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第五話

前回のあらすじ

転送失敗で迷い込んだレベル3からエンティティに襲われながらも命からがら脱出することに成功した私は、今回の経験を踏まえ、今後の探索に必要なことを考えていた。

次の日。私は考えに耽っていた。

危険なレベルでも安心して探検できるようにするには。それに必要なのは、小型装置のような扱いづらい機械をビーコンのような小さなサイズと操作性に変更し、さらにそれに本体以上の起動の速さを実現すること。理想はつけた瞬間に転送が始まるレベルの速さだ。それができれば、今後エンティティ以外にも空間崩壊に巻き込まれた際に緊急脱出手段として使える。


だから、今回この機械を組み立てなおすのは、本体ではなく小型機の方。前回小型機は私がノークリップをした後勝手に帰ってきたが、今回はいつまでたっても帰ってくる気配はない。おそらくあのハウンドの餌に……



それは即ち小型機に入っていた無線装置も失ったということでもある。まあ、命に代えたら安いものである。


(この犠牲は仕方ないもの)


そう考えて、再び無線装置を探すことにした。




…が、レベル11で無暗に探すよりいい方法を思いついた。改造前のMk.1に手を伸ばし、行先の情報を入力して起動ボタンを押す。前回の遷移は失敗したが、転送安定装置を組み込んであるこの装置の失敗率は多く見積もっても5%程度であろう。よほど運が悪かったのだ、前回は。

……そして。






───暖かな雰囲気とともに目を覚ます。あたりを見渡すと予想通りのオフィスの景色だった。今回はしっかり成功している。


さて、ここに来た目的は…


そんなことを考えて歩き出そうとする前に、向こうからやってきたようだ。



「やあ!久しぶり!珍しく空間に異常を検知したから調べに来てみたら…君が来たからだったか」


マークである。相変わらずの大きな身長である。常に笑顔で明るくしゃべっているから薄れているが、静かなときの彼は相当な威圧感を有する。高身長なせいもあるだろうが、彼の顔に陰りがあった時にはなにが起きるかわからない。


「で、今日は何の用事だい?あの機械の部品を取りに来たとかかい?」


いや、違う。今回来たワケは無線機を譲ってもらいに来たのと、あと……


「マークさん。実は私、この遷移装置をアップグレードしまして、ノークリップを自動化できるようにしたんですよ」


私は喜びにあふれるようにマークに話した。

マークは最初驚いた顔をし、すぐにニッコリ笑顔に変わった。


「そうなのかい!それはすごいや!どの方法を試したんだい?ここと同じピストン機構?それともまた別のやつ?」


「レベル11には重たいバーベルがいくつもあったんですよ。それを落としてノークリップするんです。転送安定化装置も新しく組み込んであるので、もし転送が失敗してもそんなに大きく目標レベルを逸脱して飛ばされることはありませんよ。でも……」



それから私はレベル3に転送失敗で飛ばされ、そこでエンティティに襲われかけたことをマークに語った。するとマークは不思議そうな顔をして話し出した。



「…ほう。レベル3は確かにハウンドが一匹いるけど、その子は…数十年前ある探検家と一緒にレベル11から連れられた番犬のハウンドのはずだよ。レベル11の影響ですっかり飼い犬らしくなってるって記録があった覚えがあるんだけど」


「飼い主からは厳しくしつけられていたようで、人を襲うだなんて考えもしないはずだよ。でもとっくの昔に飼い主は亡くなっているし、もしかしたら餌がなくて飢えていたのかも」


「あのハウンドが襲ってきたというのなら、あまりにもお腹が減りすぎてしつけを破って人間を襲い始めたか、君に餌をねだろうとしたかだと思う」


……確かにあのハウンドは痩せこけていたし、私を見て唾液をたらしていた。私を食べるのかと思っていたがもしマークの言う通りなら、本当は私を襲う気は一切なくて、ただ私に餌をねだろうとすり寄ってきていただけ…?


