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第十二話

前回のあらすじ

水晶玉に願い事をすると、それが既存レベルとしても、新たなレベルとしても開く。私は休養を望んで、新たな、優しい、雄大なレベルを生み出した。



永劫の苦難の中生み出されたオアシスは、今日よりあなたという無名ながら有数の探索者の安らぎの場として機能する。


ここは、セレス。


あなたが生み出した雄大なる自然。


ゆっくり、しっかり休養を取るのだ。





───気を失っていたようだ。

暖かな光と緑の草原に包まれるように目を覚ます。

目の前に広がるのは、雄大で私を守るような雰囲気を持ちながら、それでいていつまでも続く平穏を表すかのような静けさ。

今いる場所は小高い草原の丘の上の大きな木の下だが、周りは見渡す限りの森だ。森の木々はどれも高くそびえ、空から降り注ぐ光をやや遮ってちょうどいい安らぎの光量を実現している。

たまに緩やかな風が吹くと、この巨木も、森の木々もその風に揺られて葉っぱを震わせる。その音はまるでASMRのように優しく鼓膜を刺激する。小鳥がさえずり、丘の下を流れる小川のせせらぎも、私を触覚、視覚、聴覚で癒そうとしてくる。



この巨木の幹に、文字が彫られている。


”セレス”


これは、この木の名前か、それともこのレベルの名称か。そういえばこのレベルに入った時も何か語り掛けるような声が聞こえて、そこでもセレスと言っていたような気がする。


このレベルは、セレスと呼ぶことにしよう。



私は巨木の下に腰を再び下ろし、時折近くを歩いたり、漂う木の匂いを嗅ぎ、風の流れ、音に耳を済ませたりして過ごした。


”レベル:セレス

天候は一定して穏やか。心地よい気温と湿度。風はやや涼しく感じる程度。私以外の動物の存在は感じられないが、小鳥の鳴き声のみたまに聞こえる。環境音として登録されているか?


巨木を囲むように広がる森林は、高密度ながら適度な感覚の空いた木々で構成。森の中は広めの獣道があり移動性も確保されている。時折見たことあるようなキノコや木の実や果物が生っており、かじると美味。

小川の水はとにかく透明できれいで、試しに口をつけてみるとおいしい水であった。



このレベルの観測は、日が陰るまで続いた。


空は澄んだ青から金色に変わり、そして深い紺色へと雰囲気を変えてゆく。雰囲気は相変わらずそこにいるすべての生物の心の安らぎを提供するようなものだ。ただ、昼と違うのは、より静かな空間に変わり、まるですべてが眠る時間。


空に星は一つもない。ただ、完全な暗闇ではない。森や巨木の葉が淡く光り、視界を保たたせてくれる。

そんな睡眠に誘うような雰囲気に充てられ、眠たくなってくると木々の発光は小さくなり、完全な暗闇が訪れた。




………目が覚めると、再び日が高く昇る昼。このレベルはとにかく安全で、探索者に安らぎを与える。ここまで人間に適した空間はそうそうない。森を探索して、地図でも作ってみよう。



ノートのページを一枚ちぎり、それとペンを持って森の中へと向かう。

巨木がある場所をレベルの中心ととらえ、そこから適当に、獣道のあった東側に歩みを進める。曲がりくねった獣道をしばらく進むと、小川が横にぴったりとつく。それからやや進んだところに、その小川の水源と、獣道の終わりがあった。


小さな池だ。丸い石が意図的に並べられたように縁を飾り、相も変わらず透明で澄んだ水が際限なく溢れている。私はそこで飲料水を調達した。



西側は道を作るように生えた木々を抜けるとそこにまた新たな草原の広場があった。風は常に一方向に吹き、その草原には誰かが踏み固めたような跡が残っている。

巨木に戻る途中、道脇に生えるリンゴ畑で多数の果実を収集した。どれも赤く大きく熟れている。



───何から何まで、すべて揃っている空間だ。再度訪れることがあった時用に、ここを安全拠点としてMK.2に登録しておきたい。メモ帳を取り出し、このレベルで体験したことを事細かに書き込んだ。

