第7話【髪は切って売りました】
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使用人の住む部屋は屋敷の一階母屋から通路を隔てた別棟にあり、4人部屋が5部屋ある。隆之が別棟に行くと使用人部屋の一室から笑い声が聞こえてきた。
隆之はその部屋をノックすると中から「どうぞー」と元気のいい声がする。ドアを開けてみると英子が使用人たちと一緒に楽しそうにお茶を飲んでいた。隆之の突然の来訪に驚いた使用人たちが一斉に立ち上がる。英子も驚いて隆之に声をかけた。
「あっ! 隆之さん、どうしたんですか急に?」
「英子さん、いきさつを聞かせてください!」
隆之は少し不満げな表情をして英子の説明を聞いた。英子によると、桜子が南郷家に引っ越しきて桜子の荷物が多く、桜子に用意されていた部屋では手狭だったので桜子から『部屋を代わってほしい』と言われた。英子としても自分の荷物はカバンひとつであり、今の部屋は広すぎるため落ち着かない。桜子のために用意されていた部屋も英子にとってはやはり広すぎる。そこで使用人の人に聞いたら使用人部屋が一室余っているとのことだったので見に来たのだという。桜子の方から『部屋を代わってほしい』と言ったのか? 話が少し食い違っている。隆之はあまり納得していない様子だ。
「英子さんには私が用意した部屋を使っていただきたいのです」
「でも今の部屋は広すぎて、どうしても馴染めません。それにこちらの部屋にいると自宅にいるみたいで楽しいのです」
英子が話すと、近くにいた使用人たちが嬉しそうにしている。隆之は目を閉じ「うーん」と唸りながら一つの提案をした。
「そうしましたら、もしよろしければ使用人部屋ではなく他に丁度いい広さの部屋があります。英子さん、そちらに行ってみますか?」
南郷家にとっては英子は父隆夫の親友の娘である。ぞんざいには扱えない。ましてや使用人の部屋に住まわせるなどできるわけがない。
「英子さん、お願いします。父の客人でもある英子さんには相応のお部屋にいてもらわねば困ります」
隆之の提案に英子はしばし考え込んだが、最終的には「分かりました」と承諾した。隆之はさっそく現在使われていない客間に英子を案内した。英子はカバンを一つ持って使用人室から出て隆之の後に着いていく。客間は7部屋あるのだが、そのうち一番狭い8畳の部屋を英子に住んでもらうことにした。母屋の二階にある角部屋で隆之の部屋の並びにある。窓からは中庭全体が見渡せる風通しのいい部屋だ。隆之がドアを開け英子が先に部屋に入る。やっと人心地着いたと思った隆之だったのだが、少し気になっていたことがあった。使用人室にいた時はタオルを首に巻いていたので気がつかなかったのだが、英子の髪が短くなっている。以前は腰のあたりまで伸びた艶のある栗色の髪であったのが、今では首に少し掛かるほどの短さだ。隆之は気になって聞いてみた。ポケットの中で英子のためにお土産で買ってきたかんざしを握りしめている。
「英子さん! その髪の毛はどうしたのですか?」
「髪は売りました」
「えっ!? 売ったって、どういうことですか?」
英子は特に悪びれた様子もなくこたえる。
「通りを歩いていましたら髪の毛を買っていただける美容院がありましたので、売りました」
「そんな! なぜそのようなことをしたんですか?」
「隆之さんのお父様に出していただいた学費を少しでも早くお返ししたいと思ったのです。それに髪が短くなって洗髪も楽になりましたし、お掃除をするにしても邪魔にならなくなりました。それに気分もとても軽くなりました」
笑顔で話す英子は、ふと思い出したように自分のカバンから封筒を取り出して隆之の前に差し出した。
「こちらが髪を売ったお金です。お父様へお渡しください」
丁寧にお辞儀をしながら封筒を差し出す英子。隆之はしばし黙ったままであったがやっと口を開いた。
「英子さん、これは受け取れません。しまってください。おそらく父も、学生の身である英子さんからは受け取らないと思います」
隆之からすると、お金の返済について一生懸命考えている英子の姿に触れることで、彼女との心の距離がさらに広がっていくようなさみしさを感じた。ポケットの中には英子に渡そうと思っていたかんざしがあった。研修先で立ち寄った土産物店でふと目に留まったものである。淡く薄い藍色と紅色が混ざった飾り玉の色が落ち着きのある風合いをまとい、英子のイメージと重なった。隆之は思わず手に取り、英子の喜ぶ顔を見たくて買っていたのだ。しかし彼女の心の中に自分の入り込む隙間のない無力感にさいなまれた隆之は、握っていたかんざしをポケットから出すことはなかった。
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