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看板婿の化けもの事情  作者: 嶋村成
一、戯作者と猫
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第五話

 結局のところ、旺志郎は父の源三郎には逆らえないのだ。戯作者を目指してはいるものの、源三郎の言いつけにそこまで反抗できないのが証左である。源三郎が立ち上げ、小さくともここまで店としてやってこれたのは源三郎の力が大きく、また自分がその跡取りであるということもわかっている。それ故に期待されていることも、怒られていることも重々承知の上。だから、結局のところ旺志郎の意思はか細いものでしかない。

 一人真夜中の道を歩く。四度目ともなれば、もう慣れたものだった。月明かりくらいしか光源がなくとも、天満堂へは迷わずいけた。一度、中にお邪魔していることから、蔵の位置もわかっていた。手には火打ち石。ただ、その足取りは重い。

 誰が許すだろうか、こんなこと。誰も許しはしない。でもだからと言ってできませんでした、と帰る度胸もない。浮かぶ源三郎の怒った顔に、選択肢はひとつに絞られてしまっていた。

 天満堂の蔵は店舗部分の横にある。塀を乗り越えた先に庭がありその中に鎮座している。なんとか乗り越えられそうな塀に手をかけ、なんとか体を乗り上げたあと、家宅侵入は簡単になった。あとは蔵の前で火打ち石を打って、懐に忍ばせた枯れ草に火をつければ、完了である。

 勿論、こんな泥棒みたいな真似は人生で初めてである。ここまでする必要があったのか、懊悩するが最早後戻りはできない。そろりそろり、庭に転がる小石にも注意を払い、なんとか蔵の前にたどり着いた。

 枯れ草を広げ、火打ち石を打つがだんだん手が震えてきた。えいっえいっと何度か続けたがなかなか火はつかない。急いでやらなくては、バレてしまう。その時。

「にゃおん」

 びっくりして肩が飛び上がった。

 後ろを振り返ると、やはり茶太郎だ。思わず茶太郎を捕まえようとしたが、するりと逃げられてしまう。

「しーっ、静かにしてくれ」

 いや、この場合茶太郎は静かにしてはいけないのだが。

 慌てて追いかけ出した旺志郎に反して、茶太郎は遊び相手でも見つけたかのように、逃げ回る。「にゃおん、にゃおん」と楽しそうに鳴いている。

 そのうち、庭に面した居室の襖が開いた。

「茶太郎、どうし……」

 榎吉と見合ったのは一瞬だった。旺志郎はその場から飛び退くやいなや、土下座した。

「も、も、も申し訳ございませんでしたあああああ」

 その咆哮は真夜中にこだました。しばしの沈黙。真ん中にいた茶太郎だけが、面白くなさそうに後ろ足で顔を掻いている。

 呆気にとられている榎吉に、火蓋を切ったのは旺志郎だ。

「ち、父に、息子でいたいなら火をつけてこいと言われてしまいまして、仕方がなく……し、し仕方なくてもやってはいけないことはわかっております!ですが、うちの店の売上も落ちておりまして、私には以外の解決策が思い浮かばず、どうしたら良いのかもわからず……こうするしかなかったのです!」

 夜更けに庭で土下座され、よくわからない言い訳を聞かされ、榎吉は理由がわからないと瞬いていた。

「何をおっしゃっているのかよく分かりませんが、戯作者様。とりあえずこんな夜更けに人の家に訪れるものではありません。お家に帰られてはいかがでしょう?」

「し、しかし!」

「何があったかは知りませんが、幸い、何事もありませんでしたし。とりあえず、お帰り下さい」

 突然の不法侵入者に怒ることもせず、正式な出入口へと丁重に案内される。「ですが」と言い募る旺志郎だったが、榎吉は有無を言わさなかった。

 とぼとぼと帰路に着いた旺志郎の背中を見送りながら、榎吉の後ろにいた男が鋭い目つきで問うた。

「本当に良いのか?」

 榎吉は何も言わなかった。

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