第六話
前回のあらすじ
マークから無線機をもらうなどして素材が集まり、ついに緊急脱出機構を備える遷移装置、Mk.2が完成した。完成したころには疲れも眠気もたまっていたので、私は睡眠をとることにしたのであった。
このレベルで寝ていると内容が似通った夢を見ることがある。どれも、このレベルを散策している夢である。歩いている場所は毎度違えど、拠点からそこまでの道のりはなぜか知っているし、目的地もどこにあるかをしっかり把握している。起きているときに歩いたことのない場所が目的地でも、最初から知っているかのような動きをしているのだ。
そして、その夢で通った道を実際に歩いてみると、本当にその目的地がある。どうやら夢の中は実際のものとリンクしているようなのである。
今回の夢は旧ショッピングモール…拠点から大通りを歩いて25分の場所にある大きな商業施設跡が目的地であった。
しばらく歩いていると旧モールが見えてきた。3階建てのその建物は、一部分が崩落しており、長らく放置されているような雰囲気を醸し出している。しかし、夢の中の私はここを人が拠点にしていることを知っている。
正面出入口は崩壊していて跡形もないので、北側の小さいドアからモールに入った。見た目だけではわからなかったが、店内マップを見るに、地下もあるようだ。
私は地下から順にモール内を見て回っていく。地下は商品が乱雑に置かれた薄暗めの倉庫。誰かがいじった痕跡が残る箱など様々なものが置かれていた。地下では非常食をはじめとする食料が豊富に落ちており、私はその一部をポケットに入れた。
………
1階と2階はよく見るショッピングモールの内装といった感じの様相である。
1階は衣服を売っている店が多く、ほとんどの店は服を着せたマネキンのみを展示している。小さい店ばかり続いていたが、明かりがついていない店を見つけたので覗いてみると、何も着せられていないマネキンがすべて同じ方向を向いて店内中隙間なく並べてある。少しリミナルホラーを感じるような、この無機物感が私の胸を少しだけ締め付けた。
2階は雑貨が多かった。この階は崩壊が激しく、棚が倒れていたり、そもそもがれきに埋もれて何も見えない店があったりした。2階ではバックパックを入手した。
3階である。むき出しだった蛍光灯の照明は間接照明に変わり、優しい明りがあたりを包み込んでいる。誰かの休憩スペースととらえるのが妥当な椅子と机の置かれ方がされている広間があり、机の上には非常食の食べ残しが置いてある。その広間の壁には、大きく”SAFE”の文字が落書きされている。もともとレベル11内は安全のはずなのにこれを示す意味はあるのか。私は疑問でならなかった。
ーーー目が覚める。
結局今日見た夢も誰とも出会うことはなかった。今までの夢で人間がいた痕跡がある場所は多数見たものの、今回のような現在進行形で誰かが使っていそうな場所を探索する夢は初めてであった。
(今度暇ができたら行ってみよう)
そう考えながら私はモーニングルーティンを済ませた。
そう言えばMk.2の本格的な起動実験はまだである。どんなレベルからでも帰ってこれるならば……私が知らないような未知のレベルからでも帰ってくることができるはず。挑戦的な考えが頭に浮かんだ。
以前、マークに出会う前のレベル4にて、意思の力により遷移先を選定できるという旨のメモを読んだ。なら、私が知らないようなレベルでも、その特徴を考えることによりそこに遷移できるのではないか?私は早速試してみることにした。
(危険なレベルに飛んでしまったら、即帰ってくることにして…と)
Mk.2のビーコンを充電ラックから外し、バックパックにしまい込む。そして、Mk.2に情報を打ち込み始める。
”音がなく、揺れる光のある空間
時間が止まったような、不思議な空間
”
(不気味だ)
打ち込みながらそう思った。
そして、いつもの通りMk.2を起動。バーベルが落ちてきて、衝撃を生み出した。私は生まれた空間のゆがみに足を進める。
ゆがむ空間は、何かがきしむような音を立てて私を包み込んだ。
───経験したことのない不気味な静けさが、私の鼓膜を揺さぶった。
足元は冷たく、水があるような感じだが、濡れている様子はない。