そう首をひねっていると、マークは確信に近い言葉を口にする。


「ハウンドっておそらく君が思っている以上に身体能力が高くてね。最後に君が脱出するために走ったって話だけど、ハウンドならどれだけ老いぼれてたりどれだけ体力がなくてもその距離の君に追いつくのは造作もない話だよ」


「ということはあのハウンドは純粋に私に餌をねだろうと…?」


「おそらくは」



どうやらあのハウンドは私を襲う気はさらさら無かったらしい。私は再度胸をなでおろす。


「なら、あのハウンドに餌を持っていくことを考えておこうかな」


「ああそういえばハウンドって本来、食事という概念はないんだよね。飼われていたから飼い主を真似して”食べ物を食べる”っていう行為を会得してるだけで」


「食べなくても生きていけるんですね、ハウンドって…」


「ハウンドに限らず、バックルームに生息しているエンティティはほとんどが食事とかの生命活動を必要としていないんだ。もちろん、今言った飼育されているハウンドとか人間と一緒に暮らすフェイスリング(200cmほどの伸長を持つ人型のエンティティ。最大の特徴としてすべての個体がのっぺらぼう)とかの例外はいるけどね。とにかく、あのハウンドにわざわざ餌をやりに行くようなことはしなくていいよ」


「そうなんですね。勉強になりました」


「厄介なのは、その人間の善意に付け込んで襲おうと近づいてくるエンティティもいること。それに狙われるかもしれないから、安易にエンティティに接点を持つことは極力やめた方がいいよ。ああ、レベル11にいるエンティティたちだけは例外としてね。」



マークはエンティティに関してものすごく詳しいようだ。いろいろ気になることもあるが、そろそろここへ来た本題に入らねば。


「いいお話ありがとうございます。実はここへ来た理由はもう一個ありまして…私が帰るときに使っていた小さいほうの遷移装置なんですけど、それをなくしちゃって。Mk.1の改良ついでに新しく作り直そうと思ったんですが、無線装置がレベル11にあまりなくて、レベル4に探しに来たんです」


「無線機か…」


マークは数回頷くと、無言でアテがあるかのように自室へ向かった。私もその後に続く。

部屋に着いた後、部屋の奥でガサゴソしていたマークだが、やがて無線機を3個抱えて帰ってきた。


「…無線機だよ。3つもあれば十分かな?」


「足りました、ありがとうございます。あと私ずっと一人だったので無線機は持ってなくてですね、ようやくこれであなたと無線が取れますよ!」



さっきから少しマークの気分と口数が少し落ちていたような気がしていたが、私がそう言うと再び顔に活気が戻り、


「あ!そういうことだったか!ごめんね、一向に無線が来ないからあの紙きれ届いてなかったかなとか無視されてたりしないよねとか考えちゃってた」


と満面の笑み。やはりマークにはこの顔が似合う。



「これからはいくらでも連絡が取りあえますね。さて、そろそろ私はお暇させてもらいますね~」


とカバンの中身を見た時、気付いた。そういえば帰りのことを一切考えずにここに来ている。小型のMk.1はレベル3から帰ってこないので手元にない。つまりこのレベルから11の拠点に帰るにはまたあの長い道のりを歩いてこのレベルの西端に行かねばならない。

思わず「うわあ」と声が漏れた。



そのことにマークも気付いたようだった。するとマークはひそひそとしゃべり出し、


「西端のあの装置を使わないと戻れなくなっちゃったのね。実はあんな長い道歩かなくても、私含めて組織の数人しか知らない短絡ルートがあってね…こっちこっち」


と私を手招きする。マークの部屋の奥、現実のとあるロックバンドが描かれているポスターをはがすとそこには小さなエレベーターがあった。それに乗って一分。縦に動いたり横に動いたりしていたエレベーターは到着を告げるアナウンスとともに運転を停止し、ドアが開いた。降りた廊下を一分ほど歩いていると、右に例の部屋が見えてきた。これで私は拠点に戻れる。


「無線機、ありがとうございました。じゃあ私は戻って作業に入りますね」


「会いに来てくれてありがとう!それじゃ私は自室に戻るとするよ。君の転送装置がより素晴らしい機械になること、楽しみにしてるよ!じゃあまた」



私はマークの背中を見送る。そしてあの転送装置と向かい合う。


レベル11に絶対にいける転送装置である。行き先はおそらく11に固定されているものの、その転送精度は驚異のものだ。見習いたいがこの装置は行き先を11に固定してあるからこその転送精度であろう。だが私は様々なレベルに行きたいのでそうはいかない。装置の電源はもうついていて、準備を待っている状態にあった。


私は息を整えてENTERのボタンを押す。

(私はレベル11に帰るんだ)

転送装置は大きな音を立てて動き出す。私はリングの上に立ち、直立不動になった。稼働音は徐々に大きくけたたましく鳴り響くようになり、私にも影響を及ぼし始める。平衡感覚の喪失、視覚の不鮮明化、聴覚の異常……