そうこうしているうちに日が傾いてきた。また、このレベルの、巨木の下で一泊。もうこのレベルは私にとって安心以外の何物でもなかった。





翌朝。

もうこのレベルに十分滞在しただろう。

しばらくレベル11の拠点を留守にしていることに気付いた私は、そろそろ拠点に戻ることにした。


戻ったついでにこのレベルにいつでも来れるように情報を書いた紙をMK.2に登録しよう。




ビーコンを取り出す。起動ボタンを押して、数秒待った後に出現した空間にひずみに体をねじ込む。

空間遷移はもう私にとっては常識で、成功率もほぼ確実に遷移できるほどだ。






視界は緑から無機質な色に変わり、雰囲気もやや重めの雰囲気に変わった。でもこれはおそらくあのレベルに慣れすぎた結果だ。バックルームだと、これが普通なのだ。何も、不穏に思うことはない。


拠点のMk.2の目の前に降り立つ。いつもの拠点だ。何も変わることはない。


早速Mk.2にセレスの情報を登録した後、これから何をするか考えた。


…私は誰かが残した資料や記録を読み漁るのが好きだ。このレベルの図書館に行って、前回行ったときに読めなかった図書を読んでみたいと思った。




荷物をまとめて、またあの古びた、植物が生い茂る図書館に向かう。

旧モールを超え、地下鉄駅跡を曲がり、ガラスのビル群を抜けた先に…



「………あれ?」



前回あったはずの緑に覆い被らされていたあの建物が、周りの植物ごと、消え去っている。空白となったその場所に、小さな空間のゆがみを見つけた。


もしかして、図書館がノークリップしてどこかへ行ってしまったのだろうか。ものすごい超常現象だが、目の前にある空間のゆがみを見るにその仮説が本当である可能性は十分にあるだろう。



実はセレスから帰ってきた時からビーコンを持ったままだ。だから、このままこのゆがみに飛び込んでもいい。どこに繋がっているかわからないが、ちょうどいいことに暇つぶしに来ただけなので、時間はある。

私はその拳しか入らない大きさのゆがみに、手を入れた。


瞬間、その手が中から引っ張られる感覚がして、私の体は吸い込まれるようにレベル11から消えた。






ノークリップが実行された。

イメージが自分の意志とは関係なく目の前に浮かんでは消えていく。

「記録媒体」「研究者の残滓」「資料保管庫」「万年筆」……




やがて、暗闇は開ける。目の前に、あの図書館が現れた。

コンクリート製で、周りに植物が巻き付いている、大きな二階建ての古びた建造物。最初に見た時と何ら変わりない。扉を開けて中に入った。


中に入っても相変わらずの雰囲気。厳かで、静かだ。

本と埃の匂い。カーペットの柔らかい踏み心地。誰かが残した記録の雰囲気。

中心の天窓部屋をはじめ、周りを囲むように本がぎっしり詰まった書架が連なる部屋部屋。

そのどれもが、私の興味を引く。だが、それらが多すぎて何から手を付ければよいかわからない。



中心の部屋にある天窓からの自然光に照らされた机の上に、何やら本になり切らなかった紙が散らばっている。どれも内容はバラバラだが、読みがいがあるというか、単純に読み物として私の欲求を満たすには

素晴らしいものであった。


”巡回報告(前半が欠けているようだ)

……当該記録員はレベル14271に長期滞在していた模様。書架18-C及びG-2群にて当該レベルの異常現象についての文書の存在を確認。

当レベルの過去の概要とその他異常、有害性が記述



”研究用チェックリスト

書架A-1~12:記録済

書架C-7~G2:記録確認中にエンティティによる干渉の発生。後半につれ干渉が激化したため調査を打ち切り。後日精査の必要有

書架D-4:記録者不明の文献あり(要警戒)


