第30話【帰還】
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隆之が漂流していたのは2日間ほどで、かなり衰弱してはいたものの、これといった症状はなかった。同行した警察により身元が確認され、すぐさま警察から南郷家へ隆之の安否についての連絡がなされた。最初に連絡を受けたのは執事の藤原であった。電話口で警察から簡単な知らせを受けた藤原は喜び勇んで隆夫と多江の部屋へ急いで向かい報告する。
「隆夫様! 多江様! 先ほど鹿児島の警察から連絡がございまして、隆之様がご無事でいらっしゃるとのことです!」
隆夫と多江が驚きの表情を浮かべ飛び上がるようにして立ち上がる。
「ほ、本当か!」
「はい、さようでございます! 隆之様が乗った輸送艦が撃沈後、隆之様は九州南西沖を漂流中、近くを通りかかった漁船に救助されたそうです」
多江が嗚咽を漏らしながら目を抑える。
「そのあと地元の病院へ運ばれ、現在元気にご静養とのことでございます」
手を取りあって喜ぶ隆夫と多江。藤原はそのまま英子の元へと走った。
「英子様! 隆之様がご無事だそうです!」
「え!?」
「先ほど警察から連絡があり、隆之様の安否が確認されました」
驚く英子。唇が震えている。英子は涙ながらに「良かったよかった」と、うつむきながら口ずさんだ。南郷家は隆之生存の突然の知らせに喜びに沸いた。
地元の病院で療養中であった隆之を栗林が訪ねてきた。栗林が病室に来ると隆之はもうずいぶん体調が戻った様子であった。隆之が話かける。
「栗林さん、ありがとうございました。お蔭で命拾いいたしました」
「南郷さんも元気になられたようで良かったです」
「あの!」「あの!」
同時に発した二人の声が重なり被った。隆之が手のひらを差し出して栗林に促す。頷いた栗林が話し出した。
「南郷さん、娘は、紗智子はどうしていますでしょうか。あの日、私は紗智子を英子さんに託しました。その日以来、どこでどうしているのか一日たりとも忘れたことはありません」
「栗林さん、私もそのことについてお話がしたかったのです。紗智子さんはお元気ですよ。英子さんと紗智子さんは、柴嶺山の山小屋であなたが警察から逃れた後、うちに住んでもらうことになったのです」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
体の大きい栗林が肩を震わせながら大粒の涙を流している。
「なんとお礼を言っていいのか、本当にほんとうにありがとうございます!」
「栗林さん、私は明日にでも退院できそうです。もしご都合がつくようでしたら、一緒に東京の私の家に来ていただけませんか。もちろん汽車の費用等は私の方でご用意させていただきます」
「そんな!」
「いいえ。英子さんを助けていただいたお礼をしたいと前々から思っていました。私の思いを受けていただきたいのです」
栗林は目を閉じゆっくりと頷きながら応える。
「分かりました、南郷さん」
栗林は恩赦により警察からの捜査も打ち切りとなり、潜伏する必要もなくなっていた。漁師の手伝いもひと段落終え、栗林は元の職に戻る計画を立てていたのである。できることならば高校の教師として再就職したい。そして、南郷家で預かってもらっている紗智子を引き取り一緒に暮らすのだ。病室の片隅で栗林は涙でくしゃくしゃになった眼瞼をこすりながら新たな未来を思い描いた。
栗林に助けられた隆之は栗林とともに実家へと帰った。従軍医として出征して約1年ぶりの帰還である。喜びに堪えぬとはこのことであろう。南郷家についた隆之が屋敷の門まで到着すると、南郷家の人たちがすでに門の前で待っていてくれた。多江が駆け寄る。
「隆之、よくぞ、よくぞご無事で。待っていましたよ」
思わず隆之の体を抱きしめる多江であった。隆夫も場所をはばからず大泣きしている。使用人たちも安心した様子だ。その使用人たちに混ざって英子と紗智子の姿があった。隆之の隣にいた栗林が紗智子に近寄りしゃがみこんで抱きしめる。
「もう離さない。もうどこにも行かない」
と言いながら大きい体を震わせている。紗智子も泣きじゃくって喜んだ。
「栗林さん、お帰りなさいませ」
紗智子の隣にいた英子が話しかけた。栗林が立ち上がり目をこすりながら話す。
「里美、いや、英子さん。今まで紗智子の面倒を見ていただいて本当にありがとうございました。何とお礼を申し上げていいか。南郷さんにここまで連れてきてもらったのですよ」
隆之の方を見る栗林。隆之が英子に話しかける。
「英子さん、ただいま。この日をどんなに待ちわびたことか。僕は栗林さんに見つけてもらわなければ今頃どうなっていたのかわかりませんでした」
「おかえりなさいませ、隆之様。お乗りになった輸送艦が撃沈されたとの知らせを受け、みんな心配しておりました。ご無事で本当に何よりでございます」
深々と頭を下げる英子。まだ記憶が戻っていないのか。『隆之様』と呼ばれ寂しい思いに胸が締め付けられた。
栗林は娘紗智子との再開後、南郷家を後にした。英子が谷底に落ちたところを救い、またさらに今回は隆之が漂流していたところを助けた。南郷家にとってはまさに命の恩人である。本人は以前同様、高校の教員に戻ることを希望していたため南郷財閥のつてで働き口が見つかりそうである。しばらくは財閥が用意した家に住むことになった。
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