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第九話

前回のあらすじ

図書館で得た情報をもとに対エンティティ装置の構想を思いついた私は、それをメモして眠りについた。

レベル11に昼夜は存在しない。常に晴れており、今日も目覚めたての私の顔を容赦なく照らしてくる。

寝袋を片付け、顔を洗い、非常食の缶を一つ開け、それをほおばる。さて、今日は対エンティティ装置を作るのを最終目標としよう。


「つくるのは…懐中電灯を改造したフラッシュ器と、遮音装置か」


昨日図書館で見つけた本の情報だと、エンティティに対してはそれぞれ違う対策を取らねばならない。一つの道具ですべてのエンティティがなんとかなるような簡単なものではないという。そのため私は有名で遭遇率の高そうな”スマイラー”と”ハウンド”に絞って対策を立てることにしている。


現在バッグに入っている素材だと、フラッシュ器はその場で作れるが、遮音装置を作る素材が足りていない。

必要そうな道具は…

昨日のメモには、ノイズキャンセリングを利用する旨の文章が刻まれている。ノイズキャンセリングと言えば、イヤホンやヘッドホンが候補に挙げられるが、装置に利用するなら高性能なものが入っていそうなヘッドホンを探すのが吉か。


(ヘッドホンを探せば、そこからノイズキャンセリングの回路を取り出せるはず)


ヘッドホンの他にも、音響機器が多数必要だ。

そんな機械類がよく見つかるような場所と言えば…


「…レベル3」


嫌な思い出がよみがえる。素材の山に探検欲が刺激され、収集に夢中になっているうちにハウンドに見つかってしまって間一髪だった過去の記憶。しかし後でマークに聞くとそのハウンドは人を襲わないハウンドだった。


(なら、きっと大丈夫)


もし本当に襲ってきたとしても、今の私には緊急脱出機能を備えた最強の相棒がいる。

心をを落ち着かせて、遷移の準備をする。


持ち物は、多数の物体などを持ち帰ることができる大容量バッグ。そして、ある程度の食料と…Mk.2のビーコン機。

ビーコンの充電率はしっかり100%になっている。安心だ。


そして、Mk.2の前に立つ。いつものセットアップを済ませ、起動ボタンを押す。 毎度上まで上げるのが大変な重さをしているバーベルが降ってきて、ドカッと床にぶつかり、拠点に少しの揺れを生み出す。

…道は開けた。不安な気持ちを押し殺して、私は前に進んだ。






───無限に続くような薄暗い金属製の通路と至る所にある配電盤、絶え間なく聞こえ続ける機械の作動音。

レベル3。遷移失敗もせず、私はしっかりここにいる。


さて、ここに来た目的を頭の中で整理する。

遮音装置に必要なパーツを確保しに来た。欲しいのはヘッドホンと音を拾うマイク、そしてそれに適合する配線付きの基盤。

たった今考えたことだが、このレベルの見ていない場所も調査しようかと考えた。


そして、何よりも忘れてならないのが、常に周囲に気を配ること。何かに熱中しないこと。特に、エンティティの接近時はそれを最優先で対処すること。



それらを心に刻み込み、探索を開始した。



…と。足元に何かがぶつかった。

拾いあげると、それは灰色のディスプレイのついた小さな多機能端末だった。私が過去2回このレベルに迷い込んだ際、まだ危険に対してなにもわかっていなかった私のことを数多の機能でサポートし、そのレベルの探索を助けてくれたあの伝説の端末である。


(この解釈はかなり美談か…?)


だいぶ話を盛ったような気も…そう首をひねりつつも、今回も、この端末の助けを借りることにした。毎度レベルに入ったばかりの私のもとに現れるのは謎のままであるが……



まずは少し探せば見つかりそうな基板から。端末を操作してマップを表示し、あのハウンドの位置も把握しておく。今あのハウンドはかなり遠くにいる。しばらく出会うことはなさそうだが、ちょくちょく位置は確認することにしよう。


そして今更気付いた話だがこの端末、タップ操作もできて各部屋の名称が確認できる。スクロールしていて私がふと気になったのが、”T-M03.技術保守倉庫”。基盤どころか欲しいものがすべて揃っていそうな、私のための場所のように思える。行かないわけにはいかない。


道中の道はどことも変わらず金属製の通路。ところどころ配線が垂れ下がり、踏み込むたびに床がキイイと沈む音を響かせる。一部配管から漏れた油が広がっているところもあったが、そこは容易く避けられた。


