第十一話
前回のあらすじ
懐かしさを感じてこのレベルに永遠に居続けることを決意した私は、このレベルで永住する住居を探すべく向かいの家に入った。ゆくゆくはこのレベルを最大限過ごしやすい空間にするために、マークや影にもこのレベルの存在を教えて一緒に死ぬまで暮ら
向かいの白い家。先ほど訪れた家より少し現代的な外観をしている。玄関のドアも、玄関先の郵便受けも開いたままになっていて、誰かいたような雰囲気を醸し出している。
玄関をくぐると、少し薬品のようなにおいが漂ってくる。壁は無機質な白をしていて何か写真や絵が飾ってあるとか、そんなものは一切ない。リビングにはテーブルと無骨な椅子が一つ。空気は乾燥気味で何か誰かが生活していただとか、そんな痕跡は一切なかった。この家の中はただ寂しいような、そんな雰囲気だけがのこされている。
ただ、この家を去ろうとして玄関に向かうと、そこに入ってくるときはなかった新聞が落ちていた。
新聞はずいぶんと色あせており、かなり年月が経ったことを示してくるが内容は難なく読める程度だ。
発行日のところを見ると年号下二ケタが黒く丁寧に塗りつぶされている。誰かが意図的に時間をあいまいにしたような、そんな塗りつぶされ方だ。
私は新聞を端から端まで読み漁った。
”
【集団失踪、近隣住民に警戒呼びかけ】
昨日未明、某地区全域にて住人が一斉に行方不明となる事象が確認された。現場に暴力や火災などの痕跡は一切なく、人間だけが消え去っていた。警察は事件ではなく、何らかにおける退避行動とみて調査を進めている。
【光と記憶の影響、新設の提唱】
近年の観測によれば、特定の環境において「強い記憶」が空間構造に影響を与える可能性が報告されている。
特に住宅地や教育機関など「感情の定着が強い空間」は、時間・重力・電磁反応に変化が生じるとの仮説も。
なお当局はこの説について「科学的根拠が乏しい」としているが、研究は継続中である。
”
そしてこの新聞の最後のページに手書きでメモが書いてあった。
”
この家は移行準備済み
記録不要。接触の必要なし
ここより先に進む手掛かりは得られず
”
…………
集団失踪の記事と最後の書き込みにおいて何か通ずるものがある気がする。
某地区と示される地域の集団失踪も退避行動と考察されているし、このメモにも同様に移行準備済みと書かれている。
この家の何も残っていない雰囲気は、ここに住んでいた住人がこのレベルから別の場所に移行するためすべての道具を持ち去ったからではないか?
まるで時の止まったような家である…
いや、時が止まっているのはこの家だけではない。このレベルはずっと沈みかけの太陽が照らす夕方のレベルだが、それはその瞬間でレベル全体の時が止まったからではないか?この家の住人や、某地域の住人らの集団失踪も、このレベルの時が止まる前に脱出するというものだったのではないか?
