第29話【フゲンマル ゲキチンサル】
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数日後、南郷家に隆之の乗った船が撃沈されたとの知らせが届いた。ふげん丸の運航は敗戦後の国家復旧を視野に入れた輸送業務である。つまり、南郷財閥は軍部の意向とは気持ちのうえでは決別し、すでに戦後を見据えていたのであった。軍事活動でないため、ほとんど危険のない任務であるはずだ。ふげん丸撃沈の知らせに南郷家は騒然となった。
被害の詳細や生存者は依然不明である。しかし、電報による簡単な文面であるが、沈められた場所や時間から推測するに、隆之の生存は絶望的であるとの内容であった。屋敷の者たちは全員大広間に集められる。隆夫が手にした電報を読み上げた。
【電報内容】
『フゲンマル ゲキチンサル カゴシマオキ シンヤミメイ キュウナンコンナン ジョウイン セイゾンフメイ』
「た、隆之様!」
みな口々に叫ぶ。英子が動揺しながら横にいた紗智子の手を握りしめ、体を硬直させている。藤原や渡瀬、他の使用人たちも肩を落とし口をつぐんだままだ。大広間に重苦しい沈黙が漂う。全員が心の中で隆之の無事を祈り続けているのだが、電報の内容が頭の中に繰り返される。使用人の中にはその場で泣き崩れる者もいた。
隆夫と多江は電報を読み上げると自室へと戻り、その日は二人ともそれっきり部屋から出てこなかった。
輸送艦ふげん丸が撃沈され、隆之は心もとない板切れに上半身だけ乗り上げた状態で漂流していた。ずいぶんと時間がたったような気もするし、全く時が止まってしまったような感じもする。薄く目を開けてみると、ほんのわずかだが空が白んできた。さざ波が立っているのがかすかに分かる。とても静かだ。波の音以外なにも聞こえない。夏だというが、明け方の海はこんなにも冷たかったのか。夢の中をさまよっているような感覚だけが浮かんでは消える。遠くにエンジン音が聞こえたと思った時、隆之の意識がまた遠ざかっていった。
「おい! あれは何だ? 何か浮いているぞ」
「人みたいに見えるな。舟を寄せてみよか」
早朝、隆之の近くを通りかかった漁船があった。輸送艦ふげん丸が撃沈されたのは九州西南沖。隆之は対馬海流に運ばれ鹿児島近海まで流されてきたのである。早朝、沖合漁へと遠出していた漁船に発見された。漁船は隆之が横たわる板張りに横付けし、最初に隆之を見つけた立派な体躯の漁師が海に飛び込んだ。漁師は隆之の肩を掴み、漁船にいる仲間たちの手を借りて船に抱え上げた。漁師たちは漁船の甲板に横たわっている隆之が息をしているのを確認し、少しほっとしている。
「ああ、まだ生きとるばい」
「こんなところでどうしたとかね? 服装からして漁師には見えん。兵隊さんのごたるね」
隆之を海から抱え上げたひときわ体の大きい漁師が「おや?」と言って隆之の頬を軽くたたきながら声をかけた。
「南郷さん、大丈夫ですか?」
自分の名を呼ぶ声に気がついた隆之がゆっくりと目を開けた。朝日の眩しさに意識が引き戻される。ぼんやりとした視線の先に浮かぶ顔に見覚えがあった。隆之の目の前に栗林健作の姿があったのだ。
栗林は思想犯として指名手配中の身であり、小学生の紗智子と記憶を無くした英子と一緒に山小屋で暮らしていたのだが、隆之たちが英子の捜索にやってきた。その後、警察の捜索隊が山小屋に近づいてきたため、栗林は紗智子を英子に託して逃亡した。身をくらませた栗林は知り合いのつてを頼り九州にある小さな漁村へ行き、漁の手伝いをすることとなった。背も高く立派な体躯で力の強い栗林は漁の仕事を人一倍こなし、すぐさま漁師仲間達に慕われた。漁の手伝いにいそしんでいたある日、栗林が沖合へと漁に出かけたとき漂流していた隆之を見つけたのである。
隆之を乗せた漁船は港へ向けて帰りの途についていた。そのとき漁船に置いてあるラジオから緊急放送が流れた。戦争終結を知らせるニュースである。栗林と隆之は放送を聞きながら安堵の色を浮かべた。困難な時代がやっと終わったのだ。栗林が隆之に話しかける。
「南郷さん、家に帰りましょう。『里美』、いや、英子さんがお待ちですよ」
頷く隆之。今にも泣き出しそうな思いを胸にしまい、大きくうなだれた。漁船が港に着くと栗林はすぐさま病院に連絡し、救難者を保護したとの報告を入れる。病院関係者は、帝国海軍の遭難者であることをすぐに察知した。しばらくして救急車とともに警察車両がやって来て隆之は病院へと搬送された。一緒に来た警察官に事情徴集された栗林なのだが、聞かれたのは隆之の救難状況だけである。思想犯として指名手配中であった栗林は、終戦の恩赦により捜査は取りやめとなっていたのだ。
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