───到着だ。頑丈そうな鉄の扉を見て解錠が面倒に思えたが、実はカギなんて掛かっていないことに気付かず数分鍵穴に落ちていた金属棒を差し込んで格闘していた。

中は真っ暗闇で、ライトをつけて部屋の形状を確認する。


会議室兼用で使われていたことを匂わせるような長机数個と部品棚、それと解体途中の機械たち。手元を照らしながらめぼしいものを探していたが、なかなかに良い収穫が得られた。


”【T-M03探索結果】

回収物:

・基板 ×2

・小型マイクユニット

・ノイズフィルタ基板

・電磁遮蔽プレート


予定では何かしらヘッドホンなど組み立て済みの機械からノイズキャンセリング機構を取り出そうと考えていたが、直にその回路だけが見つかった。そのほかにも、欲しかったものが勢ぞろいで目の前にある。私の予想は正しかったようだ。



部屋をでる。当初の予定はもう達成された。でも、このレベルに対して少し興味がわいている自分もいる。探索者魂だろうか、危ない場所ほど燃える、というものか。


端末を確認すると、ハウンドは多少こちらに近付いているがまだ余裕のある距離だ。

探索を続行することにしよう。



しばらく地図とにらめっこして、まだ探索できていないエリアを炙り出す。

残っているのは通信整備室。ちょっとハウンドの方に近いが……まあ、大丈夫だろう。



通信整備室。特に何か目的があってきたわけではないが、何か収穫があるとしたらうれしい限りだ。


その道中は少し複雑だった。黒いしみに覆われた転送装置のあった制御室広間の隣の通路。金属製の通路の先に存在するセキュリティゲートを手動で開けてさらに進む。セキュリティゲートとは名ばかりに、もう機能していないただの扉だった。

それから道なりに進み、ついにその部屋に到達した。


中は機械が密集しているのみで、何かを回収できそうだとかそういうものではない。しかし、機械の通信ログにはまだデータが残っていた。複数の音声記録とテキストログ。何者かがやり取りしていた証である。たしか、かつてのレベル3には愛犬ハウンドとともに住んでいた研究者がいたらしい。もしかすると、エンティティ研究者だったのかもしれない。


やつは音に反応する。声を出すと近づいてくる。俺の真似までしやがった。

音声信号に重ねてノイズを入れてやったら、逃げた…いや、あれは死んだのか?

あれは自らの構造を保つために人を模倣しているだけだ。それを打ち破れば無力化にはなるだろう。


このログは”Skin(スキン) Stealer(スティーラー)”についてだろうか?図書館で読んだ本にその存在が記してあったし、マークもその存在に気を付けるようにと言っていた。このログによるとスキンスティーラーはその正体をはがすと存在が消えてしまうらしい。



…このレベルでやりたいことはもうすでに終えた。あとは帰るだけである。でも…すこし、気になる存在がいる。

あのハウンドだ。マークは近付かないことが吉と言っていたが、飼い主と離れ離れになりしばらく何も食べずに過ごしてきたのだろう。確かにマークの言う通り、エンティティは食事をする必要はない。だが飼い主とのコミュニケーションのために食事という概念を覚えたのならば、きっと…

私はバッグに入っている非常食を見て、こぶしを握った。


ディスプレイ端末によるとハウンドの位置を示すマークはこちらにだいぶ近い位置にまで近付いている。前に読んだ図鑑によるとハウンドは音に敏感だという…

制御室広間まで移動した私は、山積みになっている机の一つを持ち上げ、それを床に投げ捨てた。

轟音がレベル内に鳴り響く。端末はアラームとともに”大きな音を検知しました。逃げてください”と注意を促している。私はうろたえることなく、バッグから非常食の缶を一つ取り出し、その封を開けて待った。


やがて、だらだらとよだれをたらしながらのしのしと歩いてくる犬のシルエットが見え始める。私は息をのんだ。

ハウンドは匂いに疎い。だからこの特徴的な柑橘系の香りづけがされている中身のパンにも、嗅覚だけで気付くことはないだろう。確実に食べさせたいのならば、この缶を投げるしかない。


…非常食が入った缶が宙を舞う。そして床に着地すると、カコーンと軽い金属音を鳴らして転がる。ハウンドの興味は予想通りそちらに向いたようだ。衝撃で中身のパンが床に落ちていることを視認したハウンドは、「くうん」と小さく一鳴きし、鼻をフスフスと言わせてそのパンにかけ寄っていく。パンのもとに到着したハウンドは、パンを容易くぺろりと一口で平らげると…

こちらを向いた。


(!!)