感覚としては前回使用時と何ら変わりない。マークが言うには、この装置はピストン機構を使ってゆっくりと起動する分酔いやすいというデメリットを持つ。前回は途中で気を失ったため知らぬ間に転送が完了していたが、私の体は二回目にしてもうこの感覚に慣れてしまったようだ。


ーーーそして装置の稼働音が最大級に達するとき、私はリングから放たれた光に取り囲まれた。







……青信号の音がする。私は確かにレベル11の土を踏みしめている。拠点から少し離れた場所にスポーンしたようだが、拠点までは歩いて数分の距離である。私は拠点に無線機を持ち帰ることに成功した。



さて。


これで無線機も手に入れて、材料も揃った。Mk.1の子機を新造するお時間だ。今回、機構的に本体も多少改造する必要がある。

そしてこの改造を機に私はこの装置の名前をMk.1からMk.2(マーク・ツー)に変更することにした。


本体に緊急帰還用の配線を新しく作る。このレベルの情報を組み込んだUSBを設置し、無線機で子機からの信号を受け入れられるような設計にしておき、信号を受け取り次第こっちが作動し帰還命令を実行する。


次は子機の作成。

レベル3で手に入れた小さな基盤やらバッテリーを組み合わせて、少し大きめのスマホサイズのコンパクトな装置を作り上げる。そこにレベル11のデータを詰め込んだUSBと無線機を合体させたものを入れ込んだ。これでレベル11のこの拠点にピンポイントで帰ってくる機構の完成だ。本体のMk.2の無線装置と紐づけされているため、子機を起動するとここに帰ってくるはずだ。


子機の起動ボタンを押すと、内蔵された無線機がUSBの記録を頼りにこのレベル11にある本体のMk.2を探し、そことリンクを形成。直後本体が帰還命令を出すと、ノークリップの過程をすっ飛ばして直接Mk.2本体が子機と起動した人物を本体に呼び寄せる形になる。あのレベル4の転送装置と似たような確実性を持つ一方、おそらくこれも独特の感覚と転送酔いが起こるだろう。


私はこれをノートに改造記録として書き残す。



”自動遷移装置Mk.1を改造し、Mk.2に名称を変更する。改良点は以下の通り。

・今まで使用していた小型装置を帰還用ビーコンに改造。小型機を使ってノークリップ先を指定するのではなく直接起動者をMk.2本体にレベルを超えて呼び寄せる形になる。

・子機はバッテリー充電性。起動毎に充電が不可欠。実験結果として一回につき60%の電力を消費する。

・メリットとして起動から帰還が速くなり緊急脱出手段として確実性が増したことと、コンパクト化による荷物のかさばりの防止。

・デメリットとして、未検証だが転送酔いが起こる可能性がある。


余った一個の無線機は、マークやこれから出会うかもしれない人物との連絡手段として使っておこう。早速マークを登録し、Mk.2が完成した次第を録音、送信した。



子機の充電方法だが、私が拠点にしている部屋に使われていないコンセントがあるので、それを使うことにした。バッテリーはそこまで大きくないので、すぐに充電完了まで行くだろう。



案の定、20分ほどで充電が完了した。そして子機をMk.2本体の上に新設したラックの上に置いたとき、無線機に着信が入った。


マークからだ。



”おめでとう!君の進捗ペースが速すぎるのは少々驚きだけど、これのおかげで様々なレベルにも行きやすくなるだろうね。これからの君のバックルーム探索が捗ること、レベル4からひそかに応援してるよ。

              ーーマーク


気になっているレベルや、聞いたこともないようなレベルたちが私を待っている気がする。様々な機構を備えたこのMk.2と一緒なら、どこでも安心した旅ができるだろう。私はそう考えると、ほっぽってあった寝袋を取り出し、くるまった。


明日から探索の本番な気がする。そして、現実世界に変える方法もじき探し始めることにしよう。そう考えながら私はゆっくり目を閉じた。


いい感じに緊急脱出手段も用意できたところで、そろそろバックルーム探索の本番に入りそうですね。楽しみです。



今回登場したレベルたち

Level 4: "The Abandoned Office"

作成年不明

Hexirp氏 作

https://backrooms.fandom.com/ja/wiki/Level_4_(1)

CC BY-SA 3.0


Level 11: "The Endless City"

2019年作成

Nerdykiddo4884氏 作

https://backrooms.fandom.com/ja/wiki/Level_11_(1)

CC BY-SA 3.0


この作品はCC BY-SA 3.0の下で公開されています。

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