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第5話【自分の居場所】

 次の日の朝、二人が玄関を出ると藤原が車の前で待っていた。隆之と英子を車に案内し乗車させ、黒塗りの車両が南郷家の屋敷を出る。慣れない車の中で少し緊張気味でいる英子を隆之は優しく見守っていた。しばらく走り学校の校門が見えてきたところで英子は運転をしていた藤原に話しかける。

「あの、すみません。ここで降ろしてください」

「学校の前まで送りますよ」

 隆之が代わりに返事をする。英子は車で送られてきたことを他の人に知られたくないのだ。隆之はそんな英子の気持ちを分かっていないらしく話を続ける。

「もう少しで校門の前までに着きますよ。私の勤務先はすぐ隣だし、そちらで一緒に降りましょう」

「いえ、大丈夫です。ここで降ります」

「英子さん」

「すみません。私、車で送っていただいたことを学校の人たちに知られたくありません。このような立派な車ですとなおさらです。それにわたくしの学校は校門の前といえども男子禁制ですので、私が男性に送っていただいたことは内緒にしておきたいのです」

 英子は少し嘘をついた。学校の規則では男子禁制とはなっていない。財閥の御曹司である隆之から車で送迎されていることが学校の関係者や生徒に知られれば注目を浴び、根も葉もない噂などを立てられる恐れがある。南郷家に迷惑をかけることが想定でき、自分に対する非難も受けるなど、煩わしいことはしたくないというのが正直な気持ちであった。隆之はそんな英子の気持ちなど知る由もなかったのだが、かたくなな表情の英子を気遣い隆之は藤原に声をかける。

「わかりました。藤原さん、ここで止めてください」

「かしこまりました」

 車は英子の学校の校門から一つ街道を曲がったところで止まった。英子は周りに人がいないか確認して車から降りた。隆之が声をかける。

「英子さん、帰りも迎えに来ます」

「帰りの時間は違うのではないですか? 学校からお屋敷まで歩いて30分くらいだと思いますので、帰りは歩きます。お気遣いありがとうございます」

「今日は職場での担当の仕事は休みで、実習の手伝いだけです。英子さんが下校する時間に合わせられます」

「そうですか……。ではお手数ですが帰りのお迎えもこの場所でお願いいたします」

 英子は車から降り学校へと向かった。隆之は英子の後ろ姿を見送りながら、早くお迎えの時間が待ち遠しかった。一方、英子は校門をくぐりながら心の中で安堵の息をついた。学校生活が始まって初めての朝でもありながら、何となく緊張感から解放されたような気がした。ただ、心の片隅には自分の南郷家での立場や財閥の御曹司である隆之との関わりが今後も気になるのである。


 英子は帰宅後、隆之に家の案内をしてもらいながら一緒にいる日が続いた。庭園や屋敷の中にある美術品の美しさに驚いている英子を見ながら、隆之は英子との距離が次第に近づいていくのを実感していた。英子は学校にも慣れ、勉強も思った以上にはかどり、南郷家の生活習慣には少し戸惑いつつも、なんとか一生懸命に日々を過ごし、ひと月が経とうとしていた。そんなある日の日曜日、英子は南郷家のテラスにあるテーブル席に座っていた。

テラスに一人でいる英子に気がついた藤原が紅茶を持って来た。英子はお辞儀をして「ありがとうございます」とお礼を述べる。藤原は紅茶をテーブルに置くと控えめに微笑みながら室内に戻って行った。

紅茶の香りが穏やかな風に乗って広がる。英子はティーカップに一口だけ口をつけると空を見上げた。青く澄んだ空に白い雲が流れている。庭では小鳥がさえずり、柔らかな木洩れ日がテーブルを照らす。英子は目を閉じ小鳥の鳴き声に耳を傾ける。短い間にいろんなことが起こりすぎた。環境の変化についていくのに疲れてしまった英子。心地よい風に頬をなでられ、ふと家族との楽しかった思い出が浮かび上がってきた時、心地のいい眠りが訪れた。

*********************

 英子が7歳の時、青い芝生のある庭のベンチにお母さまが座って折り紙を折っている。その隣で美津子姉さんも一生懸命折り紙を折っていた。英子は母のサエに話しかける。

「お母さま、赤いお花を作って」

「あら、英子。さっきは飛行機を作ってって言ってたじゃない」

「やっぱりお花がいいの」

「はいはい、分かりましたよ」

 庭で見つけた四葉のクローバーを小さい手にしっかりと持っている英子。柔らかな日差しのなか優しく微笑むサエ。突如雲行きが悪くなり、冷たい北風が吹き始めた。

 病院のベッドに横たわるサエ。父が涙を流している。美津子姉さんが「おかあさま! おかあさま!」と泣き叫ぶ。白衣をまとった医師と看護師さんはずっとうつむいたままだ。

お母さま、どうしたんだろう? なぜ呼んでも目を開けないのだろう?