途端に悪寒が走る。しかし、こちらを見つめるハウンドの目は前回邂逅した時のような凶暴な目ではなく、まるで飼い犬がその飼い主に甘えるときのような、そんなウルウルした瞳であった。

それからハウンドはこちらに向かってくるなどの行動は見せず、しばらく私を凝視した後、振り返って去っていった。


この判断と行動がハウンドにとって正しいことだったのか、私にはわからない。ただ、あのハウンドにとってかつて飼い主と過ごした大切な記憶を思い出すきっかけになったのならば、私としては大満足だ。



帰ることにしよう。もうここに思い残したことはない。レベル3でずっと助けられたディスプレイ端末を机の上に置き、Mk.2のビーコンを取り出す。通常モードで起動ボタンを押して、しばらく待ち、赤いランプが点灯したところで、私はジャンプして床に体を叩きつけた。







───しばらくして。

拠点にて、出来上がった対エンティティ用品を見て、私は思わずにやけ顔が止まらなかった。

余っていたLED懐中電灯を一つフラッシュ機能を付けた改造機にし、スマイラー対策は完璧。もう一方の遮音機は、スピーカーの形を採用し、ノイズキャンセル構造を内部機構で再現することができた。試験してみたところ、フラッシュライトは正常に機能し、遮音機もそのスピーカーを向けた方向からの音を完全シャットアウトしている。これでOKだ。



この装置の置き場所だが、SHELLに作った仮拠点にしようと考えていた。再起の場所として仮拠点を使うならば、多少の武具はあったほうがいいだろうと考えたが故である。



すぐに拠点を後にし、レベルSHELLへ向かう。遷移装置を起動した。




かすかな金属音のようなものが聞こえると、視界は薄明りのダンジョンにジャックされた。遷移は正常。しっかりとSHELLに到達できている。


早速道を進み影のいる仮拠点へと向かう。そしてその仮拠点に先ほど制作したエンティティ対抗装置2個をそっと置いた。

影は部屋の中心でゆらゆらとしている。


そうだ。せっかくここへ来たのならば、影と何かコミュニケーションを取ろう。



「また会えたね」


そう私が話しかけると影は揺らめきを大きくしてこちらに近付いてきた。ここに拠点を設置した時から、影は自由にこの空間を移動できるようになっている。



”また来たのか

特に語ることはないが…強いて言えば、移動の自由を得たことで知識が増えた

なにか話したいことでもあるのか?


影はこう思念を送ってくる。前より少しばかり人間らしい口調になったというか…送られてくる情報が必要最低限の断片的なものから明らかに人間の交流に準拠しはじめている。

影は直接しゃべることはできない。そもそもこのレベルは音という概念が欠如しているため、たとえ喋れたとしても空間に声を吸収されて私の耳には届かないはずだ。反対に私の声が影に届いているのは、この空間が私の声を吸収しているのと、影の正体がこのレベルそのものだからか。

そう考えると私は結構な上位存在と交流を持ってしまった。少し誇らしい気持ちだ。


これから様々なレベルに冒険をする人として、探検候補のレベルを知っておくのは遷移の確実性も増す良いことのように思える。知識が増えたというのならば、いろんなレベルのことを知っているのではないだろうか?


「じゃあ、安全なレベルについて紹介しておこうかな。でも、声に出していると時間がかかるから、私の頭の中で想像するよ。君は私の頭に直接思念を送れるんだろう?ならば、私の思考を読み取ることもできるはずだよね」


”もちろんできる。

安全なレベルか?このレベルの他にも安全な場所があるというのか。


私は想像した。ここに設置した仮拠点から始まり、このレベル全体の記憶。

そして……私が拠点にしているレベル11の情景。拠点の心休まる雰囲気から、ショッピングモール、図書館…


一通り伝え終わると私は思考をやめた。影の方を見る。


影はしばらく今の情報を咀嚼しているようだったが、しばらくして返答を返してきた。


”今の安全の印象に共通しているのは、危険因子が少なく、静穏で、優しい雰囲気。それは、人間が安心できるという印象……


光と記録。滞留と通過。それらは“動”の中の“静”……私には希少。

あなたの在処は、反響を残す。それはきっと境界に痕跡を刻む――


その真似事でレベルを移動できるのなら、私もそちらに向かえるだろう。

ただし、“形を変えて”


