第十六話
前回のあらすじ
レベル36にてちょっとした新しいレベルの実験施設に出会ってしまった私はそのまま36を探索しつくすと、そこに残されたメモリーカードとともに拠点に帰った。
”
当レベル遷移圏において重大な異常現象が確認されました。現実行きの飛行機は全て虚構に変わり、大した遷移の意志を持たない人が当レベルの飛行機にて遷移を試みると一定確率でVOIDに飛ばされるようになりました。
よってこれよりレベル36はハブレベルとしての役割を抹消し、新たに接続が確認されたレベルR対象レベルの観察施設としての利用を主な用途とします。
”
───レベル36から持ち帰ったメモリは、解析の結果以上のようなログが残っていた。
帰還意思の不尊重によりペナルティでも下ったのであろうか。異常が起こってしまい今のような風貌になったということだろう。
さて、現実に帰る手段を探すことを目的に36を探索したのに、結局レベル異常が起こったということくらいしか収穫が得られていない。しかし、直接ではないものの現実に帰る方法がすこしばかり明瞭にはなっただろう。
今あるこの知識を、改めてまとめ直す意味も込めて、例の拠点の掲示板に書き出すことにしよう。
現実への帰還方法。バックルームにいる人間はだれしも考えることであろうが、それを実行できるのはほんの一握りの人物だけだ。しかし、この知識が広まればもっと現実への帰還者が増えるであろう。
”現実への帰還希望者
・まず、「帰りたい」と思う意思だけでは不十分である。一部レベルは探索者の意志に応えて環境を変化させる空間があるが、それだけで現実に帰ることは不可能に近い。もし現実への直接的帰還ルートを示してきたとしてもそれをうかつに信用してはならない。むしろ罠の可能性が高いことを考えておく必要がある。
・帰るべき場所の具体的な情報を持っておく必要がある。これは記憶の中で構わない。精神的に安定して、いつでも現実のいつもいた場所のことを鮮明に思い出せるならこの項目はクリアとなる。
・避けるべき手段と行動
空港型のレベルなど、バックルーム内で有名な現実行きレベルの一部は悪意や異常により性質が変化し、レベルに吸収されたりより危険なレベルに飛ばされたりしてしまう。ほかにも安全とは言えない遷移方法を試す、ノークリップを実行するときに遷移先及び帰還先を思い浮かべずに飛ぶ行為は非推奨となる。
・人間がいるレベルで転送装置・遷移装置を見つけたのならばその安全性を確かめたうえで使用するのは補助装置として大いに期待ができる。その際には装置の開発者の立会の下だとよりよい。私の拠点には遷移装置のMk.2がある。現実への帰還は未実装だがレベルの遷移を試みたいときには私に言ってくれればかまわない。
”
この記録を入口の看板に張り出すついでに、長らくの探索で空けていた拠点の看板に何か誰かからの更新がないか確認する。
…二枚、私の覚えのない紙が留められている。
”
この世界の出口はきっと探し方を間違えてるんだ。
レベル14271はまるで夢みたいだったなあ。あんな穏やかさがもし現実だったら……
これを読んでくれたのなら、俺は南区画の倉庫にいる。迎えに来てくれないか?
”
"ATTEMPT: CONTACT NODE: 11 // AUTH FAIL"
"MANUAL INTERVENTION NEEDED >> SIG_UNSTABLE >> WAITING"
"DATA_FRAGMENT STORED"
なぜシステム文が手書きで書かれてここに貼られているのかさっぱりわからないが、もう一枚のほうは対応ができそうである。しかも14271への遷移経験があるようで、多少はレベル遷移について知っていそうだ。
私は外出用の荷物をさっとまとめると、拠点のビルを後にし、その南区画倉庫に向けて出発した。
歩きながら考えていたが、南の方であることと倉庫があることしか情報がない今、とりあえずそのあたりの倉庫っぽい建物を片っ端から調べるしかない状況だ。骨が折れるような気がしてならないが、まあ兎にも角にもやってみよう……
道中もう人気のない商業ビル群を抜け、都市とは思えないほどさびれた外装の工場街に突入する。その中の一軒、明らかにそこだけ明かりが漏れている大型の豆腐建築を見つけた。
大きな鉄の扉のわりに油が塗ってあるのか滑りがよく、開けるのにさほど力はいらない。明かりが漏れる内部に入って……その人物は探すまでもなくそこにいた。
だいたい20代前半くらいの見た目の青年は、入り口に背を向けて座っている。
大きな建物の面積をほとんど余らせてその壁際に使い古された寝袋とランタン、そしてノート。
入口から聞こえた物音に驚いたのか彼の体は大きく跳ねたあと、ぎこちなくこちらを向く。
