第26話【多江の思いやりと隆之の出征】
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夕食の時間になった。多江と隆之と英子と紗智子の四人がダイニングの広いテーブルの上に並べられた料理を前に座っている。南郷家にとってはいつもと変わらぬ食事なのだが、1年ほどの山小屋生活に慣れた英子にとっては見たこともないような豪勢な料理がテーブルを飾っていた。紗智子はとても喜んでいるのだが、英子にしてみるとなんとも落ち着かない。英子はフォークやナイフよりもお箸の方が使い勝手がいいのは以前と変わらないようであった。そう思った藤原があらかじめお箸をテーブルの上に用意していた。
食事を食べ終わり藤原が淹れた紅茶をみんなでいただいているとき多江が話しかけた。
「英子さん、少しは昔の記憶を思い出せているのかしら?」
「はい、雪風や鶴丸のことは名前が自然と出ました。しかし他のことはあまり思い出せません。すみません」
英子は多江や隆之のことが思い出せないことを申し訳ないと思っている。
「何も謝ることはなくってよ、英子さん。あなたの記憶が戻るきっかけになるようなものは無いか考えてみましょう」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる英子。隆之が話しかける。
「英子さん、記憶を取り戻すきっかけになるかどうかはわかりませんが、あなたが当家に来たいきさつについてまずお話いたします」
「はい」
「英子さん、あなたのお父様は二階堂祐輔さんという方で、私の父の学生時代からの親友で、小さな医院を経営していました」
「隆之、ちょっとよろしいですか?」
突然言葉を遮る多江。
「私、思ったのですが、英子さんが昔のことを思い出すのはゆっくりと時間をかけたほうがよろしいでしょう。英子さんの記憶が戻らずとも、今は私たちと一緒にいてくれることが大切なのです。英子さん、お疲れでしょう? もうお部屋に戻ってよろしいわよ」
「え?」
「ごめんなさいね、隆之と少しお話したいことがあるので」
「はい。では、今日はこれで失礼いたします」
英子は軽く頭を下げ、席を立って自室へと戻っていった。紗智子も英子の後をついていく。英子がいなくなったリビングで多江が隆之に話し出す。
「隆之、英子さんはご家族を亡くされたことさえ忘れています。今いたずらに家族の不幸を教えるのはあまりいいことではありません。ゆっくりでいいじゃないですか。英子さんの記憶が戻るのを待ちましょう。今はそうすることが一番だと思います」
多江の言葉にはっとする隆之。少しうつむき寂しそうな表情を浮かべていた。
時代は太平洋戦争末期、戦況が悪化するなか、人々の生活はますます困難なものとなっていた。食糧や物資の不足、空襲による被害、そして戦争拡大による不安が日常を覆い尽くしている。敗戦の色が濃くなってきたのは誰の目から見ても明らかだ。
帰国してくる負傷兵の数が日に日に増加するなか、軍需産業を担っている南郷財閥に国家司令部から負傷兵の保護を要請する通達が来た。財閥としては隆之が従軍することは財閥の軍需活動を支える一環と見なされる。隆之は医薬品の管理、現地に派遣される従軍医への医療的処置の指導という任務もあった。また、財閥のイメージ向上や社会的な信頼性の向上に寄与することとなるのである。隆之に課せられた任務は病院船を兼ねた輸送艦での医療活動であるため、危険性はごくわずかであるとの説明を受けていた。隆之は軍の要請を承諾し、このたび出立することとなった。
隆之の出征の前日。南郷家では些細ながらも壮行会が開かれることとなった。時代は困窮し食糧難であるのだが、渡瀬たちの頑張りで、豪華とはいえないまでもおいしそうな料理がテーブルを飾っている。忙しい仕事にも関わらず久しぶりに帰宅した父・隆夫が話し出す。
「みんなとこうして一緒に食事ができるのは何年振りだろうか。隆之が明日めでたく出征する運びとなった。南郷財閥が主導している戦時医療は今後も継続しなくてはならない重要な任務である。みんなには苦労ばかり掛けることになるが、今しばらく辛抱してくれ」
テーブルに座っている多江と隆之、英子、紗智子が頷く。部屋の脇に立っている藤原と渡瀬も深くお辞儀をする。隆夫はしばらく黙って食卓を見つめ、静かに続けた。
「この戦争が終わったら、みんなでどこかへ旅行に行きたいな。太平洋の青い海を眺めながら、ゆっくりとした時間を過ごしたいものだ」
多江が涙をこらえている。隆夫が多江の手をそっと握りしめた。
「さあ、めでたい日なのだ。今日は笑って過ごそう。それでは、いただきます」
隆夫が手を合わせ、みんなもそれにならう。温かな晩餐が始まった。食事も終わり、英子は自室へと戻ったのだが、しばらくするとドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けると扉の前に隆之がいた。
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