瞬間、影の容姿が変化する。ただ人型をしていた影は、より人の輪郭に近い形に変わり、両腕が新たに出現。体に浮かんでいたいくつかの光源は消え失せたが、その代わりに新たなフォームを会得していた。



”あなたの記憶の共有により私はレベルを超える力を手に入れたようだ。

私の姿はレベルに応じて変わるかもしれないが、もしほかのレベルで私の助けを借りたいと思うような出来事があった時には、心の中で呼んでみるといい。

駆けつけられるかもしれない



……危険なときに駆けつけてくれるということだろうか?私は、気になっていた質問を投げかけた。



「安全なレベルがあるなら危険なレベルもある。様々な種類の危険があるが、それらを見せてもらえないだろうか?」



影はそんなレベルたちを知っているはずだ。影の知る限りだとどんなレベルがあるのだろうか。しばらくして、頭の中に「それら」の映像が流れ込んできた。


無限に続く一本道の赤い廊下。空間全体に流れるアラート音が焦燥感を刺激する中、視界に収めたあらゆる概念が熱を帯びて爛れていく。壁に書かれたEXITの文字は、見た瞬間焼け焦げてなくなった。


同じ構造、同じ空間がただひたすらに続いている。白と黒のタイルのみで構成された空間が、歩いても歩いても無限ループを見せる。やがて自分自身がどこにいるのか、何者なのかがわからなくなっていき…

最後には、すべてに一体化していた。


そこは、後ろを振り返ってはならない。戻ろうとすると違う道に飛ばされ、二度と元の道に戻れなくなる。進むごとに、過去がレベルに吸収される。ここでは先に進むことしか許されず、終点の鏡の間で、レベル自体が私に襲い掛かってきた。



───ハッとする。気付けば額から大量の冷や汗が流れていた。


”今見せたのは危険レベルの一種。

これらに共通しているのは、レベルの空間自体が探索者を拒絶していること。

そこに侵入したあらゆる生命体は、レベルの意志によって制裁を食らう羽目になる。


そこは、入るだけで即死ともとらえられる空間たちだった。これらの空間たちは避けた方がいい。


これでいろんなレベルの知識が新たに得られた。が、私がずっと心のどこかで考えていたこと。それももしかしたら答えを知っているかもしれない。

そして、私は影に最も気になっていた疑問を投げかけた。



「どうすればこれらのレベル群を脱出し、帰還を果たすことができる?現実に、レベル0よりも前の、元居た住処に…」


影は心配そうに話す私を見て、優しい感情を見せこう返してきた。



”帰還……座標への収束と構造の断絶の両立。


あなたは今、転送を行っている。

それは移動ではなく、存在の再投影。


本当の帰還には、起点との因果構造を再構築する必要がある。


これは、私がいま行っているノークリップなどの手段では絶対に帰れないということの裏返し。

専用の装置を作ったうえで、その遷移を成功させる必要があるようだ。


”迷っているならば、私から手を貸そう。

これを託す。


バッグの中に入っているビーコンが振動した。


”あなたの遷移装置にデータを送信した。これをもとに行動するといいだろう”


まさか影がそういった方法を知っていたとは。今まで閉じていた出口が若干開いたような開放感が私を包み込んだ。


「ありがとう。ゆっくりでもその機構を完成させていくよ」


影は新たにできた腕をサムズアップさせた。




そろそろ疲れてきた。拠点に戻って休息をとるとしよう。影に挨拶を済ませ、ビーコンを起動する。かすかな音を立てて起動したビーコンは、拠点への帰り道を切り開いた。



同じような展開ばっかりだったのですが、そろそろ楽しい事させたいと考えてます。新規レベルとかね。


今回登場したレベルたち


Level SHELL

オリジナルレベル


Level 3: "The Electrical Station"

Hexirp氏 作

作成年不明

https://backrooms.fandom.com/ja/wiki/Level_3_(1)

CC BY-SA 3.0


Level 11: "The Endless City"

2019年作成

Nerdykiddo4884氏 作

https://backrooms.fandom.com/ja/wiki/Level_11_(1)


CC BY-SA 3.0



この作品はCC BY-SA 3.0の下で公開されています。

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