こちらをまじまじと見つめ、やっと頭の中で人間だと理解したのか立ち上がってこちらに歩いてきた。
「もしかしなくても、君だよね。あの看板の貼り紙を見たのは。じゃないとこんな寂れたところ来ないし…
でも来てくれて助かったよ。このお話、誰かに話さないと心が壊れてしまいそうになってて。」
「俺の名前はハルっていうんだ。ここで出会ったのも何かの縁だし、知っておいてもらえると嬉しい。」
レベル11内で直接人間と出会ったのは初めてだ。この絶好の機会に、色々知見を交換しておかねば。
「私はさんさん。このレベルだけじゃなくていろんなレベルを調査して記録している個人の探索者だ。以後よろしく」
「さんさんっていうんだ。よろしく。俺はあの貼り紙に書いた通り、レベル14271にいた。それも二カ月。あそこにいた間の記憶は、ほんとに夢の中のように充実してた。故郷の風景とはまるで違うんだけど実家にいるような、ずっとそこで暮らせるような気がして。
でも、それが逆に怖くなったんだ。バックルームの中なのに、なんでこんなに居心地のいいレベルがあるんだろうって。もしかするとレベルに閉じ込められてしまうんじゃないかって思い始めて。」
「それであのレベルから脱出してきたんだよ。脱出した方法はもう覚えていないんだけど、気付いたらここにいて。やけになって走り回っていた記憶しかもう残っていないんだ。
俺はあんなレベルじゃなくて、本当の家に帰りたい。独り身だけど、現実にある自宅が恋しい。」
「でも、現実に帰る方法がわからないし、どこに帰るかすら忘れかけてきたんだ。
───だから、ここでしばらく留まってたんだ。誰かが帰り方を見つけたら、それに乗じて一緒に帰るつもりでね。」
「君はあの看板に書いてある限り、現実に帰る方法を知っているような感じだし、一回聞いてみたんだ。
もし未完成なら手伝いは何でもする。
もし14271に調査に行きたいなら俺に言って。地図くらいなら覚えてるから」
話を聞く限り、私にとってもハルを仲間に入れることは悪くないことだ。ハルが持ち掛けてきた話に乗ることにしよう。ならばまず私の拠点を紹介しないと。
「もしよければ、私の拠点に来てくれないか?装置や記録も揃っていて、協力しやすいだろうし」
ハルは目を見開いて、それから輝かせた。
「ありがとう!……拠点か。久しぶりに居場所って感じがする。あ、ここにある荷物を全部持っていくことにするよ。まとめてくるからちょっと待ってて」
そう言い切る前に彼は物品をゴソゴソしだした。彼の荷物は比較的少ないようで、十分もかからずに帰ってきた。
「改めてお世話になります」
そういって礼儀正しく腰を折る彼に対して
「別にかしこまる必要はない」と返した。
拠点に着くと荷物が案外重たかったのかドスンとコンクリートに腰を下ろすハル。
「6階への階段辛くないの…?」
「まあ荷物持ってたしね。しかもほとんど11内で外出なんてしないし」
ハルが荷物をほどいている間、私はハルが経験した二カ月間の記憶を聞き出すことにした。単純に聞きたかっただけであるが…
ハルは手を止めてゆっくりと思案した後、少しずつ話し始めた。
うっかりのノークリップでレベル14271に訪れることになった彼は、最初の印象こそ”奇妙な郊外”だったものの、徐々にそこの過ごしやすさに気を取られていったという。
「空は穏やかで、風はあるのに紙一枚すら舞い上がらない。空が夕方で固定されているのは時間が止まっているからだ。でも時計の針は進んでいる。時計の示す時刻はレベルの外と同じくちゃんとした時刻だけど、このレベルは時間を超越して止まっている。だからか知らないけど眠気も空腹も自然に湧くものじゃなかったんだ。そう意識したときだけ現れる感覚というか……体内すら止まっているってことだったのかもしれないね。」
「しばらくそこで過ごしてて唯一気になったのが、周りの白い建物と比べても特段に白い家。もう家を構成するすべてのパーツが汚れ一つない白色で、泥をかけてみても一切汚れることがない家。
俺以外に誰もいないレベルで言うのもあれだけど、住人はいないし結構前から空き家の雰囲気はするんだけど、ドアが閉じても気付けば半開きになってるんだ。不気味で仕方がなかった。」
「その中は家具がきちんと揃っていて掃除も行き届いている。でも毎日入るごとに、家具の位置がバラバラになってるんだ。飾られてる絵も内容が変わってた。さっき言ったように誰もいないはずなのに。
一番ゾッとしたのが、内装がそのまま現実の家だった時だ。あまりに恐ろしすぎて即座に帰ったよ。」
「でも、その現象が起きてからその家は内装が変わることがなくなったんだ。ずっと俺の家の内装のまま。次第に安心感が出てきて、そこに住むことにしたんだ。」
