第3話【南郷財閥御曹司、南郷隆之】
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南郷家へ行く日が来た。休日の早朝、朝食を済ませた英子は居間に来て仏壇の前に座り手を合わせる。前棚に立て掛けられた写真の中で父と母と姉が微笑みながら英子を見つめていた。ゆっくりと頭を下げ目を閉じると、楽しかった思い出がまぶたに浮かび上がる。そっとつぶやく英子。
「お父様、お母様、美津子姉さん。今日から私は南郷家にお世話になります。翔一郎さんと富雄と早苗をそばで見守っていていてください。お願いいたします」
英子は顔を上げ玄関へと向かった。風岡たちがすでに玄関で待っていた。早苗は風岡に抱っこされ、「いやだいやだ」と言いながら風岡にしがみつき泣きじゃくっている。富雄は居間から出てこようとしない。風岡が呼ぶと富雄は別れを言いたくないのか、ずっと下を向いていたまま玄関まで来た。
「お姉ちゃん、いっちゃやだー!」
早苗の泣きじゃくる姿に、英子は胸が締め付けられる思いで言葉にならない。風岡が早苗の涙を拭いて上げると、それを見た英子も思わず涙ぐんでしまった。そばでうつむいている富雄に風岡が声をかける。
「富雄、英子お姉ちゃんにご挨拶しなさい」
風岡の後ろに隠れていた富雄がもじもじしながら英子の前に来て、うつむいたまま小声で言う。
「いってらっしゃい、英子お姉ちゃん。早く帰ってきてね」
英子は富雄の手を両手で包みこみ話しかける。
「富雄、そうだよね、お別れじゃないんだよね。必ず帰ってくるからね、行ってきます」
笑顔でお別れの挨拶をする英子を見て富雄も少し元気が出たようだ。そう、お別れじゃない。少しの間、別のところで暮らすだけだ。英子は富雄の手を強く握った。
南郷家からはお迎えの車が来ていた。黒塗りの大きい車で丁寧に磨かれた車体は鏡のように光がまばゆいほどに反射しており、場違いなほどの高級感がただよっている。車を運転してきた人は年配ではあるが姿勢がよく、礼儀正しい所作がいかにも南郷家に使える専属運転手としての雰囲気があった。白い手袋を着けた運転手が英子を後部座席へと案内しドアを閉める。運転手は運転席に乗り込むと、「それでは出発します」と言ってエンジンを掛けた。英子は車の窓から風岡の方を向いて笑顔交じりに挨拶する。
「お義兄さん、行ってまいります」
「うん、英子ちゃん、体には気を付けてください」
風岡が軽く笑みを浮かべると、英子はこくりとうなずいた。富雄と早苗は泣きたくなるのを我慢している。
車が走り出し、富雄と早苗が遠ざかっていく車をほんの少しだけ後を追った。
南郷家のお屋敷は英子の実家からは車で1時間少し過ぎたくらいのところにあった。郊外にあるため周囲にはのどかな自然がまだ残っている。ずいぶん遠くだと思っていたのだが予想していたよりは早く到着した。車が多く通る幹線道路から一つ路地に入ると交通量の少ない舗装された広い道路が一本通っていた。民家は少なく、庭園を思わせるような並木道が続く。その道沿いに広大な敷地を擁する土塀が連なる。塀に沿ってしばらく行くと、ひときわ大きな門が見えた。門の前まで来ると壁越しに美しい瓦が整然と敷き詰められた広い屋根が見える。格式高く伝統的な日本の建築様式を取り入れつつ、洋風の要素も見受けられた建物が佇むその広大な敷地に圧倒された。
南郷財閥は総帥である南郷隆夫の元、自ら院長を務める病院の経営をはじめ貿易会社の運営、流通業、造船業と多岐にわたって事業を展開していた。太平洋戦争の機運が高まっていた時分でもあり、南郷財閥は軍事物資の輸送をも手掛けつつ、また戦時医療の先駆けとして国防に貢献していた。国内における戦時医療と軍事産業においてその名を轟かせていたのである。南郷家の家族は父隆夫、母多江、そして隆之の三人家族で、使用人は15名ほど仕えている。
車は広い門を通り長い通路の先にある屋敷の玄関前に止められた。そこには一人の背の高い男性の姿があった。英子の到着を知り南郷家の門を開けて迎えたのは息子の隆之である。笑顔で歩み寄る隆之に英子は内心感謝の気持ちを抱きながらも緊張と不安が交錯した表情を隠すことはできなかった。英子は礼儀正しく頭を下げながら挨拶する。
「先日は父の葬儀にいらしていただき、ありがとうございました。今日からお世話になります、どうぞよろしくお願いいたします」
「英子さん、お待ちしていました。英子さんのご自宅まで迎えに行きたかったのですが、仕事が立て込んでいたため、お迎えに行けずに失礼しました。こちらこそどうぞよろしく」
隆之は南郷財閥グループの病院に勤務している。英子は緊張と不安が混じり合い硬くなっていたのだが、笑顔で挨拶をする隆之の表情を見て少しほっとした。隆之が英子の荷物を持とうとして手を差し伸べる。
「英子さん、部屋へ案内します。荷物をお持ちしましょう」
「いえ、結構です。自分で持ちます」
英子は思わず持っていたカバンを自分の後ろに引いた。英子にとって隆之は自分の知る世界の人ではない。雲の上の存在と言っても過言ではない地位にある方だ。しかし当の隆之は身分に関係なく分け隔てない紳士的な振る舞いをしてくれる。隆之の好意に心が温かくなる英子なのだが、隆之の申し出を丁重に断り、自分の荷物は自分で持つことにした。
隆之は小さくうなずき、英子を屋敷のなかに招いた。家の中は外から見た以上に豪華な印象があった。広い玄関と長い廊下、所どころに置かれた調度品がいかにも高級であることが分かる。廊下沿いの壁には大きな絵画がたくさん掛けられており展示場のような趣だ。隆之は廊下をしばらく進んだところの部屋の前で止まった。
「こちらが英子さんのお部屋です。どうぞ入りください」
と言いながらドアを開ける隆之。手で促されるまま英子は部屋へと入った。英子のために用意された部屋は、英子が今まで見たこともないような豪華で可憐な広々とした部屋であった。ドアを開け部屋に入る二人。30畳ほどもあろうかという洋室だ。天蓋のついた立派なベッド、大きな窓から太陽の日が差し込み、屋外にでもいるかと錯覚してしまうような明るい空間が広がっている。部屋の奥には大きなクローゼットも備え付けられ、部屋全体に豪華なデザインの装飾が施されていた。
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