくないとは思っていましたが、そこまで……」


 神祇卿宮は顔を曇らせた。


「夢なんです。お嫁さんになるの……。あ、もちろん高望みはしません。行き遅れなのは自覚していますから」


「行き遅れって……。寧々さんは俺よりも年下ですよね?」


「あいにく不勉強で宮様の年齢は存じ上げませんが私は二十四です」


「えっ、三つも上だったんですか!?」


 神祇卿宮は驚きの声をあげた。


「……童顔なのは自覚しています」


「申し訳ありません。驚きのあまり失礼な態度を」


「そんな! 失礼だなんて全然……」


 頭を下げられて寧々は慌てて首を振った。


「不快に思われていないのならよかった。では信頼のできる人物を寧々さんにご紹介します」


「あまり身分の高い方はちょっと……。身の丈に合った方でお願いします」


「かしこまりました。寧々さんが気後れしないような人物を探します。結納や花嫁衣装の心配もなさならいでください。身一つで嫁いでも大丈夫なように取り計らいます」


 あまりの好条件に寧々は圧倒される。


「どうしてそこまで……。一体どなたが呪われたんですか?」


「それはここではちょっと……。帝都に移動してからお話します」


 随分と勿体ぶる。呪詛に苦しんでいるのは、きっとかなりの重要人物だ。

 寧々は嫌な予感を覚えたが、いい話には裏があるものだと思い直した。


(人生を変える機会だもの。ちょっとくらい危なくても構わないわ)


「かしこまりました。このお話、お受けします」


「本当ですか!? ありがとうございます」


 寧々の返事を聞いた神祇卿宮は、ぱあっと顔を輝かせた。


「羽々斬のことは関係者以外には知られたくないので、そこは隠して勢津子さんに話をしてみますね」


 希望に満ち溢れた神祇卿宮の表情は、見目麗しいだけにとても魅力的で心臓に悪かった。

 寧々はさりげなく目を逸らす。すると、形見の霊刀を納めた押し入れが視界に入ってきた。


「あの、宮様にお聞きしたいことがあるんですが」


「何でしょうか?」


「給金を使って折れた霊刀の再生ってできますか? 繋いで元に戻すのは製法上難しいのは知っています。ですがせめて刃先を短刀か何かにできないかなって……」


「野槌を斬ろうとした時に折れた刀のことですか?」


 神祇卿宮に聞き返され、寧々はこくりと頷いた。


「大事そうに拾っていらっしゃいましたよね。思い入れのある刀なんですか?」


「父の形見です。だから処分したくなくて……」


「そうだったんですか。元神祇官だった父君の……」


「父をご存知ですか?」


 寧々はまじまじと神祇卿宮を見つめた。


「勢津子さんと美栄さんが教えてくださいました。世代が違うので直接の面識はありませんが、名前だけは聞いたことがあります。来生(きすぎ)一志殿は今でも古参の神祇官の話題に登ることがあるので……相当優秀な方だったようです」


 神祇卿宮の口から父の旧姓と名前が出てきて、寧々は驚くと同時に感激した。


(皇族の方に名前を認知されているだなんて……)


 社交辞令だったとしてもこんなに光栄なことはない。泉下で父も喜んでいるはずだ。

 一志はとても強い守人で、里の人間から慕われていた。

 孝志は一志から一字もらって名付けられたらしい。


「現物を見せていただけますか?」


 神祇卿宮の頼みに寧々は頷くと、押し入れから木箱に収納した刀を取り出した。


「拝見しますね」


 前置きしてから神祇卿宮は木箱を開け、折れた刀を確認する。


「この折れ方なら短刀にできると思いますが、工部に確認してみないと何とも。お預かりしても構いませんか?」


「はい! もちろんです」


 寧々は力いっぱいに返事をすると、刀を彼に渡した。


「俺は明日の早朝ここを発つ予定です。その時に一緒に出立できるよう勢津子さんに交渉してきますので、寧々さんは出発の準備をしておいてください」


「わかりました」


 承諾した直後だった。


「宮様、こんな所で何を……」


 勢津子の声が神祇卿宮の背後から聞こえてきて、寧々は反射的に身を竦ませた。

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