第23話【失われた記憶】
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黒澤家使用人の高柳から連絡を受けた隆之は、柴嶺山へと向かった。南郷家の執事・藤原、使用人長・渡瀬、英子の義理の兄・風岡、そして鶴丸も一緒だ。
英子が渓谷へ落ちて行方不明になって既に1年が過ぎた。警察や消防団、村の青年団や地域住民の方々は一所懸命捜索に協力してくれた。しかし、1年の歳月というのはあまりにも冷徹な時間の流れである。当然、英子の捜索に警察は動いてはくれないであろうと思われたのだが、執事の藤原は念のため、紫峰山中腹にあるという山小屋に行くことを警察には連絡しておいた。警察からの返信によると、地元警察を数人、調査に向かわせるとのことであった。南郷財閥からの連絡を無下にはできないのである。
高柳からの連絡があった次の日の早朝、隆之たちはまず黒澤家所有の青葉山まで行き、高柳と落ち合ってから川沿いを下り、対岸の柴嶺山へと向かった。
時を同じくして、連絡を受けた地元の警察官2名が柴嶺山の山小屋に向けて出発した。警察としては形ばかりの捜索となる。既に英子の遺体発見の手がかりをつかむことが目的となっていた。
青葉山から少し下ったところに柴嶺山があった。道は整備されておらず車で入ることはできない。山全体は植林された杉林が連なっており、ひとむかし前は炭焼きが盛んであったが、今は殆ど行われていない。高柳の知り合いの地元の猟友会の人によると、そこで人の姿を見かけたとのことだ。
隆之たちは柴嶺山の急斜面にある狭い獣道を高柳を先頭に登る。鬱蒼と茂った木の葉に視界が遮られているのだが、足元の小道は何とか人一人が通れるくらいの幅はある。深い森の中を1時間ほど進むと急に視界が開け、一棟の山小屋が見えた。小屋の周りは最近伐採されたような跡があり、人の気配が感じられた。周囲が高い木に覆われている割には日当たりは良さそうだ。
季節はちょうど春になったばかりである。鳥のさえずりが聞こえ、温かい日差しが降り注ぐ。鶴丸が突然「ワンワン!」と吠えて走り出した。藤原の持つリードがぴんと張り、すごい勢いで鶴丸に引っ張られる。
「これこれ、鶴丸。どうしたんですか?」
「ワンワンワン!」
鶴丸は勢いよく尻尾を振りながら小屋の方へ走る。藤原はリードをしっかりと掴んでそのまま鶴丸に引っ張られて小屋に近づいた。他のみんなもそのあとを追う。すると、小屋の裏側から子供と女性の笑い声が聞こえてきた。聞き覚えのあるその声に「はっ」とした隆之が一人走って小屋の裏へと周る。そこで隆之の目に飛び込んできたのは、子供と楽しそうに洗濯物を干している英子の姿であった。
「英子さん!」
隆之が叫ぶ。あとからやってきた風岡と藤原、渡瀬も驚いた表情だ。鶴丸は嬉しそうに尻尾を振っている。
行方不明から1年以上経過していたが、英子の姿は以前と変わらない。むしろ明るい表情でいる。隆之は今までの不安感、焦燥感、安堵感が一気に押し寄せ、足に力が入らないのをこらえ、英子に近寄り声をかけた。
「英子さん、無事だったのですね」
英子は突然の来訪者に驚いている。
「英子さん、探しました」
風岡も喜びの表情を浮かべる。見知らぬ男性二人が駆け寄ってきたことで英子のそばにいた紗智子は少しおびえていた。
鶴丸が「ワン!ワン!」と尻尾を振って英子に向かって走ってきた。英子に飛びついた鶴丸が英子の顔をペロペロなめる。小さく「きゃ!」と言いながらくすぐったがる英子。そのあと、鶴丸は、英子の近くにいた紗智子の小さな手をペロペロと舐めた。紗智子は、白いふわふわした毛を蓄えた大きな鶴丸を見て少しほっとしたようだ。
『白くてほわほわのかわいいワンちゃん。若い男の人二人は身なりがしっかりとしていて礼儀正しい。品のいい年配の男性と女性も先ほどから静かにこちらを眺めている。どうやら突然現れた人たちは、お父さんを捕まえに来た悪い人たちではなさそうだ』
少し安心した紗智子は嬉しそうに鶴丸の頭をなでた。
隆之が英子を見つめている。英子が生きていたことが確認できた。しかも元気そうだ。そう思った瞬間、隆之の目から思わず大粒の涙があふれ出す。突然隆之は英子の両肩をしっかりと握りしめた。
「英子さん! 英子さん! よかった、本当によかった。生きていたのですね、心配しました、英子さん!」
隆之を見ながら不思議そうな顔をしてじっとしている英子であったのだが、しばらくして口を開いた。
「あの、どちら様でしょうか?」
「えっ!?」
真顔で聞く英子に少し驚きながら応える隆之。
「英子さん。私です、隆之です」
訝しげな表情のままでいる英子を前に隆之は話を続ける。
「ずっと探していました。一緒に家に帰りましょう」
「すみません。そうおっしゃられましても、どなたか存じ上げないのですが……」
戸惑いながら口ごもる英子。風岡も「英子さん……」と口ずさむのだが、英子はちらと視線を向けるだけで風岡のことも初めて見かけたような表情だ。隆之は英子の両肩を掴んでいた手から力が抜けていくのが分かった。両手を弱々しく下げ、その場に立ちすくむ隆之。視線は英子をじっと見つめたままだ。
その状況を山小屋の奥にある草むらの中から伺う者がいた。栗林だ。政府の戦争政策に反対し思想犯として指名手配中である栗林は警察を警戒していたのだ。栗林が草葉の隙間から山小屋の方を伺うと、若い男性が二名、それに年配の男女と犬が一匹確認できた。雰囲気からして、どうやら警察ではないようである。少しほっとした栗林が草むらの陰から出てきた。
「『里美』さん、どうかしましたか?」
少し大きな声で話しかける栗林。隆之たちが声のした方を見ると、大柄の男がこちらを見据えていた。背中には、つい先ほど仕留めたと思われるイノシシを担いでいる。栗林が話しかけた。
「里美さん、そちらの人たちはお知合いですか?」
「いいえ」
きっぱりと答える英子。"さとみ"という名前は何だ? 混乱している隆之に栗林が声をかける。
「どうやら里美さんのことをご存知の様ですね。分かりました、どうぞこちらへ」
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「今後どうなるの?」
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