真っ白な毒
意図せずに吐いた真っ白な毒にマフラーが湿る。生きている実感がして、まだ大丈夫な気がした。
あの頃の記憶が、ぶっ壊れたビデオレコーダーみたいに頭の中で再生し続ける。白い光をめちゃくちゃに反射してたあの真夏の海とか、チクチクして痛かった草むらとか、アイツとか。記憶は凍っちゃって永遠に冷たい。今は学校に行けばいじめられて、先生からも腫れ物を触るように扱われる。もう誰からも愛されないって気付いたからあんな馬鹿げたような事はしない。
小5の夏
いい天気だったから、風景のスケッチをしていた時の事。隣には幼馴染のアイツがいて、立ち上がった拍子に絵の具の入ったバケツをひっくり返した。絵が台無しになったから私は大暴れして、パレットや色々なものでアイツの顔を思いっきりぶった。口とか鼻から絵の具みたいな赤色が出ていたけどまだやめなかった。「ごめん……。」と謝ってから、ひ弱で優しい少年はずっと俯いている。何故私なんかと遊んでくれたのかは分からない。思いっきり殴り返してくれたら良かったのに。
友達もいなくて家族からも愛されない私は、アイツと遊ぶのが何よりも嬉しくてしょうがなかったし、殴っても何しても一緒に遊んでくれて安心した。誰かから愛されてるっていうのを感じたくて、異常な形で確かめていた。
中学に上がるタイミングで引っ越した。知らない人ばかりで、アイツもいなくて絶望した。私の人見知りの性格では友達が誰一人出来ない。引っ越してきた事に気づいた子達は色々と話しかけてきたけど、人との正しい接し方とか分からないから、その度に走って逃げた。私にとって避けられたり失望されるのが一番の苦痛で、余計な発言をしないか不安になりすぎて何かに押し潰されそうになる。嫌われても当然なのかも知れない……。
ふと、今日はテスト返しなのを思い出した。
やる事がなくてずっと机にかじりついているから勉強だけはそれなりに出来る。煩いチャイムと共に席に着く。先生の、明日には誰も思い出せないような長い説明を終えると前から自分の答案が流れてきた。98点。思ったより出来た!平均点が低かったせいなのか、クラスは不穏な空気になったような気がする。その空気を吸って吐きそうになったところは誰にも見られたくない。
授業が終わると、多数の男女がこちらに向かってきた。
「何点だった〜?」ニヤニヤしながらそう聞いてきたのは、綺麗な黒髪が特徴的なダンス部の子だった。どうしよう…。何て答えればいいの……?ずっと黙っていたら無理矢理答案を奪われた。
「やめてよ!!」反射的に声を上げたが、僅か数秒後に男子に机を思いっきり蹴られて、脛の部分にも直撃して痛い。覗くとあざが出来ていた。喉の奥の塊みたいなものが詰まる。泣くのは我慢した。
どこが面白いのかも分からないのに笑っている。憤りを感じて、やり返してやろうと思い立ち上がった。そうしたら相手との距離が近くなって、やっぱりやり返せないからそのまま教室を飛び出した。背を向けて走り続けたからもうクラスメイトの顔は見えない。一回飛び出したら教室には戻れなくて、一心不乱に走り続けた。
「あれ、校庭まで来ちゃった…。」「私っていつも逃げてばっかりだな」頬に落ちて凍った涙が痛い。先生に捕まりたくもないから家に帰る。昼間は誰も家にいないから、お母さんに面倒くさがられる事もない。玄関まで着き、少し躊躇ってから中に入る。まだあざが痛くて座り込んだ。そういえば人生で「痛いの痛いの飛んでいけ」やってもらったことないな、と気付いて余計に辛くなる。
>着信音
学校からの電話だ、まずい。親に報告される。とりあえず無視した。
ドアの音がしたと思ったら、お母さんが帰ってきた。「仕事はどうしたの?」平静を装いたかったのと、ただの疑問を口にした。「そんなことよりも紗也の方が大事に決まってるでしょ」泣いている…。私に無関心だった訳じゃないの…?頭が混乱した。「ずっーとほったらかしにしててごめんね」私を抱きしめた。肩がじんわりと暖かく湿る。 いじめよりもなによりも、家族からも愛されていないことが辛かった。なんだか嬉しすぎてあざも治った気がする。けどやっぱり、こういう時はなんて言ったらいいのか分からない。事情はなにも聞いてこなかったけど無関心な訳じゃないと気付いた。この後、ミルクティーを淹れてくれた。喉の奥の塊みたいなものを暖かくて甘いミルクで流してくれて心地良い。「これ、おいしいね」お母さんがにこりとして、すごく安心する。
明日になると、私宛に手紙が届いていた。涼太からだ…。なんでかなぁ。
「紗耶へ
久しぶり。紗耶のお母さんと僕のお母さんが電話してるの聞こえちゃったんだけどさ、中学でいじめられてるんでしょ。ごめんね、急に。どうしても心配だから。僕のこと嫌いかも知れないけど、困ってるなら相談してほしい。
涼太より」
下には電話番号が書かれてある。濃くはっきりとした字は昔と変わっていない。
あんなに酷いことばっかりしたのに……。涼太は驚くほど優しい。電話をかけて、今までしたことを謝ろう。ちょっと緊張して手が震えながらも電話をかける。「……もしもし」「久しぶり」声変わりしていた。もう私よりもずっと背が高いのかな。「久しぶり。今まで酷い事してごめんね。嫌いだからいじめてた訳でもないの。今まで本当にありがとう。でもなんで私なんかと遊んでくれたの?」「正直やり返してやろうと思った時もある。けど、いつも寂しい思いしてて可哀想だった…。やっぱり紗耶が好きだから。」私は顔がじんわりと熱くなるのを感じる。「知らないかもだけど、学年で一番可愛いとかって噂されてたんだよ。」涼太は笑いながら言った。「ありがとね」涼太に芽生えた感情を悟られないために、私も笑いながらそう言った。その後も色々と他愛のない話をして、電話を切った。
思わずにやけてしまう。田舎に引っ越してから見えるようになった星を眺めて、時々にやけながらもこれからの事を色々と考えた。
「おやすみ!」と言えば「おやすみ!」と返してくれる温かい幸せで眠りにつく。
最後まで読んでくれてありがとうございます!初投稿なのでまだまだ下手ですm(_ _)m
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