読み手の意識に応じてページの内容が変化する書類があるため、十分注意されたし



”無名の記録者

私はまだここにいる。

本が私に問いかけてくる。最初は記録だけだったが、ある時から向こう側が私を観測してくるようになった。

読み返すことで何かが変わる。


──私は記録者であり、記録されるもの。



(いい記録たちだった)


そう考えながらも、この中でいくつか気になったものがある。

この研究用チェックリストに存在が示唆されている、エンティティによる干渉が起こったらしい本。

どんな本なのかも、どんな干渉が起こったのかも気になる。私はこの紙に書かれている、一番干渉が大きかったG-2書架へ向かった。



天窓部屋から北側、入り口と正反対の場所に、G-1書架があり、G-2書架は見当たらない。だが、しばらく探していると、G-1書架が可動性のあるものとわかり、ずらしてみると、まるで引き戸のようにG-1書架がスライドし、その向こうに新たな部屋があった。その部屋の天井に、G-2と書かれた紙が貼りつけられている。

この部屋全体が、G-2書架であるようだ。


本棚はどれも天井まで本がぎっしりと詰まっており、その上部に黄ばんだプレートが設置されている。

そしてほかの書架の本より、明らかに劣化が進んでいるのと、

ここの本たちにはどれもタイトルがなかった。


厚手の布張りで装丁された紙媒体の書物は、開くと極端に小さい手書き若しくは活版の文字。裏表紙には、誰かが書いたであろう「エンティティ干渉あり」の文字。



”無題

レベル○○で観測された視線起動型エンティティ。無音かつ無臭だが、この存在を記録する意識に潜り込み、読み取るような行動がみられる。

書き手の視界を遮断した状態で記録を行うと当エンティティは何もしてこなかった。また、潜り込んだ書類の言語を変換すると無力化した事例がある。

当記録文書は、当エンティティに対抗するため、二度言語の変更が行われている。



”無題

接触者:不明

ここに来るな。彼女は記録者を選ぶ。言葉を読み、記憶を削る。

もしこれを読むことがあれば……(これ以上は読めない)


”無題

干渉対象の一部はレベルを跨いで観察を行っている形跡が確認された。当エンティティの特徴を記録した媒体を、レベルを超えることによってその干渉を無力化することは不可能。

当書架においても、奴の干渉が確認される書物が複数存在。読まないことが推奨される



ここで取り上げられているエンティティは、記録すること・その記録を読むことによって干渉が起こることが示唆されている。そしてそれはレベルを超えて干渉してくる点と、弱点があり対策法も確立されているが、その対策を施していない文書もこのG-2書架に残っているという。


私が何も感じていないだけで、もうすでに私に向かって干渉が起きている可能性も捨てきれないということだ。ただ、少なくともここでこれ以上これについての記録を読み漁るのは危険だろう。私はやや空気が重苦しくなったG-2書架を離れ、ほかの文書を読みに行くことにした。