単なる考察の域を出ないが、私はそう考えた。
再びリビングに戻って何か見逃したものが残されていないか念入りに探すことにした。
灯台下暗しだったのか、先ほどの温かい家と同様に私がそう考えたから出現したのか。いろんな場所から痕跡が新たに見つかった。
テーブルの下。古びたカレンダーの切れ端が落ちている。日付は年号がやはり伏せられているが、7月7日の場所に赤丸がつけてある。その日の場所に”光 17:03”と書き込みがされている。何かを見計らったかのようなメモのようなものであった。
リビングの隅のコンセントには電源タップが残されていた。三本コードがつなげてあったような埃の積もり方をしているが、接続されていたであろう機器は全て持ち去られているようだ。
白い壁に何か黒いものを見つけて近寄ると、それは小さなメモ用紙だった。
”座標同期、外部転送システム試験済
ノイズ反応は出力に依存し、安定化を図るには意志の力が必須
”
最後のメモから考えられるのは、私が使っているような転送装置と同様の機械を、ここの住人も開発して使おうとしていたということ。さらに、カレンダーのメモからも見て取れるように、何かしら転送に関する観測をしていた可能性が高い。
おそらく、転送をより確実なものにするために、様々な観点から時空を観察・実験していたのだろう。
ならばその機械も残されているのではないか…この家にも同様に二階がある。私は躊躇することなく階段を昇った。
───あった。
二階の一室に大きな金属の外枠を使った機械が設置されている。外装は私のMk.2にそっくりで、その部屋の壁には何かしらのコードが記されている。私には読めなかったが、きっと開発に際してのメモ書きだろう。
私は、機械に近寄ってどういった機構をしているか確認しようとしたが、それは叶わなかった。
残されていたのは外枠だけで、肝心の中がもぬけの殻である。ここの住人はこの機械を使って遷移したはずだろうが、なぜか中身がなくなっているのだ。不思議な力で機械も一緒に転送されたか、それとも今までに別のだれかが侵入して持ち去ったか。…まあ、考えるだけ無駄だろう。
近くにはノートと本が落ちていた。
”次の転送先は構築済みのレベル。接続の維持には第三者の存在が必要
自律装置では精神座標の固定が不可能。自らで考える必要…
”
”
【光座標による連結構造論】
転送において精神状態と空間構造は一時的な同調を見せる
記憶を軸とする意識点が存在すると、非物理的ながらそこへの経路が開かれる
共鳴点の記録により帰還経路も確保が可能
”
本の方には、私が今まで考えて実行してきたような、いわばバックルーム内での遷移に関して重要なことが多数記されてある。ノートの方はそれをもとに住人が独自に導き出した結論か。
そう考えると、バックルームに生存している人々の一部は、こういった書籍からでないとレベル遷移に関する情報を得られない可能性があるようだ。私のようなしょっちゅう遷移を繰り返す探索バカの存在は中々に稀有な存在であろうか。ほとんど人と会ったことがないが、もしレベル11で誰かと交信が取れたら、ちょっとした有名人にでもなるだろうか?思いを馳せて少しわくわくとした感情が生まれた。
そう少し浮かれた気持ちで階段を降り始めた時、
階段を踏み外してしまった。
───怪我をする。
そう考える刹那、私は頭から階段をすり抜けてこのレベルを外れ落ちた。
「…また逃した」
しばらくの落下感は続いたが、数十秒経ってから視野がはっきりとしてくると、何かの地面が近づいてきて、大きな衝撃とともに衝突…
の寸前、衝撃を和らげるように落下の速度が弱まると、ゆっくりとその床に降り立った。
このレベルは……
何かによって足元のみ照らされた湿ったタイル張りの地面に、ところどころ苔が生えている。周りは暗闇でわからないが、遠くから水が滴る音とわずかなノイズ。蛍光灯の音のようなノイズである。
またもや知らないレベルだ。何もない空間のように思えるが、少なくとも空間的な異常は今のところない。比較的安全に帰り道を模索することができる。ただ、突然の出来事に少し戸惑いを隠せなかった。
(確か私は階段で躓いて…現実世界からバックルームに入ってきたときのような感じだ)
バックルームに来た当初はレベル0を知っていたのでそこまで焦ることはなかった。しかし、今いるこの場所は少なくとも初めての場所だ。知らないレベルである。ならば、その特徴を少し調べてみよう。懐中電灯を片手に、私は歩いてみることにした。
足元のタイルはどこまで行っても濡れた状態で、生えている苔はよく見るとそれは緑色の繊維質のような何かだった。壁面はコンクリートでできているようで、時たま小さな穴が開いていて、そこからコードが伸びている。しかしコードは途中で切断されていて、通電しているのかすら不明だ。天井は高く、その一角に取り付けられているスピーカーから小さくとぎれとぎれの機械音声で「……しないで…」と断片的な音声が繰り返し流れている。
こういったまるでプールというかのような通路はしばらく続いたが、歩いていくうちにやがて湿気は消え去り、蛍光灯が照らす明るい空間に変わった。