ここは……誰もいない。私の直感がそう告げた。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れた。まさにMk.2に打ち込んだ通りのレベルだ。周りを見渡そうと暗闇に向かって目を凝らすと、空間が呼応するかのように視界が開けた。暗いままだが、まるで目が暗闇に順応するように構造が露わになっていく。この先、しばらく直線の廊下のようだ。だがまずはこの空間の特徴をメモすることからだ。せっかく知らないレベルに来たならば、記録を残さねば。
”床はわずかに濡れたコンクリートのような物質で構成。壁とともにあらゆる音を吸収し、わざと足音を立てても耳には届かない
音に関しては私が発する音も含め、すべての音がない。音という概念がこの空間にあるのかすら不明
空間の特徴として常に明かり一つない暗闇である。しかし、私が目を凝らすと、イメージのように空間の構造が把握できる
光源がないためイメージの話になるが、空間は何かダンジョンのような雰囲気である
この空間の異常な点として、実際にそれが起こっているかどうかがわからないことにある。足元の水も、冷たい感覚はあるが実際には濡れていない
”
ここまでメモして、私はここに何かしらの名前が欲しいと思った。この先ずっと名無しは記録者として苦しい。
そう考えていると空間が呼応した。目の前のイメージが長い廊下から宇宙に変わる。
静かな宇宙。喧騒からかけ離れたこの空間はあなただけのために開かれる。ここはボイド。宇宙には天体が一切存在しないボイドと呼ばれる空間があるが、このレベルはまさにそのようなイメージだと、目の前に投影されるように頭の中に入り込んでくる。
そして、レベルは最後に文字を具現化した。
”SHELL”
殻を意味するその単語は、まるで危険なバックルームの空間からここに迷い込んだものを守るかのよう。
レベル側からこう命名してほしい、と求められているかのようだ。
私はそれに従うことにした。あえてその名前を口に出して命名する。
”当未知レベルの名称を、レベル側からの提案に応じ、「SHELL」と決定する。”
目の前のイメージは立ち消えた。代わりに、さっきの廊下のイメージが再度現れたが…
道が3つに分かれている。そのまままっすぐ進む道に、左右の分岐道が追加されていた。私は目を凝らして先の空間を見ようとした。
(ん…?)
正面の道の遠くに、なにか揺らめく影のようなものが確認できる。先は開けていて、その何かがある空間はちょっとした部屋になっているようだ。私は知らぬ間に足を進めていた。
道中のコンクリートのような壁は相も変わらず空間と私から出る音を全てのみこんで、無音の空間を作り出している。少し歩いた場所の床に、灰色のシミが確認できた。指ですっとなぞると、シミはその部分だけ消えた。そして、わずかに金属が焦げたようなにおいを残した。
そして、最端の…揺らめく影のある部屋に到着する。
───影。今まで暗く、イメージのみで構成されていた視界は、その影がある場所だけ上からの明かりで照らされている。ようやく目玉の出番だ。
影は細身の人間のようなシルエットをしていて、完全に静止している。この部屋はこの影のためだけに存在するかのように、影がある周囲にへこみがある。
…怪しさ満点だが、私はこのレベルに入ってから続く一連の超常現象で感覚が狂い始めていた。襲ってくるかもしれないが、この未知の現象に対して興味を持つ自分もいる。
Mk.2ビーコンの帰還ボタンに手をかけ、常に警戒態勢を取り、その影に、私は恐る恐る声をかける。
「…もし、この声が聞こえているなら、応えてほしい。」
「ここは…君の居場所か?それとも………」
私が発する声は、すべて吸収され自分には聞こえなかった。ただ、私はこう声をかけたはずだ。この影は応答するか…そもそも、私の声が聞こえているか。
影はしばらくの沈黙を返す。が。
一切動きのなかった影の縁が、ゆらりと明らかに認識できるレベルで波を打つ。直後、影の足元のへこみがグッと一段深くなるような感覚…そして、私の魂が少し引き寄せられる感覚を味わう。
まるで影が返事をしたかのよう。一瞬、息苦しさもあった。
この影との交信により、コミュニケーションが取れるのかもしれない。だが、今のところ状況は平行線をたどっている。俄然興味がわいた私は、さらなる問いかけを続ける。
「君は、ここに留まっているのか?それとも、閉じ込められているのか?」