初めに見た文書の中でも触れられていた、D-4書架にある要警戒の記録者不明の文書。それも気になる。

本棚に貼られているラベルを頼りにDの文字を見つけ、D-4書架までたどり着いた。

ここはこの建物でも一番植物に浸食されていて、湿気の高い区域。空気はやや淀んでいて、本を取り出す前から何か怪しい雰囲気を感じる。


書架にはD-4を示すラベルが見つからない。そして本のサイズ、装丁や装飾、内容がバラバラである。

唯一ここの本たちに共通していることは、記録者が不明であること。どの本にも署名は一切ない。

このレベルに入ってきた際に見つけた紙切れにも同様のことが記してあった。同時に要警戒とも。

本棚の中から適当に一つ本を取り出し中身を見てみる。タイトルはなく、私の意志に関係なくページがめくれた。


記録してはならないものがある。

名を刻んだ瞬間、それは見えてしまう。

指を這わせた者、それは次に書く者。


一通り文字を認識し終わるとどんどんページが進んでいく。そして、読み終わった文字は次々と消失していく。


私はここで本を読むことで名を失った。

ここに入り浸りすぎると存在が文字に成り果ててしまう。

名前の書いた本を閉じると、その人は世界から消える。

この本のタイトルも、だれにも知られてはならない。

もしあなたがこの本を今読んでいるならば、すでに手遅れであろう。


次のページからは、人の名前であろう文字たちがびっしりと並ぶ、おぞましいページだった。その中に知っている名前はなかったが、その最後。


”さんさん”



本が勝手に閉じられる前に、さんさんは急いでその場を離れた。



少し落ち着いたところで、この図書館に収められているエンティティ以外に関する本を探してみることにした。なにか、レベルどころか…バックルーム全体に対する知見の書かれた本など……



この図書館の中心に戻ってきたところで、先ほど見た机の上の書類が、変わっていることに気付く。見てみると、主にバックルームの空間の分野に関連した書類が置いてある。



”Ω:層構造断章

我々が通るすべてのレベルは、記録上層として配置されているようになっている。

通常、空間に似た構成を持つが、因果・時間・記憶は並列的。観測された順にそのまま構造になるわけではない。

この仮説について、ごく一部のエンティティはこの階層構造を根幹から理解し、レベル間を意図的に移動している可能性がある。


”Ψ:設計語原稿(極秘につき一部情報を秘匿)

全レベルの共通記録語彙に現実では存在しない用字体系がいくつか確認されている。これについて、バックルーム全体に干渉が可能な設計者なる存在がいた可能性がある。


”断片メモ:拠点設計初期者手記

我々は帰還するために空間を安定化させた。だがそれが出口を生み出すということにはつながらなかった。

それどころか、空間が安定化したがために、帰還どころかこのレベルからの移動すらままならない可能性が出始めた。私はひとまずこの空間から安全に移動できるなにかを作らなければならないようだ。



新たにやってきたレベル11。このレベルは私がさっきまでいたあの安定した空間と同じ匂いがする。もしかすると、ここは居心地がいいだけで、現実に帰るには不向きなのではないか。

今考えたことだが、現実に帰るにはあえて空間が不安定な場所にいなければならないような気がする。



…最後の、空間安定化に伴うノークリップの不明瞭化は、少し気になった。

そうか。いままでノークリップ…空間から外れ落ちることができていたのは、空間が不安定だからこそだ。現実や意図的につくりを強固にしたレベルでは、ノークリップはそうそう起こらないし、なんならバックルームにおいては遷移の可能性を0%にしてしまう可能性すらあるかもしれない。安易に空間の補強を行ってはならない。

バックルームは、破壊しようとすると空間全体が砕け散るし、逆に補強するとそこから出られなくなる。

まるで理不尽だ。



いろんな知識が手に入るが故に、少々長居が続いている。だが、私はそんなことを気にせず、そしてレベル11に帰ることを忘れて、さらにこの図書館の文書を探索しに行くことにした。



「…そうだ。次は誰かの探索記録とか探してみよう」


知識欲が満たされ、さらに新たな疑問が浮かぶ。それにすら答えがあり、さらにここに書いてあるというのなら、それを全て調べないわけには…




…そうして、三日が経った。



図書館…いい場所ですね。勝手に欲しい情報が入ってくる…どんどん、どんどん、頭のキャパを超えるまで…


今回登場したレベルたち


レベル:セレス

オリジナルレベル(主人公が生み出した)


Level 11: "The Endless City"

2019年作成

Nerdykiddo4884氏 作

https://backrooms.fandom.com/ja/wiki/Level_11_(1)


CC BY-SA 3.0


放浪する図書館

オリジナルレベル



この作品はCC BY-SA 3.0の下で公開されています。

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