ライトをしまいさらに歩き続ける。今のところ分かれ道もなく先が長いような一本道である。
しばらく歩いていると少しずつ天井が低くなってきた。
水滴の滴り落ちる音は大きくなり、やがて、右手に大きな部屋が見えた。
縦にパイプが立ち並ぶ大きな広間。やや腰をかがめないと通れなかった廊下とは違い、天井が高くなっている。パイプは金属製で、触ると生ぬるい。中に水が入っているようだが、これらが動作しているのかは不明だ。上を見ると天井にたくさん吊るされた青い照明は時々そのうちの何個かが消灯してはまた点く動作を繰り返している。しばらく見ているとある程度の規則性があるように思えたが、それを解析することはめんどうだったのでやめた。
今度は下を見る。
相変わらずのタイル張りの床。広間の真ん中に向かってややくぼんだような作りになっていて、部屋の中心にくると足音が明らかに変わった。まるでこの下が空洞のような、そんな音である。
私は床の下が非常に気になった。
バッグの中をまさぐり、工具類の中から組み立て用のハンマーを取り出した。
足で床を蹴って壊しやすそうな場所を探す。そして、いい感じに脆そうな場所を見つけた。
そう。今から私が行うのは、
構造の破壊だ。
本来、バックルームの各レベルにおいて、その構造の破壊を試みることは禁忌である。不安定な空間をしているため、その一部分が崩壊しただけでも空間に衝撃が伝播し、レベル全体の崩壊・大幅な構造変化を招く可能性がある。我々探索者は空間の構造変化に巻き込まれるとほとんどの確率で存在を書き換えられたり、VOIDに弾き飛ばされたりなどして助からない。
だが、それを知ってなお、探求心は抑えられなかったのである。
おおきく腕を振り上げ、ハンマーを床に叩きつける。大きな音とともに数回床を叩くと、タイルは割れてその下の様子が露わになった。今のところ空間が崩壊するとか、そんな感じはしない。どうやらこんな小さな衝撃程度では崩壊しないようだ。
割れたタイルを取り除くとその下にあったのは金属製のグレーチング。そして、その下にまだ空間が広がっている。
人工物らしさに少し疑問が浮かぶが、何も人工的な構造を装った構造はバックルームではよくあることだ。タイルの床の下にグレーチングとさらに大きな空間があったって、何ら不思議ではない。そう認識し直すと、グレーチングをどけて、下の空間を覗いた。
真っ暗闇の、結構な高さのある大きな穴だ。壁面をライトで照らすと、下に降りる用の梯子が取り付けられている。下に降りるのにはおあつらえ向きだろう。
ここまで来たからにはさらに奥まで進んでみることにしよう。どこまで行っても、私には帰還用のビーコンがある。何か危険があったら緊急モードで帰ればいい。
梯子に足をかけた。錆びているが私の体重を支える分の頑丈さは残っている。ゆっくりと下層に降りていくこと数分。見えてきた地面は金属で作られていて、目の前に大きな扉がある。少々重たい扉を開けると光とともに比較的小さめの部屋があらわれた。
機械まるけの部屋だ。壁一面にメーターやら端末が並び、そこから部屋の中央のあるものに向かって配線が伸びている。
あるものとは、巨大な水晶玉のような、透明なコア。私の身長をはるかに凌駕するほどの大きさで、地面と天井にある機械に挟まれるようなかたちではめ込まれている。
壁の機械を調べると、ログが残っていた。
”コア共振失敗。保存記憶の漏出を確認
精神座標が流出する前に動作を停止し、遮断
起動条件は未だ不鮮明。ただし同調の存在がカギとなるだろう
”
”再起動に関して新たな条件が判明。対象者の思考を利用して実験した結果、対象者の意識投影が重要だと判明。イメージ情報は事前入力ではなく適宜対象者に入力させることが重要
”
………結局この機械は何がしたいのかわからない。
ただ、何かしらの意識が起動や目的に関わっていることは確かだ。バックルーム内で必要な機械と言えば、遷移装置か。
遷移装置には総じて遷移者の考えていることが強く反映されるという性質がある。私の作ったMk.2も、レベル4にある転送装置も、どれも遷移先のレベルの様子を考える・事前に記憶させておくと、より遷移成功に導かれやすい。
仮にこの機械も遷移装置だとするならば、今もこの機械が起動するかは怪しいが、考えるだけなら無料だろう。
試しに拠点…レベル11の情景を思い浮かべてみる。あの誰もいない、しかし活気のあるような街並み。常に晴れている青い空。都市と言えばの人工灯。
ただ考えるだけでなく、影とコミュニケーションを取った時のように、あの水晶に向けて心の中で伝えるように考えた。
───すると。
数秒ののち、透明だった水晶の中心に、わずかながら脈打つ光が現れた。そしてややその光が広がったような動きを見せたその時、
水晶玉の中にぼんやりながらも都市の様子が映し出された。
どうやらこの水晶は対象者…いわば思考をこの水晶に向けた人の情景を受け取って出力する機能があるのだろう。しかし、なぜこんな機能を作ったのだろうか…?