「そこからしばらくはそこで静かに暮らしてたんだけど、そうしているうちに”元から自分の居場所はここだ”とか”帰るべき場所はここだ”とか思いこむようになってきて……それを自覚したとき怖くなって、レベルを離れる決断をしたんだ。」
「それから洗脳のように続くこのレベルへの残留意識を何とか押しのけて脱出法を探しているうちに、気付いたら11にいたんだ。
もし今後君がまたあのレベルを再訪したいっていうのなら、俺がついてくよ。協力するって言ったんだから、やれることはしたいし。」
ふむ。ハルの14271での行動はあらかた分かった。確かに前回私が単身で訪れた時のように、不思議とそこに居続けたくなるような誘いがあったということ。これは私にも少なからず働いていた現象……
ハルはレベル11に遷移してきた方法を忘れているようだが、私が訪れたあの二件目の家の旧転送装置との関連性も気になるところだ。忘れたままなのもアレなので、思い出させるついでに深堀りしてみることにした。
「ハル。あなたがレベル11に来た方法って本当に思い出せないのかい?なんでもいいから、断片的にも覚えていることはあったりしないか?」
そう尋ねると、ハルは少し驚いたような反応をみせたあと、眉を若干ひそめながら絞り出すように話し出した。
「……実は微かながらに覚えていることがあって、空き地。あのレベルの中に空き地があって、そこに一つ何かあったはずなんだ。それを見てから11にいるまでの記憶が全部ないけど、もしかしたらそこに何かレベルを移動したヒントがあるのかもしれない…」
「つまり、何かしらの転送装置を見つけていた可能性があるということかい?」
「たぶん。確証はないけど、少なくとも俺は自分でノークリップするほど命知らずじゃない。それが本当に転送装置だったとしたら、藁にも縋る思いで操作しただろうね。俺のことだから。」
ならば、ハルとともに14271を再訪してみるのも悪くないかもしれない。ハルは地図だったら知り尽くしていると言うし、いい助っ人兼観測対象になるだろう。
「あなたにとっては酷かもしれないが、もう一度レベル14271を探索してみよう。私自身も気になることがいくつかあるし」
逃げるように脱出してきたハルがなんと反応を返すか気にはなったが、彼は力強く頷いて返した。
「ノートとほかに必要そうなものがあったら持ってね。遷移するよ」
ハルがあわただしくバッグに荷物を詰める間、私はMk.2に歩み寄る。そういえば作ってから今まで、二人以上での同時転送をしたことがない。なら、手順を説明してハルだけ先に行かせて、私はすぐに後を追うことにしよう。
荷造りを終えててくてく歩いてきたハルに、私は手取り足取りMk.2の操作を説明した。あと、ノークリップ時の心理上の注意点も。
ハルは半ば覚悟が決まったような表情でMk.2をぎこちなく操作すると、上から落ちてきたバーベルが大きな衝撃とともにハルを消し飛ばした。
周りから見るとこんな感じだったのか。私は落ちたバーベルを7階に戻しがてらそう考えていた。
───再訪である。景色はあの時と全く変わらず、白い家がずらっと建ち並ぶアメリカ郊外の住宅街。空は相変わらずのオレンジ色をしていて、鼻に神経を集中させると漂う夕飯の香り。
…ハルは後ろにいた。同じく雰囲気を味わうようにしていたようだが、私が遷移してきたことに気付いて背中を叩いてきた。
「…こっちだ。特に白い家と、空き地。」
ゆっくりと歩きだすやや猫背気味のハルの背中に少しの諦念を感じる。バックルームに落ちた以上現実に帰ることは厳しいが、そこまで絶望はしなくていいだろうに。
「先に行くと私が迷子になっちゃうよ」
まあ何事も行動すれば何か変わるだろう。ハルの背中をゆっくりと追った。
ハル、参戦!
今回登場したレベルたち
level 14271 : ”ノスタルジアの街
一部オリジナルレベル
↓ ↓ ↓
参考元(見た目だけの参考)
Wikidot版レベル 995 : "Reality aligned houses"
作成年不明
RiemannHypothesis氏 FoodPieIntegration氏 作
https://backrooms-best-data.fandom.com/ja/wiki/%E3%83%AC%E3%83%99%E3%83%AB_995
CC BY-SA 3.0
Level 11: "The Endless City"
2019年作成
Nerdykiddo4884氏 作
https://backrooms.fandom.com/ja/wiki/Level_11_(1)
CC BY-SA 3.0
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