その次の日からお母さまのお見舞いに行かなくなった。お母さまは家にはいない。お母さまはどこに行ったんだろう? 父と姉は悲しみに耐えている様に見える。自分もなんだか悲しくなってきた。

 むかし父と同じ病院で仕事をしていた風岡翔一郎さんが二階堂医院を手伝うようになった。とても優しくて格好いい翔一郎さん。兄のように慕ううちに翔一郎さんへの恋心が芽生えた。大好きな翔一郎さん。将来は翔一郎さんのお嫁さんになるのが夢だ。しかし、しばらくして翔一郎さんは美津子姉さんと結婚した。失恋してとても悲しかったが、二人の仲睦まじい姿を見て、翔一郎さんへの思いは心に閉じ込め、妹として二人を祝福しようと心に決めた。

 二人の間に子供が生まれた。玉の様に真ん丸でとても元気な男の子だ。富雄と名付けられ、自分の弟のようにかわいがった。

美津子姉さんが二人目を身ごもった。弟か妹ができるのかと待ち遠しかった。けれど美津子姉さんは二人目を出産するとき大量の出血によりこの世を去った。

美津子姉さんの葬儀の時、父に向って涙ながらに話しかけた。

「お母様はご病気で亡くなった。美津子姉さんも死んでしまった。お父様、私から離れないでください。どこにも行かないと約束してください。お父様、絶対に死なないでください」

「何を言っているんだ。お父さんは英子といつまでも一緒だよ。かわいいお前を残して死んだりなんかするもんか」

 18歳になった英子。看護学校の試験に合格した。みんなでレストランで食事をした帰り、横断歩道を歩いているときに車が猛スピードで突っ込んできた。お父様が車に跳ね飛ばされる。病院のベッドで顔を白い布で覆われ横たわるお父様。

みんな自分の知らないところへ行ってしまった。なぜ自分だけが取り残されたのか。悲しみに泣き疲れて、何もかもが嫌になり、何度もなんども、『みんなに会いたい』『みんなのところに行きたい』という思いが浮かび上がる。その思いを打ち消そうとして、楽しかった思い出を一生懸命つなぎとめようと必死にもがいている。

 そんな自分をいつも支えてくれた義兄さん、富雄、早苗。自分が南郷家へ行く日の朝、一生懸命涙をこらえる富雄、玄関先で泣きじゃくる早苗、そして、優しく微笑みながら送り出してくれた義兄さん。

会いたい、会いたい、みんなに会いたい。

*********************

 浅い眠りのなか、遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。英子はゆっくりと目を覚ます。ふと気が付くと、あふれ出た涙のあとが細い筋となって頬をなぞっていた。

英子は思った。一度実家に帰ろう。


 週末は南郷夫婦が出張で少し家を空けると聞いている。自分は一時的ではあるが居候している身であり、南郷家に余計な心配を掛けたくない思いから、外出する旨は渡瀬だけに話した。

英子は日曜日の朝、南郷家を出てわが家へと向かう。バスに乗り1時間かけて実家の最寄りのバス停に着いた。下車すると昔と変わらない懐かしい街並みに自然と笑みがこぼれる。バス停からは歩いて5分くらいのところに英子の家があった。自然と早足になり、しばらくすると家の門が見える。家の玄関先に到着し、英子はうれしくなって呼び鈴を押そうとした。その時、家の中から声が聞こえてきた。玄関わきの窓から中を覗いてみると居間で風岡と子供達が幸せそうに笑っている。その幸せそうな輪の中に、南郷家からお手伝いさんとして派遣された使用人の姿があった。使用人は決して器量がいいわけではないが、若くて気立ての良さそうな人であった。何より子供たちと仲良くしている様子が窓越しから伝わってきた。風岡と子供たちが使用人と楽しそうに笑っている光景に、英子は羨望と寂しさが入り混じった複雑な気持ちになった。

英子は南郷家での生活は自分にとって一時的なものであり、学校を卒業した後は風岡さんのもとへ帰り、富雄と早苗の面倒は自分が見ると考えていた。ところが、窓から見えたのは風岡さん達とお手伝いさんの幸せそうにしている姿だった。英子は自分の居場所がなくなってしまったような寂しさを感じる。自分が過ごした場所が、お手伝いさんの笑顔によって風岡さん一家が温かさに包まれている。あの中にいるのは自分だったはずだ、でも今は家の外にいる。言いようのない切なさで英子は胸にぽっかりと穴が開いたような気持になった。

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