まだ不鮮明な景色の状態をもっとはっきりと映すべく、より強く、詳しくレベル11の様子を思い浮かべることにした。今度は拠点の周りの様子。そして少々崩壊が目立つショッピングモールの様子。さらにその先にある植物に覆われた図書館の様子。
こうした様々な景色を記憶をもとに考えていると、水晶の映し出す景色はより鮮明になっていく。やがて、その景色は完全にはっきりとした景色になった。
その瞬間、水晶の前に小さな空間のほころびが生じた。そのほころびはまるで空間を切り裂くように大きくなり、人くらいの大きさにまで成長すると、まるでゲートが通じたように丸いワープゲートを作り出した。ワープゲートの先には、レベル11のビル街の様子が確認できる。
なるほど。どうやらこれは遷移者の意識をより強く意識した遷移装置だったようだ。そのレベルの記憶が確かなものであれば、100%の確率でそのレベルにつながることができる。
これは面白い装置を見つけた。なら、少し挑戦的なことをしてみよう。ちょうど疲れてきたころだったので、どこか休めるような、安心して眠れるようなレベルを探すことにした。
思い浮かべるのは暖かな光が差す森。足元には柔らかい栄養満点の腐葉土が広がり、寝っ転がれば葉っぱでできた天井からあふれる木漏れ日がまぶしく感じる。近くに流れる小川のせせらぎを聞いて心も安らぎ、私のすべてを包み込む雰囲気を持った、すべてが理想で包まれた森。
それっぽく考えてみたが、結構クオリティのある思考だったのではないか。
水晶はワープゲートを消してから、ゆっくりと投影されたイメージを咀嚼し、しばらくしてから緑色を表示する。
しかし、はっきりとはしてこない。まだ抽象的なイメージとしかとらえられていないようだ。この機械は結構なリアリティを求めてくる。
ならばもう少し、感覚の方からアプローチしてみよう。
優しさと雄大さ。
柔らかな草原は優しさをもって人間を抱擁し、力強く生える木々は青々とした葉を茂らせて我々を危険から守る。とにかく静かで、リラックスに向いた空間……
水晶が反応した。映し出される色は黄緑色に変わり、大きな巨木が一本雄々しく立つ様子が確認できる。
はっきりとした景色になった。
そして、目の前に空間のひずみが再度出現するとゆっくりと広がり、ゲートを形成した。
このゲートをくぐれば、私が思い浮かべたあのレベルに行くことができるだろう。
私は大きく深呼吸し、その優しい雰囲気に吸い込まれるようにゲートをくぐった。
あれ?
今回登場したレベルたち
level 14271 : ”ノスタルジアの街”
一部オリジナルレベル
↓ ↓ ↓
参考元(見た目だけの参考)
Wikidot版レベル 995 : "Reality aligned houses"
作成年不明
RiemannHypothesis氏 FoodPieIntegration氏 作
https://backrooms-best-data.fandom.com/ja/wiki/%E3%83%AC%E3%83%99%E3%83%AB_995
CC BY-SA 3.0
Level:???(水晶玉のあるレベル)
オリジナルレベル
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