「そうでないならもし、君がこの空間の一部であるとして、何か私に伝えたいことがあるのではないか?」
相変わらず自分の声は認識できない。
再度、沈黙の時間が訪れた。
返答を吟味するかのような時間が数秒流れた後、今度はより大きな変化が起こった。
影の縁が、再び、しかしより大きく波打った。それと同時にこの部屋が「バチッ」という大きな音とともに一瞬明かりに包まれる。しかし、すぐに影を照らす明かりのみに戻った。
そして、私の右耳のすぐ後ろで「カチッ」という音が。
これらの音だけは、私の耳にしっかりと入った音。それ以外はずっと静寂な空間である。
影をみると、その顔に当たる部分に小さな光の点が1つできている。これは明らかな変化である。明らかに、私に対して交流をするという意思表示だ。この影は、というかおそらく影を通じて交信しているこのレベル自体には、私に対する敵意はない。
ならば。
私は今度はこのレベルシェル自体について問いかけてみた。
「答えられる範囲で構わないのだが、ここは……どういう場所だ?」
「君はこのレベルを守る存在か、はたまた別の存在か?」
「このSHELLというレベルには、何の意味がある…?」
沈黙の後、影は顕著な反応を返す。
今度は影の胸に当たる部分に二点目の光が灯る。同時に私の足元に光のリングが出現した。白く柔らかい光で私を照らしている。やがてそれは淡く明滅を始めたが…そのリズムは、私の心臓が刻むリズムとおそらく合致していた。
そしてまた、耳元で「カチッ」という音だけが響くと、
突然、大きな頭痛に襲われた。
(!?)
突然の痛みに驚いていると、やがて頭痛の収まりに合わせて頭にイメージが流れ込んできた。文字媒体のイメージではなく、ただ、情景を見せられているような、このレベルに入った時に見たイメージに似ている、概念のみで構成されたイメージである。頭に流れ込んできたこの概念たちを、文字に書き起こすとするなら、きっとこうであろう。
”ここは、突然生まれた。
ここは、あなた以外誰にも認識されていない「保留されているレベル」
この影はレベル自体の意志を伝える存在であると同時にバックルームの意味を知る存在
あなたが今訪れたことによりこのレベルは存在を認定されかけている
”
私がここに足を踏み入れたことによって、あいまいだったこのレベルの存在意義がはっきりとしてきたということである。このレベルを構成する空間がイメージのみの概念的空間だったのは、まだ確定のしていない生まれたて不安定のレベルだったからである…
私は、そう結論付けた。
「君はこのレベルの代弁者ということだろう?ならば、私にこのレベルの存在を確定させる手伝いをさせてもらえないだろうか?」
「できることなら、このレベルの地図が欲しい。」
影は、それに応えた。
影の胸に2個目の明かりが灯る。これで影の明かりの数は3個になった。影を照らす照明が多少のちらつきを見せ、自分の足元にある光源も、楕円になり始めた。
すると、その足元の光円が空中に浮かび、目の前にやってくると変形をはじめ、大まかな地図のような形に変化する。
地図によると、この影のいる北の部屋の他に、二つの部屋があるらしい。一つは、私が始め降り立った場所。もう一つは、スポーン位置からみて左側、西の区画。そこに何があるのかはまだ未確定なのか、記されていない。そして反対の東側には、部屋はないが廊下の先に×印のついた何かがあるようだ。
私はそれをメモに軽く書き写す。そして、まず気になった東側の×印が何かを確かめに向かうことにした。
そうだ。影に挨拶だけ。
「地図、ありがとうね。早速このレベルの観測を始めてくるよ。また来るね。」
影の体の3つの光の点が、柔らかく点滅して返事をする。まるで「理解した」とでも言っているようであった。
新キャラだ!新レベルだ!
今回登場したレベルたち
Level ???: "SHELL"
オリジナルレベル
Level 11: "The Endless City"
2019年作成
Nerdykiddo4884氏 作
https://backrooms.fandom.com/ja/wiki/Level_11_(1)
CC BY-SA 3.0
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